第41話 新ロエ村防衛戦③
魔獣もどきの人間。真琴とトコイルがそれに出会ったのはほぼ同時。しかしその存在を感じ取ったのは真琴の方が速かった。
「あん?」
真琴は戦力的な面と、軍服相手に単独で戦えた実績からエクス同様一人で森の中を歩き回っていた。
異変に気づいたのは森に入って一時間あまりの頃。真琴は黒の精霊が不自然に多いことに気がついた。
黒の精霊。それですぐに思い浮かべるのはいつかの化け物の姿。イラ曰く黒の精霊で構成された異形の存在で、真琴の左手を奪った敵だ。じりじりと背中を火であぶったような感覚。義手となった左手がじくりと痛む。真琴は魔眼を開いてグルリと周囲を見渡した。
「……黒の精霊が多いのは森の奥の方か。どうすっかな。行ってみるか、やめとくか」
敵の姿を感知したわけではない。もしかすれば単なる偶然かもしれない。例えば森のどこかに死体が重なっていて、それが黒の精霊を大量に生み出している……
「わけがねぇな」
己の甘い考えを真琴は即座に否定した。それで何度痛い目を見た。黒の精霊が多い。そして以前ここには黒の精霊で構成されたおぞましい怪物が出た。なら考えられることは一つだ。
「先生が言うには、あの怪物は帝国が持ってる『色欲』の魔剣で作られたモンなんだよな?そんで昨日の軍服連中も帝国。筋は通るな」
帝国はあの怪物を作りだす『色欲』の原典か……あるいは装置のようなものを持っている。あの怪物と再び会うことになれば、真琴に勝ち目はない。イラですらギリギリだったのだ。
この先を行くのは危険だ。真琴一人の実力で足りるかどうか。応援を呼ぶか。今森にいる最高戦力はエクスだ。“玉石”であるエクスがいれば、大抵の状況には対応できるだろう。
だがまだ何か起こったわけではないのだ。まだ致命的な出来事が起こったわけではない。エクスは騎士の中でも段違いの実力がある。無駄足になったらまずい。それなのにエクスを呼んでいいものか。
「どうする?」
パァン、パァン、パァン。その答えを出すより先に、真琴は耳に響く音を聞いた。接敵を示す狼煙だ。木々の隙間から真琴は空を見上げる。
「赤……?」
打ち上げられた狼煙は二か所。しかし一方の狼煙は青だけではなく、青と赤の二本の狼煙が打ち上げられていた。異常事態を示す赤。そちらは遠いが、かなり近いところで青の狼煙も上がっている。そっちは黒の精霊の多い方向とは別だ。
「くそっ!なんで俺がここまで選ばないといけないんだよ!」
黒の精霊の方へ行くか、それとも狼煙の方へ行くか。気になるのは黒の精霊の方だが、与えられた役割を考えれば狼煙の方へ行くのが正しい。
だが黒の精霊を放っておいていいのか?真琴の中に迷いが生まれる。
結局真琴は選べなかった。狼煙の上がった方向から、ガサガサと人の走る音が聞こえてきたからだ。
「はぁっ!」
「トコイル!」
森の奥から飛び出してきたのはトコイルだ。彼は一人の軍服と槍で激しく斬り結びながら真琴の前に躍り出る。トコイルも軍服もお互い無傷だったが、トコイルの息の荒れ具合から激しい戦いがあったことが伺える。
「マコトか!?」
「油断すんな馬鹿!」
トコイルの視線が一瞬真琴に向いた瞬間を狙って、軍服がトコイルに剣を突き出す。真琴は慌てて間に割って入り、龍剣で二人の間を遮った。
ガキン。二つの剣が衝突する。真琴と軍服が炎で応戦するのは同時だった。無詠唱で発せられる軍服の赤い炎と、龍剣の白い炎が剣につづいてぶつかり合う。
飲みこまれたのは軍服の炎だった。圧倒的熱量を有する白い炎が防御の間に合わなかった軍服を塗りつぶす。炎が消えた後には頭を焼かれて灰と化した軍服だけが残っていた。
「はぁ……はぁ。助かった」
「あぁ、ったくお前も油断すんな……」
息を整えながら軽く頭を下げるトコイル。それに答えようとした真琴だったが、彼の魔眼がさきほどよりも増えた黒の精霊を視認した。
大気の中に渦巻くように存在する黒の精霊。それは禍々しく、続いて現れた怪物の存在を際立たせた。
「なんだこいつ」
