第57話 晶窟のオーガ討伐戦②
途中暗い話にもなったが、その後はおおむね明るく、互いのことを知るための雑談をすることができた。太陽が真上に昇った頃、真琴たちはオーガが住みついたという晶窟にたどり着くことができた。
「それじゃおいらはここで帰りやす。三日後から毎日ここに来るようにしやすんで、またお会いしやしょう」
真琴たちをここまで送り届けてくれた御者は馬車を引き返していった。そして去り際に、もう一度深く頭を下げていった。
「ここか」
晶窟は平野の中にポツンとある緩やかな岩山にあった。山肌にぽっかり空いた洞窟の周りはかつては整地されていたのだろう、踏み均された跡があった。だがそこも今は雑草が生え、小石があちこちに転がっている。
洞窟の入り口を囲んだ木枠は腐っていて、どうにも寂れた様子だ。しかしそこが晶窟であることが、真琴には分かった。
「黄の精霊が集まってるな」
晶窟の中には不自然に集まる黄の精霊があった。中は他の色の精霊が少なく、魔眼を通してみると黄色だけにも見える。
入り口だけ見ると、精霊結晶が育っている風ではない。クイナスが「本当にここか?」とベアに聞いていた。
「あぁ。そのはずだ」
「おかしいな」
「何が?」
クイナス達の言葉の意味が分からない。聞くと、クイナスは洞窟の地面を指さした。
「この晶窟は王国と帝国の戦争の後はしばらく使われていないんだよな?」
「そのはずだ。戦後、掘る余裕もなかったし、ここは入り口が閉められていたからな。」
その閉じられた入り口を破壊して、住みだしたのが例のオーガだ。
「なら入り口にも精霊結晶が生まれてて当たり前のはずだ。それがないのはおかしい」
クイナスたちの顔は険しい。確かに言われてみればこの晶窟は変だ。晶窟は年単位で中のあちこちに精霊結晶ができる。そのため、未発見だった晶窟を見つけると、中は精霊結晶であふれているのだ。
入り口付近が精霊の密度が低いことは事実。しかし全く精霊結晶ができていないのはおかしい。
「盗掘じゃねぇのか?」
オーガは討伐ランク金級に属する危険な魔獣で、しかも凶暴だがどの世界にも馬鹿はいる。オーガの危険を顧みずに精霊結晶を採掘する何者か。ありそうではある。
そうでなくとも、オーガのことを知らない流れの盗賊がやった、という可能性だってある。
「……その可能性が高いか?とにかく入ってみないと分からないな」
真琴の言葉にクイナスは曖昧に頷くと、一行は晶窟の中に入っていった。
*
晶窟の中に入ると、真琴の魔眼にはますます黄の精霊ばかりが見えるようになった。
「ここって案外精霊術士殺しだよなぁ……」
晶窟は緩やかな傾斜になっていて、横に人が三人並んでも楽に動ける程度には、横も高さもあった。
入り口付近では全く姿を見なかった精霊結晶だが、中に入ってみると、あちらこちらに形成されかけの結晶があった。色は当然黄色。色はほとんど透明のものから淡い黄色のもの。大きさも小指の先程度から人の頭くらいのものまで、足元から天井に至るまであちらこちらに生えている。
茶色のごつごつとした岩肌に這うように伸びる精霊結晶。当然中には黄色の精霊が封印されている。
採掘で、あちこちに道のできた洞窟を、持って来ていたランタンの明かりを頼りに進む。その間にも今自分たちがどこにいるのか地図で確認することは忘れていない。前列に右からクイナス、ガッツ、ベアで後列にヘーハイトスと真琴がいる。冒険者たちは武器を片手に構えて、慎重に道を歩いていた。
真琴の呟きに反応したのは隣にいたヘーハイトスだ。
「どうしてだ?」
「あぁ、精霊術ってのは周囲に漂う精霊を操って使うものだからさ。こういう晶域みたいに精霊の量が偏っている場所だと、扱いにくいんだ」
「そうなのか?前に晶域に入った時はそんな風でもなかったが」
「あの時は何にも知らなかったからな」
そう言って真琴は苦笑する。“龍王の咆哮”として晶域に入ったことは何度もある。その時も真琴は精霊術を使っていたが、よく考えてみると満ちている精霊以外の術は使いにくかった覚えがある。
