第35話 夜に交わす言葉は①
夜になった。真琴は寝室のベッドで横になってウトウトする。激動の一日だった。エクス率いる騎士団とシイナが来て、森で帝国の集団に襲われた。満身創痍で帰って来たと思ったら、立て続けにトコイルとの決闘だ。
「くぁ……」
眠気はピークに達している。眠っていないのはイラがまだ家に帰って来ていないからだ。もしかしたら村の住人か、騎士たちの張ったテントにいるのかもしれないが何となく行きにくい。
(先生は何やってんだか)
窓から見える星空を眺めていると、家の玄関の扉がコンコンと控えめにノックされた。
「誰だ?」
時間はすでに夜中過ぎ。ノックがあったからイラではない。森を警戒する騎士の他は、皆眠りについているはず。不審に思いながらも真琴は玄関の扉をそっと開ける。
「お前……」
「夜遅くに失礼する」
扉の向こうにいたのは、今日真琴と決闘をしたトコイルだった。
*
「それで?俺になんか用か?」
ひとまずトコイルを居間に通す。トコイルは居心地悪そうに立ったままだ。その顔は生真面目でありながら心細そうで、気弱な印象すら与える。昼の時とは全く違う雰囲気に真琴は何となく腹が立った。
「とりあえず、座れば?」
「いいの……だろうか」
「いいも何も、住んでる俺がいいって言ってんだよ」
「だがここは“透徹”の住んでいる」
「関係ないだろ」
ぼそぼそと言い訳を続けるトコイルに対してばっさり言い捨てる。
「つーか。何だよその態度。昼のうざいくらいの怒りっぷりはどこにいった」
「う、うざい……」
トコイルは目に見えてしょぼくれる。その態度にますます真琴は苛立つ。
「何も用がないなら帰れ。俺はもう寝る」
「ま、待ってくれ……!」
玄関を指さした真琴にトコイルは慌ててすがる。
「は、話を」
「あんだよ」
「話を、したいんだ」
「……ならひとまず座れよ。俺も茶でも淹れてくる」
トコイルが居心地悪そうながらもソファに座ったのを見て、真琴はお茶を淹れるために台所へ向かった。
*
「……苦いな」
「悪かったな。俺は先生ほど紅茶を淹れるのは上手くないんだよ」
若い男が二人、深夜にお茶を飲む。明かりはイラの作った精霊器からの柔らかなオレンジ色だけで、中々に薄暗い。
憮然とする真琴にトコイルは慌てて謝った。
「いや、そんなつもりではなかったのだ。ただその私自身の気持ちが苦いというか、なんというかその……」
「お前ってさ、言えば言うほど墓穴掘るタイプだろ」
「よく言われる」
言葉がしりすぼみになって、体も縮こまるトコイルに真琴はため息をついた。
(ほんと調子狂うな)
実は双子で、昼のトコイルとは別人なのではないかと思う程だ。
(いや、元々気弱な奴がああまでなることを先生がしたのか?)
そもそもトコイルがこんな夜遅くに家に来たのはなんでだ。ひとまずそこから聞いてみるか。真琴は口を開く。
「そんで、何の用だ」
「……“透徹”のことについてだ」
“透徹”。その言葉を言う時だけトコイルの言葉に深い怒りが混じる。これはよほど根深いな。真琴は頬杖をつく。
「なるほど?先生の文句を言いに来たってわけか?」
「違う。たしかにあの決闘で納得がいったわけではない。ないが」
「思うところはあった、か?」
「そうだ」
どうやら真琴の行き当たりばったりの決闘も何かしらの意味があったらしい。
(駄目なばっかりじゃないな俺も)
「おれ……私は“透徹”のことが嫌いだ。いや憎んでいるといっていい。だがそれは王国軍兵士であれば、大なり小なり思っていることだ」
「無理して『私』、とかかっこつけなくてもいいぞ。どうせここには俺とお前しかいないんだし」
「……そうだな」
ゆるりとトコイルは首を振った。仕事とプライベートを切り変える合図だろうか。
「マコト。君は知らないのか?“透徹”が“透徹の暴霊”イラ・クリストルクが帝国と戦う中で何をしてきたのかを……」
*
イラはティアラと話した後、結局そのまま村の広場でたそがれていた。ティアラのおかげである程度気持ちに折り合いをつけることはできたが、今はまだ一人でいたかった。
気づけばもう夜だ。
「そろそろ帰りますかね」
さすがに冬の夜空の下で野宿はごめん被る。必要とあらばやるが、必要でなければやりたくない。
田舎の夜空は空気が澄んでいて綺麗だ。大小さまざまな星の煌めき。満天の星空が広がり、見る者の心に感動を与える。イラもジンワリと感動している自分に気づいた。
「そういえば、こうして星を見上げるのも久しぶりですね」
「そう、なんですか?」
イラの独り言に答える声があった。声の方向を見ると、腕を包帯で吊ったシイナの姿があった。
「シイナさん……腕の傷は大丈夫ですか?」
イラはかける言葉を探した後、そう言った。シイナは不器用なイラの言葉に微笑を浮かべる。
「はい。だいじょぶ……です。でも、明日の戦い、は」
「無理、ですか」
「はい」
シイナは大分気落ちした様子だ。相手は帝国兵と分かっていても、強さも数も未知数。しかも得体の知れない武装と優れた狙撃手もいる。
シイナが戦いに加われないのは、大きな痛手だ。
「安心してください」
目の前に困った少女がいる。だからだろうか。イラの口から自然と言葉が出た。
「イラ、さん」
「シイナさんが無理に戦う必要はありません。あなたの分は自分が果たします」
言った自分に驚く。どの口が言うのか。帝国兵を前にしてたやすく正気を失った自分が。憎悪にのまれた自分が言えることではないだろう。味方のことを一切考えずに帝国を殺すために特攻した“透徹の暴霊”が言えることではない。