ドロリとした、へばりつくような殺気。真琴とトコイルはすぐさま臨戦態勢を取る。そして森の奥から現れたのが件の魔獣もどきだった。
*
「なぁ、こいつのことなんて呼ぶ?」
「下らんことを言ってる暇があるのか?」
「暇がないから言ってんだ……よ!」
怪物が膨張しきった拳を振り下ろした。振り下ろされた拳は風船のように膨張していてもスカスカではない。むしろ中身は詰まりすぎるほどに詰まっている。人を地面の染みにするだけの質量を伴った拳を、しかし二人は後ろに跳ぶことで避ける。
「ガァァッァアッァァァァァ!!」
「黙れ」
グンと怪物が真琴に接近する。速い。だがイラほどではない。イラの距離の詰め方はただでさえ速すぎるのに、真琴の呼吸まで盗んでくるのだから対処のしようがない。それに比べればこの怪物の動きなど速いだけの、子どもだましだ。
カウンターで斬りつける。狙いは真琴に噛みつこうと不格好に突き出された頭。真琴は怪物の頭の目と口の間を剣で薙ぐ。
スッパリと、怪物の頭が切り離された。
「やったか!」
「それ言っちゃダメな奴!」
上頭部が空を舞う。ズルリと、怪物の頭が不定形に変化する。怪物の胴体の動きは止まらない。真琴をサンドイッチにするために、両サイドから巨大な手の平が迫る。
「加速!」
素のままでは躱しきれない。ほんの一瞬だけ龍剣の加速を使う。前進し、怪物の脇をすり抜けつつ手の平を躱す。バチィン!と高い音が森に響いた。
「げほげほっ」
加速の副作用で心臓が悲鳴を上げる。
「アァ!」
引金が引かれた。頭上から降り注ぐ弾丸の雨。
「くっ」
「今度は!」
真琴はとっさに無詠唱で緑の精霊を動かして弾丸の威力を弱める。その上で龍剣をがむしゃらに振り回して弾丸を払う。
怪物の意識は真琴に向いた。そこを狙ってトコイルが怪物の首元に飛び付き、両足を首をからみつけてナイフを突き立てた。動きはまるで軽業師で、重い金属鎧の存在などないかのようだ。
「オーノウ イアカ」
「ィィィィィィィィッ!!」
突き立てできた傷に近距離から灼熱の炎を浴びせる。つんざくような怪物の悲鳴。真琴を襲う弾丸が途切れる。
「はっ……はっ」
真琴は近くに転がっていたトコイルの槍を拾い、大きく弧を描きながら彼のところに戻る。
「ネク オン エザク エタナウ」
トコイルは炎を放つと同時に首から跳び離れる。それを確認した真琴は戻りながら風の剣で怪物を突き刺す。風の剣は怪物の首を貫き、傷口からトコイルの生み出した炎が漏れ出して顔全体に広がる。
「ほらよっ」
「感謝する!」
トコイルは放り投げられた自分の槍を受け取り、怪物から距離を取る。そして二人同時に詠唱。
「ウウッピス エタナウ」
「アイ ウテヌカイス エタナウ」
真琴の生み出した暴風に乗って、トコイルの生成した灼熱の矢が加速する。即興の連携術式だ。軍服に守られた場所は傷つかないが、肌のさらされた手足の先や顔面にはいくつもの貫通痕が生まれる。
「ァァ……リィ」
怪物はうめき声を上げると、倒れ沈黙した。だがこれで倒せたとは真琴もトコイルも思っていない。あくまで小休止。すぐに怪物は立ち上がり、また戦いは始まるだろう。
「……何か調子いいな」
「それはなによりだな」
戦いの始まる前は迷いで一杯だった真琴だが、いざ戦いが始まれば迷いは消えて思い切りのいい戦いができている。今の真琴は絶好調だ。
「まだこいつは生きてるな?」
「あぁ。内界位階の精霊がまだ動いてる。生きてるよ」
真琴の魔眼はこの怪物の内界精霊を捉えている。だが以前の怪物同様、内界精霊が無色の精霊だけで構成されていない。
無色、赤、青、黄、緑、白、黒。配分としては無色と黒が多いが、全色の精霊がこの怪物の内界位階には存在していた。それをトコイルに伝えると、構えた槍の穂先がピクリと動いた。
「ならばこいつは……本当に何なんだ?」
「さぁな。先生はただ怪物って呼んでいたけど……そうだ。怪物だと紛らわしいし、こいつのことをこれから魔獣人間と呼ぼう」
「どうでもいいが……しかしこいつは死ぬのか?」
「わかんね」
