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誰か俺に異世界人の指導の仕方を教えてほしい【更新停止中】  作者: クスノキ
第2章 騎士の中の騎士と騎士あらざる騎士
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第25話 嫌な感じ


「参った」

 両手を上げて降参する真琴に、シイナは当てていた“謙譲”の短刀を下ろした。

「驚いた、ですよ。ここまで強くなてるとは」

「実感わかねぇよ」


 シイナの口調は本気で感心したものだったが、見事なまでの惨敗ぶりに真琴は何も言えない。とはいえ、以前と同じ惨敗でもその差が縮まったことは確かだ。

 少なくとも、シイナと真琴の間に未だ大きな技術の差があることは分かった。


「別にいい……じゃないですか? 私、勝てならたいての相手……には勝てるですよ?」

「随分と自信ありげだな」

「事実、ですから」


 軽い言葉だったが、シイナは自身の実力を疑っていないことが真琴には分かった。


 実際そうなのだろう。シイナと戦って感じる実力差はイラと戦って感じるそれと同じだ。底が見えない。普通なら世間に出て、自分の身のほど知らずをわきまえそうなところだが、真琴は騎士学校やイラの家など世間から隔離されてからの方が実力差を感じることが多くなった。

 真琴は自分が実は弱かったのだと自覚させられる。


 ――実のところ、真琴の実力は世間一般では上位のものとして通用する。ただ国の上層、玉石クラスや彼らと戦えるだけの力を持った戦士と比べれば一枚劣っているだけで、在野の冒険者として活躍する分には全く問題ないのだが、当の真琴はそのことに気がついていないし、イラもシイナも気づかせるつもりはない。



 けれど周りの騎士たちは別だ。真琴とシイナの戦いを見て、ぼそぼそと何か言い合っている。


「あれが“透徹”の弟子か?」


「みたいだな。えらく強い。シイナさんとあれだけやれる奴が調査隊の中にいるか?」


「いやいないな。……これも“透徹”の力ってわけか?」


「怖いなそれ」


「全くだ。“透徹”を抑えるためには他の玉石の方々の力がいるんだろうな。だがあれほどの実力者が“透徹”についたとなれば……」


「シイナさんと団長の二人がかりでどうにかなるか?」


「何だよそれ」

 騎士たちの言う“透徹”とはおそらくイラのことだろう。だが彼らの口から語られる“透徹”という言葉は決していいものとしては使われていない。


 騎士たちから感じる感情は畏怖と嫌悪。まるでイラのことを味方ではなく、倒すべき敵であるかのように話している。

「なんか嫌な感じだな」

「無視……したほがいですよ」


 一言文句を言ってやろうかと思った真琴だったが、ぐいとシイナに袖を引かれて止められる。不満ありげな真琴にシイナは続けた。

「あなたは知らない、です。イラさんが昔戦場で何……してきたか。あの人の強さ、どこから来るか」

「んなもん……」

 知らない。イラはどうしてあれほど強いのか、そして真琴がこの世界に来る前にあったという戦争で何をしてきたのか、真琴は何も知らない。


「あの人が何をしたんだよ」

「いつか、イラさんが教えてくれるです……よ」

 悲しそうに眉をひそめる真琴に、シイナは優しく微笑んだ。


   *


「……なるほど。自分の概念爆発の影響についての調査と森に潜んでいるかもしれない何者かについての調査ですか」

「あぁ」

 イラの言葉にエクスは重々しく頷く。エクスの表情からはイラの言葉に頷いた、それ以外のものはうかがえない。納得してイラは立ち上がる。


「そういうことでしたら自分も検証に参加するべきなのでしょうね」

「当然だな」

「ですが……自分はいいですけれど、他の騎士たちはどうしますか? 彼らは自分のことを……」

「気にするな。私はお前の行動を認めるつもりは全くないが、しかしあの時、お前は己の信条に従ってなさんとしたことを為した。それを他者がどう思おうが、お前には関係のないことだし、それを恥じるなどもっての他だ」

 エクスの言葉にイラはポカンとして、彼の顔を見つめる。そんなイラを見て、エクスは眉を顰めた。


「なんだ」

「いえ、まさかあなたからそんな言葉が出てくるとは思いもしなかったので」

 戦争が終わった日、一人戦い続けようとしたイラをエクスは殺そうとした。エクスは厳格で、常に己のふるまいを厳しく律している。

 王に剣を向けたことを恥じるななど。エクスの言葉とは到底思えない。


「はぁ」

 イラの言葉にエクスはため息をついた。その顔に浮かんでいるのは呆れだ。

「お前の目がどれほど節穴だったかがよくわかったよ。いや、曇っていただけなのか……だがそれは私も同じだった、か?」

「?」

 エクスはジッとイラの目をみつめてから、首を傾げるイラに対してもう一度深いため息をついた。


   *


 イラとエクスが家の中から出てくると、今まで雑然としていた騎士たちが慌てて列を組んで敬礼をした。

 騎士たちの気の引き締まりように驚く真琴。しかしエクスは納得がいかないようで、元々険しい顔をさらにしかめる。


「温いっ!!」

「申し訳ありません!」

 騎士の中から副官らしき若い男が一歩前に出て、直角九十度に頭を下げる。その男の顔を躊躇なくエクスは殴りつけた。


「ちょ……まっ」

 殴られた騎士はうっすらと雪の積もった地面に勢いよく倒れ込む。真琴は過激な罰に思わず息を飲む。

 しかし倒れた騎士はすぐさま立ち上がり、またエクスの前に立つ。


「私がいつも何を言っているか覚えているか?」

 険しい顔のまま、エクスが副官に問いかける。


「はっ! 常に周囲に気配を配り、いつ何時主を脅かす敵が現れても対応できるようにせよ! であります!」

「そうだ! ならば先ほどの貴様等の動きは何だ! 私とイラが家を出てから列を組んだな。遅すぎる! 騎士ならば我々が動いた気配を察し、事前に動け! 手ぬる過ぎるわ!」

