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誰か俺に異世界人の指導の仕方を教えてほしい【更新停止中】  作者: クスノキ
第2章 騎士の中の騎士と騎士あらざる騎士
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第44話 騎士の中の騎士と騎士あらざる騎士


「了解いたしました」

「ちょ……おい!」

 無茶なリリアーナの命令にエクスは当然と言わんばかりに頷く。その様子に真琴は焦った。


「大丈夫なのかよ。あいつは攻撃をくらうと、それに」

「心配はいりませんよ」

 真琴の不安を見透かすように、リリアーナが答えた。


「エクスが騎士で、守るべき私がここにいる。そんな状況で彼は、“騎士の中の騎士”が無様をさらすことなどありえません」

 言っていることは意味不明。だがリリアーナの言葉にあるのはエクスに対する絶対の信頼。その信頼を前にして、真琴は口をつぐまざるを得ない。

 エクスはその言葉を背に、悠然と怪物に歩み寄る。


「ウレアノト ウスケ」

 そして“騎士の中の騎士”は己のあり方を実現する詠唱を始めた。


   *


「全くリリアーナまで出てくるとは」

 木々の燃える音と、それを静止させる氷結の音の響いていた森を遠目に、イラは持った刀を弄ぶ。

「それにこれまで持って来て」


 『大罪』の魔剣『憤怒』。その原典。これがあれば確かにイラは全力が出せる。だがどうしても収まりの悪さはなくなってくれない。


 『憤怒』の魔剣はイラにとってあの復讐と憎悪にまみれた日々を共に駆け抜けた大切な戦友にして、自分の罪と戦争の象徴だ。

 苦渋の思いで手放したそれが、一時的とはいえこうもあっさり返ってくるとどうにも調子が狂う。


「……考えても仕方がありませんね」

「どした、ですか?」

 少しの間そうしていると、村の方向から走ってきたシイナがイラに声をかけてきた。


「シイナさん?村の方々は」

「心配、ない……です。かてにライフルでじえ……してるです。少しの間なら」

「大丈夫、ですか」

 そういうことなら心配ないのだろう。新ロエ村の人々は皆戦争経験者。あるいは帝国による地獄を見させられた人達だ。その環境で生き残ったのだ。敵襲で臆することもないだろう。

 それに『憤怒』を持ったイラがここで敵を見張っていれば、彼らのもとに到達する可能性もない。


「でもわざわざなぜこちらに?」

「何か、強い気配がいきな……したです。だから、あれ?イラさ、その刀は」

「あぁこれですか」

 シイナがイラの持つ『憤怒』に目を向ける。イラは鞘に納められたままの刀をすっと掲げた。


「ここに今リリアーナが来ています。シイナさんが感じたという気配も彼女のものでしょう」

「はい?」

 イラの何気ない言葉にシイナは目を丸くする。


「きさき、さまが来てる……ですか?」

「はい。どうやらグランヘルムがおせっかいを焼いたようで。正直助かったというところでしょうか。リリアーナも森に入ったようですし」


 イラの心情うんぬんを全て無視すれば、『憤怒』が返ってくることは戦力的には大幅に高まるのだ。イラにとって『憤怒』はまさしく根幹で、イラの戦闘スタイルは『憤怒』を所有することでようやく完成する。


「なら、出番はない、ですかね?」

「いえ、どうでしょう。彼女のことです。転移で自分のところに敵を送り込んでもおかしくは」

 その言葉と同時にイラの目の前の空間がぐにゃりと歪んだ。リリアーナの転移精霊術。空気が張り詰める。二人は話を止め、それぞれ武器を構える。


「こんなことだろうと思いましたよ」

 シイナは負傷していない方の腕で『謙譲』を構え、イラは『憤怒』の原典を抜いた。


 八年ぶりに抜かれた『憤怒』の刀身。くすんだ灰銀の刃が冬の弱い光を受けて、鈍く輝く。その刀は久方ぶりの解放に喜びを示すように、小さくぶるぶると()()()


