第8話 精霊術について教えます①
説明回です
共同生活についてのあれこれが終わり、所変わって居間。イラは紅茶を注いでマコトの前に置いた。
「さてと。君が騎士学校でどんなことを習っていたかはおいおい聞いていくとして、まずは昨日の戦闘の話からしましょうか」
にこやかに笑いかけるイラにマコトはウッという顔をする。
「なんだよ。何かおかしいところあったかよ」
「おかしいというか。君の戦闘は悪い意味で出鱈目ですね。特に精霊術。これは特に最悪です」
やれやれというように肩をすくめる。
「汚い発音に陣の不使用。その他もろもろ。おそらく君の魔眼が精霊を直接扱える能力だからこそ、そうなってしまったんでしょうね」
「ちょ、ちょっと待て! 俺あんたに魔眼の能力を言ったか!?」
魔眼のことを口に出すと、慌てたようにマコトは立ち上がる。冒険者にとって手持ちの技術や能力はむやみに明かすものではないという考えからだろうか。
「いえ、魔眼使いであることは知っていますが、その能力までは聞いてはいません。ですが能力なんて見れば分かりますよ。魔眼使いは珍しいですがいないわけではありません。むしろ魔眼のほとんどが精霊を視認する能力ですし、発展して精霊操作ができるということも、納得のできることでしょう。魔眼を持っているのが君一人と思っていると、いつか足元をすくわれることになりますよ」
そう言ってイラは右目を淡く光らせる。
「今重要なのは自分や君が魔眼を持っているかどうかではなく、君がどれだけへたくそで見習い以下の努力している人間に今から土下座して謝れと言わんばかりのくそみたいな精霊術を使っているのかということです」
「言い過ぎじゃねぇ?」
マコトが眉を顰めるが、イラはどこ吹く風だ。むしろ何を言っているのかと、わざとらしくため息をついてみせる。
「言い過ぎどころかこれでもオブラートに包んだ物言いですよ? 自覚がないようですが、まぁいいでしょう。今日は精霊および精霊術の話です。実践を行うには前提となる知識が必要です。君は精霊と精霊術についてどれくらい知っていますか?」
「あん? あーと、精霊ってのは世界に満ちた要素みたいなもので精霊術はその精霊を使ってどうにかするもんだろ?」
「ふむ。両方三十点といったところですね」
「てめぇな」
辛口採点にマコトの頬がピクリと動く。
「正しくは精霊とは『内界位階と精霊位階に存在する、抽象的かつ具体的に物質位階を表した要素』です。位階についての説明はいりますか?」
「そんくらいは知ってるよ。この世界には四つの位階があるとかそんな話だろ?」
「はい。上から順に概念位階、精霊位階、物質位階、内界位階となります。ちなみに上からとは言いましたが、別に上の位階の方が偉いというわけではないので悪しからず。あくまで存在の重なりとしての話です」
何がおかしいのか、イラはそう言うとフフっと笑った。
「我々が存在しているのが物質位階。そして精霊が存在しているのが文字通り精霊位階です。そしてこの物質位階と精霊位階は密接な関係にある」
イラは両手を前に掲げる。そして両手に赤の精霊を集めた。
「精霊位階に存在する精霊の種類は物質位階に強く影響されます。物質位階に水が多ければ青の位階が、大地が多ければ黄の精霊が多くなります。厳密に言えば精霊位階には『原理世界』というものがあり、全体を百として緑が三五、黄が二五、青が二十、赤が十八、白と黒が一ずつという構成が基本としてあるのですが、これは与太話程度に聞いておいてください。精霊研究には欠かせない要素ですが、上級や固有術式クラスの精霊術を使うのでなければ、戦闘においては大した意味を持ちません。そもそも一部の例外を除き、騎士が使うのは中級までです。ああ失敬、初級の精霊術もまともに扱えない君には特に関係のない話ですね」
「ちょくちょく皮肉を挟むのやめろよな」
「失礼。くせみたいなものです。それで物質位階と精霊位階の話ですが、基本連動していて、それがそのまま精霊術にもつながっています」
