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第88話 どうして


 ロロガス・アトロー。金級冒険者。齢は十九で、冒険者としてのキャリアも十九年。大規模クランに所属する夫婦の間に生まれ、幼い頃から依頼の荷運びを経験して十二歳に独立。

 ポジションは斥候。軽い身のこなしで索敵をし、無色の精霊操作で強化した肉体で振るわれるナイフは我流ながらも一流。


 自称二枚目で、大規模クランにいた頃に精霊術を習い、初級なら無理なく使うことができる。束縛を嫌う性格で、特定のクランには入らずに、様々なパーティ、クランを渡り歩く。

 少々、女好きの気はあるものの確かな仕事ぶりで、仲間を組んだ冒険者からの評判は悪くない。


 ロロガスは根っからの冒険者だった。幼い頃から様々な国を渡り歩き、数多くの冒険者と触れ合ってきた。

 ロロガスはろくでなしの下位冒険者も知っているし、高潔な高位冒険者も知っている。もちろん高潔な下位冒険者もろくでなしの高位冒険者もだ。大陸にたった三人しかいない真金級冒険者の一人とも話をしたことがある。


 冒険者としての等級は実力を示すためのそれ。ギルドは人格に等級を反映させない。金級冒険者にまで上り詰め、若手の冒険者としては最高峰の経験と情報網を持つロロガスは実は当然、真琴のことも知っていた。

 遠目で見たこともある。だからバーガー屋で出会った時、ロロガスは真琴と初対面のようにふるまっていたが、内心驚きを隠せないでいた。


 ロロガスの見聞きしていた金級冒険者真琴は、典型的な力に溺れたろくでなしの冒険者だった。依頼が達成できたなら他はどうでもいいと言わんばかりの態度を取る男。突然現れて、圧倒的な実力で金級冒険者となった。

 高い連携精度で名の知れた金級クラン“龍王の咆哮”に入って、多少ましになったと聞いたが、それでも傲慢さの強い、どこかで無茶をして、早死にする冒険者だとささやかれていたのだ。


 ロロガスも、自分と同い年の金級冒険者に興味はあったが、いずれいなくなるものと大した関心も抱いていなかった。


 いなかったはずなのに。


   *


「ぜぇっ……ぜぇっ。お前な。一目散に逃げやがって」

 正体不明の狂信者から逃げること三十分。ロロガスたちはやっとのことで彼らをまき、合流することができた。

 場所は王都の裏路地に近いやや開けた場所。追手から逃げるために、滅茶苦茶に逃げてきたため、どうやれば大通りに出られるかもわからない。

 スラム街に近いのだろう。日も傾いてきたことも相まって、不穏な気配が漂っている。


 真琴は立っているのもしんどいと言わんばかりに、肩で息をしている。

「ごめんごめん。つい癖で」

 ロロガスはさすがに悪いことをしたと、真琴に頭を下げる。危険を察知したら、まず大切なのは自分の命だ。細い路地に、敵の実力も総数もわからないあの状況で、逃げの一手を打ったことに間違いはなかったはずだ。


「別にいいけどさ」

 ロロガスの謝罪を受けて、真琴はため息をついて首を振った。

「無事ならそれでいいとするさ」


 自分本位なろくでなしなら、さっきのロロガスの行動は許しがたいものだろう。


 どうやら金級冒険者真琴は、少し行方をくらませている間に成長をしたらしい。

「こいつとなら、仲良くなれそうだ」

 ここにいたるまでも仲良くやれていたし、案外今の真琴となら、いいパーティになれるのかもしれないなと、ロロガスはそんなことを思った。


「……それで、なんでマコトはフィリーネちゃんの手をにぎにぎしてるんのかなぁ!?」

「いやこれは……」

 それはともかくとして、だ。今ロロガスにとって一番大事なことは真琴(野郎)ではない。


 フィリーネだ。ロロガスの好みにドストレートだった最高級に可愛い女の子。玉石だとか、面倒なあれやこれやはどうでもいい。

 ロロガスが一目ぼれした少女の手を、ロロガスより先に真琴が握っていた。


 ありえない。フィリーネと出会ってから、最初をのぞけば真琴はフィリーネとあまり話をしていなかった。場を面白おかしくしていたのは間違いなくロロガス。フィリーネの好感度もロロガスの方が稼いでいたはず。

 なのにどうして! 真琴が先に手を握るという女の子との一大イベントを先にこなしているのか! 頑張ったのはロロガスの方なのにずるい!


