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誰か俺に異世界人の指導の仕方を教えてほしい【更新停止中】  作者: クスノキ
第2章 騎士の中の騎士と騎士あらざる騎士
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第32話 玉石と玉石②


「くそ……」

 イラは頭上に広がる光景を見上げて悪態をつく。悪態をつくくらいのことしか、できない。

 手に持っているのは一振りの剣。ようやくのことで作りだした、イラの固有術式による透徹の剣だ。


 上を見れば視界を覆う程の津波。海からではなく、天から津波を降らせるとは非常識な奴。などということはできない。現に危機は迫ってきている。


(俺は負けるのか?)

 そんな考えが頭をよぎる。エクスになら勝てると思っていた。イラとエクスは相性がいい。どこまで行っても真っ当な騎士であるエクスとなら、対人戦に優れた自分に分があると思っていた。


 だがふたを開けてみればこれだ。イラはまともに詠唱することすらできずに、エクスに追い詰められている。

 『六色細剣』がない。根幹もない。だがもしそれら二つがあったとして、イラはエクスに勝てただろうか。


 分からない。エクスの戦い方は騎士の定石をたどる、よく言えば王道、悪く言えば面白みのない戦い方だ。

 近距離なら槍術。ゼロ距離なら体術。遠距離なら精霊術。始めは下級の精霊術で精霊を増やし、精霊が満ちれば中級の精霊術を使う。相手が精霊術を使うなら、詠唱させないように立ち回る。

 特別なことはなにもない。イラが真琴に教えていることと何ら変わりない定石。セオリーだ。ただエクスの練度が高すぎるというだけ。そしてエクスが彼に見合った超級の装備を身につけているということだけだ。


 エクスの身につけている鎧は“黒の玉石”ニントスと王国随一の職人が作り上げた、精霊器の機能も含めた青銀の鎧『深海銀』。『深海銀』には膨大な青の精霊と編まれた陣が込められており、エクスは自由にそこから陣形に構成された精霊を取り出すことができる。

 そして使う槍はオウルファクト王国に古くから伝わる魔槍『節制』、その原典だ。『節制』の数打ちの能力は体力や精霊の消耗を押さえるというもの。原典ともなれば使い手は体力も精霊も一切消費しない。

 それだけなら大してすごみも感じないが、使い手がある種の永久機関となると言えば、そのすさまじさが伝わるだろうか。


 いくら重い鎧を背負って走り、槍を振るっても一切体力を消耗しないし、腕が疲れることもない。「エタナウ」系の精霊術が飛んでいく類の術式だと、陣の形成に使った精霊は術者から離れていくが、『節制』の持ち主はそれもない。精霊術は飛んでいっても、使った精霊は術士の近くにあるままだ。

 ふんだんに精霊を込めた精霊術を自由自在に使うことができれば、精霊を増やすことも簡単だ。空を覆う程の精霊術を編むことも難しくないだろう。


 無論、エクスの強みは使う武器だけではない。それらの武器の力を十二分以上に発揮できる技量と精神があってこそだ。



 空から降り注ぐ津波の厚みはどれほどか。一メートル。二メートル。いや、十メートルはあるはずだ。

 イラの武器は手に握られた透徹の剣のみ。


(ここで止まるのか?)

 せっかく帝国を殺せる機会を手に入れたというのに?復讐のチャンスを手に入れたというのに?

 俺はエクスに阻まれて、()()、復讐を折られるのか?



 イラ。



 遠くから聞こえる優しい声。狂おしいほどに愛おしく、その温もりを失ったが故にイラは狂った。



 先生。



 過去に呼ばれたその言葉。やかましくもにぎやかで、面倒でありながらも楽しかった。あの喧騒を失ったが故にイラは壊れた。


 イラ。助けて。お願い。痛いの。苦しいの。ごめんなさい。痛い。痛い。苦しい。息ができない。腕が痛いの。腕が無いの。嫌だ嫌だ嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌嫌ぁ!イラ、どうか……



