第58話 晶窟のオーガ討伐戦③
「グロァァァァッァァァ!!!ァァァァ!!!」
ヘーハイトスの放った矢がオーガの右目を射貫き、オーガはすさまじい悲鳴を上げた。苦痛にもだえるオーガは手に持った大鉈をがむしゃらに振り回す。
「ちぃっ!」
「くそっ」
オーガと接敵した洞窟の道は武器を振り回せる程度の広さはある。しかし縦横無尽に動きまわれるほどではないし、こう滅茶苦茶に振り回されては横に入り込むことも難しい。
オーガの想像以上の狂乱に、クイナスと真琴は二の足を踏む。
「なんのぉぉぉぉ!!」
そこに飛びこんでいったのはベアだ。彼は全身の筋肉に力を込めて、オーガの振り撒く嵐の中に足を踏み入れる。
ベアは全身に満ちる“気”――精霊術士で言うところの無色の精霊を活性化させる。ただでさえ、はちきれんばかりにあった筋肉がさらに固く膨れ上がり、両手で構えた戦斧がオーガの大鉈を捉えた。
「がはぁっ!」
互いに上から振り下ろし、戦斧と大鉈が轟音と共にぶつかりあう。一瞬の膠着の後、押し負けたのはベアだ。ふき飛ばされはしないものの、勢いに押されて靴で地面を削りながら後ろに下がらされる。姿勢が崩れる。
前のめりに倒れかけたベアに上から鉈を叩きつけようとするオーガ。上背のオーガからすれば、ベアの首元は丸見えだ。このまま鉈で叩き切り殺す。
「させるか!」
それより先にガッツがオーガとベアの間に入り込み、オーガの大鉈を盾で受けた。伝わる衝撃はベアが受けたものと同等。だがガッツは衝撃の瞬間、盾をわずかに傾けることで、オーガの怪力を流しつつ、受け止めきった。
「しっ!」
「はぁっ!」
オーガの意識がベアとガッツに向いた。刹那、真琴とクイナスはそれぞれ右と左に回り込み、息を合わせて剣と長刀を振るう。
「ィィィィィィィィガァァァァァァァアッ!!」
オーガの横腹と左足に深い傷跡が入り、そこから赤黒い血が噴き出す。
「明かりだ!」
その血をヘーハイトスが投げた精霊器が照らし出す。洞窟など暗い場所で戦う時に使われる明かりを灯す精霊器だ。両手を使えるように空に浮き、前面から強い光を放つ。
「ん?」
真昼のように明るい光の元で見たオーガの姿に、ヘーハイトスは疑問の声を上げた。オーガから距離を取って戦うヘーハイトスだからこそ気づけたことだ。
「色が……」
オーガの肌は赤銅色。このオーガもそれに違いない。しかし赤銅肌のところどころに黄色の斑が見えた。
クイナス達は気づいていない。目の前のオーガを倒すことに必死だ。
「いや、俺も戦いに集中すべきだ」
肌に浮かぶ斑。それが何を意味するかは分からない。だがそれを気にしている余裕はない。ヘーハイトスは矢を番え、周囲に警戒を走らせながら矢を放った。
*
オーガの動きは単調だ。敵がいる方向に目がけて力任せに鉈を振る。フェイントはないし、精霊術も使われない。飛び道具もない。手にした武器一本でばらまく暴力だけがオーガの持つ武器だ。
それでなぜオーガの討伐ランクが金級に属するのか。それはばらまかれる暴力が単純に強力だからだ。オーガを守る皮膚が一重に頑丈だからだ。
当たれば全身の骨は砕け散り、怪力で振るわれる一撃は回避することすら難しい。生半可な剣で斬りつけても意味がない。剣の方が折れてしまう。
無色の精霊の肉体強化を扱えても、オーガと人の間には圧倒的な膂力の差がある。上位冒険者であってもオーガに腕力勝負に持ち込まれたら勝ち目はない。皮膚の固さも相まって、オーガに対して軍団で挑むことは悪手でしかないと言われている。雑兵がいくらいても、足手まといにしかならないからだ。
だがこの場にいるのは市井では最高ランクに等しい金級冒険者たちと経験豊富な銀級冒険者。オーガに挑む資格は十分にある。
そして真琴。彼はオーガと対峙しつつ、自らの成長を感じていた。
*
斬る。躱す。受ける。殴る。斬る。戦いが始まって三十分はたっただろうか。真琴は何度も剣で斬りつけながら、オーガを取り巻く動きをよく観察していた。ガッツ目がけた上からの斬撃。横から斬りつけてくるクイナスへの裏拳。空いたオーガの腹にベアが戦斧を叩きつける。傷は浅い。でも気は散った。ヘーハイトスの狙撃。飛んできた矢をオーガは歯で受け止め、噛みちぎる。ここだ。
