第83話 ドロ・ラン・メイ
その後、ニントスはドロに一言、二言告げて、イラを乗せた馬車とともに走り去っていった。真琴はドロと顔を見合わせた後、揃って兵舎を出る。
「こうして見ると、結構人が多いな」
「そうっすかね? あたしとしちゃ、いつも通りの王都なんすけど」
ひとまず宿の多いところを案内するからと、ドロは王都の歩道を堂々と歩き始めた。大して広くないくせに混みあった道をすいすいと歩き、早歩きで進む。
「あ、荷物は前に背負っておいた方がいいっすよ。手とか、後ろだと、スリに会うかもしれないっす。案外多いんすよねぇスリ。あたしもこれまで何度やられたことか」
「わかったよ」
懐かしむように言うドロにおいてかれまいと真琴も早歩きで進みながら、ドロの隣に行く。馬車を降りた兵舎のある場所は、王都の大通りからやや離れた場所にあったが、ドロの先導で太い道、細い道を幾度も通り、十分ほどで大きな通りに出ることができた。
「相変わらずこ王都は道がごちゃごちゃだな」
「それについては同感っすね。この道に精通して初めて王都民って言われるくらいっすから」
初めて王都に来た時も、道の多さには面食らったものだ。早朝の喧騒に疲れた二人は大通りの端に寄り、一息つく。病み上がりどころか、未だ病み中の真琴はもちろん、ぱっと見精霊術師のドロもそこまで体力があるわけではないらしい。
久しぶりの人込みに酔ったということもある。
「休憩ついでに、そこで少しお茶していかないっすか?」
ドロが指さしたのはこじんまりとした喫茶店。人の多さに若干辟易していた真琴は、一もなく二もなく頷いた。
*
「――ふんふん。ならあたしとしては『虹色亭』がおすすめっすね。あそこなら冒険者ギルドも近いし、ごはんもおいしいって評判っすから。ちょっと部屋が狭いのが玉に瑕っすけど」
「それは別にいいよ。なんていうか、あれこれ悪いな」
喫茶店に入り、ドロはコーヒー、真琴は紅茶を注文した。お茶請けにクッキーも注文する。
真琴はもともと紅茶を飲んでいなかったが、イラと過ごす中で、すっかり紅茶好きになってしまった。
ドロは真琴からどんな宿がいいかを聞くと、さっさと候補の宿を上げてくれた。手際の良さと知識の豊富さに驚いていると、ドロは王都外に住む友人のために、あちこちの宿を紹介しているうちに詳しくなったと言った。
人当りもいいし、ドロには友人も多そうだ。
「そのお礼と言っちゃなんすけど、おにーさんのことを教えてもらえないっすか?」
運ばれてきたコーヒーを飲みながら、ドロは言う。ドロの顔はほのかに興奮していた。
「俺の?」
「そうっす。王国最強の精霊術師“玉石”の一角“黄の玉石”イラ・クリストルクの生徒がどんな人間なのか興味があるんすよ。できれば、イラさんの能力も聞きたいっすね」
語るドロの目は期待に輝いていた。真琴とドロではそこまで齢も変わらないはずなのに、ドロの様子はなんとなく子どもっぽい。
「ドロは、先生のことを怖がらないのな」
真琴が気になったところはそこだった。“黄の玉石”と言えば、帝国との戦争で悪逆非道のふるまいをしたと有名だ。しかしドロからはイラへの恐れが微塵にも感じられない。
イラは多くの人間から嫌われ、恐れられている。
だがドロはへなっと笑いながら、ガリガリと頭を掻く。
「そうっすね。終わった戦争なんて興味はないし、そんなことよりも玉石の方々の持つ高い精霊術の技の方が、気になるっすよ。あたし、精霊術大好きなんで」
それはドロとちょっと接するだけで伝わってきた。
「これでも、精霊術師協会から“二級精霊術師”の資格をもらってたりもするんすよ」
「へ、へぇ」
二級精霊術師の意味が分からず、真琴は空返事をする。真琴が意味を理解していないことに気が付いたのか、ドロはかっと目を見開いた。
「あ! さてはマコトさんは精霊術師の位階のことを知らないっすねぇ? なら説明してあげるっすよ! まずは精霊術師協会がどんなもんかは知ってるっすか?」