「イウ」
イラは「火」の精霊語を唱え、右手に集めた精霊を陣の形に誘導した。すると精霊が存在した位置に炎が現れた。
「物質位階と精霊位階は連動しているからこそ、こうして精霊位階に働きかけることで物質位階にも干渉できます。『精霊位階にあるものを物質位階に重ねて、精霊位階から物質位階に干渉する』こと。これが精霊術です。そして精霊位階に干渉するために必要となるのが詠唱であり、陣です」
これこそが君に足りていないものですよ、とイラは満面の笑みを作って言った。
*
そこまで話したところでイラとマコトは家の外にある庭に出てきた。イラはいつもと同じ地味なローブ姿。マコトは戦闘用ではない王都で買った垢ぬけた私服だ。庭は草の生えていない空き地となっており、体操やちょっとした運動するには丁度いい広さである。
「さて、君は精霊術について騎士学校でどんなことを習いました?」
「そんなん覚えてねぇよ。つまんねぇ暗号覚えたり、変な図形書いたりしてたのは覚えてっけど」
「はいそれが詠唱と陣ですね。というか暗号……君も一応詠唱していたと思うのですがね」
「それは冒険者で簡単な精霊術を使える奴から教わったんだよ」
つまり騎士学校で学べるはずの知識は全く頭に入っていないと。
こいつ、何のために学校に行ってたんだ。
「分かりました。詠唱とはつまり精霊語で文章を作ることに他ならないわけですが、君はイウ以外にどんな言葉をその知り合いから習いました?」
「あー『ィう』だろ?後は『ぇさグ』に『ウズィんむ』……『いーツとぉ』ってのがあったっけな」
マコトのひどい発音に脱力しそうになる。これくらいでつまずいていてはいけないと、イラは大きく息を吸った。
「なるほど。『エザク』に『ウジム』、後は…『イツト』、ですかね。それぞれ初級の精霊術から使う基本的なものです」
「エザク」は風、『ウジム』は水。そして『イツト』は土を表す。『イウ』も合わせて赤、青、黄、緑の色を使うために必要不可欠なものだ。
白や黒の精霊術は難易度が高く、しかも初級のうちは効果も微妙なものが多いため割愛する。
「へぇ。んで、それを唱えて、陣ってやつを書きゃ精霊術ができるってことでいいんだよな?」
「はい。確かにそうです。しかし君の場合は現状、詠唱だけでいいでしょう」
「へ?」
マコトが首を傾げる。
「精霊術は詠唱で変化の方向性を示すものです。陣は詠唱通りに動こうとする精霊を集め、補助するためものです。術者本人の精霊把握力が術の難易度よりも高ければ陣はそもそも必要ありません。だから君の場合は方向性だけを指し示して、陣の代わりをその魔眼にさせればいいんですよ。詠唱以上に陣は覚えるのが大変ですし、実際その割に恩恵は中級以上でないと中々理解できないので。ただ自分が口だけで言っても分からないと思うのでやってみますか」
「つってもさぁ。その詠唱すんの? 発音がわけわかんないんだけど。言葉覚えらんねぇし、舌噛みそうになるし」
「そうですか。……ああそうだ、ところで君の持っている剣。龍剣でしたっけ。それの銘は何と言いましたか?」
イラは唐突に話を変え、マコトの腰に差さっている剣を指さした。
「んだよ。『オーノウ オン イーウラ』のことか?」
「よかったですね。ちゃんと言えてるじゃないですか」
「はっ?」
「『オーノウ オン イーウラ』、君は今精霊語で『龍の炎』と言ったんですよ」
「まじ?」
「まじ」
目を丸くするマコトをからかうように、イラは真琴の言葉を繰り返した。
「精霊術の詠唱は言葉の意味を理解していないと発現しませんからね。君の場合、銘を剣の起動のキーワードにしか使っていなかったから精霊術にならなかったのでしょう。さぁ! 赤の精霊を集めて! そして銘を唱えるように言うのです! 『オーノウ』!」
「は? え、ちょっ『オーノウ』!」