「はっ!」
真琴はオーガの背面に回り込み、『勤勉』の剣を振った。振る瞬間、剣の速度を活性化させる。剣の刃はオーガの背中を深く斬りつけ、オーガは身を前に倒した。
「エザク エタナウ」
もっと倒れろ。真琴は緑の精霊を集めて詠唱する。黄の精霊が満ちているせいで不足している分は、真琴の着ているコートに織り込まれた精霊結晶から補う。生み出された突風が、真新しい傷跡を抉りながら前に押し出す。
オーガとは何度か戦ったことがある。しかしこれほど動きを見切ることはこれまでできなかった。余裕がある。真琴のこれまで積み上げてきた経験が、オーガを冷静に見切る目を育てたのだ。
他の皆が決死の表情でいる中、真琴は一人口に笑みを浮かべて、精霊術に意識を傾ける。
「ルォォ……!」
「声が弱ってんぞ」
たたらを踏んだオーガに接近したクイナスの長刀が煌めいた。クイナスが長刀を振り抜いた状態でふぅと息を吐く。斬撃に遅れて、オーガの太ももから赤黒い血が一本線にふき出す。
「どらぁぁ!!」
「おおおおおおっ!!!」
真琴とクイナスの連撃でオーガの体勢が大きく崩れた。鉈の猛攻が止む。倒れ込み、上から落ちてきたオーガの顔面に、ガッツが盾を見舞い、ベアが首元に戦斧を食らわせた。
「ルガァ……ッ」
オーガの目に刺さったままの矢が盾の打撃で深く食い込み、ブチュリという音と共に、目が完全につぶれる。そしてベアの戦斧はオーガの太い血管を傷つけた。
勢いよく飛び出したのは大量の血液。間近にいたベアは返り血で黒く濡れる。ガッツ自身も汚れはしなかったものの、盾が血できれいに染められてしまった。
「ふん」
だがガッツはそれに臆するどころか、鼻で笑い、盾を真横に薙いだ。グオンと言う轟音。薙いだ盾はオーガの下顎を抉り、そのまま抉り取った。
ガッツの盾の端には刃が取りつけてある。滅多に使わないが、オーガのような大物と戦う時には便利だ。
「そのまま押しき……」
目を潰され、顎を抉られ、全身に傷を作って血を流している。目の前のオーガはもう死に体だ。いくら頑丈でタフな肉体をもつオーガといえども、ここまで体勢を崩されれば反撃の芽はない。畳みかければ殺せる。
勝利を確信し、クイナスが激励の声をかけようとした瞬間だった。
「クイナス!!」
背後にいたヘーハイトスが鋭い声を上げた。ヘーハイトスは洞窟の奥。暗がりを見据えている。真琴がはっと気づいた様子でクイナスを押し飛ばした。
「マコト!」
突然のことに、クイナスは簡単に押し飛ばされる。真琴の必死の表情。クイナスは息をのむ。そしてクイナスも真琴とヘーハイトスの視線の先を向き、絶句した。
「ガララララララララララッ!!!!」
「嘘だろおい」
そして洞窟の奥から聞こえてくる轟音。闇から飛んできたのは岩石でできた巨大な棍棒。
飛んできた棍棒は真琴に迫る。いやクイナスに向けて投げられたものを真琴がかばったのだ。
オーガとの戦いで、真琴にだけまだ余裕があった。クイナスもガッツも、ベアも動くことができなかった。
クイナスを押し飛ばした姿勢のまま、真琴は棍棒を剣で受け止める。だがとてつもない力で投げられた棍棒は剣などで到底受け止められるものではなかった。
剣とぶつかり、わずかに方向と威力のそれた棍棒は真琴の腹に食い込んで、彼の軽い体をそのままふき飛ばした。
「かはっ」
「マコト!!」
肺から空気を押し出したような真琴の声。クイナスが叫ぶ。全員の意識が空を舞う真琴に向けられた。
「ガァァァァァァァァァァ!!!」
その隙を嫌みなほど的確に読み取ったのは地に伏せていたオーガだ。オーガは決死の形相で起き上がると、近くにいた人間――ガッツに向かって鉈を振り上げた。
鉈を持ったオーガは瀕死だ。けれど瀕死であってもオーガが怪力の魔獣であることに変わりはない。
「あが……っ!!!」
真琴に気を取られ、オーガの動きに一瞬気づくのが遅れたガッツはとっさに盾を掲げるが、そのせいでオーガの鉈を受け流せず、真正面から受け止めることになってしまった。
