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第52話 飲みすぎ注意

 悪乗りしました。


「随分と復興が進んだんですね」

 ようやくのことで関所を抜け、町を囲む城壁の中に入ったイラ。イラは目の前に広がる光景を見て呟いた。


 見えるのは真新しいレンガ造りの建物の群れ。道は大通りと細い路地がくっきりと分けられ、碁盤目状になっている。町に住む人はもちろん、外から来た人にも分かりやすい作りだ。

王国の建物は村では木や土で作られたものが多いが、城壁がある町になると頑丈なレンガ造りが増える。一様に青みがかった灰色のレンガで作られた建物が並ぶ光景はそれなりに絶景と言ってもいいだろう。

「この町並みの背景に、王国と帝国の戦争がなければの話ですがね」


 同じ建材の建物に、規則正しい町並み。それは裏返せば最初から計画を立てて、作られた町ということに他ならない。人の増減に従って町を拡大していった町はもっと建物も道も雑多だ。

 実際、イラが戦時中町に攻め込んだ時はそうだった。新しい建物と古い建物が入り混じり、裏道、抜け道がいくつもあった。イゾの町は帝国軍の拠点になっていたから、イラは町の機能を停止させるために、帝国が使っていた建物を積極的に破壊していた。終戦時には、ほとんど瓦礫と更地だらけというありさまだった。

 そう言う意味では、今のイゾの町を作ったのはイラとも言える。イラがいなければ、イゾの町はまだ以前の町並みを保っていたはずだから。


 町一つを破壊。どう考えても、敵よりも大きな被害を出している。帝国兵を殺し、王国から撤退させるためだったとはいえ、後悔はしないが反省くらいはする。


「ここがイゾの町か。王都よりもきれいじゃねぇ?」

 一番通りと名付けられた大通りを歩きながら、真琴はきょろきょろと辺りを見回す。

「復興の一番進んだ町ですからね。戦後、王国はイゾの町をまるごと作り直したんですよ」

 イラがイゾの町を誰よりも破壊した、とは言わない。


 イゾの町は王国東部の拠点になりうる町だ。王国東部の都市ペリほどではないが、貿易にしろ、戦術的に考えても要となりうる。

「王国東部は麦が名産だ。美味い酒があるといいがな」

 大通りには当然酒屋もある。そこに目を向けながらクイナスが言った。

「どうでしょうか。自分は酒を飲んだことがないので」

「ん?クイナスはこの町来たことねぇの?ってか、先生酒飲めねぇの?」

 真琴はイラとクイナスの二人に視線を交互にやる。

「あぁ。“龍王の咆哮”は西部か南部を中心に活動していたからな。後は時々中央に寄るくらいで、東部はこの依頼が初めてだよ」


 後でビヘイヨと達成証をもらうためにギルドに行かなきゃな。とクイナスが言った。ビヘイヨの護衛依頼は、イラに赤色結晶を渡した時点で達成扱いにされていた。他の積み荷はイゾの町で売るつもりらしい。


 冒険者ギルドの護衛依頼は依頼を受けた時に依頼人に「達成証」と呼ばれる紙が渡される。これは冒険者と依頼人が紙を等分して持っておき、護衛が終わった時点でそろってギルドに行き、ギルドで達成証を渡すことで依頼が完了になる仕組みだ。

 達成証には依頼人の名前や護衛の行路。日数や条件などが書かれてある。達成証を等分するのは依頼を受けた、受けてないなどの冒険者と依頼人のどちらかが不正をするのを防ぐためだ。

 今回の依頼では、ビヘイヨが新ロエ村に届けものをした後、帰路でイゾの町に寄る予定だったので、達成のうんぬんについては何ら問題はない。


「そっか。そういえばそうだな。んで先生は……」

「酒を飲むような余裕、あの頃の自分にはなかったですからね」

 貧しい村には若輩者のイラに回すような酒はなかったし、まず無理に呑ませようとする村人がいなかった。戦争中は飲もうだなど微塵にも思わず、それは戦後も同様だった。酒を飲んでも過去は変わらない。むしろ、思い出したい過去と思い出したくない過去が同時に蘇ってきそうで怖かった。


