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第91話 長い一日の終わりに


 長い長い王都初日の一日が終わって、真琴は足先から凍てつくような緊張に晒されていた。


「イラさん……」

 真琴のそばにいるのは金髪メイド服の少女フィリーネ。彼女はベッドの上で眠っている男の近くで、苦しそうに顔を歪めていた。

 フィリーネの手は何度も男の手に触れようとし、弾かれたように空中で止まることを何度も繰り返している。触れたい。けれど触れられない。彼女の苦悩がありありとわかる。


 大きな白いベッドで眠る彼の体にはいくつもの点滴が刺さっており、口には呼吸器。頭部にはヘルメットがはめられている。周囲には何の用途かもわからないような機材が置かれている。

 物々しいベッドの上で、イラは変わらず眠り続けていた。


 窓の外を見れば、すでに日は落ち、雑多の王都の町並みは多種多様な明かりで輝いている。耳をすませばにぎやかな喧騒が聞こえてきそうだ。


 とはいえ、王都の町並みを映す窓はしっかりと閉められ、外界から絶たれている。そして締め切られた部屋の中に満ちているのは強烈な圧迫感だった。


「お前さんがイラの弟子……じゃなくて生徒の真琴か。ふぅん」

 イラの病室とされた豪華な客室の中央に立つ一人の男。真琴は男の背には劫火が背負われているのではないかと錯覚した。


 見上げるほど大柄な体躯は無駄のない筋肉で覆われており、立った姿にはわずかにも揺らぎはない。

 短く切られた茶色の髪と無精髭は彼の豪気さを表し、浮かべる表情は不敵そのもの。


 場の空気を息苦しいほどに支配してしまうこの男の名前は、グランヘルム・レクスティア・オウルファクト。オウルファクト王国国王にして“紅蓮の王”と呼ばれる“赤の玉石”だ。

 グランヘルムは真琴を見定めるように、全身を見て、不敵な笑みをさらに深めた。

「あ、あの」

「悪くはないねぇ」


 悪くはない。可もなく不可もない評価であるが、グランヘルムは満足のいった様子だった。

 グランヘルムが笑みを深めると、感じていた圧迫感は薄れ、少しはましになった。しかし部屋にいる他の顔ぶれを見ると、ましとしか言いようがない。


 グランヘルムの後ろに左右に控えているのは、大海のごとき騎士と精霊術の愛し子だ。“青の玉石”エクス・ナイツナイツと、“白の玉石”リリアーナ・ウァンティア・オウルファクト。

 グランヘルムから視線を外し、後ろにいる二人を見ると、エクスは真琴に小さく頷き、リリアーナは美しく微笑んだ。だがそれすら真琴にしてみれば、緊張を高める要素にしかなりえない。


「あらん。珍しいわねぇ。グランちゃんが誰かを誉めるなんて」


 ふと、イラのベッドに腰掛けていたニントスが口を開いた。彼は妙に艶めかしい動きで頬に手を当て、座ったまましなを作ってみせる。

 動きだけならまるで娼婦かと見間違うほどだが、ニントスは中年の男だ。言葉遣いは女そものもであっても、男なのである。ニントスと目が合うと、彼はふふと含み笑いをした。

 ぞわりと、真琴の肌に今までとは違った意味で鳥肌が立った。


 吐きそうだ。真琴は油断すればすぐに震え出し、目の前の王にひざまずきそうになるのをこらえるので必死だった。

 どうしてここにロロガスがいないんだと、八つ当たりをしたくなる。


 吐き気すら催す圧迫感の原因。王国の誇る最強の精霊術師“玉石”の全員がそろっているのだ。


 “紅蓮の王”グランヘルム・レクスティア・オウルファクト。


 “騎士の中の騎士”エクス・ナイツナイツ。


 “愛しき永遠”リリアーナ・ウァンティア・オウルファクト。


 “天転壊界”ニントス・ラン・スピーナル。


 “風結城塞”フィリーネ・トーラナーラ。


 そして目覚めぬ“透徹の暴霊”イラ・クリストルク。


 病室の入り口には、真琴を逃がさないためなのか別の事情なのか、シイナが立っている。

 この中の誰か一人が真琴に牙をむいた瞬間、真琴はあっけなく死体に変わるだろう。それだけの実力をもった相手が六人。しかも中央にいるのが小国に過ぎない王国を、大陸最強の帝国と対等以上に渡り合わせた国王だ。


