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第53話 カールランス商会


「すみませんでした」

 酒屋から少し離れた公園で、イラは四人に向かって頭を下げた。


「いや、俺もすまない。酒に酔って調子に乗ったようだ」

 ヘーハイトスも同じように頭を下げる。酒を盛大にぶちまけたのはイラだが、ヘーハイトスも煽った一人だ。酒に酔っていたから、では言い訳にならない。


 結局、酒を噴き出したイラは正気に返り、大事な店と商品を酒で濡らされた店主も同じく正気に返った。酒を飲んだイラも、勧めた店主も悪くない。強いて言えば酒が全て悪い。そういう結論に自然と落ち着いた。

 ただわびとして彼らの手に残ったのは勧められていた『灼熱の湖』と四分の一にまで減った『玉石殺し』。正直扱いに困る。


「とりあえず、宿屋を目指そうぜ。一端、落ち着こう」

「そうですね。そうしましょうか」

 真琴の提案に、イラと“龍王の咆哮”たちは頷いた。


   *


「酒というものは、飲むと舌が馬鹿になるようですね」

「先生は明らかに舌以外のところも馬鹿になってたけど」

「……とにかく、味覚以外にも色々と狂ってしまうようです。あまり飲むものではないですね」

 酒は初めて飲んだが、視界がグラグラするし、吐息も臭う。何より具合が悪いし五感そのものが鈍っている。そのせいで『操糸』や『追憶の義眼』『見霊の義眼』といった肉体に直接埋め込んだ精霊器の制御が甘くなってしまっている。


 玉石クラスの人間でも、過ぎた酒は毒になる。それが身に染みて理解できた。

「どうして人は酒を飲むんでしょうね」

「酒飲んで、馬鹿やることで気持ちを楽にしてんじゃねぇの」

「マコトの言う通りだろう。酒は口を軽くして、普段は言えないことも言えるようにしてくれる。ガッツなんて普段はしゃべらねぇくせに、酒に酔うと聞いてねぇことまで……」

「クイナス。やめてくれ」

 がやがやとだべりながらイゾの町の通りを見物する。武器屋や果物屋、小物屋から衣服屋まで。イゾの町の人々の表情は明るく、活気がある。見て回るだけでも楽しかった。


 大通りを抜けて、ビヘイヨがいるという宿屋にたどり着いたのは太陽が傾き始めた頃だ。


 木陰の小鳥亭は大通りにある宿屋の中では、比較的小さなところだった。外観は他の建物と同じ青みがかったレンガでできていて、木製の扉の上には可愛らしい小鳥を模した看板がかかっていた。

 屈強な男よりも齢若い少女が好みそうな、品のいい宿屋だ。それでいて裏手にはしっかりとした馬屋もあり、覗くとビヘイヨの馬車が見えた。


「お、おぉ」

 扉を前に、屈強な男たち四人は入りづらそうに立ちつくす。明らかな場違いを感じていた。

 例外はイラだ。「何してるんですか?早く入りますよ」とイラは冒険者たちを横目にさっさと扉を開けた。中から爽やかなハーブの香りと、真新しい木の匂いが漏れる。それでクイナス達はますます入りにくそうにした。


「クイナス。とっとと入ろうぜ。ここでぼさっとしててもどうしようもないだろ」

 真琴はためらいもなしに宿に入るイラと、足踏みするクイナスたちを交互に眺めて言った。


   *


「先ほどぶりですね。イラ様。真琴さん。冒険者の皆さん」

 宿屋の一階はどうやらカフェになっているらしく、ビヘイヨはそこで紅茶を飲んでいた。彼はおどおどとした雰囲気でちびちび飲んでいたが、イラに気づくとまた姿勢を正し、商人の顔で手を振った。

「えぇ」

 昼食には遅すぎ、夕食には早すぎる時間。カフェの中にはビヘイヨの他には若い女の店員の姿しかなかった。彼女はビヘイヨがイラに答える姿を見ると、カウンターの仕事に戻っていった。イラは真っ直ぐビヘイヨの元へ歩み寄ると、未だに入り口付近でためらっている冒険者たちを指さした。