 先生。お願い。殺して。痛い。痛いよぉ。先生。お願い。痛いのは、苦しいのは嫌なの。死にたくない。死にたい。もう嫌だ。痛い痛い痛い……誰か、先生……



 助けて



(ヘルミナ、アイビー、ヘンリル、ロッド、クラリス、キッド、セイ。俺は)


 燃える村。首のないアイビー。壊れた我が家。泥を飲んで腹の膨れたヘンリル。冷えた温もり。手足のないロッド。ゲラゲラ笑う帝国兵。虚空の眼窩で救いを求め、脳を傷つけられたクラリス。苦しむ村人たちで賭け事をする人間もどき。皮膚をはがされ真っ赤になったキッド。手足を切られ押さえこまれ、見ていることしかできない俺。火であぶられ絶叫するセイ。救いを求めるあの子たちに手を伸ばすことすらできない俺。


 毛むくじゃらの魔獣に殺されながら犯されたヘルミナ。


 あの子たちの鎮魂のために、なんてことは言わない。これはエゴ。帝国を許せないイラ自身の憎悪と復讐のために。

 決してイラは止まることを許されない。


 折れることなど。


「あっていいはずがない」


 イラは目を見開いて空から下る津波を視る。『見霊の義眼』を限界まで活性化。津波の中から陣のアラを探す。

 あった。糸のほつれ程度の精霊の乱れ。卓越した精霊操作の技術を誇るエクスの、失敗とも言えない失敗。そこをつく。


「……っ!」

 『追憶の義眼』に溜め込んだ、かつて戦った剣士たちの技を探す。空の津波を斬り避けるような、あるいはかいくぐれるような絶技を。

 見つけた。『追憶の義眼』と『操糸』を連動。かつて見た技をこの身で再現する。


「いぃ……」

 イラは空中で足を開き、剣を水平に構える。津波が迫る。ドドドとけたましい水音が頭上から響いてくる。

 イラと津波が接触する。その瞬間にイラは剣を斬り放った。そして津波の中に飲みこまれていく。


   *


 津波の中にイラが飛びこんでいった。その様子をエクスは油断ならない表情で見ていた。

(やはり復讐に呑まれたか)