 しかも手を握られているフィリーネもまんざらではなさそうというか、なんというか。頬を赤くして、目を白黒させている。


「っておい? たしかフィリーネちゃんって誰にもさわれないはずじゃぁ」

 そこでようやくロロガスは状況のおかしさに気付く。


 “緑の玉石”フィリーネ・トーラナーラには触れない。それはロロガス自身が体感したことであるし、フィリーネの態度を見ても嘘ではないように見える。

 だがしかし、真琴の左手はフィリーネの手を握っている。


 息を整えた真琴に二人の視線が向く。真琴は困ったように眉をひそめ、それからまだフィリーネの手を握っていたことを思い出した。

 真琴が手を離すと、フィリーネはわずかに残念そうな表情を浮かべた。


「そんなん俺にもわかるかよ。ただ……」

 心当たりがあるのか、真琴は言いにくそうに頭を掻く。そこでフィリーネがあっと声を上げた。

「マコトさん、その左手もしかして」


 フィリーネはじっと真琴の左手を見ている。じっと見ている様子も可愛い。いや、ロロガスも改めて真琴の左手を見る。

 日も落ちかけて、暗くて見えづらいがよく見れば、真琴の左手には違和感があった。手首の先から色合いがわずかにおかしい。まるで本来の腕ではないような……


「まさか、その手は義手か?」

「……そうだよ。この前へましてな」

 ロロガスに肯定した真琴。ロロガスは心底驚いていた。


「いや、待てよ。お前普通に左手動かしてただろ。義手じゃねぇのかよ」

「義手だけど動くんだよ。この精霊器はなんかすごい技術で作られてて、手の感覚とかはちょっと薄いけど、動かすのには問題はない」

 四肢を欠損して、引退する冒険者は少なくない。ロロガスの知る中には、隻腕の凄腕冒険者もいるにはいるが、それは例外中の例外だ。もし真琴の義手が量産できるようなものであれば、それは全ての冒険者にとっての希望になる。


「それって誰が作ったんだ?」

「……」

 ロロガスの問いに、真琴は答えるのをためらうように視線を落とす。しかしすぐに諦めたように口を開いた。


「俺の、先生が作ったんだよ」

「それってもしかして」

 名前はぼかした真琴。ロロガスは真琴がとある人物から師事を受けているとは聞いていたが、それが誰かは聞いていなかった。おそるおそる口を開いたのはフィリーネだ。


「マコトさんの先生って、イラさんじゃないですか?」

 フィリーネの核心を突く問いに、真琴は目を大きく見開いた。


   *


 真琴はフィリーネをある意味警戒していた。それはフィリーネがイラをどう思っているかわからなかったから。


 “白”のリリアーナや“黒”のニントスは、イラに対して好意的であったように思う。少なくともリリアーナはイラと穏便に話し、イラもリリアーナに心を許していた。

 ニントスも意識不明のイラを熱心に治療してくれた。


 しかし、イラに敵愾心を抱いていたエクスの例もある。トコイルのようにイラに恨みを抱えている人間は山ほどいる。もしフィリーネがイラに対して、否定的な感情を抱いていたら、このほわほわした少女がイラに対して敵愾心を燃やしていると想像すると恐ろしかった。