「んなむちゃくちゃな……」


 エクスの言っていることはまるででたらめだ。なのにエクスも副官の騎士もそれを当然のことのように言っている。

 真琴はチラリとイラを見た。イラは真琴の視線に気づくと目を瞑って肩をすくめる。「しょうがないですね」とイラの口が動いた。


 そして突然、イラはエクスに対して一歩踏み出し、エクスの首をめがけて手刀を振り下ろした。

「おいっ!」

 真琴が思わず声を上げる。周囲の騎士たちも同様だ。整然さが消え、しばし場が騒然となる。

だがエクスは振り返りもせずに、一歩後ろにいたイラの手刀を手で掴みあげた。


「……このように、知った相手でもいつ攻撃を仕掛けてくるか分からない。だから私は常々周囲に意識を配っておけと言っているのだ」

「そういうことです真琴。何もエクスさんは無理難題を彼らに言っているわけではないんです。あくまで自分にもできるなら、他の人間にもできるだろうという考えで言っているに過ぎないんですよ」

「このくらい、よゆです」


 エクスがイラの手を離すと、イラは手をパンパンと払って真琴の隣に歩いていった。玉石二人の言葉に、シイナを除く騎士たちと真琴は言葉を失ったまま頷いた。


   *


「あーくっそ」

 それから真琴にもエクス来訪の理由が告げられ、すぐさま森に入ることが決定した。黙々と準備をするイラに、真琴は不満そうな顔をする。

「なんです?」

「あの騎士たちの態度って何なの? それにあのエクスって奴。すんげぇ嫌な感じだけど」

「あぁ」

 イラに対する態度、殴られても文句ひとつ言わない態度、そしてエクスの言動。


 胸の奥から湧き上がるふつふつとした苛立ち。そしてそれは彼らの態度に何も思っていないようなイラに対しても感じていた。

 イラは真琴の心情を察してか、小さく苦笑する。


「あれが騎士というものです。規律正しく折り目正しく。高い技量を持った兵士が集団戦を身につけることでより強い兵士になるためには、ああしたことも必要なのです」

「殴られても文句一つ言わないような奴が騎士なら、俺は騎士になりたくねぇ」


 真琴は騎士学校に入っていたし、今もイラのところで学んでいるというだけで騎士学校を辞めたわけではない。だが真琴は騎士に憧れて騎士学校に入ったわけではない。真琴が騎士学校に入ったのはあくまで可愛い女の子との出会いが欲しいという下心ありありな理由だ。

 真琴は騎士という人種に会ったことは何度かあったが、それも深いかかわりではなく、あくまで冒険者としての依頼の一環としてだった。だから実際に騎士と会ってみて、真琴は騎士に対して嫌悪感にまで行かないまでも、あまり良くない印象を抱いた。


「ふむ。別にあなたが彼らのようになる必要はないと思いますがね。例えば、以前自分は自分の戦い方が騎士のそれと近いと話していたと思いますが、自分は正直集団戦が苦手です」

「ん? そなの?」

「はい」


 “騎士の中の騎士”と言われるエクスもそれは同じことだ。彼の場合、イラ程ではないにしても集団戦は不得手、というよりも玉石の中で集団戦ができるのは守りに特化した“緑の玉石”フィリーネくらいなものだ。それでも集団で力を合わせるというよりも、「守り」という役割に特化した戦い方しかできない。

 言ってしまえば、玉石ほどの実力者だと生半可な味方は足枷にしかならないのだ。集団戦が不得手なのではなく、集団戦が成立しない。実力差がありすぎる。そう言う意味ではフィリーネとて、個人で独立してしまっているのだから集団戦が成立しているとは言い難い。

 玉石同士でも、能力が尖りすぎていて、集団で戦うことは難しい。やろうと思えば、自分の攻撃に他の玉石を巻きこむことを前提にしないといけない。


「真琴も同じです。今はともかく、いずれ君は他の人間が及びもつかない領域にたどり着く……可能性を秘めています。だからこそリリアーナも個人技よりも集団戦を重視した指導を行っているであろう騎士学校ではなく、個人での戦いに秀でた自分のところにやったのだろうと、最近は思っています」


 リリアーナの真意は分からないが、おおよそ外れてはいないのではないだろうか。真琴の持つポテンシャルは、玉石に入り込めるほどだ。

「そうなのかね……」

 納得いかない様子で真琴は呟く。正直真琴はリリアーナがそこまで深いことを考えて、自分をイラのところにやったとは思えなかった。

 真琴の中でのリリアーナは、傍若無人に好き勝手やるハチャメチャ王妃だ。そしてそれはあながち間違いでもない。


「そういうことにしておきましょうよ。ところで自分は調査についていくことが義務ですが、真琴は特別強制をされていません。それでも行くんですか?」

「当たり前だ。俺だってあの怪物を見てんだし。第一俺は冒険者。魔獣の被害を放っておけるかよ」

「そうですか」


 あの化け物は魔獣とは別種の存在だと説明したはずなのだが……。心臓や腕など急所のみを覆った金属と竜革の複合鎧を身につけて、腰に龍剣と“勤勉”の魔剣を佩いた真琴は意気揚々としている。

 まだ義手も馴染みきってはいないのだし、不測の事態も避けたかったイラだったが、真琴の説得が無理そうであることが分かり、こっそりとため息をついた。

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