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第54話 六色細剣


「ビヘイヨのやつが持って来てたっていうのはそれか……」

 イラが箱を開けると、中には真紅の結晶があった。最高純度の精霊結晶だ。

 イラの手にする赤色結晶を見て、真琴は呟いた。イラの手の平と同じくらいの精霊結晶は、表面は凹凸の多い、まだ加工されていない状態であるが、窓から射す光を映してキラキラと綺麗な光を発していた。

 戦うための道具と分かっていても、つい見とれてしまいそうだ。


「はい。この赤色結晶を削って『六色細剣』のシリンダーに入れ込みます。それでようやく『六色細剣』も完璧に使えるようになります」

 イラの顔にはほっとしたような笑みが浮かんでいた。イラの愛用する『六色細剣』は森に出てきた怪物との戦いの際、赤色結晶を失ったせいで使えなくなっていた。

 その後の帝国やエクスとの戦いでも感じたことだが、やはり六色細剣があるかないかの違いは大きい。


「特にこの剣は戦争の最初期から使っている大事なものですからね」

 イラは六色細剣を手に取り、刀身を撫でた。貴重な純聖銀で作られた刃は一切の曇りがなく、イラの髪と同じ銀色に輝いている。刃元についているシリンダーからは未加工の赤色結晶と同じ、最高純度の精霊結晶が覗いている。シリンダーから伸びる柄にはよくなめされた動物の皮が張りつけてある。

 戦争が終わっても、機能が欠けても手入れを欠かしたことのないイラの相棒だ。根幹と言うべき『憤怒』の原典と六色細剣のどちらかを選べと言われても、イラは六色細剣を選ぶだろう。それだけ思い入れを持って大切に扱ってきた。


「ふぅん。ところで先生の六色細剣って俺にも使える?」

 イラの口ぶりから、六色細剣に入れ込んでいることが伺えた。玉石であるイラが入れ込むだけの性能が六色細剣にあることも、イラと森の怪物の戦いを見ていた真琴には分かる。

 まさしく六色細剣はイラの愛剣だが、その愛剣は誰にでも使えるものなのだろうか。


 イラは少し考えた後に首を振った。

「難しいでしょうね。使い慣れた自分や精霊器の扱いに慣れた“黒”のニントスならばともかく、精霊術士をようやく名乗れるようになった真琴にはまだまだ扱いきれるものではありません」

「そっか。残念」

「そうなんですか?」

 イラが聞くと、真琴はペロリと舌を出して答えた。


「だって六色細剣を使えれば、俺と先生との差を縮めれるかもしれねぇだろ?」

「馬鹿者」

 真琴の額にイラはぺチンとデコピンをした。思いの他威力があり、真琴は後ろに倒れ込みそうになった。


「いったいな……」

「自分が言うことではありませんが、安易に武器で実力を埋めようとするべきではありません。ただでさえ真琴は戦う時に龍剣に戦闘力の大部分を依存しているんですから」

「ぅ……」

 イラの言葉に真琴はぐうの音も出ない。イラの言うことは紛れもない事実だ。


 触れた武器を軽々壊してしまう破壊力をもった刃に、並の炎を優に上回る白炎。不可視分裂の斬撃に、視認困難な加速。いずれも強力な能力で、相手が強敵になればなるほど龍剣の力に頼らざるを得ない。

「つっても龍剣は俺にしか使えないんだし、武器の力だって俺の力の一つだろ」

 とはいえ武器に頼っているとイラには言われたくなかった。特にイラは自分の体に精霊器という「武器」を埋め込んで、実力をかさ増ししている。イラ自身もそう言っている。道具に頼ることが悪いことなわけがない。


「手札の厚みの話です。一つの武器に頼ることがいいわけではありません。仮に真琴。龍剣が使えない状況に陥った場合、あなたはどう戦いますか?」

「それは……」

 イラの切り返しに、真琴は腰に差したままだった龍剣に目を向けた。黄金の装飾がされた頼もしい剣が無い状態なら、自分はどう戦うのか。何パターンかシミュレーションしてみて、真琴は口を開いた。


「まず龍剣がないなら代わりに『勤勉』の数打ちを使うよな。そんで剣で戦いながら魔眼とか精霊術も使う」

 真琴は女神様から与えられたチートで、素の身体能力も精霊術の適性も最大限にまで引き上げられている。最大の武器である龍剣がなくても全く戦えなくなるわけではない。

「ですがそれでどれほどの相手を倒すことができますか?」


 考えて、分かっていたから反論はできない。イラの言う通り、手札の厚みの問題だ。

「どうだろうな。トコイルなら多分勝てると思う。ってか勝った。でも魔獣人間は龍剣があっても無理だったし、トコイルくらいの騎士三人に囲まれでもしたら正直自信ない」

 龍剣があれば打てる手はいくらでもある。が、ないなら駄目だ。龍剣がないなら真琴は凡庸な騎士から半歩出たようなの戦い方しかできない。

 龍剣の炎の効果が薄かった魔獣人間との戦いでも、苦戦を強いられた。


「自分も同意見です。『勤勉』の魔剣にしても、せっかく持っているのだからもっと使えばいいんですよ。特に『勤勉』の空間内活性の異能は抜かずとも使える能力です。精霊操作の魔眼と合わせれば君はもう一段階上に進める。未だに荒の多い精霊術ももっとましになりますよ」

