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 ただ事でない、なにかが起こっていることだけはわかった。

 パソコンの液晶画面は、いまでは白一色に明るいだけだ。

「きさま! なにをやらかした!?」

 花房が凄んでみせるが、仙道にも理解できていないのだから、どう言い返していいのかも不明だ。

 徳井は、だれかと連絡をとっているようだ。携帯を持つ手が、怒りなのか、おびえなのか震えている。どうやら妨害電波は解除されているらしい。テログループと彼らが一時的とはいえ、裏でつながっていたことを知ったいまでは、不思議なことではない。それにそもそも、動画をネット配信できたわけだから、通信手段などいくらでもあったのだろう。

 ほかの兵士たちは、ある者は行動をとれず、その場に立ち尽くし、ある者は苛立ちをごまかすように歩き回っていた。

 すでに撮影は中断されている。

「なにをしたんだ!?」

「ぼくはなにも……」

 仙道は救いを求めるように、総理へ視線を移した。

「緊急コードじゃないか?」

 総理が冷静に言った。はじめて、頼もしく思えた。

「緊急コード?」

「すべてを無に帰すための、奥の手だ。全部を隠蔽するためのな」

「どうなるんですか?」

「どうもこうもない。なにもなかったんだ。私は核の発射ボタンなど持っていなかったし、それを奪われてもいない。もちろん、核の発射施設も存在しない」

「……」

「だから、拉致もされていない……テロリストもいないし、交渉人もいなかった」

 総理の言葉が、意味深に響いた。

「そうだ。なにも存在しなかった」

 通話を終えた徳井が言った。

 その意味するところは、仙道にもよくわかる。が、どちらにしろ殺されることにちがいはないのだ。いまさら恐怖を感じることはなかった。

「だから、私は殺せない……殺せなくなった──」

 総理は、まるで勝利を信じているかのような表情だった。

「な? そうだろ、公安の諸君」

 花房が舌打ちしていた。

 拳銃を抜き、その銃口を総理の眉間に合わせた。

 それでも、総理は殺されないことを確信していた。

「やめろ」

 徳井の声が、冷たく響いた。

 銃口がそれた。

「そうだな。それが利口だな。すべては、なにもなかったんだ。私は数日間、熱が出て官邸で療養していたことになる。この交渉人の先生も、ここには来ていない。同じように風邪をひいて自宅で寝込んでいた」

 花房が、悔しそうに唇を噛みしめた。

 どうやら総理は、自身の命だけでなく、仙道の安全も考えてくれたようだ。そこで気がついた。

「もしかして……」

 眼を見開いて、仙道は総理のことを凝視してしまった。

 総理は、ただうなずいただけだった。

 知っていたのだ。あの何重にもかけられたプロテクトが、すべてを消すためのものだったことを……。

「そうもいかないんだよ」

 しかし、徳井がつぶやいた。

「総理は明日、何事もなく公務についてもらうとしても、その先生には死んでもらう」

「なぜだ?」

「そういう命令が出てるんでな」

「辻本のアホ野郎か!」

「先生には死んでもらう。だれかが責任をとらなきゃならん。上は、総理も殺せとわめきたてていたが、いくら命令でも、それはできん。なんの得にもならないからな」

「バカだな、おまえたち。責任をとらされるのは、辻本のほうだぞ。やつが潰れたら、おまえらも一蓮托生で、地獄へ真っ逆さまだ」

「だまれ、腐った政治屋が!」

 徳井は吐き捨てた。思い出してみても、花房ではなく、この男のほうがこれほど感情をあらわにしたのは、はじめて眼にする。

「上だけじゃなく、こっちにもメンツってものがあるんだ」

 まるで、ヤクザ組織のような言動だった。

「警察官とは思えんな」

 総理も同じように考えたようだ。

「われわれは、警察官ではない」

「では、おまえらは、なんだ? この国の破壊者は、おまえらではないか」

 徳井の足が鋭く動いた。

 腹部に一撃をあびて、総理の呼吸が途切れた。

「この国をよくするのは、われわれ公安だ。いや、ちがうな。もはや公安でもない。もっと崇高な理念と力をもった集団だ」

 悶絶している総理をないことのように、徳井はわずか考え込んだ。

「神の軍団だよ」

 陶酔したように、その言葉を口にした。

「神の怒りを買ったのだ。生贄が必要なんだよ」

 貸せ──と、つぶやくと、花房の手から拳銃を取った。銃口を仙道へ向けた。

「神の軍団に殺されるのだから、先生、あんたは神の国へ昇るんだよ。幸せだな、おい」

 引き金が絞られるのを、仙道の瞳は、ゆっくりととらえた。

 生徒たち一人一人の顔が脳裏に浮かんだ。

 そのときだった。

 べつの方角から銃声があがった。

 拳銃を握る徳井の右手から、鮮血がほとばしっていた。

「生き残りか!」

 仙道は、瞬間的に頭を低くした。

 銃声が轟くたびに、公安兵士が倒れていく。

 どうやら、みな脚を狙撃されているようだ。

 だれの仕業によるものか、瞬時に理解していた。

 彼女だ。フラミンゴ──テロリストの生き残り……しかしいまでは、凶悪な組織ではなく、元自衛隊員であることを知っている。秘密裏に創設された国内鎮圧のための特殊部隊の人間だ。