形は初撃のベアと同じ正面からの力勝負。しかしガッツにはベアほどの膂力はない。押し負けてガッツは地面に叩きつけられてしまった。
勢いよく固い洞窟に叩きつけられたせいで、ガッツの鎧の一部が砕けて破片が舞う。
「くそっ!」
倒れたガッツを守るため、ヘーハイトスが三本の矢を立て続けに放つ。しかし焦って放たれた矢はオーガの硬い肌に弾かれてしまう。
「ああああああ!!」
オーガはガッツに止めをさそうと大鉈を振り上げる。させるものかと、立ち直ったベアが先に戦斧をオーガに叩きつけた。戦斧はオーガの胸を浅く斬りつけ、動きが鈍る。
「はぁっ!」
そこにクイナスがオーガの腕に斬撃を見舞った。仲間を殺させはしない。決死の一閃は、ついにこれまでの戦いで傷ついていたオーガの腕をついに斬り飛ばす。
「グロオオオオオオ!!!」
鉈を持った右腕がボトリと落ちる。洞窟に響き渡るオーガの悲鳴。そして、
「ゴリアリィィィィィッ!!!」
闇の奥から姿を現した二匹目のオーガの雄叫びが冒険者たちに絶望を与えた。
*
真琴は空を飛んでいた。感じるのは浮遊感と腹から伝わる激痛。
骨は確実に折れている。内臓もいくつかやられているかもしれない。魔獣の、それも怪力が最大の武器のオーガの投擲をくらったのだ。腹がちぎれていない分、まだましなのかもしれない。
「くそ……」
真琴はヘーハイトスの後ろに受け身も取れずに墜落した。
「マコト!」
すぐさまヘーハイトスが駆け寄ってくる。返事をしようとしたら代わりに口から大量の血がこみ上げてきた。喉が詰まりそうになって、体を持ち上げる。意識が飛びそうなほどの激痛がした。
「無事か!」
「何とか、な」
真琴のつけていた鎧はグチャリとへこんでいた。貴重な竜革と聖銀合金でできたものだったが、もう使えなさそうだ。
「先生の、教えがいきたってところだ」
真琴は衝撃の瞬間に、小さく跳びあがり、あえて身を浮かせていた。そのおかげで棍棒の威力の多くが分散され、死なずにすんだ。
「ヘーハイトス……皆まだ戦ってる。肩、貸して」
「おま……分かった」
戦況は冒険者たち有利から一気に劣勢へと傾いていた。クイナスがオーガの片腕を切り落とした。オーガはもう満身創痍だ。しかし奥から現れたのはもう一匹のオーガ。始めのオーガよりいささか小柄で、投げてしまって武器も持っていないが、無傷のオーガだ。戦闘で疲弊した冒険者たちにとって、それが絶望的な驚異であることに違いはない。
クイナスもヘーハイトスもベアだって戦いで消耗している。その上ガッツはオーガの一撃で意識朦朧としている。真琴も手痛い一撃をもらっていた。
この状態で戦っても勝ち目が薄すぎる。
「マコト……撤退だ!」
二体のオーガを前に、クイナスはすぐさま撤退を選択する。ベアとクイナスが意識朦朧としたガッツを担ぎ上げ、ヘーハイトスのところまで後退する。クイナスとベアは思いの他大丈夫そうな真琴を見て、ほっとした様子だった。
「足止めは……任せろ!」
新しく現れたオーガは投げた棍棒を拾い上げると、冒険者に向けて憎悪のこめて鋭くにらみつけた。
その視線に怯えることなく真琴は場に満ちている黄の精霊に干渉。魔眼の力も併用して陣を組み立てる。
「イウク イツト エバラン」
真琴の詠唱。編まれた陣は地面に溶け込み消えた。そして精霊位階から物質位階への干渉が起こる。
「グラァ!?」
真琴たちとオーガの間の地面が一気に高く伸びる杭になった。幅はおおよそ四メートル。高さは真琴の腰のあたりまで。さすがのオーガでも一歩では飛び越えられない距離だ。
頑丈な大地の杭だ。無理に踏み越えれば、オーガの足はただでは済まない。不可能ではないだろうが、時間稼ぎには十分だ。
「今のうち……に!」
「おう!」
冒険者たちはガッツと真琴をかついで、駆け足で洞窟の出口を目指していった。ヘーハイトスの肩に後ろ向きに担がれた真琴は、オーガと直接目を合わせる形になった。
「グロロ……」
オーガは杭と真琴たちを忌々しそうににらみつけるだけで、追ってこようとはしてこなかった。