 少なくとも、魔眼の操作の力を使わずとも緑の精霊術ならば真琴は簡単なものであれば中級を使えるのだ。中級の精霊術を使えるのであれば精霊術士を名乗れる。


「なまじ便利で強力な龍剣があるからこそ、他の部分がおざなりなんです」

「先生はそうじゃないってか」

「自分で言うのもなんですが、いつ如何なる時でも戦えるようにとしてきましたからね」

 六色細剣を手に持ったまま、イラは肩をすくめた。


 イラは精霊器を戦いの中で用いる。特に使うのが六色細剣だ。シリンダーを入れ替えることで初級の単色精霊術を無詠唱で行使でき、さらに引金を引けば下級、一節詠唱すれば中級の精霊術すら使うことができる。真琴には伝えていないが、それ以上の性能もある。

 ただ無詠唱で行使できるのは初級だけであり、玉石クラスの精霊術士でなければ有用な武器になりえない。また操作に独特なくせがあり、慣れるまでは普通に精霊術を使った方がいい。イラ好みの玄人向きの精霊器だ。


 龍剣がなければ大きく戦力を落とす真琴と違い、イラは六色細剣がなくても戦える。精霊器がなくても内蔵している魔眼などの体内に埋め込んだ精霊器があるし、精霊術が使えなくなっても武術が、武術が使えなくなっても精霊術がある。現に根幹である『憤怒』の原典と六色細剣がない状態でもエクスと戦えた。

 “玉石”の中で誰よりも手札が多い自信がある。その一枚一枚の厚さもだ。一枚の厚みでは他の玉石に劣っても、総合力なら負けない。


「だから真琴も如何なる状況でも生き延びられるようにするべきです」

 と言ってイラは話をしめた。イラは改めて六色細剣と赤色結晶を交互に眺めた。


 これから赤色結晶を六色細剣のシリンダーの形にぴったり合うまで削らなければならない。赤色結晶はたった一つ。失敗の許されない、神経を削り取るような作業になりそうだ。

 『四色昆』を作った時はそこまで精密に作っていなかった。()()()()()()だけに、どれくらい作業に時間がかかるか検討もつかない。赤色結晶をはめ込んだ後は起動のテストや細かな調整をしないといけないし、これを機に、刻んだ陣の調整や変更もしたい。七日はかかりそうだ。


「ん?」

 そこでふと、イラは違和感を覚えた。六色細剣に目を落とし、顎に手を当てる。おかしい。記憶と現実に齟齬(そご)がある。

 六色細剣はイラが無名の頃、初めて帝国兵を殺した時にも使った武器で、イラが組み上げた相棒。希少な純聖銀や精霊結晶を惜しげもなく使った最高傑作。イラがロエ村から生き延びて、体にいくつも精霊器を埋め込み、醜い笑顔を浮かべて敵を殺した時、無垢な銀色は赤色に濡れた。復讐心の中に、身の丈に合わない武器は使いにくいと思ったのだっけ。


「なんだ?どこがおかしい?」

「いきなり考え込んでどうしたんだよ先生」

「あ……」


 イラの思考は真琴の一言で断ち切られた。もやもやとしたものが遠いどこかへ消えてしまう。

 眠る時に見る夢のように、イラは自分がさっき何を考えていたか曖昧になってしまった。


「何でもないです。久しぶりにお説教をしたら疲れてしまったのかもしれません」

「……それは俺が成長した証ってことにしとくわ」

「ははっ」

 冗談めかして言う。真琴の返しに笑って答えたイラは、すぐに忘れてしまうのだから、大したことを考えていたわけではないのだろうと思うことにした。


   *


「ところでこの後はどうすんの?」

 鎧を脱ぎ、私服姿になったところで真琴は口を開いた。

「えぇ。自分はしばらく六色細剣の方に付きっ切りになるので、真琴に訓練をつけることはできそうにないですね。そうでなくとも町中で剣を振り回すのもどうかと思いますし」

「ならクイナスたちのところに行ってもいいかな」


 真琴の言葉にイラは息がつまりそうになった。イラは気取られないようにゆっくりと呼吸を落ち着けて真琴を見る。

 真琴の顔には不安や迷いはあっても、イラに対する悪感情はないように見えた。頭に一瞬浮かんだ嫌な想像を振り払う。


「……それは、イゾの町にいる間は彼らと行動を共にするということですか?」

「それ以外に何があるんだよ」

「いえ、そうですね。その通りです。どうしましょうか」

 反対する理由はない。真琴もクイナス達には色々思うところがあるようだし、真琴を縛る理由がイラにあるわけでもない。

 何となく真琴から距離を置きたくないという、イラの心情は置いておいてだ。


「それがいいかもしれないですね。真琴は元々冒険者なわけですし、久しぶりに冒険者として依頼を受けるのもいいでしょう。自分がどれくらい成長したかの指標にもなるでしょうし」

「そ……っか。ならそうするよ。もし遠方の依頼とかを一緒にすることになったらしばらく戻ってこないかも。連絡はするけど」

「わかりました」

 そう言うと真琴は龍剣に手を伸ばしかけた後、『勤勉』の剣を手に取り、部屋を出て行った。


「急に静かになりましたね」

 真琴がいなくなった部屋は妙に静かだ。窓の外から聞こえてくる喧騒も遠いもののように感じる。半年前は当たり前だったはずなのに、真琴はイラの中に深く入り込んでいる。


「今は六色細剣に集中ですね」

 ため息を一つついて、イラは赤色結晶に向き合った。

イラの思考の辻褄があっていないのは伏線です。

感想、ブクマ、ポイント評価をいただけると嬉しいです。また三章をどうにか書き上げることができたので、終わりまで連日更新続けられそうです。

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