「シイナさんは下がっていてください。自分一人で十分です」

 歪みは広がり、そこから不可思議な怪物が這い出てくる。炎と水。赤と青と黒で構成された異形の存在。魔眼で見れば、真琴が魔獣人間と呼んだその存在が、以前イラが概念爆発で殺した存在とかなり近いものであることが分かる。


「リ……リガァァァァァゴロォォォズズズズ!!」

 黒々とした液状の肉体は炎を発し、歪な人型をとろうともがいている。イラはそれを冷たい目で眺めていた。


「こいつは、もしかしてあの狙撃手でしょうかね」

 イラはその怪物が狙撃銃を持っていることに気づいた。シイナと真琴が苦しめられた狙撃手。そのなれの果てがこの怪物というのなら、さすがのイラも眉をひそめる。


「なん、ですかこれ」

 ここまで哀れな怪物に成り果ててしまうと、憎しみを覚えることも難しい。冷えた思考で考えるイラの横で、シイナは怪物の姿に後退った。

「さすがに、きも……です」

「全くです。とっとと片づけてしまいましょう」


 転移は終わり、怪物はイラたちのいる草原に完璧に場所を移していた。イラはずるずると体を蠢かせ、人型になろうとする怪物に『憤怒』の刃を向けた。そして、


「『憤怒』、仕事だ。あの怪物を殺せ」


 そんな冷徹な言葉とともに、冬の草原が()()()()()()()()()()()()()()


   *


「ウレアノト ウスケ イラ イン オコク ウオヂシク アガウ」

 詠唱が終わる。瞬間、エクスの姿が掻き消えた。


「は?」

 真琴は間の抜けた声を上げる。エクスが消えた。同時に液状の怪物が切り刻まれた。


 霧ほどの大きさにまできり刻まれた怪物を前に、エクスが一度姿を現す。ふぅと息を吐く。彼の顔には敵を倒す喜びも、仲間を殺された憎しみもなく。

 純粋に、主の命を果たさんとする意志だけがあった。


 声を上げる余裕もなく、怪物は霧状にされた肉体を集めてまた元の形に戻ろうとする。だがその時にはすでに霧へと戻されている。その時だけ、エクスの体がどこかへ消える。


「どんな手品だよ」

「手品じゃないわよ」

 呆然として呟く真琴の横で、リリアーナが口を開いた。


「あれはただ()()()()()()()。エクスの槍技でしかないわ」

「嘘だろ?」

 エクスの体が消える。怪物が霧になる。それが続く。何度も。何度も。あれがただの槍でなったこと?強力な精霊術を使っていると言われたほうが納得がいく。


「事実です。武技を極めたその最奥。エクス自身の理想を、彼は固有術式で再現しているのです」

 騎士としての完成形、理想の在り方を具現化する。それがエクスの固有術式『騎士道』の力だ。誰よりも速く。何よりも強く。そして己にとっての唯一を守る力を。それこそがエクスの持つ最強の精霊術。


「私かグラン。守るべき対象がいなければ発動できないという欠陥こそありますが、今のエクスと戦うとなると、玉石でも真っ向から打ち合えるのは全力のイラくらいでしょうね」

 エクスから視線を外さぬまま、語るリリアーナはどこか誇らし気だ。


 エクスの戦いに、真琴は見惚れることはできない。極限まで高めた武技は他者を魅了するが、それもその武技が見えればの話。

 真琴の目にはエクスは消えて、現れているだけに見える。それだけしか見えないのだ。そんなものにどう魅了されればいいのか。


(実力差がありすぎる……)


 速いなんでものではない。強いなんて言葉では言い表せない。隔絶した実力。イラから感じたそれ以上のものを真琴はエクスから感じた。

「ん?待てよキサキサマ」

「何かしら?あとリリアーナ様でいいわよ」

 さらりと様付けを要求するリリアーナだ。一国の妃である以上、当然のことではあるが。


「ならリリアーナ様。あいつに、あのエクスに先生は勝てんのかよ」

 今のエクスはもはや見えない、理解できない相手だ。そんな相手にイラも戦えるというのか。


「えぇ。あくまでイラが全力を出せる状況でなら、『憤怒』の原典があるなら、という言葉がいりますけれどね。確かにエクスと比べればイラは遅く、力も弱い。武技の実力も劣っているでしょう」