ドロが身を乗り出した分だけ、真琴は後ろに身を反らす。
「あー、聞いたことはあるけど、どんなもんかは知らないな」
「な、なんすって!?」
それを聞いたドロは、ハイテンションに精霊術師協会について語り始めた。喫茶店にいる他の客からの視線が痛い。
精霊術師協会は、精霊術師が互いの研鑽と研究のために設立したものだ。そして高度な精霊術を使えるようになるほどに、位階が上がっていくものらしい。
まず中級の精霊術を使えるに至っていない“四級精霊術師”。単色中級を使えるようになれば“三級精霊術師”だ。
それから上級の精霊術の行使で“準二級精霊術師”、加えて中級で混色の精霊術が使えるのであれば“二級精霊術師”の資格が与えられる。ちなみに詠唱の短縮の有無は位階自体に問われておらず、細かい分類分けが別個にあるらしい。
「上級よりも、中級混色の方が、位階は高いんだな」
「そりゃそうっすよ。複数の色を同時に使うことはそれだけ高度なんです。プロの精霊術師の中でも上級は使えるのに、下級の混色を使えないという方もいらっしゃるくらいっす」
私は二級精霊術すから、上級も中級混色も使えるんすけどね、とドロは自慢げだ。
「十七で二級というのはけっこうすごいんすよ」
「そうか。ところで、二級以上は、ってか先生はどうなるんだ?」
まだ中級を使うので精一杯の“三級精霊術師”の真琴には縁遠い話だし、精霊術師としては最高峰の位階にいるであろうイラを見ていると、ドロのすごさもいまいち実感できないところだ。
イラの位階についてはドロも気になるところではあったのだろう。ドロはごくごくとコーヒーを飲み、クッキーを一枚つまむと、またテーブル越しに身を乗り出してきた。
「そうっすね。イラさんはどれくらいの精霊術が使えるんっすか?」
「お、おう……そうだな。まず上級の混色は使えると思う。連携術式なら実際に使ってたし、できんだろ」
「なるほど。なら“準一級精霊術師”ですね。でもそれだけではないんでしょう?」
「そりゃまぁ。固有術式も当然使えるしな」
「固有術式! あたしもいつかは使ってみたい奴っすねぇ。ニントスさんは見せてくれないんすよね」
「そういえば、ドロとニントスってどういう関係なんだ? 流れでここまで来てたけど、俺、ドロのことをよく知らねぇな」
ふと、その事実を真琴は思い出した。ニントスがドロを信頼しているようだったから、あれこれ話していたが、さすがにイラの情報となると、そうもいかない。
「あれ? そうでしたっけ? あたし名乗ったすよね」
「あぁ。名乗っただけだな」
真琴の言葉にドロは数秒硬直し、「あー」と手をポンと打った。
「あーそっか。精霊術師協会か精霊器師協会の人とっばっかり話してたせいっすね。『メイ』の名はそっちの方じゃ有名っすから、つい身分まで明かしていた気分になっていたっす」
あはは、とドロは居心地悪そうに笑う。
ドロが言うには、メイ家は優れた精霊術師をよく輩出する家系らしい。貴族として下級だが、そのおかげで、そちら方面ではそれなりの権力を持っているとか、いないとか。
権力方面では興味のない真琴にはあまり関係のない話だ。
「そのツテで、今はニントスさんの研究室で働いてるっすよ。精霊術もあれこれ教えてもらったりしてるっす。総会に行ったのも、ニントスさんのお手伝いっすね」
「ならニントスとドロは師弟関係なのか?」
「というより、マコトさんとイラさんの関係に近いっすね。生徒と先生の関係っす。でもニントスさんはあたしにすごくよくしてくれるっすよ」
それはなんとなく想像がついた。ニントスもなんだかんだで研究者肌のようだし、ドロとは馬が合いそうだ。
そういうことなら、大して警戒する必要もないだろう。真琴はイラの固有術式の概要をざっと伝える。
「ほへー。破壊困難な精霊結晶の生成。“黄の玉石”は“マテリアル系”の固有術式なんすね」
