第24話 堅物
イラの家は狭い。だからイラの家に入るのはエクス一人。
「ども。久し、ぶり……です」
「うわっ!」
と思っていたのだが、いつの間にか真琴の背後にシイナが立っていた。いつもと同じ地味な灰色の服を着ている彼女は、無表情にマコトの後ろを取っていた。
「い、いたのかよ」
「です。今ので、あ……た一度死んだです」
「くっ」
ぬぼーっとした表情のシイナだが、言葉自体は痛烈だ。歯噛みする真琴に、エクスは渋面を作る。
「君は気配の配り方が甘いな。妃からイラの指導を受けていると聞いていたが……君の物覚えが悪いのか、それともイラの指導が悪いのか。どちらだ?」
「てめぇな」
「また言葉遣いが……」
真琴自身が馬鹿にされるのはいい。だがイラまで馬鹿にされるのは気にくわない。真琴がギロリとエクスをにらみつけていると、シイナが呆れたように肩をすくめた。
「エクス……さん。大人げ、な……です」
「大人げなくて結構。私は私の思うことを述べたまでだ」
「そですか……カッコ悪」
顔を横に向けて、ぼそりとシイナが呟いた。
「ぷっ」
「君たちは……」
遠慮のまるでないシイナの意見に、真琴はつい吹き出す。エクスは表情を変えぬままだが、何となく額に寄った皺が増えた気がする。
「中に入らないんですか?」
真琴たちの会話に入らず、イラは再度家の中に入ることを勧めた。
*
「うむ。なるほど確かにこの紅茶は美味いな」
イラの家の中に入ったエクスは今のソファに座り、出された紅茶をすすり満足そうに頷いた。シイナはエクスの背後に立って気配を殺し、イラと真琴はエクスの向かいのソファに座っている。
「リリアーナから聞いていたんですか?」
「あぁ。勝手に王都を抜け出してきたことについて、たっぷり数時間ほど叱らせてもらった後でな」
「相変わらずですね」
「お前もな」
イラは自分にも注いだ紅茶を一口飲んで、カップを置いた。イラはチラチラと真琴に視線を送り、今にも飛び出しそうな彼を抑えている。
「マコト」
「何だよ」
見かねたシイナがボソリと真琴の名前を呼ぶ。
「暇、なの……で。外、行くです」
「はっ? なんで」
「さきから、敵意ビンビンで、正直、うとしい……です。稽古、つけてやるですよ? ザコ」
「んだとごらぁ! 前の俺とは違うってこと分からせてやらぁ!」
目に胡乱なものをにじませたシイナに煽られ、見事に乗せられた真琴はシイナと共に家を出て行った。
後に残ったのは“青”と“黄”の玉石だけだ。しばらくすると外から斬り結ぶ音が聞こえ始めるが、家の中は沈黙で包まれたままだ。
パチパチと暖炉の中の薪が割れる音が聞こえる。先に口を開いたのはエクスだった。
「だんまりか?」
「……てっきり、自分はエクスさんに突き殺されるかと思っていました」
イラは困ったように笑みを作る。その分かりやすい作り笑いに、エクスは眉を顰めて紅茶を啜る。
「……そうするべきではないかと思う自分がいることは確かだ」
「でしょうね」
「……」
「……」
そして再びの沈黙。音から察するに、家の外では真琴はいいようにシイナにあしらわれているようだ。
「あの少年に義手を作ったのか?」
重々しくエクスが口を開く。
「? ……はい。彼の負傷は自分の不手際でもあるので」
「よほどあの少年が気に入っているのだな」
「なぜそう思うんですか? 作った精霊器を村の人や王国に渡したことは、これまで何度もあったと思いますが」
「完成度の話だよ」
「完成度、ですか」
エクスは頷き、真琴がいるであろう方向に目を向けた。
「見事な義手だ。手袋をしていたとはいえ、聞いていなければあれが義手だとは気づかなかっただろうな」
「それは……」
「お前が気づいているかどうかは分からないがな、今までのお前はできのいい精霊器は全て自分のものとして持ったままにしていただろう? たまに完成度が高い精霊器を渡してきたかと思ったら実は予備だったり、より性能のいいものを作っていたり。今までのお前は自分が使うことを最優先に精霊器を作っていた」
