第29話 孤軍奮闘
「すぐ、戻ります。……死なないで、ください」
「当然。俺はまだ死ぬつもりはねぇよ」
真琴が言葉を返すと、シイナの気配が薄まり、消えた。『謙譲』の力を使ったのだろう。真琴は大きく深呼吸をして、間近まで迫る敵を見据える。
「来た」
前方から男が三人。シイナがそのうち一人の足を蹴り砕いていたはずだが、その男は負傷の気配を見せすらしない
治った?それともやせ我慢?軍服、軍服、軍服というのも面倒くさいから、怪我したはずの男を敵A、真琴と戦っていた男を敵B、残りを敵Cとしよう。
そして遠くから真琴を狙っているであろう狙撃手は、まんま狙撃手だ。
「オーノウ オン イーウラ!」
四対一。しかも相手は何もかもが未知数の相手だ。真琴は手加減無しの全力を出すことを決める。龍剣を解放。まだ距離があるところから真琴は火炎をばらまいた。
面で迫る青白い炎。男たちはぐっと立ち止まり、即座に後退する。戦闘機の編隊運動のように、その動きの息はあっている。そして彼らは各々近くの木に真横に着地し、炎を避けつつ勢いをつけて真琴に飛び掛かってきた。
「うおっ!」
正面から敵B。左右からそれぞれ敵AとC。先手は敵Cだ。
「……」
敵Cは無言で真琴に迫りくる。合わせて龍剣を前に突き出す。ナイフと龍剣が衝突。ナイフは龍剣の破壊力に耐えきれずに破壊された。真琴の龍剣はそのままの勢いで敵Cの胸元に迫る。
「まずはひと……りぃ!?」
真琴に人を殺すことへの嫌悪感はなかった。人殺しなんて、冒険者時代にとっくにすませた壁だ。もちろん気分は良くないが、殺せなければ死ぬのは自分だ。だから躊躇わない。
それにこの敵は機械的で薄気味悪い。人間味がなさすぎて、殺すことにためらいは感じない。だが……。
ボス。だからこれは真琴のせいではない。真琴の龍剣は敵Cの軍服を突き、止まった。敵は口からゴフッと血を吐いている。内臓をやられたか。衝撃は伝わっている。だが軍服にはほつれ一つない。真琴の龍剣をもってしても、ただの布に見える軍服を切り裂くことはできなかった。
(嘘だろっ!?)
混乱。それは紛れもない隙だ。直後真琴に迫る二振りのナイフ。躱しきれずに真琴は左肩と右腕にナイフをくらった。
「っ……この」
鎧の隙間を縫う攻撃だが傷は浅い。痛みを無視し、龍剣を振って炎を撒く。近距離での火炎だ。避けられずに敵たちは炎に包まれるが、やはり軍服には燃え移らない。
それどころか軍服がほどけて帯状になって、顔面の炎を包み込み、消火すらした。
「……なんだよその服」
男たちは答えない。気色悪い動きをした軍服は役目を終えると、また元の形に戻った。だがナイフを砕かれた敵Cだけは、嵌めていた手袋がズルリと形を変えてしてナイフの形になった。
男たちは顔面が焼けて肌は黒焦げ髪はチリチリとなっている。コメディー作品に出てくるような愉快な顏になっていたが、現実世界の敵として見ることとなった真琴としては全く笑えない。この敵はあまりに不気味だ。
ポウっと男たちの顔に白い光が包み込む。魔眼で見ると、軍服から白の精霊がこぼれ、治癒を発揮していることが分かった。
「冗談だろ」
いい加減出鱈目だ。魔眼で敵の軍服を見る。だがいくら見ても単なる服にしか見えない。真琴は頬を引きつらせてつつ、三度炎を放つ……寸前でその場を飛び退いた。
「狙撃か!」
ダァンと足元の地面に弾丸がのめり込む。あのままの場所にいれば脳天直撃で即死だった。
真琴の額にタラリと冷や汗が流れる。
「どこだよ」
真琴が狙撃をかわせたのは単なる偶然だ。相手を仕留めるべく放った一撃。シイナもその寸前で狙撃されたのだ。
人は勝ったと思った瞬間が最も弱い。これもイラから学んだことだ。
そうこうしている間にも、男たちの顔の治癒は済んでいた。と言っても髪や肌はそのまま。眼球や口と言った重要な部分だけが治癒されている。
(さすがにいつまでも四対一を続けるのは分がわりぃな。賭けかもしんねぇけど、せめて一人……やるか?)