 一日の疲労に”龍骸”の後遺症。玉石たちの圧があるせいで、足はふらつき、目はかすむ。グランヘルムは一人しかいないのに、何人もいるように見える。昼から何も入れていない胃はきりきりと音を鳴らし、全身に重りを付けたような感覚がする。

 緊張とプレッシャーによる精神的な苦痛だ。


「それで? なぁんかここに来るまででおもしろおかしいことになってたらしいじゃねぇか。なぁ、マコトよ。ちょいと俺に聞かせてくれねぁか?」

 緊張で声もろくにでない真琴に、グランヘルムが近くのソファを指さす。そこに座って話をしろということらしい。


「え、いや俺は……」

「遠慮すんなよ。俺が話せ、座れって言っているんだ。別に座ったところでいきなり首を切り落とすようなことはしねぇよ。特にお前さんはイラの生徒なんだろう? そんくらいのことでびびるな」

 先んじて目の前のソファに座りながら、グランヘルムは体を傾けて頬杖をついた。後ろの二人はグランヘルムの後ろに立ったままだ。

「俺は能がある奴を虐げることはしない。無能なくせに上に居座る奴は容赦しないが……お前は無能ではないだろ」


 言いながらも、グランヘルムの目はまたじっと真琴を観察するように見ている。真琴がどう動くかを見極めようとしているのか。動けないままでいると、思わぬところから助け船が来た。


「王。せめてリリアーナ様には座っていただいたらどうでしょうか。それと、さすがに国王を前にいきなり座れと言われても、マコトが困るだけだと思われます」

 グランヘルムの後ろにいたエクスだ。彼は険しい顔のまま、真琴に目を向けた。


「そんなもんかねぇ……」

「そのようなものです。王は最近地位の高い者か、玉石のような見知った相手としか話していませんでしたから。あなたのペースに合わせられないのですよ」

 互いに顔を向けあわないまま、意見を交わす二人。

「お忙しいことはわかります。ですがもう少し民と交わることをした方がよいかと。でなければ、頭と見方が凝り固まり、あなたの嫌うような地位に縋りつく貴族たちへと成り下がってしまうでしょう」

「ほう」


 部屋の空気が何度か下がった気がした。グランヘルムはすっと目を細め、座ったままエクスを見上げる。纏う気配は獰猛。対するエクスも冷えた視線でグランヘルムに答える。

 そんな二人をリリアーナは微笑みを浮かべたままちらりと横目で見、ニントスはうっとりとしてグランヘルムを見ている。

 フィリーネも空気の変化に気付き、不安そうにおろおろとしている。

 真琴はその場に倒れないように、ソファに手をついて体を支える。オリンピックに出る選手の感じるプレッシャーはこれくらいかと、現実逃避気味に考えていた。


「一騎士のお前が、王たる俺に指図するか。その首を胴から切り離す心の準備はできているんだろうな」

 刃物のごとき声が、グランヘルムから発せられた。自分に向けられたわけでもないのに、喉元に剣を突き付けられたような気になる。

 冷えた剣を当てられたエクスは、顔色を変えるでもなく言った。


「私は、正しい思ったことを口にしただけです。……いい加減、マコトをからかうのはやめたらどうですか? 今にも倒れそうな顔をしていますが」

「へ?」

 エクスの口から突然自分の名前が出たことで、間抜けな声を上げる。その声を聞いて、グランヘルムは獰猛な気配を納め、にやりと笑った。


「そうだな。くくっ! にしても若人(わこうど)をからかうのは楽しいなぁ。んでもまぁ、エクスの言う通りだな。お前の諫言はきちんと受け止めておくよ」

「ありがとうございます」

 先ほどまでの冷えた空気はどこへやら、グランヘルムは上機嫌に笑っている。リリアーナやニントスも表情は変わらず、フィリーネにしても納得した顔だ。


 さっきまでの態度は演技。からかわれたのだ。それに気づいた真琴は今度こそ力が抜けて膝から崩れ落ちた。


   *


「――ははぁん。なるほどねぇ。そんなことがあったわけだ。俺の知らないところで面白いことが起こってたんだなぁ」

 その後、意地で起き上がった真琴はソファに座り、王都初日のあれこれをグランヘルムに話していた。グランヘルムは真琴の話に相槌を入れたり、興味ありげにうなずいたりするだけで、茶々を入れることもなく聞いていた。