 ですが、とリリアーナは続けた。

「こと精霊術と武技を組み合わせた戦闘においては、イラは負けませんよ。特に彼の根幹があれば、ね」


 リリアーナが言い終えると同時に、エクスの動きが止まった。霧と化した怪物が塵へと変わり、消えていく。森を虐殺で飲みこんだ怪物の最後の一体はついに滅ぼされたのだった。


   *


 滅びた怪物を前にエクスは思う。

「なんと私の弱いことか」

 エクスの固有術式『騎士道』は理想の自分を体現する。すなわちエクスは玉石となってもなお、理想とする自分にたどりついていないのだ。


 己を鍛え上げれば上げるほどに、理想が高まるということもあろう。実際、初めて固有術式を使った時よりも、今の方が理想は高く、体現する自分も強い。

 だがエクスの固有術式は決して不可能を可能にするものではない。あくまで終極を一時的に我が身に下ろすだけの精霊術。つまりエクスは固有術式など使わずともこの領域にたどり着けるはずなのだ。


 それができないということは、エクスがまだまだ未熟だという証。弱いという証明だ。

「果ては未だ遠く、私も修練が足りないな」

 『騎士道』を使った自分と使わない自分の差。絶望するほどの差だが、その差を埋めるために奮起するだけだ。



   ***   ***



   ***   ***



 『憤怒』。それは久しぶりの解放に喜んでいた。その身の柄を取り、刀身を空の下に晒し、名を呼ぶ。呼んだのは、かつて何度も名を呼んだ男だった。

 以前と変わりがないか、『憤怒』は男の魂とじろじろと観察する。……相変わらず異様な魂のあり方をしている。『憤怒』は異物と負の感情にまみれた魂を見て思った。


 だがしかし、最後に解放された時とは少し違う。暗く、闇の深かった魂に少しだけ光が射していた。空虚な寂寞の中にある感情。まだ形をもたぬそれに『憤怒』は目を細める。


 どうやら己の使い手は変わってきているらしい。もし彼の魂に宿ったその感情が名前を持つほどに膨れ上がった時、


「僕はどんな世界を広げるのだろうね」


 『憤怒』は叫ぶ。使い手の心のあり方で世界を塗り変えるために。『憤怒』は()える。『憤怒』自身の果たされぬ願いの発露のために。


   *


 冬の平原に寂寞が満ちた。『憤怒』の魔剣を使う時、イラはいつも誰かに見られている感覚を覚える。

 不躾(ぶしつけ)に内面を探られるような不快感。だが不快だが、その視線は不思議と嫌なものには感じない。

 無機質な視線はイラの何かを見て、納得したように世界を広げる。


 薄く降り積もった雪が消える。


 灰色の雲に覆われた空が消える。


 冷えた空気が消える。


 遠くに見える森が消える。


 背後にあった村が消える。


「これが……」

 シイナの呟き。イラは魔獣人間に視線を向けたまま言った。


「下手に精霊術を使ったりしないでください。()()()()()()()

 食われる。その言葉の恐ろしげな響きにシイナは息を飲む。飲んだ息は無味乾燥としていた。


 広がっているのは黒ずみ、ごつごつとした不毛の大地。どこまでも伸びる岩肌の大地は見る者全てに寂寞を覚えさせる。

 黒の大地と相反するように、空に広がるのは虹色の水晶。閉塞した極色彩の空。イラが普段使う『透徹』の水晶だ。それが大地を閉じ込めるように空に広がっている。


 『憤怒』の数打ちが固有の能力を発露させるものなら、『憤怒』の原典は使い手の心で世界を一時的に塗り替える。

 生命の絶えた大地と、生命を否定する透徹の空。それがイラの世界。イラの心のあり方だ。


 だが当然、それだけが『憤怒』の能力であるはずがない。

「リリリリラガガガガガァァ!!」

 黒ずんだ大地に這いずる魔獣人間は、口もない体で雄叫びを上げる。ぶくぶくと体を泡立たせて、燃える水の砲弾を放った。


「そんなものか」

 人の頭ほどの大きさの砲弾。当たれば人体などたやすく破壊してしまうであろうそれを前にして、イラはつまらなそうに『憤怒』の切っ先を砲弾に向ける。そして、


「お前は敵だ」

 一言。それだけで砲弾は霧散した。


「これは?」

 後ろで見ていたシイナの困惑した声。何のすごみも異常もなく怪物の砲撃が消えた。後にはキラキラと光る何かだけが残り、それも溶けるようにして見えなくなる。シイナはさっき起こったことを何一つとして理解できない。