「強引に使えば使えないこともなかったし、でも色々勉強すると見えてくるものも違うよ」
精霊の割合は黄が七十に緑が十五。赤と青が七ずつで白と黒はほとんどない。緑が圧倒的に多い外に比べると、雲泥の差だ。
「黄色はあんまり得意じゃないからな。ちょい厳しい」
真琴が得意な色は緑と赤で、青と黄は少し苦手だ。全色くまなく使えても、青と黄に秀でているイラとは反対である。
「そういうものか」
ヘーハイトスは精霊術についてあまり詳しくない。せいぜい六色あり、使えれば戦闘で有利に立てるということくらいだ。
「あぁ。黄色だと岩石飛ばすか、地形をちょっといじるか、それくらいのことしかできねぇ。緑もあるから使えないこともないけど、精霊の量が少ないと威力がでないから……」
何もなければ精霊の配分は緑が一番多い。しかし気体でしかない緑の精霊術を武器にしようと思うと、それなりに精霊を集めないといけない。結局外で使う時はどの色を使うにも難易度は変わらないというのが結論だ。
「剣がメインになると思うけど、昨日先生に言われたことがあって」
「何をだ?」
「武器に頼りすぎだって言われたんだ。龍剣を使い過ぎだって」
馬車で聞いたベアの後輩の話ではないが、真琴が龍剣に戦闘力の大部分を依存していることは確かだ。仮に龍剣を使えない状況に陥った場合、真琴は途端に弱くなる。もちろん武器の力に溺れているわけではない。けれど、という話だ。
「……なるほど」
「だから、この依頼ではできるだけ龍剣を使わないつもりなんだけど……大丈夫かな」
ヘーハイトスは隣を歩く真琴を見下ろした。抜いている剣は龍剣ではなく『勤勉』の魔剣。龍剣は腰にささったままだ。
「いいんじゃないか」
「いいのか?」
ヘーハイトスは真琴から悩みを受け取った。今の真琴にはイラの言葉を素直に受け取り、強くなろうとする意志がある。
「お前は自分のことをどう思っているかは知らんが、俺たちから見ればまだ子どもだ。困ったことがあるなら遠慮なく大人を頼れ。それが俺たちの仕事だ」
「ヘーハイトス……」
ヘーハイトスの言葉がジンと胸に染みた。ヘーハイトスの背丈は高く、真琴よりも頭一つぶん大きい。見上げるとヘーハイトスの目線は洞窟の奥の闇に向けられていた。
戦う大人の姿だ。気障なのは変わらないが、同じ男から見てもかっこいいと思う。
「なぁに一人カッコつけてんだ」
すると、前からクイナスが足を止めて二人に声をかけてきた。クイナスはニヤニヤと笑い、ヘーハイトスはバツの悪そうな顔をしている。
「悪いかよ」
「悪かぁねぇが、俺たちにもカッコつけさせろ」
クイナスが左手でヘーハイトスの肩をバンと叩く。そしてすぐ真剣な表情に戻った。
「……と言いたいところだが、いいもん見つけたぜ」
「いいもん?」
クイナスが指さしたのは晶窟の地面。よく見ればそこにはうっすらと残る大きな足跡が見えた。
*
「間違いない。オーガの足跡だ」
晶窟は小道があちらこちらに掘られている。足跡は今真琴たちがいるところから、側面にある細い道を無視して奥へと続いていた。それだけなら問題ない。この晶窟にはオーガがいると聞いていたから。オーガは大柄だ。細い小道にいることはない。
「足跡は結構新しいな。オーガがわざわざここまで来て何をしてたのかは分からんが、見つけたな」
暴れでもしたのか、足跡の辺りは鉈か斧でも振り回したかのような有様だった。狭苦しい晶窟に飽き飽きして、オーガ流準備体操でもしてたのかねと言って笑う。
「んでも、そろそろ気を引き締めねぇとな」
「そうだな」
「確認するぞ」
近くにオーガの痕跡。そして真琴たちは特別気配を殺してきたわけではない。
オーガは好戦的な魔獣だ。そして戦いに関すること以外での知能は高くない。巣穴に外敵が入ってきたと分かれば、必ず攻めてくる。真琴たちの気配はダダ漏れのはずだ。
「オーガを確認したらすぐにヘーハイトスが弓で狙撃。急所のどこかを潰せればよし。そうでなくても気を取られた瞬間にまず真琴と俺で一太刀入れる。後はお決まりのパターンだ」