連携して攻撃してくる敵三人に、未だ姿を見せぬ狙撃手一人。状況は依然として良くない。ここは多少の犠牲を払ったとしても、一人は確実に殺しておくべきだ。
真琴の手札は少なくない。女神様から与えられた肉体と魔眼。イラに鍛えられた戦闘技術に精霊術。義手。『勤勉』の魔剣。そこに龍剣の能力も含めれば、そこそこ多彩と言ってもいいだろう。
その中から、イラでも対応に苦しむ一枚を切る。
「加速」
あの化け物との戦いで手に入れた、火炎、幻影剣に続く三つ目の能力。解放と同時に真琴を取り巻く世界が停滞する。否、真琴が世界を置いて加速したのだ。真琴の肉体と意識の超加速。それが龍剣の与えた力だ。
スローモーションの世界で真琴は一人、当たり前に移動する。瞬きの合間よりも速く、真琴と敵Aの距離はゼロになる。敵Aの無機質な瞳は真琴を捉えていない。
(今度こそ!)
姿勢を低くして敵Aの懐に入り込み、龍剣を振り上げる。龍剣が放った炎はまだ周囲にくすぶっていて、炎の輝きを映して煌めく。
龍剣は振り上げた軌道のまま、残像を残して振り抜かれた。軍服は切り裂けない。なら狙うは首。迷いのない一閃。真琴の龍剣は敵の首を切り飛ばした。
「くはっ!」
「……!」
加速の効果が切れる。真琴の肉体が酸素を求めている。仲間をやられたことで、さすがの男たちにもわずかながらに動揺が走る。
「エ、エザク」
首を斬り落とされた男は地面に倒れ込み、大地を血で濡らしている。ドクドクと血が流れるばかりでもう動いていない。真琴は男から離れるために、風を起こして大きく後ろに下がる。
「くそ……やっぱり使い勝手がわりぃなこれ」
バクバクと心臓が鼓動を鳴らして文句を言っている。腕の傷がズキズキ痛む。龍剣の加速。この加速は真琴の肉体的な負荷を考慮してくれない。一秒にも満たない加速でも、体力の大半を持っていく。
男たちはまだ動いていない。だが姿の見えない最後の一人はどうか。
「うっ……」
見られている。真琴は全身を舐め回すような視線を感じた。そして迫り来る殺意。
真琴を包み込むように、複数の方向から複数の弾丸が飛んできた。
「ちぃ!」
真琴は火炎と幻影剣を同時に使う。龍剣で滅茶苦茶に振り回して弾丸を払う。飛んでくる弾丸は金属っぽい実弾。精霊術で作られたものではない。
ガキン、ガキンと飛んでくる弾を幻影剣で相殺し、火炎で燃やし溶かす。だが真琴の二重の防御をかいくぐった勇敢な弾丸が真琴の腹部に直撃した。
「かっ……」
抉り込むような弾丸の衝撃。足を止めては駄目だ。ひとまず右手の方向に走り出す。
「……」
「はっ!」
だがその先には敵BとCが待ち構えていた。顔は相変わらずの無表情。だが味方の敵を取ろうと、金属のナイフと布のナイフを振りかぶる。
「あああああああ!イウ!」
手段を選んでいられない。真琴は自身をまきこむことを承知で炎を起こす。龍剣の炎より火力のない。だが魔眼で力の高まった炎が二人を襲う。
「ごふっ!ウジムぅ」
背後から弾丸。躱すこともできずに足を撃たれる。トラックにはねられた時のような衝撃。その中で真琴は辛うじて詠唱する。
炎に焼かれる敵二人に冷えた水を浴びせる。結果、森の中に真っ白な煙が広がった。煙を目くらましにして真琴はその場からの逃走を図る。
明らかな劣勢だ。敵を一人殺したとはいえ、依然として敵の方が数は多い。しかもその内の一人は姿すら見せていないのだ。
真琴の目的は敵の撃退ではない。時間稼ぎだ。シイナには「倒してもいいか」と聞いてはいたが、本気で軍服たちを倒せるとは思っていない。ひと昔前の真琴とは違う。今の真琴は冷静に状況を判断できている。
「はっ、はっ……」