「たしかあの狐野郎は二番通りの木陰の小鳥亭ってところにいるって話だったな」

 イラと真琴が話している隣で“龍王の咆哮”はこれからの話をまとめていた。

「ああ。なら俺らもそこに泊まるか?あいつは行商で王国のあちこちを回ってんだろ?カールランス商会は金を持ってるし、いい宿も知ってるはずだ」

「分かった」


「ふぅん。俺は飲んだことあるけどな」

「なんで少し自慢げなんです?」

 ふんすと鼻息を上げる真琴に、イラはやや呆れた様子だ。


「酒!美味い酒はいらんかね!」

 そこで真琴の耳に客引きの声が聞こえてきた。大通りにあるにしては小さな店構えだったが、薄暗い店内は中々に雰囲気があった。


「ちょっと寄ってみないか?」

「ん?酒か?」

 真琴の言葉に食いついてきたのはクイナスだ。彼は真琴が目をつけた酒屋に気づくと、にんまりと笑みを浮かべた。


「いいな。ちょっと試しに飲んでみるか。イラさんも試しにどうだい?」

「考えておきますよ」

 クイナスの言葉にガッツとヘーハイトスも頷く。こうなると断りづらい。イラも頷き、五人は酒屋をのぞくことにした。


   *


「んお!強そうなのが来たなぁ」

 店の前に立つと、酒屋の店主が真琴たちを見て言った。

「そういうあんたはドワーフみたいだな」

「は?ドワーフ?」

「あ、いやなんでもねぇよ。気にすんな」


 きょとんとする店主に真琴が慌てて手を振る。店の中にある酒樽の列にずんぐりむっくりとした体。おまけにもじゃもじゃのひげを生やしているとなると、真琴はつい酒好きのドワーフを頭に浮かべてしまう。

 とはいえ、この世界にもドワーフはいない。もちろんエルフや獣人といった亜人の類もいない。今の真琴の発言は真琴以外には通用しない自己満足だ。


 異世界に来た当初は連発していた発言の数々も、今となっては恥ずかしい。そんな真琴をしり目に、クイナス達は店内に並べてある酒を見て回っていた。

「へぇ、結構いい酒が置いてあるんだな」

 五人も入れば歩きにくくなりそうな店内には、床にずらりと大樽が置かれ、その上にある棚には瓶に入れられた酒が並べてあった。ラベルを見ればクイナス達の知る有名な酒がいくつもあり、値段もそれなりに張るものが多かった。


「そりゃうちは町領主様にも酒を卸してるからな。定期的に王国のあちこちから仕入れてんのよ。気に入った奴はあるかい?」

「そうだな……このあたりで作られた酒はあるか?」

「イゾの町の近くでってことかい?ならこいつなんかはどうだ?安いが美味いぞ。ただ度数が高いから、飲むときは水で割んな」

 店主が棚から一つの酒瓶を取った。透明な瓶には琥珀色の液体が入っている。巻かれたラベルには『灼熱の湖』と書いてあった。


「ださ……」

 センスのない名前に真琴が苦笑する。店主も苦笑して答えた。

「まぁな!この酒を作ってる奴は変わり者で、だっさい名前をつけるんだよ。でも腕は確かだ」

「ふぅん。ちょっと呑ませてくれないか?」

「いいぜ。ちょっと待ってな」

 店主は一度店の奥に引っ込むと、小さなグラスを五つと飲みかけの瓶を持ってまたすぐに出てきた。彼はグラスに少し酒を入れると、カウンターの裏から出した水で薄めて、真琴たちに差し出した。


「ほらよ」

「ん。美味いな」

 クイナス達は酒を口に含むと、驚いた顔で酒の入ったグラスを見下ろした。真琴もグラスの酒をちびちびと舐めては、目を白黒させている。真琴にとっては、水で薄めてもまだ強いらしい。


「相変わらず真琴は酒に弱いな」

「うっせ。お前らが強すぎんだよ」

 ヘーハイトスに強がりで返しつつ、真琴はまたちびちびと飲んではくぅーっと頭を押さえている。美味い、まずいより先にアルコールが強すぎる。しかしこれ以上水で薄めるのは負けた気がして恥ずかしい。


「お?あんたは呑まないのかい?」

 冒険者四人を横目に、イラはグラスを持って固まっていた。視線はグラスの中にある琥珀色の液体に向けられている。

「え、ええ。酒はこれまで飲んだことないもので」

 困ったように言うイラに、店主はかっと目を見開いた。


「なんだと……酒を飲んだことがないなんて、人生の半分、いや九割は損してるぞ」

 言い過ぎじゃないだろうか、とイラは思ったが口には出さない。

「呑め呑め。男ならぐいっといっちまえ」

 店主の勧めにイラはまた困り顔だ。真琴は酒をちびちび飲みながら、自慢げな顏をしていた。ようやく勝った。真琴の心の声が聞こえた。


「しゃくですね」

 ここで引いては駄目だろう。イラは決心してグラスの中の酒を口に含んだ。店主が「どうだい」と鼻を鳴らす。


 口の中に広がる気品のある香りと苦み。その奥に潜む甘味。飲みこんで、イラはそっと目を細めた。

「初めて飲みましたが、案外おいしいものですね」

「だろ?」

 イラの言葉を聞いて、店主がパチンとウインクする。真琴はショックを受けた顔をしていた。

 イラは顔色変える様子一つない。店主が首を傾げた。


「初めてにしては強いなあんた。薄めても結構きついはずなんだが……もしかしてザルか?じゃなきゃ名のある騎士かい?」

「騎士だと酒に強いんですか?」

 聞いたことのない話に、イラは興味を引かれた。

「らしいな。俺も理屈はよく知らねぇが、体の中にある精霊が酒に打ち勝っちまうんだと」

「なるほど」

 おそらく無色の精霊の肉体強化で、アルコールを無毒化しているのだろう。内界位階を強化すると、毒や薬が効きにくくなる。アルコールも毒か薬と認識してしまっていると考えるのが普通か。