エクスの指摘にイラは目線を落とす。だがそこにあるのはかすかなさざ波を立てて揺れる紅茶の入ったカップのみ。
けれどそのカップは水鏡となって、固い表情のイラの顔を映していた。
「あの日からお前も随分と変わったのだろうかな」
「誰だって変わりますよ。もう八年です」
「そうだな。だが変わらないものもある」
帝国、とエクスは呟いた。その言葉を聞いて、イラは反射的に憎悪の念をこぼす。びりびりと持ったカップが震えた。
「ほら、な」
「……」
証明完了と言わんばかりのエクスにイラは視線を下に向けたまま、そっと目を逸らした。イラの中に棲みついた憎悪の炎はわずかにも弱まってはいない。隠すのが上手くなっただけなのだと、否応なしに自覚させられる。
「……仕事の話をしましょう。あなただって自分と話をしたくてここまで来たわけではないのでしょう?」
「無論だ。我々の目的は森の調査にある」
そう切り出して、エクスは新ロエ村まで来た目的の半分を話した。
*
「くそっ! くそっ! くそぉ!!」
真琴は幾度も龍剣を振るってシイナに斬りつける。だが以前とまるで変わらずシイナに剣が当たることはない。
「……むむ。上手く、なてる……です」
「嫌味かてめぇ!!」
「本音、ですよ?」
龍剣を短刀で捌きながらシイナはこれ見よがしに小首を傾げる。双方ともに精霊術や武器の能力は使わない、単純な近接の技量比べだが依然として軍配はシイナに上がるようだった。
真琴の腕が伸びきったところを狙い、関節狙いの膝打ちをシイナは見舞う。
「つっ……!」
真琴はとっさに腕を引き上げてそれをかわそうとするが、かわしきれずに命中。剣を取り落とした。真琴は龍剣に構わず距離を取り、予備の剣を抜き取り防御の姿勢を取る。
「ほら。前なら反応、でない……すよ」
「……かもな」
追撃しようとしたシイナを剣で制した真琴は、冷や汗を流しながら息を吐く。
「せっかくです。剣じゃ……なくて、精霊じゅ、こみの総、力戦と、いきますか?」
「いいのかよ」
「何がです?」
「だから」
殺気を一度納めたシイナは龍剣を拾い上げ、放り投げて渡してきた。真琴は龍剣を受け取りながら聞く。
イラが言うにはシイナの技は一子相伝の秘伝らしい。ここには真琴たちの他にもたくさんの騎士がいるのに手の内をぽんぽん見せてもいいのだろうか。
「……あぁ、別に、構わない……です」
「まじ?」
「はい。……どうせ見ても欠片も理解できないでしょうし」
シイナが酷薄な笑みを浮かべた。
戦いに始まりの合図はない。雰囲気から一切の甘さが消えたシイナが、一瞬の内に距離を詰めてきた。先ほどまでと比べても速い。真琴に匹敵するくらいの速さだ。下から振り上げられるナイフをかろうじて受け止めながら、真琴は魔眼の精度を上げる。
「く……」
シイナの周りには不自然に緑と赤の精霊が集まっていた。詠唱がなかったことからしても、おそらくは肉体強化を補助するような精霊器を使っているのだろう。
真琴はこの数か月で編み出した「奥の手」が使えるかどうか考え、即座に否定する。シイナは超一流の戦士だ。付け焼き刃の「奥の手」が通用するようには思えない。
左の義手の機能も、まだ真琴には十全に扱いきれるものではない。
「エザク」
「へぇ」
考える時間が欲しい。風を起こして距離を取った真琴を見て、シイナが目を細めた。
「オーノウ!」
感心するシイナに真琴は炎を放つ。シイナを中心に火柱が立つ。けれどその中にはすでにシイナはいない。
「ウジム エタナウ」
背後に回り込んでいたシイナが水流を生成した。放たれた水流は大人の腕ほどの大きさ。あくまで牽制程度、様子見の一撃。
「アウィ!」
真琴は水に対して岩石を生むことで防御する。
