第45話 一つの別れと一つの旅立ち
二章エピローグです。
これが後世、帝国と王国の第二次戦争の前哨戦とされる『新ロエ村防衛戦』の全てである。“玉石”三人の介入によりからくも勝利を収めた王国だったが、優秀な若い騎士の損失や“玉石”の苦戦など大きな傷と課題を負うことになった。
そしてこの戦いで初めて登場した軍服型の新武装である“霊装”。帝国の生み出した新装備はこれからの戦いを大きく左右するものとなる。
*
「ったく、お前らが来てから平和な村が大騒ぎだったよ」
「すまない……と言いたいところだが、私が謝ることではないよな」
「まぁな」
戦いが終わって数日。村から近くの町へと通じる街道。パラパラと雪が降る空の下で真琴とトコイルが別れを告げていた。
真琴の物言いに眉を八の字にするトコイルだが、彼に魔獣人間との負傷の跡はない。戦いが終わり、救出されてすぐにリリアーナが治癒の精霊術を使ったのだ。
トコイルは王妃から治癒を受けるなどとんでもないと遠慮していたが、リリアーナは構わず詠唱。トコイルは一部を除いてすっかり元通りになった。
「……ぷす」
「貴様。どこ見て笑っている」
真琴はトコイルの顔のある一点を見ていたかと思うと、突然ふき出した。ジロリとトコイルは真琴をにらみつける。
「いや、悪い悪い。でも、さ。その……くくっ」
真琴の視線はトコイルの顔……よりもやや上に向いていた。丁度、トコイルの頭辺り。
厚い冬の雲に切れ目がさし、光がトコイルの頭に射した。光を反射してトコイルの頭がキラリと光る。
こらえきれずに真琴はついに腹を抱えて笑い出した。
「あはははははははははは!何だよその頭!まじウケる!」
「う、うるさい!名誉の負傷だろうが!!」
リリアーナはトコイルの怪我を全て治した。だが一つだけ治せなかったものがある。
髪の毛だ。治癒の精霊術でも頭髪を生やすことはできないらしい。というよりも、
「髪を生やす精霊術はありますけど、将来はげる可能性が高くなりますが、どうしますか?」
というリリアーナのその一言にトコイルは「お願いします」と言えなくなったのだ。結果、トコイルの頭は現在綺麗にはげあがっている。ついでに言えば眉やまつげもない。数週間もすれば髪は生えてくるだろうが、それまでは、つるっぱげ状態だ。
「もう一度決闘を挑んでやろうか!」
「あはははは!あ、あーひひっ。ふ、ふぅ。ごめんごめん。俺が悪かった……ふひっ!」
槍に手をかけるトコイル。真琴は慌てて謝る。
「全く。お前という奴は。何度笑えば気がすむんだ」
槍から手を離し、ため息をつく。それからトコイルは背後の馬車に目を向けた。
「随分と少なくなったものだよ」
「そうだな」
トコイルの視線の先には、帰還の準備を終えた二人の騎士。二人の表情は暗い。三十人いたはずの騎士たちの、森の戦いでの数少ない生き残りだ。他の騎士は皆、怪物か軍服に殺されてしまった。
今回エクスが引きつれていたのは、若いが将来有望な騎士が大半だった。彼らの損失は頭の痛い問題である。
トコイルはこの数日の間にエクスから聞かされていた言葉が残っていた。だからこその要請であることはわかるのだが、トコイルとしては素直に頷けない。
「これからお前らも大変そうだな」
ぽつりと真琴が言った。
「かもしれんな。事情をろくに知らない貴族たちは団長を責めるだろうし、団長もそれを甘んじて受けるだろう。あの人はそう言う人だ」
敵が強大で、未知の武装を持っていたというのは理由にならない。エクスならそう考えると、トコイルは確信している。エクスは自分に誰よりも厳しい。騎士の損失について、理由を言うことはあっても言い訳はしないだろう。
全ては指揮官である自分の責任。エクスはそう言う人間だ。
だがエクスが騎士団長から下ろされることはないだろう。いかに貴族たちが声をあげようと、グランヘルムとリリアーナがそれを阻止するだろうし、まず“玉石”であるエクスに匹敵する後釜もいない。
しばらくは胃の痛い日々になりそうだ。トコイルはエクスの副官の一人として彼を支えるつもりである。
「ともあれ、今回の一件で私も自分の力不足を感じたよ。帰ったらまた修行を積まねばならん」
「そうかい。ま、それは俺も一緒だけどな。エクスとか先生、リリアーナ様がいなければ俺は今ごろリーリー言う怪物か死体だ」
真琴にしても、トコイルにしても、実力は十分にある。だがそれでも足りなかった。目指しているのは十分な強さではない。エクスやイラのような玉石並の強さだ。
「そろそろ出発の時間だが、団長たちは遅いな」
「何話してんのかねぇ」
二人して首を傾げる。エクスとイラは二人だけで話をしたいということで、イラの家にいた。真琴は事情を知らないのだろうが、トコイルはエクスから今されているであろう話の内容をある程度聞いている。
