第26話 調査と恐怖
「駄目だ」
やはりというべきか。調査についていくと言った真琴に対して、エクスはにべもなく「来るな」と言った。
「なんでだよ」
「これはあくまで王国の仕事。いくら君がイラの弟子であり、また当事者であったとしても、参加できるというわけではない。第一、君は騎士学校の生徒とはいえ冒険者だ。国と冒険者は基本的に迎合しない。違うか?」
「で、でも使える戦力は一つでも多い方がいいだろ」
「不要だ。ここには二人の玉石がいる。それとも君は自分の実力が私やイラに匹敵するとでも言うのか?」
「うぐっ」
エクスの冷たい視線を受けて、真琴はうめき声を上げてたじろぐ。真琴は金級冒険者としていくつもの依頼をこなしてきたが、玉石と呼ばれる彼らほどの実力があるかと言われると首を縦に振ることはできない。それにチート性能に頼って金級になっただけあって、冒険者としての経験も少ない。
つまりエクスには真琴を連れていく理由がない。
「それは……そうだけどよ」
「戦力という面ではすでに十分だ。検証についても問題の精霊術を行使したイラがいれば十分。君が行く必要性は皆無だ」
取り付く島もないエクスに、真琴は救いを求めるようにイラを見る。
「先生……」
「申し訳ありませんが、自分もエクスさんと同意見です。調査には自分と騎士団の方々がいれば事足ります。あえて真琴がいくことはありません」
イラはここぞとばかりに真琴にストップをかける。玉石二人に止められ、がっくりと肩を落とす真琴。
「当たり前だろう。一般人は村にいろ」
「あん?」
そんな真琴に騎士の一人が口を開いた。エクスに殴り飛ばされていたエクスの副官だ。赤い髪にまだ若い顔立ち。彼は敵意をにじませて真琴をにらみつけている。
「……ケンカ売ってんのか?」
「事実を言ったまでだろう?」
副官の言葉にカチンと来た真琴は彼をにらみ返す。バチバチと散る火花にエクスが割って入った。
「トコイル」
「……申し訳ありません」
エクスの一声でトコイルは
「真琴」
「でも」
真琴の方もイラに呼びかけられ、しぶしぶと言った様子で彼から目を離した。イラはシイナの方に目を向ける。
「シイナさん。真琴の監視をお願いします」
「わかた、です」
「ちょ……監視て」
失礼な、といきり立つ真琴にイラは冷たい視線を送る。
「もちろん。でないと君は勝手に森へ入ってしまうでしょうからね」
真琴の性格をよく知る先生に笑顔で言われた真琴は、今度こそ森へ入ることを諦めるしかなかった。
「ふん」
ただトコイルはそんな真琴を鼻で笑った。
*
「良かったのか? 彼を連れていかなくて」
「行くなと言ったのはあなたでしょうに。何を言っているんですか?」
イラとエクスを含めた総勢十七名の調査隊は、新ロエ村からほど近い件の森へ入っていた。
鬱蒼とした森の様子は相変わらずで、木々の隙間から見える地面にはうっすらと雪が積もっている。緑と白の織りなす美しい光景が広がるが、そこに生き物の気配はない。
三か月前の騒動の中で、森にいた魔獣や獣たちが全滅したのだ。
「教育のため、とでも言って無理に連れていくかと思っていた」
「そんなことはしません。彼は今こそ自分の元に身を寄せていますが、本職は冒険者です。市井の味方である冒険者が、あまり国に関わるべきではありません」
玉石との関わりが増えれば、それだけしがらみも増える。しがらみが増えれば真琴が自由に生きられなくなる。とは言っても騎士学校に入学している時点で、十分なしがらみではあるのだがそれについてもイラが真琴を引き取ることである程度は解消されている。
イラの理想としてはエクスたちには、早々に調査を終えてもらってお帰り願いたいところだ。
「なるほどな」
横目にイラを見ながら、エクスは呟く。エクスはいつも通り、青と白銀の金属鎧に大槍を背負っている。開けた戦場に行くかのような重装備。森を歩くには向かない装備だが、エクスほどの実力と、彼の戦闘スタイルを考えれば、関係のないことなのだろう。
対するイラは軽装だ。私服の上に精霊術士を示す地味な色合いのローブ。両手に黒の指ぬきグローブを嵌め、靴は武骨なブーツ。グローブもブーツも精霊器だ。
腰に巻いたベルトにナイフや精霊結晶を収めているが、“六色細剣”は持って来ていない。
「そういえば、リリアーナへの手紙に赤の精霊結晶を送るように頼んだのですが」
「あるわけなかろう。お前が“六色細剣”に使っている精霊結晶は一つ一つが国宝級の純度だ。調達するにも時間と金がかかる」
「ということは、探してはくれているんですね」
イラの一言にエクスは黙り込む。それは肯定か果たして否定か。彼らの性格を考えれば肯定なのだろう。ザクザクと雪を進む足音だけが森に響く。
今イラとエクスは列の先頭を歩いているが、背後から嫌な気配を感じる。随行している騎士たちからだ。イラがチラリと後ろを見ると、特にエクスの副官のトコイルが憎悪にも似た表情をイラに向けていた。
随分と未熟だ。
真琴に対して噛みついてきたことも然り、イラに対する隠しきれない敵意然り。イラに何か思うところがあるのだろうが、如何せん自分の感情を隠しきれていない。イラの元に来たばかりの真琴を思い出させる。
長年の鍛錬による身のこなしや規律への忠誠心は真琴とは比べものにならないだろうが、精神が未熟なら技量もそれなりだろう。エクスが副官にしているあたり、将来性はあるのだろうが。あるいは政治的な問題か。
この騎士と俺は話したことがあったか?