「おらっ!」
そして生み出した岩石を目くらましにして龍剣で切り裂く。横薙ぎの一閃をシイナは身を伏せてかわした。
「イウク!」
ここだ。真琴は魔眼を使って無理矢理シイナの腹部に黄の精霊を集め、大地から生える杭を生成する。身を伏せるシイナを串刺しにせんとばかりの攻撃。シイナにとって完璧な不意打ちであったはずの一撃は、ばっとその場を飛びのかれてかわされた。
「ちぃっ!」
「驚いた、です」
空中にいるシイナは呟きと共に薄く笑った。そして真琴は見た。シイナの周りに白と黒の精霊が集まっている。
「まずっ」
「遅い」
イラからの教えだ。白と黒の精霊術は適性を持つ者が少なく、しかも自然界にほとんど存在していないから使い手は少ない。しかし白と黒の精霊術は、はまると厄介なものが多い。致命的な能力があったり、精神干渉だったりだ。だから兆候が見られたら確実に妨害しろと。
真琴は魔眼でシイナの精霊術に干渉しようとした。だがそれより早くシイナの精霊術が完成する。白と黒の精霊で作られた精緻な陣。そして唱えられる呪文。
「ウカクオイト イアゴス イキスニン」
「は?」
シイナが作っていた陣が霧散し、周辺に精霊が散らばる。ぐにゃりと世界がゆがみ、真琴は軽い吐き気を感じた。
こいつ何をした?
感じたのは吐き気。それだけだ。精霊術の効果が分からず、真琴は挑発でもしようかと口を開く。
「……!?」
口はパクパクと動くだけで声が出ない。いや違う。声は出ている。ならおかしくなったのは。
(俺の耳が!?)
シイナの精霊術は聴力を奪うものだった。シイナは精霊術を行使してまたすぐに、別の精霊術を行使する。
集まる白と緑の精霊。シイナの口が動く。だが詠唱が聞こえない。無音の世界。真琴は動揺を押し殺して龍剣を起動させる。
(オーノウ オン イーウラ!)
音が聞こえなければまともに話すこともままならない。起動の発音は上手くいったらしいが、完璧ではなかったようで出力が低い。龍剣が生み出した炎の壁に、シイナが生み出した風の刃が衝突する。
並の精霊術なら龍剣の炎を破ることはない。しかしシイナの精霊術は炎に食らいつき、その一部は炎の壁を突き破った。
「……!?」
緑と白の精霊が刃の形を為して真琴に迫る。とっさに真琴は龍剣で刃を振り払う。
(なんだこの手ごたえ……!)
かき消した刃はおかしな脈動を持っていた。それはまるで生きているかのようで、その推論は間違っていないと即座に理解する。
(白の精れ……!?)
腹部の衝撃。見ればシイナがいつの間にかに真横に来て、蹴りを放っていた。イラ程ではないにしても、横腹をえぐりとられるかのような衝撃。内臓に響いて、口から軽く血を噴き出す。
(幻影剣!)
シイナのいた方向に向けて不可視多数の刃を向ける。瞬間、シイナの姿は見えなくなる。シイナの持つ魔剣“謙譲”の効果。影が薄くなる能力だ。
空振り。幻影剣がシイナを捉えた感覚はない。音は聞こえない。気配もない。無色の精霊からシイナを探そうにも、そもそもシイナの存在が認識できない。
(どこに)
足首に熱い感覚が走る。斬られた。頭で理解する瞬間にそちらに向けて剣を振るが、当然のように剣はシイナを捉えない。振りきると同時に腕を斬られた。
「……!」
どこだ。シイナはどこにいる。焦りが真琴の中で大きくなる。そしてその感情が不意に増大した。
(まずいまずいまずいまずいまずいまずい!!)
わけもわからぬ焦燥に真琴の手は鈍る。それは不自然な感情の揺らぎだったが、動揺の最中にいる真琴がそれに気づけるはずもない。
剣が下を向いた瞬間、トンと首筋に冷たいものを当てられる感覚があった。
「これで……詰みです」
「参った」
音は気づけば帰って来ていた。自身の首に“謙譲”の短刀を当てたシイナに対して真琴ができたことは、剣を捨てて降伏することだけだった。