真琴は魔眼の力で緑の精霊を強引に操る。詠唱すれば悟られる。相手の意表をつくことが重要だ。
「っ……!」
足は狙撃で潰されている。走れない。真琴は無詠唱で精霊に干渉。風を起こして推進力にする。
真琴の背中を押す突風。乱雑に操作された精霊が不満を言っているのか、出力は高くない。だが男たちの隙をついてその場から逃げ出すには十分な速度だった。
*
「はぁ、はぁ」
左肩、右手の裂傷に腹部の打撲、足の負傷。戦いが始まって数分も経っていないのにすでに重傷だ。
真琴は森の木の影に隠れてうめき声を上げる。
「いてぇなぁ」
傷口は焼いて塞いだ。すさまじく痛いがここは我慢。血を流し過ぎて貧血で倒れるよりはずっといい。それに女神様からもらった肉体は治癒能力も優れている。腕の傷はすでに治りかけだ。
加速に無詠唱の精霊操作。真琴が心の中で切り札と呼んでいる三種類の攻撃の内、もう二つも使ってしまった。
真琴は手袋越しに義手となった自分の左手を見る。握っては開きをくり返す手に違和感はない。前から自分の腕であったかのような感覚だ。この義手の機能が真琴の最後の切り札。けれどこれはまだ未完成だ。実戦に切り札にするには心もとない。
「どうすっかな……。粘れたのは何分だっけ。2分?3分?とにかくシイナの奴は遠くにいっただろうから、このままここに隠れていてもいいんだろうけど、そう言うわけにもいかないだろうな」
真琴は一度的の視線から外れただけで、逃げきれたわけではない。どうせまたすぐに見つかる。
必要なのは覚悟。残りの時間を戦い抜くという覚悟だ。
「やれるかどうかじゃない。やるんだ。……あんときの化け物退治に比べれば、まだましだろ。少なくともあの連中は首を落とせば死ぬし、時間が経てば先生が助けに来てくれるはず。死ぬ気でやれば」
ガサリと近くで物音がした。先生が来たのか?その期待はすぐに裏切られる。バッと振り向けばそこにいたのは臙脂色の軍服の男。手に持っているのはナイフではなく剣。そして男の胸にはオウルファクト王国のものではない、国章があった。
「マジか……」
無理かもしれない。そんな考えが一瞬よぎった。先ほどまで戦っていた連中とは別の男だ。敵が増えた。軍服と真琴の目が合うや否や、軍服は剣で真琴を斬りかかる。
「ざっけんな!」
真琴は龍剣で応じようとしたが、背後から物音。とっさに身を伏せると背後にもう一人敵がいた。同じ軍服姿。剣持ち。つまりまた新顔だ。
(くそくそくそ!せっかく三対一になったってのに、これで五対……)
頭上から風。真琴は上からの圧力に押し潰される。
「あ゛ぁ……!?」
精霊術。ギリギリと骨が軋むほどの風圧の直撃を受け手、真琴は動けない。魔眼で見れば緑の精霊が風となって真琴を押し潰しているのが分かる。
(い、いつの間に……!)
真琴の真上にはもう一人、木の枝に腰掛けて精霊術を行使している軍服がいた。これで六対一。状況は悪くなるばかりだ。
剣士二人が真琴にとどめをささんと剣を振りかぶる。させるものか。最後の奥の手を使う。真琴は魔眼で精霊を視認。義手の左手を強引に振り払った。
「ブレイク!エザク!」
真琴の義手にごっそりと無色の精霊が持っていかれる。同時に奇妙な衝撃波のようなものが義手から放たれた。風の圧力が消える。真琴は身を伏せた状態から右腕と背中の筋力を使って、強引に宙返りをしながら剣を回避。近くの地面に着地する。
「ごふっ」
吐き捨てた唾には赤いものがあった。真琴は最後の奥の手が上手く行ったことに内心安堵しつつも、状況の悪さに泣きたくなる。
(こんなわけの分からん連中六人とかよ。俺、ホントにやれんのか?)