ビクビクと、怪物改め魔獣人間は、受けた傷を修復して立ち上がろうとしている。
時間はない。二人は素早く手持ちの情報をまとめる。
「とりあえずこいつは内界位階に無色以外の精霊を持ってるからかなり死ににくい。後、こいつの……魔獣人間の武器が厄介だな」
何もないところから弾丸を撃てる長銃のことだ。同意見らしく、トコイルも頷いて答えた。
「そうだな。だが検討はつく。あれはおそらく『憤怒』の魔剣、もとい魔銃だ」
「『憤怒』って確か……あぁ、なるほどな」
『大罪』の魔剣『憤怒』、その数打ちの能力は「固有能力の発露」だ。魔剣を手にした者それぞれが精霊術とも他の魔剣とも異なる能力を身につけるのがこの『憤怒』の数打ちの能力。数ある数打ちの魔剣の中でも能力が読みにくく、とびきり厄介な代物だ。
「だとすっと、こいつの能力はあちこちから弾丸を撃つ能力か?」
「そう考えるのがいいだろう。まだ秘めたる力があるかもしれないから、それだけには注意すべきだろうが」
「ィィィィリィァァァアアァ!!」
引金が引かれた。虚空から放たれた弾丸をまたしても二人は躱す。
「おしゃべりはここまでみたいだな」
「あぁ!」
魔獣人間は傷を修復し、両の足で立ってこちらをにらみつけている。だが二人も魔獣人間が立ち上がるまでの時間をただ話すことだけに使っていたわけではない。
「燃え尽きろよ。ばけ……魔獣人間!」
「エタナウ ウオスネ ウラト オモト オン エザク」
白炎をため込み真琴は龍剣を振り抜く。トコイルは緑と赤の混色で強化された炎槍を放つ。
「リリリリリリリリリッリィィィィ、イ゛ァァァッァァァァァァアアアアッ!!!」
濃密な白と赤の炎が一体を炭も残さぬ火勢で埋めつくされる。魔獣人間はすさまじい悲鳴と共に、二人の炎に燃やしつくされた。
*
「どうにも、前の奴らとこいつは少し性質が違うな……」
ガツン。『四色昆』を地面につく。地面に崩れ、塵と化す怪物を見下ろし、イラは呟いた。
「前の奴は黒の精霊だけだった。だがこいつは違う。黒と無色だ。これは何を示している?」
敵の前で不必要な思考をするのは油断と同じ。だがイラはその敵を殺してしまったし、これは不必要な思考というわけでもない。
「それに最後の方で別の精霊まで内界位階に取り込みやがった。前の怪物とは違う。怪物の性質に相手を問答無用に染め上げ、隷属化して自分の一部にするではなく、その反対。周囲の性質をこいつは自分に取り込んでいる」
この怪物は人の死骸を取り込んだから無色の精霊を手に入れた?いや違う。生命は死ねば無色の精霊を失う。とすれば元からこいつは無色の精霊を持っていたのだ。
死の象徴である黒と生命しか持てない無色の精霊が同じ位階に存在している。これは黒だけで満たされたあの怪物よりもあり方が歪だ。歪すぎて、とてもではないが長く存在で斬るとは思えない。
「あり方が歪だから取り込むのか?」
歪なあり方を、歪でないものを取り込むことでどうにか成り立たせる。悪趣味だが、それはいかにもありえそうな考えでイラは眉を顰めた。
「ならもしこいつに高火力の精霊術をぶつけたら、濃密度の精霊の環境に押し込んだらどうなる?」
きっとこの怪物はその精霊を取り込むだろう。その末に何があるかは分からない。だが決して自分たちにとっていい結果にはつながらないはずだ。
なにせこいつらは帝国の『色欲』が作りだした怪物。他者を害するためだけに存在する非生物兵器だ。
「嫌な予感がするな……」
完全に塵になった怪物を見下ろして、イラは呟いた。
トコイルはエクスの副官の座を射止め、中級の混色精霊術を使えるなど、真琴と同い年ですが、同年代の中では別格に優秀です。その根底には兄の死があるのですが。
戦況管理
王国
イラ(戦闘終了・村近くに待機) エクス(殲滅中・森の中) 真琴・トコイル(魔獣人間と交戦) 騎士(奮闘中)
帝国
魔獣人間(真琴・トコイルと交戦中?) 軍服(騎士たちと交戦) 怪物(騎士、軍服を捕食中)
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