 真琴はイラが誰かから恐れられるのが嫌だった。


「そう、だけど」

 だから真琴の答えにはどこか緊張感がはらんでいた。フィリーネがイラをどう思っているか。真琴の答えを聞いたフィリーネは……


「え! ならイラさんは今どうしているんですか!?」

 華やいだ顔でイラの様子を聞いてきた。その表情に動揺したのはロロガスだ。


「え? いやフィリーネちゃん……えっ?」

 フィリーネの見せる表情。それはまるで恋する乙女のようだった。いや、ようだったという言葉は不要だった。


 フィリーネは明らかに恋する乙女だった。そしてその対象はきっと。


「誰だよ」

「はぁ?」

「そのイラサンってのは誰なんだよぉ!!」

「イラさんは今何をしているんですか!!」

 フィリーネとロロガスは二人して、真琴に詰め寄った。二人の気迫に真琴は気圧される。


「いや、ちょ……ま、お前ら!! 今逃走中だってこと忘れてんじゃねぇだろうな!」

 ついに真琴もキレて、二人よりも大きな声を上げた。


   *


「一端落ち着こう。まずは……どこから話せばいい?」

 真琴のおかげでどうにか二人は落ち着いた。真琴は深いため息をついて、その場に座り込み、廃墟のような民家の壁にもたれかかった。


「すまん。ならまずはその精霊器から頼む」

 冷静になったロロガスも同じ陽に座り込む。フィリーネは薄汚れた路地が気になるのか、立ったままだ。


「これな。これは俺の先生……“黄の玉石”イラ・クリストルクが作ってくれた義手だ」

「玉石……! またビッグネームに教わってんだな」

 ロロガスもフィリーネ同様、イラを恐れる様子はない。そのことに真琴は内心安堵する。

「そこにも玉石は一人いるけどな」

 真琴はフィリーネを指さした。


「とにかく、この義手は先生が作ってくれた。一点ものらしいから、他にはないと思う。フィリーネに触れたのも、義手ごしだったからじゃねぇか?」

 真琴の言葉に、フィリーネは首を傾げる。義手越しだったから触れたと真琴は言うが、フィリーネの“反転”はそこまで生易しいものではないはず。それに生身ではないにしても、剣や精霊術も反射するのだ。

 触れたことは事実だから、深く考えてもしょうがないことなのかもしれないが。


「そうか」

 真琴の言葉に、ロロガスは落胆した様子だった。どうしてかはわからないが、居心地が悪くなって、真琴はロロガスから目を反らす。


「それで、イラさんは」

「……先生は」

 俺のせいで生死の境をさまよっている。そう言おうとして、言えなかった。代わりに聞こえてきた不穏な足音。


「……話はここまでみたいだ」

「だな」

「ひっ」


 真琴とロロガスは立ち上がる。ロロガスは腰のナイフを抜いた。そして真琴たちのいる場所を包囲するように、たくさんの追手が来た。


 三人が今いる場所は路地裏の開けた一角。昔使われていた交差点だったのか、出入り口はいくつもある。

 その出入り口の全てから、追手が迫っていた。


「いざって時に逃げやすいと思ってたけど、裏目に出たか」

 ロロガスと真琴は舌打ちをする。王都民は王都の道を知り尽くしているだったか。連中の中に、ドロのように道に詳しい人間がいたのかもしれない。

 ぞろぞろと一角に入ってくる狂信者たちの数も、百はいそうだ。


 かなり多い。これは意外とまずいかもしれない。全てが一般人ならともかく、敵の中には騎士や兵士も少なくない。いくら金級冒険者が二人いるとしてもこの狭い場所で一人当たり五十人はきつい。

しかし、真琴たちには切り札がある。

「フィリーネ。こいつらを倒すのを手伝ってくれるよな?」

 “緑の玉石”フィリーネ・トーラナーラ。きっと玉石であるフィリーネならば、この狂信者たちを一蹴できるはず。真琴はそう思っていたのだが、


「え、え? えぇ!? そ、そんなの無理です!」

 予想を外して、フィリーネはおびえた顔で言った。

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