やれるもなにもやるしかないと言ったのは他ならぬ真琴だ。遠くからナイフ使いの軍服が来るのを感じながら、頭の中で作戦を考える。
大きく息を吸って細く吐く。大丈夫だ。やれる。訳が分からないといっても同じ人間。あの化け物やイラに比べれば、こいつらはまだ得体が知れているし、弱い。相手に飲まれるな。あれを人間と思うから気味が悪いんだ。人殺しのために作られた兵器と思えば何と言うこともない。
「いくぞおらぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
意を決して真琴は大声を上げる。そして龍剣を大きく振りかぶって、軍服たちに火炎を放った。
*
「意外と粘るねぇ」
真琴が戦闘している場所から離れた木の上で、一人の軍服を着た男が呟いた。
「霊装装備五人相手によくやるよ」
男の手にあるのは銃身の長い銃。彼はシイナや真琴を苦しめ続けてきた狙撃手だ。狙撃手は顔に不敵な笑みを浮かべて真琴と部下たちの戦いを観戦する。
「かれこれ十分くらい……。あの少年もそろそろ限界か」
狙撃手と真琴の距離は約七百メートル。本来表情を伺うことすら困難な距離にいて、狙撃手はしっかりと真琴の状態を掴んでいた。
『大罪』、『美徳』の魔剣とはまた違う妙な魔剣を使う黒髪の青年。齢の割に強く、初級とはいえ精霊術も使っていた。
戦いは長引いたが、そろそろ終わりにしよう。少年は傷だらけで、息をするのも辛そうだ。
「楽にしてや……あぁ!?」
狙撃手は鼻歌を歌いながら銃を構える。だがその引金が引かれることはなかった。
*
「ぜっ……ぜっ」
息ができない。体の感覚がない。視界は眩み、剣を振る感覚すらあいまいだ。
「ぜっ……あぁ!」
目の前に敵。幻影剣。敵は避ける。背後から敵。倒れ込むように身を伏せる。真横から鋭い蹴り込みが入る。真琴は体に力を入れてそれにこらえる。
(くそ……こいつらつえぇよ)
無情に真琴を殺しに来る軍服たちと相対してしばらく。真琴の限界はとっくの昔に通りこしていた。だが真琴は倒れない。軍服の蹴りの勢いを使って「エザク」。上に逃げる。
「オー、ノウ」
息も絶え絶えな精霊術。何度目になるか分からない火炎に森はすでに黒焦げ。だが軍服たちは慣れたものと、余裕を持って回避する。
その態度に苛立ちを感じる余裕すら、今の真琴にはない。
「うぐ」
そしてついに体力の限界を超えた限界も尽きたのか、真琴が膝をつく。その隙を見逃すほど軍服たちは甘くない。とどめとばかりの刺突が繰り出されようとする。
ここまでか。真琴は死を覚悟する。
だが体に突き刺さる刺突は来なかった。代わりに来たのは鼻を刺激する鉄臭さと風。
「……?」
真琴は虚ろな目で周囲を見回す。そしてそこには見慣れたはずの、見慣れない男がいた。
「先、生?」
真琴の近くに立つくすんだ銀髪に水晶の剣を持つ男。真琴の先生、イラだ。けれどイラはいつかのように真琴に言葉をかけてくれることはなかった。
「ひひ。帝国のクズは……死ね」
怯えている。ずっと無表情を貫き通していたはずの軍服たちが、イラを見て怯えている。無表情をわずかに崩し、救いを求めるように視線を泳がせている。
そんな軍服たちにイラは――“透徹”は水晶の剣を振りかぶった。
「くはっ!」
口に満面の嗤みを浮かべて。
真琴の奮戦、そして”透徹”さんがログインしました。
戦況管理
味方
真琴(満身創痍) シイナ(戦線離脱) ”透徹”(???)
敵
狙撃手(無傷・所在不明) 軍服A(死亡) 軍服B~F(軽傷)