 ただ、話が進むにつれてグランヘルムの顔に笑みが深くなっていくのが気になった。


 真琴は今日一日のことを振り返る。

 イラとともに王都に来て、イラとニントスと別れてドロと精霊術師についての話をした。それから宿で一休みして、ハンバーガーを食べたらロロガスと出会って、フィリーネと再会した。

 何の因果か、かつて自分の全身の骨を折ったフィリーネと友達になって王都の表通りを巡り、意味不明な狂信者どもと出会って、王都の裏通りを逃げ回った。

 あげく、狂信者どもに見つかり、訳の分からない狂乱に巻き込まれたうえに王族のレモリアと従者のマトーまで出てきて、シイナが全てをもっていってしまった。


 あの後、マトーが倒されて混乱したレモリアもシイナによって気を失わされ、どこからともなく現れた、シイナの部下によって狂信者ごと運ばれることになった。そしてロロガスには後日説明をするからということで、フィリーネと二人王城に向かうことになった。

 最後にはオウルファクト王国の国王どころか、玉石六人が一堂に会する場所で、グランヘルムと話すことになった。


 濃厚という言葉でもいい表すことのできない一日だった。全ての話を終えると、真琴はぐったりとソファにもたれかかった。

「だいぶお疲れだな。ひとまずお前さんらを襲った相手には心当たりがある。後で俺から言っておくから安心してくれ。だがすまんな。お前さんには他に話しておきたいことがあるんだ」

「話しておきたいこと?」


 じわり、じわりと眠気が迫ってきている。真琴は落ちそうな瞼に力を入れる。

「そうだ。お前さんのこれからについてだ」


 マコトには騎士学校に復学してもらう。グランヘルムはにやにやと、不敵な笑みを浮かべて言った。


「騎士学校に?」

「あぁ。もろもろの事情があってな。騎士学校に特別クラスってのを作ることにしたんだ。言ってしまえば、才能がある奴らを集めて優秀な教師をつけて、競い合わせながら超一流の騎士を育てようって寸法だ。んで、マコトには特別クラスに入ってもらいたい……っていうか入れ。こっちは王命。拒否権はない」


 傲慢ともいえるグランヘルムの言葉だが、不思議と嫌な感じはしない。だがその内容は別だ。

「俺は先生以外の人から教わるつもりはないんだけど」

 以前はともかく、今の真琴にしてみれば、先生はイラ一人。イラ以外から教わりたいとは思えなかった。

 真琴の言葉に、グランヘルムは片方だけ釣り上げて目を細めた。


「そうかい。イラは……随分と生徒に好かれてたんだな。だが安心しろ。特別クラスの担任はイラにするつもりだ。ちなみにこっちも王命。あいつに逆らう権利はねぇよ」

「は? いやでも先生は……」

 真琴は部屋のベッドで眠るイラを見た。イラは変わらず、動きもせずに眠り続けている。

 イラはイゾの町での戦いで深い傷を負い、それ以来眠り続けている。リリアーナの治癒も効果は薄く、いつ起きるかはわからない。


「イラは必ず起きる。こいつはこんなところで死ぬような器じゃない」


 グランヘルムの声は岩のように固かった。グランヘルムの顔から笑みが消えた。

 この変化は演技ではない。真琴はグランヘルムが初めて素顔を見せたように見えた。


「いつか起きるさ。それまでは代理を用意する。それじゃだめか?」

 そういうグランヘルムの声はどこか傷ついているようで、弱々しかった。そんならしくないグランヘルムを前にして、真琴はノーとは言えなかった。


 かくして、真琴の長い王都初日の夜は更けていった。



第四章 王都初日の長い一日 終わり

これにて四章完結です。ここまで読んでいただきありがとうございました。活動報告に四章のあとがきを乗せているのでよろしければそちらもどうぞ。


今後ですが、閑話を投稿しつつ、五章『崩壊寸前のプルチーノ』を始めたいと思います。今後ともよろしくお願いします。感想、ブクマなどいただけると励みになります。


次の閑話は第???話の続きです。

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