第27話 不穏な気配
「くそが~!」
イラにおいてけぼりにされ、真琴は幼い子どものように地面に寝転がってじたばたする。
「俺だって活躍してぇのに……」
「なんで、そこまで……するです?」
呆れた調子で返すのはシイナだ。彼女は真琴を真上から覗きこむようにして見ている。
「最近負けっぱなしなんだよ」
「あ、そですか」
真琴の答えを聞いて、興味をなくして立ち去ろうとするシイナ。真琴は慌てて起き上がった。
「なんでどっか行くんだよ!」
「この、かまってちゃんめ」
毒を多分に含んだ口調でシイナが呟く。
「なんだとごらぁ!」
「もうそのやり取り飽きたです」
はぁとため息をついて真琴に足払い。見事に転んだ真琴の横腹にシイナは蹴りを入れる。
「ふぐっ」
「メンドイ、のでそこで寝ててもらてもいですか?」
「こ……断る!」
シイナの見立てではこの蹴りで真琴の意識を落とせるはずだった。だが思いの他真琴が頑丈で、気を失ってくれない。
真琴は立ち上がりながらシイナと距離を取った。
「むむ。変に頑丈になって、やりにくく……なたです」
「うっせ」
やれやれとばかりに眉を八の字にするシイナ。
「それで? 最近負けっぱなし? です?」
「そうだよ。あの怪物にやられて、先生にやられて、お前にもやられて……もっと前ならあの王妃やメイド馬鹿にも負けたし」
「リリアーナ様とフィリーネは……相手がわりですよ。しょうめから、なら私も…勝てないです」
何気にメイド馬鹿だけで意味が通じてしまうフィリーネである。
閑話休題、玉石の女二人は、戦いにくさなら間違いなくトップクラスだ。かたや概念を操り、多彩な攻撃を仕掛けてくる“白の玉石”リリアーナ。かたや玉石クラスでも破るのは困難な守りを展開する“緑の玉石”フィリーネ。
正面どころか、不意を打っても対処される可能性が高い。
正直なところ、真琴が負けたと言っているのは誰も彼も玉石か、それに準ずるほどの能力を持っている者たちばかりだ。勝てなかったとしても恥じることはない。むしろ玉石相手に戦いが成立する時点で、十分一人前と呼べる。
しかしイラは考えが違うのかもしれないとシイナは思う。
ただ、イラが真琴を玉石に匹敵する実力者に育てようと考えているならば、真琴の今の考え方は悪いものではないのだろう。玉石は強い。これは王国どころか帝国、その他の国でももはや常識とされていることだ。
だが玉石は強いから、始めから比べる対象ではないからと言ってしまえば、その人間はもう玉石に匹敵するような力を得ることはできないだろう。真琴のように玉石に敗北して悔しがられるのはある種の才能だ。
「うっせー。俺だっていつかはてめぇも先生にも勝ってみせるわ!」
……真琴が単純馬鹿なだけかもしれないがそれはともかくとして。
イラからのお願いはマコトの足止め。ならば訓練とでも言って戦おうか。
「マコト。やる……ですよ」
シイナは短刀を取り出して切っ先を真琴に向ける。ちょっと殺気をこめてやると、真琴はだまされたような顔をしながらも、剣を抜いた。
「なーんか。上手いこと誘導されてる気がする」
「気のせいです……よ。気のせい。それより」
音を殺して真琴の懐に迫る。
「油断してると……死ぬですよ」
目を見開く真琴に容赦なく、シイナは短刀を繰り出した。
*
シイナはオウルファクト王国の暗部である“影衆”の一員である。いや、一員と言っても役職は筆頭代行だから、ただの構成員とは言えないのだが。
ともあれ、“影衆”は実力至上主義で年齢や血筋に関係なく優れた者が上位の地位につく。それは先代筆頭の娘であるシイナも当然例外ではなかった。シイナが実質上“影衆”筆頭の地位にいるのは、純粋に彼女の技量が並外れて優れていたからに他ならない。
戦い方によっては玉石すら倒しうる可能性を秘めたシイナと戦って、真琴は無様にも地面に転がっていた。見ての通り、予想通り結果は惨敗。新ロエ村に留まっている騎士たちが他の仕事で近くにいないのが救いだった。
「やっぱ勝てねぇ」
実は自分は弱いのでは?最近真琴はそう思うようになっていた。女神様からチート能力は確かにもらったけれど、結果を見れば負けばかり。というか出会いを求めて騎士学校に入ってから、まともにかっこいいところを見せられた気がしない。
「近くにいる女つったってなぁ。近所のティアラばぁちゃんか……あとはこいつくらいか?」
地面に大の字になったまま、シイナを眺める。シイナは戦うためにいつも身につけている灰色のマントを脱いでいて、今は露出のない忍者のような黒装束を纏っている。背丈は中背で痩せている、というより無駄な肉がついていない。ボンッ、キュッ、ボンッならぬ、キュッ、キュッ、キュッのまさしく残念……いや戦うための体だ。
耳の辺りで揃えられた黒髪は特別綺麗というわけでもないし、青の瞳それは同じ。顔のそばかすがチャームポイントといえばチャームポイントだろうか。
不細工ではないが、美人でも決してない。シイナは外見で言えば、まさしく中の中を地でいく女だ。