「ならそうかもしれません。自分も騎士の端くれですから」

「ほぅ!騎士様かい!ならこの程度じゃ酔えねぇな。酒は飲んでも美味いが、酔えたらもっといい。この酒は酔えんじゃねぇか?」

 酔わないイラに店主は思うところがあったのだろう。カウンターの裏から一本の瓶を取り出す。取り出された瓶を見て、真琴たちは顔を引きつらせた。


「それって飲めんの?」

「さすがにそれはやめておいた方が……」

 真琴が顔を引きつらせながら聞き、クイナスも止めようとする。店主の持つ瓶にはドロドロとしたどす黒い液体が入っており、半分ほど減った瓶の中で妖しく揺れている。

 店主は瓶を軽く振りながらニタリと笑った。


「こいつはさっきの『灼熱の湖』を作ったのと同じ奴が作った酒でな。『玉石殺し』って酒だ。王国最強の精霊術士を酔わせるために作られたらしいぞ」

「ま……」

 店主が瓶の蓋を開ける。途端、店の中にむせかえるような酒臭さが広がった。半ば酔い始めていた真琴は気持ち悪そうに口を手で押さえ、“龍王の咆哮”の中で一番酒に強いガッツですら、酒瓶から後退った。


「どうだい。お代はいらねぇ。一口飲んでみないか?」

 酒瓶をずいとイラの前に突き出す。店主の目はぐるぐると渦巻き、何かに取り憑かれているかのようであった。店主と酒の異様さに圧されて真琴たちは店の壁の端に寄り、店の中央に店主とイラが残る。


 その様子はまるで真剣勝負を挑む戦士のようであった。ただの酒の試飲であるのに。


「先生。やめとけって」

「そうだぞ。これは人が飲むもんじゃない。多分魔獣とかに呑ませて酩酊(めいてい)させるものだ」

 ヘーハイトスが切実とした顔で止める。しかしイラは目をつむり、ゆるゆると首を振った。


「いえ。ここまで来たら引くのは野暮というものでしょう」

「馬鹿野郎。いくらお前が“透徹”と呼ばれる精霊術士だったとしても、限界はあるはずだ」

 ヘーハイトスが大仰な手ぶりでイラを止めようとする。「なんかヘーハイトスまでおかしくないか?」とクイナスがつぶやいた。「あれ先生の目もおかしくない?」「……俺は何も知らん」と真琴の言葉にガッツはあきれ顔だ。


「確かに。ですが『玉石殺し』と呼ばれたこの酒を前にして、玉石の自分が逃げることが許されましょうか」

「それほどまでの覚悟があるのか」

「酒飲むためにそこまでの決意はしたくねぇな」

 クイナスのつっこみ。


「ええ。今は戦うべき時なのです。これでも戦場では自分、一度も逃げたことがないのですよ?」

「そうか……なら俺は止めない。だが安心しろ。骨は拾ってやる」

 格好つけたヘーハイトスのセリフだが、そばで見ているだけの三人は冷ややかな視線を送る。何言ってんだこいつと、その視線が語っていた。


「ありがとうございます。店主さん。グラスを」

「そんなもん、それこそ野暮ってもんだ。瓶ごとくれてやる。お代はいらねぇ。一気に飲み干せ。見ろよ?この酒、半分減ってるだろう?こいつは王国の騎士団長が半分飲んだからなんだぜ?」

 どや顔の店主である。

「ならなおさら引けませんね」

「一気だと……!?止めろ本当に死ぬぞ!」


「何言ってんだお前ら」

 イラとヘーハイトス、そして店主の掛け合いに真琴はいい加減白けた視線を送った。

「ヘーハイトスは確実に酔ってるな」

 クイナスが冷静に評する。ヘーハイトスは酒に弱いくせに飲みたがりだ。店内は暗いがヘーハイトスの顔が赤いことはよくわかる。ガッツは処置なしと首を振った。


「イラさんも、酔ってるんじゃないか?」

「先生が?」

 一見すればイラは酔っている風ではない。しかし普段よりもずっとはっちゃけていることを考えると、酔っているのかもしれない。

 酒と、後は雰囲気とかに。


「ではいきます」

 そうこういっている間にもイラは瓶を受け取り、それを高々と掲げていた。虹彩異色の瞳がその漆黒の酒を見つめている。


「懐かしいな。こんな気分は十三年ぶり。強くなるために初めて目を抉り取った時以来だ」


「先生!こんな茶番で大事なシーンを引き合いに出さないで!」

「いくぞ」

「くそっ!ここまで来たら応援してやるさ!いっけええええ!」

「こいやぁぁ!!」

 奇妙な空気の中でイラは瓶を口に入れ、ゴキュゴキュと中身を飲みこんだ。そして、


「ゴッハァァァァ!!」

 勢いよく口から酒を噴き出したのであった。

 正月ですが、皆さんも飲みすぎには注意しましょう、ということで。

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