「彼らがあなたに用があるようですよ」

「そうでしたか。依頼達成の件ですね。教えていただきありがとうございます」

 ビヘイヨはにっこりと微笑み、紅茶を飲み干して入り口へ向かっていった。中に入らなくて良かったと、クイナス達の安心している姿が見えた。


「そんなに入りにくいところではないと思うのですがね」

 こじゃれた内装。細部まで目の行き届いた居心地のいい空間。木製の穏やかな雰囲気に棚や机に置かれている幼い少女が好みそうな小物が可愛らしい。

 やかましい酒場よりもイラはこうした静かな場所が好みだった。こうした中で飲む紅茶は美味しいだろう。現に真琴はためらいなく店の中に入ってきた。


「すみません。ここの宿はまだ空いていますか?」

 せっかくだからここに泊まろうとイラは決めて、カウンターにいた店員に声をかけた。若い女の店員はイラの風貌を見て、パチパチと瞬きをした後、

「え?あ、はい。空いていますよ」

 と答えた。


「そうですか。ではお願いします」

「ええと、何名様ですか?」

「そうですね……」

 イラが入り口を振り返ると、両手でバツを作るクイナスたちが見えた。宿の様子を見て、泊まるのをやめたらしい。“龍王の咆哮”は別の宿。真琴はイラと同じ部屋に泊まるだろう。


「二人で。それと広めの部屋はありますか?」

「広めの部屋ですか?なら狭めの四人部屋が空いていますが」

「その部屋をお願いします」

「分かりました。四人部屋ですと、一泊銅貨五枚です。食事をつけるならまた別にお代金をいただくことになりますがよろしいですか?」

「構いません」


 宿の雰囲気が気に入ったイラは、空き部屋があってよかったと思った。

「珍しいですね。お客さんみたいな人がこういう宿に泊まるなんて」

「そうですか?」


 精霊結晶の加工にどれくらい時間がかかるだろうかと思案していると、イラの姿を見ていた店員が言ってきた。店員の言葉にイラは首を傾げる。確かに木陰の小鳥亭はどちらかといえば男よりも、女が好みそうな内装をしている。しかしビヘイヨも泊まるようだし、男の客も珍しくないのでは。

 と思ったイラだが、店員の次の言葉に目を見開くことになった。

「だってお客さん、強いでしょう?強い人はこういう可愛らしい宿にはあまり泊まらないですから」


 見破られた?イラは反射的に店員を警戒する。だが店員の目線はイラの腰にある細剣に向けられていた。

「こういう商売をしていると、身なりや雰囲気で何となく相手の素性が分かるんです。不快に思ったらすみません」

 店員は微笑して答えた。まだ二十歳にも達していないだろうに、随分と落ち着いた店員だ。


「いえ、ちょっと驚いただけです」

「でも珍しいと思っているのは本当ですよ。こういう内装のお店って、戦う人には避けられることが多くて。泊まるのは商人さんや女性の方がほとんどなんです」

「自分はこうした場所は好きですよ」

「へえ意外」


 イラが精霊器を作る時、それが戦闘用であればもっぱら機能性のみを重視する。外観の良さなど一切考慮しない。あえて追及するなら機能美だ。しかしちょっとした小物や日用品のようなものであれば意外と凝り性なイラだ。

