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誰か俺に異世界人の指導の仕方を教えてほしい【更新停止中】  作者: クスノキ
第2章 騎士の中の騎士と騎士あらざる騎士
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第33話 手間暇かかるものなのさ

2章後半開始です。


「少し、一人にさせてください」


 エクスたちが概念爆発の現場に帰ってきた頃には、調査はほとんど終わっていた。エクスが空から津波を降らせたことやシイナの負傷もあり、何かがあったことは騎士の全員が察していた。

 だがエクスは騎士たちに状況を一切説明せず、そのまま荷物をまとめて帰還するようにとだけ言った。騎士たちはわずかに不満を浮かべていたが、騎士団長のエクスに逆らうことなどできるはずもなく、粛々と荷物と調査結果をまとめて村へと帰還した。


 そして村に帰ってきて、イラが一人にして欲しいと言い出したのだ。

「分かった。好きにするといい」

「ありがとうございます」


 エクスの言葉を聞いて、イラは村のどこかへ消えていった。イラがまた復讐のために森に入って敵を殺しにいく可能性はある。だがイラにそのつもりはないだろうと、エクスは判断した。


 イラがエクスの表情が少しは分かるように、エクスもイラの心情の少しくらいは理解できる。そうでなくともイラは根は素直で純粋なのだ。だからイラは意外と隠し事や嘘が苦手である。イラが真実、一人になりたいということくらいは分かる。

 イラを見送ったエクスはシイナと真琴の治療を指示しつつ、村に残っていた騎士を含めて全員一か所に集めた。


「……では現在の状況を説明する」

 整列する騎士の前で、エクスが森で何があったのかを話し出した。


   *


 真琴はエクスのことが嫌いだ。だがエクスの話は公平であったように見える。

(こいつは少なくとも思ってたより悪い奴じゃないってことか……)

 エクスが起こった事実を淡々とまとめた。シイナが不穏な気配を感じて真琴と一緒に森に入ったこと。森で得体の知れぬ敵(おそらくは帝国兵)と出会い、負傷したシイナが救援を呼ぶために真琴が一人敵をくい止めていたこと。

 そしてイラが暴走して敵を殺し、エクスがそれを止めるために交戦したということ。


 騎士たちはイラが暴走したというくだりで嫌悪感や恐怖を露わにしたが、その中でも特に副官トコイルが強い反応を示した。


「団長。なぜ“透徹”を処罰しないのですか?」

 トコイルは目に強い怒りを湛えてエクスに反駁する。


「処罰?トコイル。君はイラをどう処罰するつもりだ?」

「そんなものっ無許可な交戦!重罪です!」

「現在のイラは軍属ではない。町ではない森での戦争は重罪どころか禁止もされていない」

「あっ……」

 トコイルは意気込んで答えたが、エクスの反論に言葉をつまらせる。そう、イラのしたことは罪ではないのだ。ただ真琴とシイナを傷つけた人間を殺害しただけ。それで相手が無抵抗ならまだしも、イラに対して明確な敵意を見せた。

 行為だけ見れば、イラは何も間違っていない。


「そ、そうだ。団長が、“透徹”は団長を攻撃しました。一国の騎士団長への攻撃。国の重要人物へに手を出したことは、これは王国に対する明確な叛逆行為……」

「違うな。私とイラは同時に攻撃をした。一方的なものではない。トコイルがイラの行動を叛逆行為というのなら、私は民間人に無断で攻撃したことになる」

 揺るぐことのないエクスに、トコイルは次第に苛立ってきた。


「団長はどうしてそこまで“透徹”をかばうのですか?」

「かばってはいない。私は公平に状況を判断して」

「かばっているじゃないですか!!“透徹”なんて!八年前のあの時に死んでしまえばよかったんです!」

 トコイルの叫びが辺りに響いた。その尋常ならざる様子に、村人が何事かと様子を見に来る。


「トコイル。落ち着きなさい」

「落ち着けるわけが……」

「落ち着け。トコイル・ラン・ベルロッド三位補佐」

 氷のようなエクスの威圧を受けて、ようやくトコイルは黙り込む。しかし胸の内にたまったものがあるのは誰が見ても分かる。


「俺、いえ私は」

「君がそのように怒る理由は分かる。だがこらえなさい」

「納得、できません」

 どうしてここまでイラを目の敵にするのか。真琴にはそれが分からない。だが軍服たちと戦っている時のイラを見てしまうと、その理由が逆恨みでもなんでもないのだろうと思わざるを得ない。

 それほど、あの時のイラは恐ろしかった。


(俺は本当にあの人のことを知らねぇ)