「全く、これがあればあの時も苦戦しなくてすんだんですがね」

 イラは一歩、魔獣人間に向かって歩を進める。ひゅうんと『憤怒』を無造作に振ると、途端に魔獣人間の肉体に変化が起こり始めた。


「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!」

 燃える炎がキラキラと七色の光を発する。『透徹』の光だ。いや炎だけではない。


「敵は消えろ」

 パキパキ、パキパキと()()()()()()()()()()()()()()()()()()。強い苦痛が伴うのか、魔獣人間はその不定形な肉体でのたうち回る。表面が水晶になり、砕け、できた穴を埋めるようにまた水晶が覆いかぶさる。

 その水晶が何でできているか。それは言わなくても分かるだろう。魔獣人間の肉体、そして内包する精霊だ。それらが全て透徹の水晶と化してこの世界に消えようとしている。


 命が透徹の水晶になって朽ちようとしている。


 ジリと、シイナも内界位階から精霊がこぼれ落ちる感覚を覚えた。手を見ると、かすかに水晶の粉がこぼれ出ている。

「これって……」

 魔獣人間のそれと比べれば、ほんのわずか。しかし感じたのは強い恐怖だ。生きたまま水晶に変わる恐怖。シイナの全身に鳥肌が立つ。


 イラの世界は、そこにいるだけで、あらゆる生命は息絶えてしまうのだ。


(これがイラさんの全力)

 あらゆる生を拒絶する異能。魔獣人間は抗いがたい滅びから逃れるように体を膨れさせ、水晶に変わった部分を切り離している。だがそれよりも水晶になる速度の方が速く、まず体のあらゆるところが水晶へと変わってしまう。

 さらにイラが魔獣人間に近づくほどに水晶化は速まり、やがて魔獣人間は水晶でできた奇怪なオブジェと化した。


 出鱈目に肉体を広げ、天に向かって手を伸ばした形で動かなくなった魔獣人間。その傍らには水晶になる気配を見せない狙撃銃が落ちている。

 武器ではなく、天に手を伸ばした姿はまるで存在しない神に救いを求めているようだ。しかし神がいるであろう天にあるのは閉ざされた透徹の檻。その手が救いを掴むことはありえない。


「……ァ」

 まだ水晶化していないほんのわずかな部分を使って、魔獣人間は口を作り、音を発した。


「ド……しテェ、おレはただテコォ……ノタめ゛ニィ」


「そうか」


「ダれ゛が……たシけェっ」


「断る」

 ピッと風を切る音がした。イラが水晶となり果てた人間を切り捨てた。


「ぃア」


 両断されたそれは一気にひび割れ、砕けた。砕けた水晶は塵へと変わり、空に向かって飛んでいく。

 ゾゾゾと世界を支配していた寂寞が消える。極色彩の空は灰色の空に変わり、黒ずんだ大地は雪の積もった平原へと戻る。


 イラの世界は消えた。残されたのは『憤怒』を片手に立つイラとシイナ。そして地面に転がった狙撃銃。狙撃銃は、持ち主が消滅したことを認めるように、形を変え、装飾のないイラの持つ原典とよく似た刀へと戻った。

 狙撃手と呼ばれた魔獣人間の痕跡は、この世界のどこにも残っていなかった。


 イラは何もしゃべらない。シイナも何もしゃべらない。空から雪が降り始めた。その雪はこの戦いで散った騎士や軍服たちの痕跡すら覆い尽くしてしまうだろう。


 そんな沈黙に満ちた幕引きだった。

 章題回収&本編完結です。


イラさんがついに『憤怒』の魔剣を使ったので、活動報告に魔剣の解説を乗っけておきます。興味のある方はご覧ください。


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