 実は新ロエ村の家に置いていた紅茶のカップも、王都からわざわざ取り寄せたもので、結構なこだわりを持っていたりする。


「品がよくて素敵だと思います。この町にどれくらい滞在するか分かりませんが、しばらくよろしくお願いします」

「お話は終わりましたか?」


 イラと店員の話が終わったのを見計らって、クイナスたちと話をしていたビヘイヨが話しかけてきた。

「ええ。自分たちもしばらくここに泊まることにしました」

「そうですか。この宿はいいですよ。部屋が綺麗で食事もいい。何より泊まっている客の品がいい。私のような臆病者にはそれが何よりです」

 はっはっはとビヘイヨが笑う。どことなくわざとらしさを感じて、真琴は眉をひそめた。


「それで、何か要件が?」

「いえいえ大したことではないのですがね、私もイゾの町には商売のためにしばらく留まるつもりですので。町にいる間にどこかで食事でもどうかと」

 ビヘイヨはニコニコと顔に笑みを浮かべているが、それが作り笑いであることは真琴にも分かる。ビヘイヨの目の奥には商人の欲でギラギラと輝いていた。


「先生……」

「いいですよ」

 ビヘイヨから不愉快なものを感じた真琴は誘いを断るように言おうとしたが、それより先にイラが答えてしまった。


「自分にも都合がありますから、詳しい日程は後で。それでいいですか?」

「もちろんです」

 イラの返答に、ビヘイヨは満面の笑みを浮かべてクイナスたちの元へ引き返していった。


   *


「いいのかよ先生」

「何がですか?」


 木陰の小鳥亭は一階が喫茶店で、二階と三階が宿となっていた。部屋数は少なく、二階、三階合わせて十部屋程度。イラたちが入ってきた時点ですでに八部屋は埋まっているようだった。大通りから外れた店でこの入りだから、知る人ぞ知る名店という扱いなのかもしれない。

 イラと真琴の部屋はベッドが二つと眠れるソファが二つ置いてある部屋で、通りに面した窓がついていた。荷物を置いて一息ついた真琴が言った。


「あのビヘイヨって奴のことだよ」

「あぁ」

 備え付けの机を確認し、十分なスペースがあることを確認したイラは荷袋からやすりや小刀、はかりなどを出しながら返事をした。


「なんか嫌な感じなんだけど、信じていいの?」

 真琴はビヘイヨから嫌な感じを受けていた。それはエクスの時も感じたが、この二つは大きく違う。エクスは彼の生真面目さや騎士の堅苦しさに拒否反応が起きたが、ビヘイヨからは薄汚れた欲を感じるのだ。

 人によってがらりと態度を変える姿も、正直気にくわない。


「信じていいということはないでしょうね」

「おい」

 イラはあっさりと言葉を返した。ビヘイヨは商人だ。商人は自分の利益のために行動する。国のために働く兵士や騎士とはそこが大きく異なる。

 商人もそれぞれだろうが、商人を名乗る人間は大きな利益のためならいつでも裏切る可能性があるとイラは考えている。戦時中、精霊器を作るための素材集めで様々な商人を見てきたイラの経験則だ。


「ですが、彼の父親とその商会は信用できます。信頼も……わずかなりともあります」

「あいつの父親?」

「はい」

 はっきりいってビヘイヨ・カールランスは信頼できない。仮面の使い分けもそうだし、未熟だ。商人として欲を持つことはいいが、いささか欲に走りすぎな様子がある。


「ビヘイヨ・カールランスとは今回が初対面ですが、彼の父とは戦争中からの知り合いなんです。ビヘイヨさんの属するカールランス商会は彼の父、ビルマ・カールランスが一代で築き上げた商会なんですよ」

 ビルマ・カールランスはしがない露天商から始まった商会をわずか二十年で王家御用達の大商会にまでの仕上げた豪傑だ。


「とにかく……商売っ気にあふれた人で、会話の全てを商談に持ち込もうとする人でしたね」

 言葉を選ばなければ守銭奴、よく言えば無類の商売人。商売のためとあれば、全く戦えない身で口を開けば「帝国殺す」としか言わなかったイラと商談をやってのける。


「ですが、信念があったようで、ビルマは王国を裏切れるタイミングが何度もあったはずなのに、裏切ることはありませんでした」

 国力の欠ける王国よりも、帝国についた方が圧倒的に利は大きいはずなのに、だ。実際ビルマに帝国からの密書が何度か届けられたことがあるらしい。


「よくわかんねぇけど、あいつの親父がいい奴だからビヘイヨにも手を貸してるってこと?」

「少し違いますが、そういう理解でいいですよ。それにビヘイヨはこれを届けてきてくれたのですから」

 イラは机の上に置いていた粗末な箱を手に取って言った。

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