 誰に聞けばいいのだろうか。イラ本人やシイナに聞いては見たが、二人とも口をつぐんで教えてくれなかった。

 だけど分かることがある。


「俺も納得いかねぇよ」

 真琴はトコイルに向けてそう言ってみせた。


   *


 ふざけたガキだ。何も知らないくせに。トコイルは目の前にいる少年に向けて敵意の視線を向ける。

 甘ったれた顔をした、苦労一つしていなさそうな少年。今回の帝国軍襲撃で敵を一手に引き受けていたらしいが、真実かどうかは分からない。

 名前は確かマコト、と言ったか。このあたりではあまり聞かないおかしな名前だ。


「納得いかないだと?何がだ」

「全部だよ。なんもかんも納得いかねぇ」


 真琴はトコイルの敵意の視線を浴びても、眉一つ動かさなかった。トコイルは騎士団長にして“青の玉石”であるエクス・ナイツナイツの副官だ。質実剛健を好む彼の副官の座は、例え三番目といえども簡単に射止められるものではない。

 そのトコイルを前にして、真琴は一歩も引かない。


「先生が昔何をしたかなんて知らねぇ。でもさっきの先生の戦いを、顔を見たんだ。どんなもんか、何となく分かるよ」

「なら」

「でもな」

 真琴はドンと左手を胸に当てて言った。


「先生は俺を助けてくれたよ。だから俺は今ここにいる」


 真琴は両手を広げて言った。

「先生は俺を鍛えてくれた。だから俺は今ここにいる」


 真琴は腰の剣を抜いて、よく通る声で言った。

「先生は腐った俺の性根を正してくれたよ。だから……俺は今ここに立ってる」

 イラが過去どんなことをしたのかは知らない。きっと聞くのも恐ろしい。むごたらしいことをいくらでもやっていたのだろう。


 でも、イラは真琴が怪物に襲われていた時に助けてくれた。身の程知らずのクソ野郎だった自分をだ。

 イラは真琴を鍛えてくれた。そのために義手だってくれた。精霊術の技術を惜しげもなく伝えてくれた。

 イラは真琴のおごり高ぶった傲慢な心を正してくれた。イラがその身をもって、強さを示すことで正してくれた。


 だから、真琴はイラのことを信じたいと思ったのだ。


「なら、今がよければそれでいいと。“透徹”がかつて行った罪の数々が許されるとでもいうのか?」

「そんなこと知るかよ。俺が知ってんのは鬼畜かってくらいに厳しくて、容赦がねぇ。だけど俺のことを本気で考えてくれてる先生のことだけだ。どっちがどうとかじゃねぇ。今も昔もねぇ。俺の知る『先生』も、あんたが知る『透徹』も。全部が先生、イラ・クリストルクって人間なんじゃねぇのかよ」

「……何が言いたい」

 宿敵を見定めたような目で、トコイルは真琴に問いかける。真琴はトコイルを逆なでするような不敵な笑みを浮かべた。


「いや別に?俺が言いたいのはこれだけだ。たださ。俺は俺の考えを変えるつもりはねぇし。それはあんたも同じだろ?」

「当たり前だ。“透徹”のことを認めてなるものか」

「そんなら話は早えよな」

 真琴は抜いた剣の切っ先をトコイルに向けて言い放った。


「男同士。意見がぶつかったのなら、決めるのはやっぱこれだろ」


   *


「自分は、俺は」

 また止まってしまった。イラは村の外れの広場に座り込む。頭の中では色んな考えがグルグルと回っていた。

 帝国は憎い。それは絶対に変わらない。だが帝国にむやみに手を出してはいけないというエクスの言うこともまた間違っていない。しかしあの時自分が言ったことも間違ってはいない。


 どちらも正論。違うのは語る者の立場だけだ。エクスは国の人間として広い視点で、イラは一個人として狭い視点で言った。それだけのこと。視点も立場も違うのだ。当然意見は食い違う。だから戦った。でも勝てなかった。殺せたはずなのに、殺せなかった。イラはまたしても止まってしまった。復讐のために自分の全てを捧げることはできても、全てを捨てることはできなかった。


「なんて、中途半端」

 いっそ、この憎悪の炎に身を任せることができればいいのに。理性を捨てた一匹の獣になれれば楽なのに。それができない。憎悪を捨ててただの元兵士として生きることができればいいのに。憎しみの炎を消せれば楽なのに。それができない。

