第40話 新ロエ村防衛戦②
初冬の森は混乱の極みにあった。
「うぉぉぉ!」
戦っているのはエクスや真琴といった名のある戦士たちだけではない。騎士の一人が軍服の男に向かって剣で斬りつける。だがその剣は軍服のかざした腕によって阻まれる。否、軍服そのものの防御力が剣を通さないのだ。
「くそっ!」
騎士は一人。軍服も一人。騎士は二人一組を作っていたが、襲撃を受けた時にはぐれてしまい、今は一人だ。
軍服の反撃。軍服は無表情のまま手に持っていたナイフで斬り上げつつ、無詠唱の炎を騎士に放つ。
無詠唱の精霊術。だがそれは騎士の知るところだ。
「イウ エタナウ なめるな!」
ナイフを剣で捌きつつ、精霊術を詠唱。炎と炎がぶつかりあって相殺する。
「狙うは……顔だ!」
数合の斬り合い。実力は切迫している。だが騎士の方が一枚上手だった。騎士の剣が軍服のナイフを巻き取った。騎士が腕を大きく振り払うとナイフが跳ね上がり、軍服のナイフがその手から離れる。
「好機!」
騎士は剣に火の精霊術をまとわせて突き出した。軍服は避けようとしたが、避けきれない。
「これで……」
勝った。騎士の中に生まれた油断。油断は戦いの中では厳禁。まだ若い騎士はエクスの教えを十分に理解していなかった。
軍服の危険性も、背後から来る危険にも、その騎士は気づけていなかった。
「かっ……ひゅ」
ズプリ。騎士の剣は軍服に届かない。一歩騎士に向かって踏み出した軍服はその喉元に向かって、手袋を作り変えて生み出したナイフを突き刺していた。騎士は信じられないという目で軍服を見る。
軍服はひねりを加えつつナイフを引き抜く。パタタ。真赤で温かな血がこぼれた。騎士の視界から軍服が外れ、冬の曇り空が見えた。力を失い倒れゆく騎士は、死の気配を感じていた。背中に柔らかい感触を覚える。
(なんだ?)
視界が黒に染まっていく。突かれた傷口が妙に温かい。それが何かを確認するより先に、騎士の意識は闇に呑まれていった。
軍服は殺した騎士には目もくれずに、落としたナイフを拾って次なる獲物を求めて走り去っていった。後に残った「もの」は一つ。
黒色の、不定形の怪物が騎士の体を飲みこんでいた。それは傷口から入り込み、騎士の肉体を内と外から溶かしてしまう。十分ほどで騎士の体はなくなり、怪物はすくと立ち上がった。
「リ……リィ」
黒色の肉体は歪な人型をとり、動作確認でもするように首をひねったり、手を閉じたり開いたりしている。その動きは人間臭くて気味が悪い。
騎士の鎧を纏い、騎士の技術を身につけた怪物が森に一匹解き放たれた。
*
もちろん、騎士たちもやられてばかりではない。一人の騎士は軍服を死闘の末に撃退し、また別の騎士は集団で、同じく集団で迫る軍服と対等に戦っていた。
騎士と軍服の実力は拮抗。ならばその均衡を崩すのはそれ以外。『色欲』から生み出された怪物に他ならない。怪物は森の中を蠢き、騎士を、時には仲間のはずの軍服すら捕食していく。けれど怪物とて無敵ではない。
人外に対抗するには、人外じみた力を持つ存在。“青の玉石”エクス・ナイツナイツはこの怪物を殺しきっていた。
*
「ふぅ」
怪物に対して様々な攻撃を加えること三十分。ようやく怪物はその息の根を止めた。
目の前にあるのは塵と化して消滅していく怪物。その後には何も残らない。
「まずいな」
怪物は殺した。だがエクスの顔色は晴れない。怪物を殺しきれた理由からだ。
怪物を殺す方法。それは単純に怪物にダメージを与え続けるだけというものだった。水で溺れさせても、風で切り裂いても、地面に埋めても、炎で燃やしても、槍で突き刺しても、体内に不純物を紛れ込ませて破裂させても怪物は死なない。ただダメージは蓄積し続けたようで、最後に槍で切り裂いてようやく殺すに至った。
イラが相対した化け物は概念爆発を受けてもなお滅びなかったという。エクスが今殺した化け物とイラの滅ぼした化け物の違いが何なのかは分からない。それを考えるのは後だ。今大事なのはこの化け物を殺すにはかなりの時間がかかるということ。
森のあちらこちらで狼煙が上がっていることは知っている。エクスの役割は狼煙の上がった方向に救援に行くことであることも、作戦を立てたのがエクスなのだから重々承知だ。
「リ……ィィ」
「ィィ、リリリ」
だが救援に行くよりも、エクスを襲った怪物たちに対処する方が優先度は高い。まだ怪物は二体も残っている。エクスは魔槍『節制』を持っているからスタミナ切れを起こすということはないが、時間がかかりすぎる。
怪物に精霊術を浴びせ続けたおかげで場に精霊は満ちているが、残り二体を消滅させるまで少なくとも二十分はかかるだろう。
せめてグランヘルムの“紅蓮”か、ニントスの“壊界”。あるいはイラの奥の手があればすぐに滅ぼせるのであろうが、いずれも今この場にはない。
エクスの固有術式“騎士道”も、条件を満たしていないがために使うことができない。あればとうの昔に使っている。
(敵の目的が私の足止めなら、大したものだ)
作戦通りに、エクスは身動きが取れないでいる。時間が経つにつれて悪くなるであろうこの状況にエクスは顔をしかめ、二体の怪物に槍を向けた。
「ウオシウス エタナウ」
無駄のない致死の水槍が怪物を蹂躙する。
*
しぶといものだ。イラは立ち上がろうとする怪物を『四色昆』で殴りつける。