「《御影》か! 黙って逃げればよかったものを……おまえの抹殺命令も出ているぞ!」

 すぐ耳元で、徳井の声がした。仙道は盾がわりにされていた。身を隠すような場所が見当たらなかったのだろう。花房のほうも、総理を人質にしていた。

「どこだ!? 卑怯な真似をせず、出てこい!」

 空間の中央部は明るいが、周囲はあいかわらずの闇だ。

 彼女からは、格好の標的だ。

〈よく言えたものだな〉

 女性の声が、徳井の言葉に応えた。

 一箇所からではなく、移動しながら狙撃しているようだ。すでに徳井と花房以外の兵士たちは倒れている。みな脚部の負傷なので、即死するようなことはない。が、止血しなければ、そのかぎりではないはずだ。

「クソッ!」

 ごく間近で発砲があった。鼓膜が悲鳴をあげた。

 花房が怒りにまかせて撃ち込んだものだ。徳井に貸した自身の拳銃を拾ったのだろう。

〈どこを狙ってる〉

 まったくちがう方向から声がした。

〈おまえたちは、わたしの術中にはまった。もう蜘蛛の巣からは逃げられない〉

「スパイダー・スナイパー……聞いたことがあるぞ。狙撃手は普通、一箇所に身を潜めてターゲットを仕留めるものだ。だがそいつは、つねに移動しながらでも狙撃を繰り返す」

 徳井の説明が、まるでおとぎ話のように聞こえた。

「蜘蛛の巣にかかった獲物のように、狙われた人間は、そのエリアから動けない……三六〇度、どこからでも狙撃がくる」

 思わず仙道は、ゴクリと唾を飲み込んでしまった。寺院のなかを見回した。このどこからでも弾丸は飛んでくる。

「一人……海外での戦闘経験があると耳にした……それが、あの女か……」

 徳井の声音には、畏怖がこもっていた。

 しかし自衛隊員が戦闘経験とは、どういうことだろう?

 それを確かめるための質問が許されるような空気ではなかった。

 徳井も花房も、仙道と総理のまわりを動きながら身構えていた。盾を得ているとしても、後ろからの狙撃には意味がない。つねに動いているであろう彼女に対抗して、彼らも動きを止めることができないのだ。

 この寺院のなかに、蜘蛛の巣は仕掛けられている。

《フラミンゴ》と名乗るより、《スパイダー》と名乗ったほうが的確だった。

「撃てるものなら撃ってみろ! こいつらに当たるかもしれんぞ」

 悔しまぎれに花房が放った言葉だが、仙道はともかく、「こいつ」呼ばわりされた総理が哀れだった。

〈バカか。おまえたちにとって総理大臣がだれでもいいように、わたしにとってもどうでもいいことだ。筋肉バカ、おまえのほうは人質がいないのと同じなんだよ〉

 バンッ!

 そう言いおわった直後に、花房が吹き飛んだ。肩を射抜かれていた。ヒッ、と総理が声をもらした。あと数センチで総理の顔面に命中していた。

「こ、殺してやる……」

 だが、花房の戦意は消えていなかった。

 すぐに起き上がると、いま落した拳銃を拾い上げた。左手で拳銃を向けた。

「出てこい!」

 バンッ!

 今度は、拳銃が跳ねとんだ。

 花房の左手から血は出ていないから、銃身に当たったのだ。

〈銃器をすべて壊す。先生、伏せてて〉

『先生』という響きに、なつかしいものがこみ上げた。以前感じた思いは、まちがいではなかった。

 だれかと関係がある──徳井は言った。すると、彼女に自分は会ったことがあるのだろうか。仙道は思いをめぐらせてみたが、この非常事態では考えまで行きつくことはなかった。

 銃声が、幾度となく響いた。人体を狙ったものではなく、自動小銃などを破壊するための銃撃だった。

 何十発放たれたであろうか。途中、弾丸補充のためか、やむこともあったが、数秒もしないうちに再開していた。

 そのあいだ、仙道はとにかく身を低くしていた。それしかできることもなかった。

 脚を負傷した兵士たちのなかにはホルスターに収められていた拳銃を抜く者もいたが、彼女はそれすらも正確に撃ち抜いていた。

〈もういいな。銃は、あらかた壊した。あとは、先生の力で脱出してください〉

 最後まで、姿を見せることはなかった。

 それっきり、声も聞こえなくなった。


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