「マテリアル系?」
イラからは聞いたことのない言葉だ。ドロはまた「あぁ」と手を振る。
「あたしが勝手に分類してるやり方っすよ。ニントスさんやほかの玉石から聞いている感じ、固有術式は大きく二つに分けられるんすよね」
ドロが言うには、固有術式には“マテリアル系”と“スキル系”の二種に大別できるらしい。
「マテリアル系は固有術式があって、それを基準にいろんなことができるタイプっす。イラさんの“透徹”や“赤の玉石”グランヘルム様の“紅蓮”はこっちっす」
「国王の固有術式も知ってんのかよ」
「何年か前にニントスさんに一時間くらい土下座して、面会取りつけてもらって見せてもらったっす」
「土下座て」
ドロはさらりとすごいことを言った。
水晶を生成する“透徹”やマグマを生成する“紅蓮”はそれだけでは、大きな力を持たない。他の詠唱を組み合わせて、真価を発揮するタイプだ。
「それで“スキル系”はニントスさんの“壊界”や“天転”。エクス様の“騎士道”があげられるっす。単体で発動して、しかも強力な性能を発揮する……いわば必殺技みたいな感じっすかね」
「なるほどな」
真琴もエクスの固有術式を見たことがあった。理想の自分を一時的に体現する固有術式“騎士道”。視認すらできない異次元の技術を体現するあの固有術式は、まさしく必殺技と呼ぶにふさわしいものだ。
「マテリアル系も、スキル系も、どちらにしても強力無比であることに変わりはないっすね。ただ単純な性能で言えばスキル系が一歩勝るけど、普段使いにするならマテリアル系がよさそうっす。あーでもきちんと見たことはないから、こうだとは断言できないっすな」
またぽりぽりと頭を掻く。
「ドロって、玉石のことが好きなのか?」
真琴の言葉に、ドロは当然とでも言いたげにうなずく。
「もちろんす。玉石は全ての精霊術師が目指すべき到達点で、尊敬すべき存在っす。だから“黒の玉石”に師事を乞える今の環境はとても嬉しいっすし、それはマコトさんも同じっすよね?」
「確かにな。……俺も先生にあれこれ教えてもらえて幸せだよ」
真琴は少しだけ笑ってから頷いた。
「だからこそ俺は……」
そしてドロには聞こえないように小さくつぶやいた。
それから喫茶店を出て、しばらく話をしながら歩き、二人はドロの言っていた『虹色亭』にたどり着いた。
「んじゃ。ここまでありがとう。また会えることを祈っているよ」
「はいっす。っつても、またすぐに会えると思うっすよ」
「ん? どういうことだ?」
「それは後のお楽しみっす。んじゃまたっすよ。マコトさん」
最後に意味深な言葉を残して、玉石フリークのドロと別れた。彼女の姿は人ごみの中に紛れて、あっという間に見えなくなる。
ドロを見送ってから真琴は虹色亭に入った。虹色亭は冒険者が多く利用するのだろう、酒場を兼ねた宿屋で、真琴は小さな部屋を一つ借りることができた。
ベッド以外何もないような部屋に荷物を放り投げると、真琴はそのままベッドへ飛び込んだ。
「疲れた……」
思えば、一人きりになるのはずいぶんと久しぶりだった。新ロエ村にいた頃は部屋が別でも大体イラが近くにいたし、旅に出てからは誰かが近くに必ずいた。
本当の意味で真琴が一人になったのは、ちょうど王都にいた時、騎士学校の宿舎で引きこもっていた時以来だ。
「一人ってのはさみしいもんだな」
真琴の独り言に返してくれる人間は誰もいない。疲労に身を任せ、真琴はうとうととまどろみに身を任せた。
眠っていたのはほんの一、二時間。真琴が窓の外を見ると、ちょうどお昼時だった。
朝王都に入って、イラとニントスと別れ、ドロと一緒に王都の町を歩き、精霊術師について話した。馬車の上でのある意味ゆったりとした一日にはないせわしなさだった。
「……暇だな」
一人で宿にいてもすることがない。真琴は龍剣と最低限の荷物を持って、宿を出て行った。
ちょっとした説明回です。四章はサクサク行きます。