 帝国がからんでいると分かった時点でこうなることは予想がついていた。イラと会ったのは八年ぶりだが、彼は変わったようでまるで変わっていなかった。

 表面を取り繕っただけで、イラは憎悪の炎を全く消せていない。だからこれほどまでにたやすくイラは八年前に戻った。


「変わらないな。いや、一歩も前に進んでいないのか」


 エクスは精霊術を操作して上空のイラのいる範囲に津波の水を集約し、水圧で押し潰しつつ、光景を見上げたまま呟いた。


「てめぇ」

 視界の端にいる真琴がうなった。真琴は満身創痍であるにも関わらず、立ち上がり、エクスをにらみつけている。

「よくも先生を」

「軽薄なだけかと思ったが……存外いい弟子をもらったな」

 師匠想いの、いい弟子ではないか。エクスは真琴を見ることなく答える。否、真琴に目を移すことなどできようもなかった。


 イラが八年前から進んでいないとするならば、変わっていないというならば、あの“透徹の暴霊”が、復讐に全てを捧げた男が津波に呑まれた()()で終わるはずがないのだ。

「来たな」

「は?」

 間抜けな声を上げる真琴。その時、()()()()()()()()()()()()()()。その中央に見える一人の男。イラが憎悪に満ちた目でエクスをにらみつけた。

 瞬間、イラの姿が掻き消え、エクスの近くに着地する。エクスは即座にイラに槍を向けた。


「死ね」

「来い」

 津波を斬り裂いて出てきたか。イラの息は荒い。だが目は死んでいないし、大した怪我もない。イラの目はますます憎悪に燃えて、黒い輝きを増している。


 イラの手には透徹の剣。イラが剣を持つ。エクスが避けたかった展開だ。イラは体術も剣術も槍術も、あらゆる武術に精通しているがそれでも剣が一番得意だ。

 一気呵成に攻め立てて、短期決戦で終わらせる。それがエクスにとっての最適解。


 地面のひび割れの中央に立つイラは剣を下段に構える。イラはエクスに向かって走り出す。透徹の剣は滑るように地面の上を移動し、エクスを間合いに捉えたところで消えた。

「はぁ!」

 エクスは間近に迫るイラを目の前に、迷うことなく槍を背中に回す。同時に衝撃。眼前のイラの姿が掻き消え、背後に現れる。


「ちっ」

「懐かしいな。昔はよくその技にやられたものだよ」

 無色の精霊の精密操作を活用した歩法と、相手の視線を誘導することで生み出す「虚剣」。まるで使用者が消えたかのように錯覚させる技だ。イラとエクスはかつて意見の相違で何度も剣と槍をぶつけあったが、イラが収集し、愛用したこの技をエクスは苦手としていた。


「死ねよ」

「断る」

 背に回されたエクスの槍から水滴がこぼれる。イラは剣を前に出して防御に回った。


「イケプナグ エロマム」

「イライ イウスウイル」

 エクスの槍から流水の刃が生成される。イラは大地を隆起させて盾と目くらましに。その隙にさらに詠唱。


「ネク イウスウイル」

 イラはあえてエクスと同系統の精霊術を使う。『六色細剣』があれば、詠唱の手間なく使うことのできた流水の剣だ。

 明確な形を持たず、不確定に動き続ける流水の剣と流水の槍が衝突する。精霊術によって硬度を得た水の刃がぶつかり合い、水しぶきをあげる。流水は球形に、鞭状に、剣に、槍に、盾に、ありとあらゆる形へと変化しながらしのぎを削る。


 八つに分かれてイラを包み込もうとする鞭を、イラは球で受け流す。鞭を受け流した球は針になって広がりエクスに迫るが、面状に展開された水膜に阻まれる。そこにイラが踏みこみ透徹の剣を突き出すが、エクスは華麗な槍捌きで剣をいなす。いなしながら放たれる水槍をイラは身のこなしだけで避ける。

 力量は互角だ。イラもエクスも青の精霊を繊細に操作しながら、卓越した剣技と槍技を見せつける。

 超一流の精霊術の操作に、超一流の武技。片方だけでも再現するのに極限の集中力と技術が必要になる。それを二人は同時にやってのけているのだ。およそ、人間技ではない。


 戦況は拮抗。だが二人とも拮抗状態はすぐ終わりがくることを知っていた。

 上空に生み出された大津波。それが時間をおいて森に降り注いだ。


「エマオオ エラヅク ウコトグ オン ウオシウス」

 津波が森を破壊する。その寸前にエクスは津波に干渉。森を押し潰すように展開していた津波を操り、数多の水槍へと転じさせる。水槍の向かう先はイラだ。


「ウレアノト アリ ネグネク ウテツオト エソボロウ イタグ」

 そんなエクスの一撃を黙って見過ごすイラではない。エクスに合わせるようにイラも詠唱。使うのは『穿つ透徹の礫』。水晶の礫を周囲にばらまく“透徹の暴霊”の代名詞だ。

 イラの周囲に形成された透徹の礫がエクスの水槍を相殺する。エクスの水槍が透徹の礫を粉砕する。


 天から降り注ぐ水槍と地から放たれる水晶の礫。それらは中空で衝突し、互いが互いを破壊しあう。

「ウレアノト アリ イエリエス オルタウ エソロク ウコイスコル」

 二つの精霊術はお互いを相殺しあっていたが、次第に礫が劣勢になる。それを見取ってイラが詠唱を重ねる。イラが放った水晶が砕けて下級の精霊術へと変わる。六色の入り混じった精霊術が水槍の雨を内側から食い破った。