イラは、“透徹”の名前は軍内部では忌み名とされるほどに嫌われている。それ自体はイラも心得ているし、どうしようもないこととわきまえているが、殺意に近い敵意を向けられる理由が分からない。
イラはトコイルの顔をまじまじと眺めるが、見覚えはない。まだ齢若く、幼いと言ってもいい風貌だ。
見られていることに気づいたのか、トコイルが口を開いた。
「何か?」
「いえ。なんでもありませんよ」
朗らかな笑みを作って答えると、副官は忌々し気にイラをにらんだ。これに舌打ちでもしたら完璧だ。
「イラ」
「すみません」
自分の副官をかばってか、エクスが声をかける。イラは軽く謝ってからまた黙々と森の中を進む。背後からチクチクと刺さる敵意はそのままだ。
「はぁ」
リリアーナやグランヘルムはよく王都に来いと手紙に書いているが、トコイルのようにイラを嫌う者は多い。
いくら人材が不足していると言っても、今いる人間の輪を乱してしまう者を組織の輪に加えるのはいかがなものか。
これではイラが王都に行っても、プラスどころかマイナスになりそうだ。
やはり自分は新ロエ村に留まっているのがいい。改めて決意したイラを、エクスはやはり沈黙のままに眺めていた。
*
「ここか」
「はい」
森に入って二時間ほど。一行はイラと化け物が戦った場所にたどり着いた。目の前に広がる光景に、騎士たちが息を飲む。
密度の濃い森。その中にすっぽり開けた荒れ地が広がっていた。直径百メートルほどの大きさの大地が抉れてすり鉢状になっている。荒れ地の周囲は木々や草が生い茂っているというのに、すり鉢状になった途端地面に草が生えていない焦げ茶色の野が大地なのが異様だった。当然のように雪も荒れ地には降り積もっていない。
イラが精霊術を行使してから三か月。森の一角は変わらず異常な状況となっていた。
「化け物だ……」
調査隊の誰かが呟いた。騎士たちの誰もが同意する。大規模な破壊だけならグランヘルムの固有術式“紅蓮”があるが、それでも環境を変えるには至らない。精霊術を行使してから数か月、草の生えない土地にするなんてことはできないのだ。
騎士たちが戦く中、エクスだけは平静だ。
「お前が使った概念爆発。あれはどういった精霊術だ?」
「……」
エクスの問いにイラはしばし沈黙する。できれば教えたくない。というのも高難易度の精霊術は基本的に秘伝で、直弟子にくらいしか教えないものだ。エクス一人ならまだしも他の騎士たちの前で易々と教えていいものでもない。
だが調査のためだ。言って理解できるものでもないし、教えないわけにもいかない。
「そうですね。自分の使った概念爆発は三つの固有術式と二つの下級精霊術に中級精霊術。それに一つの上級精霊術を組み合わせた連携術式です」
イラの概念爆発は対象を隔離した高温の環境に押し込め、そこに「熱がある状態」と「熱がない状態」を混ぜ合わせた「熱のない概念」を生み出して、それを精霊が均等でありながら高温の環境に放り込んで精霊位階を乱しに乱すことで物質位階の存在を根本から破壊するものだ。
仕組みとしては物質位階の法則を司る概念位階に干渉する概念術式に近く、ほとんど概念術式と言っても相違ない。例え相手が学者であっても細かい理屈を説明するのは困難なため、かいつまんで説明したが、それでも騎士たちからは動揺が見られる。
「ふむ……」
他の騎士と比べればずっと精霊術の造形が深いエクスとて、イラの為したことの全てを理解できているわけではないはずだ。けれど概念爆発の簡単な理論とその影響については理解できたらしい。得心がいったように頷いた。
「とするとこの場を中心に今も精霊位階に乱れが生まれたままだということか」
「ええ。ですが、それも時間が経てば修復されます。だからこそ自分も放っておいたのですが」
「だが放置したままでは修復に時間がかかるだろう」
「はい。自分の概念爆発は、概念に干渉するという理屈上かなり強固なものですから、自然の修復を待つとなると年単位になりそうですね」
「なるほど。……森の中とはいえここは王国領だ。可能であれば修復したいが」
「そうですか。どうせ森の中ですし。あえて修復する必要性も感じていませんでしたが」
「直せるならそれに越したことはない。それとこちらの方で一応の調査をするが、構わないな?」
「もちろん。自分の許可なんていらないでしょう」
ならば、とエクスは麾下の騎士に命じて調査を始めた。おののいていた騎士たちだったが、エクスの指示一つで立ち直れるのだから、彼らは優秀な部類に入るのだろう。
しかし優秀とは言っても、リリアーナたちが人材が足りないと言うのも分かってしまう程度の練度だ。帝国との戦争の時のエクスの部下たちと比べると見劣りする。当時のエクスの部下は戦争末期、玉石四人の本気の戦闘を前にしても気を失わないだけの強さがあった。
今の彼らであれば、たやすく気を失ってしまうだろう。もしイラとエクスが本気の殺気を出したなら、意識を保てるのは何人くらいか。
そういえば、エクスの態度も気になる。ここに来てからチラチラとイラの方に意識を向けているのはまだいい。イラがかつてやったことを考えれば当然のことだ。だがささいな言葉や態度がかつてのエクスとは違っていて、どうにも調子が狂う。
八年という月日は巌のようなエクスも変えてしまうのだろうか。
背負っていた袋から騎士たちが調査のための精霊器を取り出しているのを見ながら、イラはふぅと息を吐いた。
二章に出てくるエクスとトコイルですが、エクスはメイン、トコイルはちょい役で同シリーズ『野良犬と呼ばれた弟』( https://ncode.syosetu.com/n7314ew/)にも登場します。よろしければそちらも是非。
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