「リィィ!」
「うるさい」
昆が怪物に触れると同時にシリンダーが回転。岩石が生まれて怪物をぐちゃりと押し潰した。
「リィィ、リ、リィ!」
左からもう一匹の怪物が迫る。イラは二本目のライフルを撃つ。ライフルは破損したが、至近距離での弾丸に怪物の体は、轟音と共に千々にはじけ飛ぶ。
「ウジム」
怪物の肉片を浴びないために、イラは水で体を守る。試してはいないし、『操糸』もあるから平気だろうが、一応この怪物には直接触れない方がいいだろう。
「リ……リィ」
岩石で押し潰した怪物が這い出てこようとする。イラは鎧で守られた足でそれを踏み潰す。
ぐちゃり、という音がして怪物が地面の染みになる。だがまたすぐにプルプルと動き出す。
イラが狙撃で敵を蹴散らした後、怪物の元へ向かうと、怪物たちは軍服たちの死体を食らって人型を取っていた。改めて精霊を視認する『見霊の義眼』で見てみると、怪物の内界位階は無色と黒の精霊で構成されていた。
黒だけではなく、確かに無色の精霊も存在している。それはつまりこの怪物は以前のそれとは異なり、殺せば死ぬということだ。糸の群体ということもない。性質としては他者を取り込み、自分の力にすることと、死ににくいということだけ。あれに比べれば随分やりやすい。
ただ時間がかかる。イラはプルプルと動く怪物の破片を一つ一つ丁寧に焼いていく。だが怪物は燃やしつくされる前に集合し、しかも二つだった怪物が一つにまとまった。
「「テ、リリィ……リィ、テ!」」
「ちっ!」
黒々とした体は双頭四腕四足へと形を変えた。取り込んだ軍服の内一着は出鱈目に着られていたが、残りは体内に浮かんでいるようだ。胴体も倍の大きさになっている。怪物は四本の腕にそれぞれ剣を生やし、イラと向かい合う。
「面倒くさいな……死ねよ」
ライフルを取り込まれては面倒なので、透徹を使って破壊した。『四色昆』を両手に構え、イラは殺意を怪物に向ける。
「邪魔臭いんだよ」
イラが昆を振るうと同時に、怪物の腕が一本はじけ飛んだ。
*
老人はこうも強いものなのか。シイナは村人たちの前で思った。
「シイナと言ったかい?」
「は、はい」
「イラくんたちは戦ってるんだろう?なのにどうしてあたしたちはここでこうして守られていなきゃいけないんだい?」
そういうのはしわくちゃで小柄な老婆。名前は確かティアラと言ったか。イラが困った時には頼るといいと言っていた人だ。
(イラさん。私は今その人に困らされています)
「あたしも戦うよ。そのための武器だってあるんだろ?」
ティアラはイラが残したライフルを指さす。持って来なければ良かった。もしくはイラが全部持っていっていればよかったのに。シイナは内心ため息をつく。
もしこれがティアラ一人だったらまだ良かったのだ。
「そうだぞ。儂だって齢はとったがまだまだいけるぞ」
「おうともさ。それを言うなら俺はまだ三六歳だ。なんだってやってやるさ」
「あたしだってやるよ」
新ロエ村の住人は四十人弱。その大半が老人なのだが、彼らは皆自分も戦うと言って聞かなかった。
戦意が高すぎる。この村は帝国との戦争で心に傷を負った人達が多く集められていると聞いていたけれど、ちょっと元気過ぎやしないだろうか。
「みなさんおちついて……」
唯一村長だけが彼らを止めようとしているのだが、影が薄いからか誰も彼に答えようとしない。目も向けない。村長はすでに涙目だ。
「でも」
「それにあんた顔色真っ白だよ。腕だって怪我してんだし、休んでな」
「むむ……」
ティアラの言葉はブスリとシイナの急所を突いた。シイナは思わず押し黙る。
確かに負傷と薬の副作用のせいで今のシイナは戦える状態にない。ただの兵士ならともかく、騎士やあの軍服、異形の怪物と相対して勝てるとは言い難い。
できるのはせいぜい索敵や精神干渉の精霊術のみ。普段の身のこなしは到底できそうにない。シイナはイラやエクス、さらに言えば真琴ほど頑丈な体は持っていないのだ。鍛えてはいるがそれはあくまで常人レベル。シイナが並外れているのは技術であって、肉体ではない。
シイナはあくまでも、平凡な十八歳の少女の域を出ないのだ。しかしシイナにも信念というものがある。
「……ですが、私、は影衆。王国の一兵士、として……命がけで、皆さんを守る、義務が……あるです」
「けどね」
ティアラたちが矛を収める様子はない。だがシイナを無視して戦場に行こうとするほど無鉄砲でもないようだ。
このままティアラたちと話を続けていよう。そうすればしばらくはまだ皆動かないはずだ。
(イラさん。エクスさん。騎士の皆さん……ついでにマコト。頼むですよ)
敵は短期決戦を仕掛けてきた。ならこの戦いは今日一日で終わる可能性が高い。シイナは森で戦う彼らに願いを込める。
(この村の人達は、私が何としてでも守るですから)
シイナの手には、痛みを抑えて体を無理矢理動かすための黒い丸薬が握られていた。
戦況管理
イラ(村近くで怪物と戦闘・無傷) エクス(森で怪物と戦闘、内一匹を消滅・無傷) 真琴・トコイル(森で魔獣人間と戦闘・無傷) シイナ(村で村人たちと戦闘・戦闘不能) 騎士たち(殺したり殺されたり)
帝国
魔獣人間(真琴・トコイルと戦闘) 軍服(一部死亡・戦闘続行可能) 怪物(敵味方問わず捕食中・一匹消滅)