ガッツとベアが前衛でオーガの攻撃を受け止めて、横から真琴とクイナスが攻め立てる。隙ができたらヘーハイトスが援護。ベアと久しぶりの真琴を加えた即席の必勝法だ。
「オーガを見つけるまでにもう少しかかると思ってたが、これは意外と短期決戦になりそうだな」
「その方が楽だろ。わざわざ時間をかける必要はないさ」
「確かにな」
晶窟に入ってまだ半日ほど。もともと何日もかけて晶窟を探索して、オーガを発見するつもりだった。これからあるであろう戦いが終われば、もしかすると一日でけりがつくかもしれない。
「オーガは何匹も狩ってるからな。油断さえしなければ問題ない」
とクイナスが言ったところで、洞窟の奥から「ゴォォ……」といううなり声が聞こえてきた。
「来たか」
冒険者たちの間でピリリとした警戒心が走る。うなり声と共に聞こえる重い足音。
「グロァァァァァッ!!!」
「ヘーハイトス!」
「分かってる!」
洞窟の奥から姿を現したのは、二メートルを超す屈強な姿の魔獣。影だけみれば巨大な人間。しかしその魔獣の肌は赤銅色で、短いぼさぼさの髪からは小さな二本の角が伸びていた。
腰に動物の皮か何かでできた腰巻をして、手には鈍く光る巨大な鉈を持っていた。
白く濁った眼球が冒険者たちを捉える。同時にヘーハイトスが素早く番えた矢を放った。
黄の精霊に満ちた空間を、一条の矢が突き抜ける。
「オオオオオオォォォォォォォォ!!!」
「かかれぇ!!」
ヘーハイトスの矢がオーガの眼球を潰すのと同時に、冒険者たちは一斉にオーガに襲い掛かっていった。
*
強くなるためにはどうしたらいいのだろう。夜の酒場で酒を飲みながら、女はずっとそれを考えていた。
目的がある。そのためには力がいる。だからこれまで女は手段を問わずに力を追い求めてきた。
純潔を捨て、誇りを捨て、それでもなお力を追い求めるのは胸に宿る黒い炎で一人の男を燃やしきりたいから。
女は琥珀色の酒に映る自分の顔を眺める。力を求めて八年。自分も随分成長した。変わってしまった。それこそ、並みの騎士や冒険者程度では相手にならないくらいには。
「おいねぇちゃん。一人で飲んでないで、俺たちと飲まないか?」
グラスを片手に物思いにふけっていると、女に声をかけるものがいた。まだ若い男だ。おそらく女と齢はそう離れていない。身なりからして冒険者だろう。彼の後ろには同じテーブルに座ってこちらに目線を向けている四人の男たちがいる。
「いえ、私は一人で飲みたいから」
「そんなこと言わずにさ。ほら、俺の尊敬する人も一人で飲む酒は美味しくないって言ってたし」
すげなく断った女に、冒険者の男は言いすがった。嫌な感じはしない。きっと善意で言っているのだろう。邪な気持ちがあるにせよ、ないにせよ。この男は女のことを思いやって言っている。
「私はひどい女ね。そんな彼らを自分のために使うんだから」
「え?何か言った?」
「いえ、何も。……そうね」
女は立ち上がり、男の手を取った。ここは狭く、人目が多い。
「あなたの言う通りね。せっかくだから一緒に飲みましょう」
ぎゅっと、女は男の手を強く握りしめる。女の力として不自然のない程度に、けれど女の爪が男の手に食い込む程度に。
「いて……あ、うんそっか。ありがとう」
女の爪が手をかすかに傷つけた。ちくりとした痛みを覚えながらも男は自分たちのテーブルに女を案内した。
力を求めるなら、禁忌なんて邪魔だ。そんなもの、踏みにじって遠くに蹴り捨ててしまえ。
女はイゾの町に毒をまく。今はまだ少数。けれど日を追うごとに毒が町を汚染し、やがてたった一人を追いつめることになるだろう。
自嘲する女の腰には、一振りの刀があった。そして鞘に隠された刀身は闇を映したような黒だった。
次話からオーガとの戦闘です。戦闘パート開始。この世界観でのオーガはめっちゃつよい感じです。金級冒険者は強い騎士くらいの実力がありますが、そのくらいの実力がないと話になりません。ひき肉にされます。イラさんだと瞬殺です(オーガが)。
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