真琴の昔の夢はハーレム。本音を言えば今も諦めていはいない。試しにシイナが目にハートを浮かべて自分に侍っている図を想像してみたが、まるでできない。
「似合わねぇな……」
違和感がありすぎて想像すらできなくて苦笑いを浮かべていると、シイナがジトっとした目で真琴を見ていた。そしてわざとらしく胸を押さえている。
「変態……」
「まだ何も言ってねぇし、お前案外口悪いよな」
「いや、口と表情に、ぜぶ出てるです、よ」
そんな貧相な胸を隠してどうする。いや人並みにはあると思う……いやないな。そう言ってみようかとも思ったが、シイナからおっかない反撃が飛んで来そうなのでやめておいた。
「何……考えてるのか大体分かるですけど、趣味……わりです」
「は? 何言ってんだお前。趣味悪いつったてな。意外と可愛いところもある……し? お前のことが好きになる奴もいると思うぞ?」
何気なしに言った言葉。シイナはアホを見る目で絶句する。
「……お前は馬鹿です」
それから真顔になってシイナは呟いた。
*
こいつは一体何を言っているのか。シイナは真顔の裏に呆れを隠していた。
「こんな根暗な裏方仕事の女に惚れる奴なんてそうそういないですよ」
シイナは自分の顔に不満は抱いていない。不細工でも美人でもない完全無欠な十人並の器量。背も髪の色も特別目立つものではない。
そもそもシイナは貴族女のように綺麗になりたいという気持ちがない。幼い頃はいつも隣に超絶美少女のフィリーネがいたが、そのことがコンプレックスになることもなく、ただ人に紛れるのに丁度いいとしか思っていなかった。
同じ影衆でも外見に気を配る者はいるし、綺麗なものは綺麗と思うから、これは単純にシイナの性格だ。
阿呆なことを言う真琴に胡乱な目を向ける。しばらくそうしていると、森の方から嫌な気配を感じた。
「なんです?」
三か月前の怪物の時と同じだ。シイナは勘がいい。これまで仕事で何度もピンチに陥っても生き延びられたのは、この勘があったから。
その勘が森に危険なものがあると伝えている。
「おいどうしたよ」
森を一心に眺めるシイナをおかしく思ったのか、真琴が声をかけてくるがシイナはパッと手で制した。彼女の様子から察したのか、真琴も茶々を入れることをせずに黙り込む。
「……どうした、ものですかね」
シイナの勘は警報を鳴らしている。何があるかは分からない。だが何かは絶対にある。シイナのこの勘は根拠のないものではないのだ。この勘のことを以前リリアーナに話したところ、
『それは白と黒の精霊による働きでしょう。感情に作用する白と黒の二色に強い適性を持つ人間が、自らに向けられる感情に敏感なのはよくあることです。全色適性の私もそうですし。シイナ、あなたは特にその働きが強いのでしょうね』
と言った話を聞くことができた。事実、シイナは白と黒の適性がかなり高い。特に使える精霊術も感情操作や知覚干渉に関するものが多い。
「調べる、ですかね」
今周囲に騎士はいないし、そもそもいたところで本気の隠形をすれば気づかれずに場を離れることができる。ただ問題は……。
「何かあったか?」
さっきからシイナを真面目な顔で見ている真琴のことだ。仮にシイナが森に行くとすれば、真琴から目を離してしまうことになる。
イラの頼みはマコトを森に入れないこと。森にはイラとエクスの二人も玉石がいる。何かあってもほぼ間違いなく対処できる二人だ。
ただそれはあくまで二人に限った話。もし相手が玉石とことを構えられるほどの相手だった場合(そんな相手滅多にいないが)、巻き添えを食らって他の騎士たちは助からない可能性がある。
王国は今重度の人材不足。そして調査に行った面々は騎士の中でも、エクス直属の部隊だけあって特に優秀な者が多い。ニントス配下の学者としての知識も兼ねた騎士だっているのだ。
森は広い。勘を信じてたどっていけば、敵の正体にも気づけるだろう。だがシイナ一人で足りるだろうか。
……答えは「少し心もとない」だ。シイナも玉石ほどではないにしても強い。だが相手の実力は未知数だ。単なる雑魚の可能性もあるが、そうでない可能性も高い。村に待機している騎士を動かしたいが、下手すれば返り討ちになるかもしれないし、そもそも管轄の違うシイナが言っただけでは頭の固い彼らは動いてくれないだろう。
一人で行くのが一番いい。だがそれだと真琴がフリーになる。そうなればこの男は間違いなく森に入る。気絶させてもいいが、後が面倒そうだ。
早々に立ち直って勝手に森に入りそうだ。しょうがない。
「……マコト。森に何者かの気配、あります」
「は?」
真琴が驚きの表情を浮かべる。当然だろう。真琴から見れば、森はいつもの森でしかない。シイナの勘は玉石の索敵能力すら上回るのだ。
「多分敵ですがどうする……ですか? ここで待ちます? それとも」
「行くよ。行くに決まってんだろ」
真琴は自信ありげに剣の鞘を叩いた。強い弱いとかいう悩みはどこへ行った。長考の末、真琴を連れていくことに決めたシイナだったが、早くもその決断をしたことに不安を覚えていた。