なのに、シイナはイラの言葉を聞いて表情を和らげた。
「懐かしい、ですね」
「懐かしい?」
「はい、です。昔も、こうして……助けてもらいまし、た」
昔?助けた?シイナは一体何を言っているのか。シイナとイラが出会ったのは数か月前。それ以前に合っていたとしても顔を隠した“影衆”の一人としての付き合いだ。
イラにシイナを救った覚えなんてない。
「やぱり、ですか」
イラの考えが顔に出ていたのだろうか。シイナが少し寂しそうにする。
「すみません。自分とシイナさんとは以前どこかで会っているのでしょうか?」
「はい、です」
「いつ」
「教えません」
シイナはわざとらしくプイと顔を背けてみせた。その仕草は普段の泰然としたものではなく、年相応の少女らしさを感じさせるものだ。
「全く……やぱり覚えてなかたですよ。これは後でフィリーネとそだんですね」
「あの……シイナさん?」
「話は……終わりです。早く、しな……と風邪引く、ですよ」
ぶすっとしているシイナは口早に言うと、『謙譲』の力で気配を消し、どこかへ去ってしまった。
「シイナさん……」
後に残されたイラはやむなく家に帰ることにした。
*
「あ、エクスさん」
「む、イラか」
それからイラが家に帰ろうと夜道を歩いていると、道の反対側からエクスが歩いてくるのが見えた。エクスは普段の鎧に槍姿ではなく、動きやすい服装に、武骨な短剣を備えている。
大方、明日からの森狩りの作戦を立てていたのだろう。エクスの顔に疲れは見えないが、彼の性格はよく知っている。
「ふむ。どうやら多少は落ち着いたようだな」
「えぇ。……ご面倒をおかけしました」
イラはエクスに深々と頭を下げる。紛れもない真実の謝罪だ。イラとて、あの時の自分のいい分をエクスが聞き入れることはないと分かっている。
イラは市井の人間でエクスは国の人間だ。土台、立場が違う。
「いや、構わない。予想できたことだ」
エクスはゆるりと首を振る。予想できたとは言っても、イラは本気でエクスを殺そうとしたのだ。それを簡単に許せるエクスもまともではない。
……まともではないから“玉石”と呼ばれているのだが。
「相談がある」
「相談ですか。自分に?」
「ああ」
「珍しいですね」
「それだけ状況は切迫している」
エクスの表情はいつも以上に険しい。
「ここで話をするのも何でしょう」
「そうだな。私のところに来てくれ」
近くのテントを指さすエクスに、イラは頷いた。
*
「人手が足りない」
エクスのテントは騎士団長が使うものだけあって、それなりに広い。だが中に置いてある机や椅子は簡素で、高級士官ようの分解式ベッドではなく他の騎士たちと同じ寝袋なのがエクスらしい。
テントに入って早々、エクスはそんなことを言った。
「でしょうね。ここにいる騎士を総動員しても数は二十人前後。広大な森を捜索するには足りません」
「あぁ。翌日以降、敵の動きとして予想できるのは四つだ」
エクスはテントの中に広げられた新ロエ村周辺の地図を、トントンと叩きながら言った。
「一つ目は撤退。存在を悟られたと森から逃げて帝国に帰ること」
「この可能性は一番低いですね。あのクズどもは仲間を殺されています。対してこちらの損害はシイナさんの負傷のみ。新装備を引っ提げてロクな成果もあげられませんでした、では話は通じないでしょう」
「だろうな。だからこの可能性は考慮しなくていい」
「二つ目は長期戦。森の中に潜伏し、ゲリラ的に我々を狩りに来る作戦だ」
「この可能性はそれなりに高いでしょうね。奴らがいつから森に潜んでいたのかは分かりませんが、かなりの確率で連中は森のことに熟知している。ありえそうな話です」
「だがそうなると我々にとっても都合がいいな」
エクスは机に置いてあった手の平大の精霊器を手に取った。「連絡」の機能がある精霊器なのだろう。
「王と連絡を取った。増援が来るまで十日ほどかかるそうだ」
「十日。随分と早いですね」
おそらく王都からではなく、地方に配属している中央軍の兵士をかき集めてくれるつもりだろう。王のトップダウンといえども招集から部隊編成、移動の時間を考えれば十日は驚くほどに早い。
「それだけ王は事を重大にとらえているらしいな。あの方はそういった期を見るのに敏感だからな」
「同感です」
どちらにしても都合がいい。増援が来ることが分かっていれば、騎士たちの気持ちも大分楽になるだろう。
「三つ目の可能性は短期決戦だ。捜索のために森に入った我々に強襲を仕掛ける。これが最も恐ろしいな」
「相手の実力は未知数ですからね。情報のない時に来られると嫌です」
エクスとイラは腕組みして頷いている。
「ただ最悪なのは四つ目の可能性だ」
「でしょうね……」
言わずとも分かる。帝国兵が森を出て新ロエ村を強襲すること。これがエクスとイラの想定する最悪解。だが同時に自分たちが帝国兵の立場なら取るであろう作戦だ。
人は守りながら戦う時、その人間は最も脆くなる。その上、新ロエ村の住人はほとんどが戦闘力を持たない老人たちばかりなのだ。
かといって村人たちを見捨てるという選択肢は二人の頭にはない。
「……ひとまず、どうするかは置いておきませんか?まだ夜は長い。それよりも自分は『これ』を調べたいところですね」
「確かにな」
イラとエクスの視線の先。そこには帝国兵から奪い取った臙脂色の軍服があった。