「さて、な。ただ私とお前はまたすぐに会うことになるのだろうな」
「ん?どういうこった?」
トコイルの言葉に瞬きをする真琴であった。
*
無言で紅茶を飲むエクス。彼はソファに座っているがすでに旅装、というよりも鎧『深海銀』を着て、魔槍『節制』をそばに置いたいつもの状態だ。
「それで。話とは一体何でしょうか」
「うむ」
エクスが突然話をしたいと言い出してから十分。エクスはずっと無言で紅茶を飲み続けていた。それほど言い出しにくいことなのだろうか。さすがにイラも待ち続けるのに飽きてきた。
「いい加減にしないと追い出しますよ?」
「容赦がないな」
エクスはイラの言葉に渋い顔になる。ちなみにこの場にはリリアーナもシイナもいない。戦いが終わってすぐ、報告のためと言って転移で帰ったのだ。その時にシイナも連れ帰っている。
『憤怒』の原典もまたすぐに取り上げられた。
ただ帰り間際、
「エクス。よろしくね」
というリリアーナの最後の言葉に、エクスが盛大に顔をしかめていたのが妙に印象的だった。
「はぁ」
エクスは紅茶の入っていたカップを机に置いた。中はすでに空だ。イラは次を注ごうとしたが、すでにポットにも紅茶は入っていない。
「エクスさん」
「話すさ。……実は私がここに来た目的は森の調査だけではなかった」
意を決した様子でエクスは話し出した。
「そうだったんですか?」
若干冷めた紅茶を飲みつつ、イラは声を上げる。
「ではどんな」
「イラ。お前を見に来ていた」
エクスはイラに新ロエ村まできた残りの理由を話した。前回の玉石会議でイラを中央に呼び戻すために、審査をする必要ができたこと。その審査をエクスがするようになったこと。
「なるほど。だからちらちら自分の方を見ていたわけですか」
「そういうことになるな」
何が目的かと思ったら。イラは内心苦笑した。こっそり審査するような真似をエクスは嫌う。だから言いづらそうにしていたのだろう。
「それで、審査の結果、自分はどうなのでしょうか」
「審査か。そういうとおかしな気もするが、いいか」
エクスはイラの虹彩異色の瞳をじっと射貫いた。
「イラ・クリストルク。お前は八年前と何一つ変わっていない」
そして揺るぎのない口調でそう告げた。
「はい」
イラもその言葉にうなずく。イラは変われたようで何一つ変われていない。帝国は憎いし、復讐に飲まれれば味方であるはずのエクスに剣を向けることにもためらいはない。
自分は辺境の地で復讐心を抱いたまま、身を埋めるのがお似合いだ。
「しかし」
「え?」
だが続けて発せられた否定に、イラは目を見開いた。
「変わりつつはある。少しずつだがな」
「そう、でしょうか」
エクスは嘘はつかない。だからこの言葉はエクスの本心だろう。イラは目を伏せ、胸に手を当てる。
「イラ。お前はまだ気づいていないだけかもしれんがな。私がまだ生きているのが証拠だろう。八年前のお前なら、彼の言葉で剣が鈍るなどありえなかった」
「彼?」
「マコト・カミヤ。存外芯のあるいい青年ではないか。あの弟子を大切にするといい。これは同じ玉石としてではなく、年上からの助言だ」
「自分と真琴は師弟ではなく、先生と生徒の関係なのですがね」
わずかに苦々しくイラは答える。
「同じことだよ。誰かを育てることで自分もまた育つ。私自身もそうだ。見えるものが変わるよ。だから彼とともにあるならば暗い闇の中にいるお前も、いつかは変われそうだ」
エクスはそう言ってらしくない微笑みを浮かべた。
「ゆえに」
そしてまたすぐに険しい顔を作る。
「私はお前に言い渡さなければならない。……お前の安寧の時は終わりだ」
「それはつまり」
「あぁ」
エクスは立ち上がり言った。
「中央へ来い。“黄の玉石”イラ・クリストルク。王国には、お前の力が必要だ」
そうしてエクスたちは馬車に乗って帰っていった。一つの大きな変化を残して。
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イラの王都招聘。これには真琴も含まれていた。エクスの見立ては真琴がいればイラは変われる。変わったイラならば王都に置いても大丈夫というもの。
元よりリリアーナはイラに真琴をつけたのだから、真琴一人が新ロエ村に残る意味もないし、真琴もイラから離れるつもりはない。
「さびしくなるね」
「暇になったら帰ってきますよ」
エクスたちが村を去ってから、六日後。王国各地から約七百の王国兵が村を訪れていた。元々は森に潜む帝国兵と戦うための人材だったが軍服は全滅したため、イラの起こした概念爆発の痕跡の修復と国境の警備へと変わっている。