パンパンと手を叩きながらいきなり急かすように言われたマコトは、イラの言う通り赤の精霊を魔眼で集め、詠唱した。すると魔眼の力で集まっていた精霊は炎に変じ、マコトの目の前で細い火柱が立った。
「うわっ!」
「これが正しい詠唱で運用される精霊術です。今君がやったのは単語だけで発動する初級の精霊術ですが、用いた『オーノウ』という単語は『イウ』の上位互換に当たる単語で、通常下級以上で使うものです。なので制御が甘くなってしまいますね」
「急にびっくりするだろうが!」
突然目の前で火柱がたったせいで腰が抜けてしまったマコトは、肩で息をしながらイラに文句を言う。
「でもおかげで詠唱の大切さが分かったでしょう? それと、魔眼で精霊を見なさい。何か気づくことはありませんか?」
「は?」
イラに言われ、マコトは魔眼を使って漂う精霊を観察する。水場のない庭であるため青の精霊がやや少なく、白や黒の精霊はほとんど見られない。黄や緑はいつも通りだが……。
「あ」
「気づきましたか?」
イラの言葉にマコトは頷く。マコトが『オーノウ』の精霊術を使う前よりも赤の精霊が増えていた。それも「割合」ではなく「絶対量」がだ。
「大規模な精霊術を起こすためにはたくさんの精霊が必要になります。ですが精霊術の行使によって精霊が場から枯渇することはまずありません。むしろ逆ですね。精霊術が発動している空間は物質位階と精霊位階が重なり合っているような状態にありまして、精霊術が終われば使われていた精霊はまた空間に帰ってきます。そして例えば精霊術で炎が生み出され、その炎から新たに赤の精霊が生まれますが、それは精霊術が終了した後も存在します」
精霊術とは一を十にするものなんです、とイラは語る。
「精霊術の干渉しない空間の精霊の量を仮に百として、一般的な精霊術士が掌握できる空間の精霊は大体十から三十です。優れた術士でも五十を超える程度でしょう。十や二十程度では下級の精霊術を使うので精一杯でしょうね。効率のいい術を編めるのなら中級も使えるでしょうか。しかし全体百の内、十の精霊を使って術を行使することで新たに十の精霊が増える。これによって全体の精霊の量は百十となります。たった一度の精霊術の行使でそれです。互いに十の精霊術を五回使い合ったとしましょう。それでもう精霊の量が倍になります。これが続いて精霊量が三百から五百になれば、精霊を集める力の弱い二流の術士でも中級が使えるようになるでしょう」
「つまり精霊術ってのは弱い術でジャブを打ちつつ、戦いが温まってくるにつれて強力な術が飛び出てくるようになるってことか?」
「基本的にはそうなります」
「でもそれだとおかしくねぇか?昨日おっさんはいきなり固有術式だかなんだかを使ってただろ?あれって強力な奴なんじゃねぇの?」
「ああ、あの術式は自分がかなり効率よく術を編んでいるということもありますし、性質的に見かけよりも精霊を使わないということもありますね。ですがそれでも白と黒の精霊が必要になります。だから実はあらかじめ仕掛けをしておいたんです」
イラは懐から小さな青い結晶を取り出した。
「それって精霊結晶か?」
「はい。知っているかとは思いますが、精霊結晶は精霊を物質化したものです。粗悪なものだと使う度に砕いてしまう必要がありますが、上等なものならば皮膚伝いに無色の精霊を流し込むなり、周囲の精霊に働きかけるなどして精霊を入れることで対応した色の精霊を発します。自分が来ているこのローブ」
イラは体を半回転させて、着ているローブをはためかせる。
「実はこのローブの裏地には細かく砕いた精霊結晶があるんですよ。それを使って自分はいつでも中位以上の精霊術が撃てるだけの精霊を確保するようにしています」
「なんかずりぃ」
マコトが唇をへの字にする。
「そうですね。しかし君だって戦いのために策を練ったりするでしょう?それと同じですよ」
つまり単なるありふれた準備の一つなのだと、イラは言った。