 8年前のあの日から、イラは理性と感情の相中で苦しんでいる。


「どうしたかねイラさん?」

「……ティアラさん」

 膝を抱えてうずくまるイラに声をかける者がいた。顔を上げるとそこにいたのは杖とついて歩く小柄な老女。イラによく紅茶をくれるティアラだった。


   *


「具合でも悪いのかい?」

「いえ、ちょっと考え事を」

 ティアラは困ったような笑みを見せるイラの背中をバンと叩いた。


「そーんな、シケた面するもんじゃぁないよ。似合わねぇ。んな面するのは十年早いさね」

「そう、ですね」


 ティアラはもう八十歳を超えているはずだが声も手も力強い。元気をもらった気がする。

「考え事ねぇ。ならちぃっとこのババァに話してみる気はないかい?」

「いいんですか?」

「構いやしねぇ。トクロみたいに何度も同じ話をされても困るけどさ。どうせ田舎暮らしの老いぼれよ。時間はたぁっぷりある」


 ティアラはそう言ってニカっと笑った。含むところのないさっぱりとした笑みだ。自分もこうした笑みを浮かべたいものだ。どうしようかと思う傍らイラはそんなことを考える。


「んま、相談つっても来てる騎士がらみだろ?話せるとこだけでいいさ。こんな老いぼれに聞いてもいい答えが出るかは分かんないけどね」

「いえ、助かります」

 イラはゆるりと首を振った。自分一人で考えていても答えは出ない。ならばティアラに話してみようとイラは思った。



「……その、どうしても許せないものがあるんです」

「ほう、許せないもの」

「顔を見るだけで怒りと憎しみが湧いてきて、他の全てがどうでもよくなるような」


 イラは帝国兵が森の中に潜んでいるということを伏せて、ティアラにできる限りのことを話した。許せないものがあること。けれど許せないものに手を出してしまえば、次の災いを呼びこみたくさんの人が苦しんで死ぬかもしれないこと。自分はそのことを分かってはいても心が耐えきれないということ。

 ティアラは時に頷き、時に質問をしたりしてイラから話を聞き出す。ティアラは聞き上手で、イラは話しただけですっきりとした気分になった。


「なるほどねぇ」

 ティアラはイラの話を聞いて、考え込むようについた杖に顎を乗せる。

「それは苦しかったろう。分かっていてもどうしようもないことはあるからね。こらえきれるあんたは大したもんだよ」

「いえ、そんなことは」

「大したもんさ」

 ティアラはきっぱり言い切った。


「大したもん。大したもんだから大変だ。イラさん。あんたはとんでもなく強くて、だから苦しいんだね」


「いや自分は強くなんて」

 イラは弱い。だから強くなろうとしたのだ。本当の強者とは、圧倒的な才能を持つグランヘルムやリリアーナのことで、正道を極めるエクスのような人のことを言うのだ。

「強いよ。心が、理性が、精神が強い。思い出すねぇ八年前。二人の女の子に連れられてこの村に来たこと」


 ティアラは昔を懐かしんでいるのか、表情を和らげて目を細める。

「あの頃は自分も荒れてましたから」


 戦争が終わって、生きる目標を見失ったイラが一番荒れていた頃だ。憎悪の炎は消えることなどなく、しかし理性で戦争は終わったと、戦うことができなくなったと分かってしまった。

 自害することもできずにただイラは荒れ狂い、食事もとらず、睡眠もろくにしていなかった。付き添ってくれた二人には随分と迷惑をかけたものだ。

(そう言えば、あの頃の自分の世話をしてくれたのは誰でしたっけ)

 不意にそんなことを考えた。


「紅茶はね。作った後が大変なんだ」

「?」

 唐突にティアラがそんなことを言い出した。


「摘み取った茶葉を萎れさせて絞ってふるいにかけて乾燥させて。あれやこれや手間をかけてようやく美味い茶葉ができる」

「はぁ」

「イラさん。あんたも一緒さね。いや、みぃんな一緒だ」

「一緒?」


「そう一緒。戦争が終わった後が大変なのさ。特にこの村にいる連中はそうだろうね。住む所を失って、連れ添いを失って、生きる術を失った。失って、亡くした。この新ロエ村はそんな『亡くし物』がたくさんある連中の集まりだ。トクロだってそうだったろ?あのおしゃべりはここに来るまでに色んなものを失って、そんでここに来てからも大事なもの(よめさん)を失った。そんでもお喋りに生きてたね」

 語るティアラの声は柔らかい。彼女もまた、戦争で多くのものを失った者の一人だ。いや、ティアラだけではない。新ロエ村に住む誰もが心に深い傷を抱えて生きている。


(ああ、そうか。だからグランヘルムは俺をここに)

 つくづくイラは盲目だったらしい。イラは今まで自分はただ昔住んでいたからここに戻されたのだと思っていた。けれど違ったのだ。ここに住む人は皆イラと同じように、心に深い傷を負って来たのだ。


「上手い茶葉を作るためには手間暇かかるものなのさ。それと一緒。何をするにも時間がかかる。あんたはそれが人よりも長いだけ。傷が深いだけ。気難しいだけさ。けどその分、時間と手間暇かけた分出来上がった時はいい茶葉になる」

 ティアラは皺の多い手でイラの頭を撫でる。顔に浮かんでいるのは悩める若者への慈しみと()()


 ティアラも昔何かを失ってここに来たのだろうか。


「だから、焦らなくてもいいんだよ。ゆっくり、イラさんのペースで進んでいけばいい」

「わかり、ました」


 ティアラの年月を感じさせる言葉に、イラはただ素直に頷いた。

真琴から見ればイラは年上でも、ティアラから見ればまだまだ若いのです。

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