村は警備の拠点として物々しい雰囲気へと変わりつつある。イラの愛した穏やかな新ロエ村は変わってしまうことだろう。
イラは王国兵から嫌われている。だから彼らの目の届かないところで村人たちはイラと真琴に別れの挨拶をしていた。
「王都か。イラも大変だね」
「マコト君。きちんと飯は食べるんだぞ」
「そうだそうだ。イラ君の言うことをよく聞くんだぞ」
「分かってるよ」
村人たちの温かい言葉に真琴は目頭が熱くなる。気づかれないようにとぶっきらぼうに真琴は答える。
「皆……短い間だったけどありがと、う、ぐぅ……」
だがこらえきれなかったのか、真琴は目から涙をこぼした。思い出すのはイラと初めて出会った日のこと。最初はこんな辺鄙な村、すぐにでも出て行ってやると息巻いていた。
しかしそんな生意気な真琴を村の人々は温かい目で見守ってくれた。村に来てからの数か月、ティアラやトクロ。他にもたくさんの村人たちに真琴は助けられてきたのだ。
特にもうこの世にはいないトクロのことは忘れられそうにない。
思えば、異世界に来て一年弱。イラとの修行に明け暮れた日々だったが定住した場所はここが初めてだった。新ロエ村は真琴にとっての第二の故郷だ。今なら胸を張ってそう言える。
ぐすぐす泣く真琴に対して、イラはすっきりとした表情をしていた。
「ティアラさん。村長。皆さん。今までありがとうございました」
「いいってことよ。あんたにはいつも助けられてきたしねぇ」
「君の家の鍵は私が責任を持って管理しておくから。安心してほしい」
ティアラは気風よく、村長は鍵をチャラリと見せながら言った。
「助かります。ですがもし村に危機が訪れたら遠慮なく家に入ってください。護身用の精霊器をたくさん置いておくので」
「そうするよ」
「皆さん。八年間ありがとうございました」
イラは村人たちに深々と頭を下げた。
「今の自分があるのは皆さんのおかげです。この恩は返そうにも返せそうにない」
「そんなことはないだろうさね」
ティアラはイラの元へ歩み寄ると、ポンポンとその肩を叩いた。
「今のイラ君がいるのはイラ君が頑張ったからさ。私らにできることなんて、見守って、迷ってたら一歩分の道案内をすることだけさ」
「それでも、ですよ。自分は、俺は馬鹿ですから。その一歩を間違えるんです」
復讐を果たせなくなり、道を見失ったイラはきっと一人では立ち直れなかった。ティアラは小さな手助けしかできないというが、その小さな手助けこそがイラを救った。
「だから、ありがとうございました」
「そうかい。ならこれからも頑張んな。応援するよ」
ティアラは最後にイラの肩を強く叩いた。細く乾いた老婆の手。だがその手は温かく、力強い。
「では」
その温もりとわずかな痛みを感じながら、イラは新ロエ村に背を向けた。真琴もイラの後に続く。
目指すは王都。イラの停滞していた時間は動きだし、大きな時代の流れへの一歩を踏み出した。
第二章 騎士の中の騎士と騎士あらざる騎士 終わり
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「ふふっ」
オウルファクト王国のあるヘルミオット大陸。その最奥で一人の女が嗤った。
腰には装飾のない双刀を下げ、どこにでもいそうな村娘の衣服を着たその女はさっきからずっとくつくつと嗤っている。
「やかましい。何がそんなにおかしいのだ。セラ」
「あぁ、おかしいに決まってるじゃない。リプス」
真っ暗闇の部屋の中で赤銅の肌を持つ男は問う。女はおぞましい笑みを浮かべたまま答えた。
「彼が拓かれたのだもの。嬉しくて嗤ってしまうに決まってるじゃない」
「彼?あぁ、『憤怒』が使われたのか。今あいつは誰が持っていたか」
「オウルファクト王国よ。イラ・クリストルクが現在の所有者。最も使ってすぐ取り上げられちゃったけど」
「イラ?……ほぅあいつか。なつかしい名前だ。あの坊主が『憤怒』を使っていたのか。ならカリウスも気に入りそうだ。あいつとカリウスはよく似ている」
「えぇ。だから私も期待してるの。もしかしたら、もうすぐ彼に会えるかもしれない。そのためなら私は何年、何十年、何百、何千年と待ち続けましょう」
「神代の時代から何万年と待ち続けたお前が言うと説得力があるな」
「ふふっ。そうでしょう?」
歴史の裏側に潜む二人。彼らが表舞台に出てくるのはまだずっと先のことだ。
カーン。男は作りかけの剣を槌で叩いた。
これにて二章完結。感想やポイント評価をお待ちしております。またブクマをしてくださると作者の励みになりますのでよろしくお願いします。
次話からしばらく閑話です。エクスのその後やイラの昔話、ガールズトークなどがあります。
また活動報告に二章のあとがきをのせました。よろしければそちらもご覧ください。