「ぬ……」

 ここに来てエクスが小さく声を上げた。イラとエクスの精霊術が終了した。結果は互いに無傷。二人の精霊術は互角のまま終わった。

 だが水槍の雨でも仕留められなかったことで、エクスの集中に乱れが生じた。水槍の雨はそれほどまでに高度な技術を必要とした。

 決して疲れぬエクスの精神のかすかな乱れだ。


 その意識の間隙を縫うように、イラがエクスに接近した。透徹の剣を両手に持ち、憎悪に燃える瞳はエクスをピタリと見据えている。

 エクスは寸の間遅れた。一手、というほどのものではない。瞬きにも満たない遅れ。だがそれすら二人の玉石にとっては命取りになりうる。


 イラの目はエクスの顔を捉えていた。右の義眼は色彩豊かな精霊の世界を見せている。配分としては圧倒的に青が多い。だがそれ以外にも赤や緑、黄色、白と黒の精霊も溢れかえりそうなほどに存在していている。

 エクスの表情は大して変わりないが、驚きを浮かべていることがイラには分かった。決して良好とは言えなかったが、エクスとも長い付き合いだ。表情くらいは読める。


「く……」

「これで」


 エクスを片づけたらまず森にいる帝国のクズどもを殺そう。それから帝国に行って人という人を殺しつくそう。どこまでできるかはわからない。だが俺はあいつらを殺せればいいんだ。この身尽きるまで、命が途切れるまで戦い続けて、殺し続ければ……。


 戦いの最中に戦いの後のことを考える。それは隙であり、油断であり、禁じ手だ。だがエクスがわずかに集中を乱したように、イラもまた玉石との戦いで疲弊していた。異形の怪物と戦った時とは全く異なる、人間同士の戦い。それも実力の切迫した者同士の戦いだ。

 疲弊して当然である。


「先生」


 だから、疲弊したイラの殺意という名の闘争心にわずかな陰りが差した。そこでようやくイラは過去からの声と、エクスの声以外が聞こえた。


 真琴。


 イラの剣が横薙ぎに振るわれ、エクスの鎧に向かう。『節制』の槍は防御にギリギリ間に合わない、


 はずだった。


 ガキン。「先生」、その言葉を聞いてイラの剣が鈍った。ほんの一瞬の停滞。その時間を使ってエクスはイラの剣を防いでみせた。

「俺は」

 イラは剣を中途半端に振り抜いた状態のまま固まる。ギリと口を噛みしめ、目がこぼれ落ちそうなほどに見開かれる。震えるイラの手から剣が滑り落ちて、


 パキンと、澄んだ音を立てて剣が砕け散った。


「……真琴」


「先生……」


 剣を振り抜いた姿勢を元に戻し、エクスと向かい合ったまま、真琴には背を向けたままイラは呟いた。


「自分にとって、君は一体何なんでしょうね」


 その問いに、真琴は答えることができなかった。


   *


「あぶねぇ、あぶねぇ。危うく殺されるところだった。つーかあれが玉石か……」

 大量の冷や汗を流しつつ、ヘラヘラと呟く男の頭の横には水晶の杭が突き刺さっている。イラが狙撃手に向かって放ち、もし避けきれなければ頭がザクロのように弾けていたはずだ。


「話にゃ聞いてたがマジで人間じゃねぇな。いかれてやがる」


 話す男はまだ若い。齢は十代代後半くらいか。イラの透徹を辛うじてかわすことのできた狙撃手は、機を伺いながら玉石同士の戦いを見物していたが、早々に狙撃する意欲を失っていた。


「あんなん勝てるわけねぇじゃんかよ。少なくともこの距離の狙撃はどうあがいても当たらねぇ。あーどーすっかなぁ」

 狙撃手は片手に狙撃銃を持ち、額に手を当てて嘆息する。当てた手は震えていた。その顔は表情豊かだが、彼は無表情に真琴やシイナを追い詰めた男たちと同じ軍服を着ていた。

 以前予告していた短編を投稿しました。帝国との戦争中のエピソードです。『裏切り暗殺者は王子様の夢を見ない』(https://ncode.syosetu.com/n4842fc/)よろしければ是非。


 本話で2章の前半終了です。これから後半戦です。感想、ブクマ、ポイントなどいただけると嬉しいです。



前半戦戦況管理

王国

真琴(生存) イラ(生存) エクス(生存) シイナ(戦闘不能) トコイル(生存) 他騎士(生存)


帝国

狙撃手(生存) 軍服たち(6名が死亡 森に潜伏)

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