表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/23

12

 ミリタリーマニアの近藤という生徒から、拳銃の手ほどきをうけた。

 もちろんのこと、彼も本物を撃ったことはない……ないはずだ。だがモデルガンであろうと、あつかったことがあるのとないのとではちがう。それに、知識も豊富だ。

『初めて撃つときは、反動で上にハズすことがほとんどなんだ。極端に地面を撃つようなぐらいでちょうどいいかもしんない』

 生徒に銃の教えをうけていることに、戸惑いと背徳感を抱いていた。

「できることなら、こんなもの使いたくはないよ」

『サイレンサーは装着できた?』

「ああ、たぶん」

『でもね、映画とはちがって、それほど音は消えないよ。銃は銃だからね』

 空気を裂くような音なら耳にしていた。パシュパシュ、と弾ける音だ。銃声には聞こえなかったが、無音になるということではなかった。

『初心者は、必ず両手で握って。刑事ドラマみたいに片手で撃つのは、百年早いから。その銃は多くの国の警察や軍で採用されてて、長所は軽くて反動も少ないってこと。でも、それはあくまでも撃ち慣れた人にとってだから。素人は、逆に軽いことで手ブレをおこしやすいと思う』

 この拳銃は、H&K社のUSPというものらしい。銃に刻印されている文字や記号を伝えたら、近藤はメーカーと種類を即答していた。仙道には、まったく馴染みのない世界だった。

『撃つときは腰を落として、肘をしっかり』

 まるで、よく使っているかのようなアドバイスだった。言葉にこそしなかったが、仙道はよからぬことを心配してしまった。

『それにしても……USPにしろ、89式5.56㎜小銃にしろ、SATだと思うんだけどな……』

 倒した兵士の携帯していた大型の銃器は、どうやらその89式という自動小銃らしい。そちらのほうは草むらのなかに隠してきたので、実物の刻印などはわからない。どんな銃器だったか形や大きさなどを伝えて、近藤が推測したものだ。

「でも、SATは警察の特殊部隊なんだろ? そんな感じじゃないんだ。だいたい、警察官が問答無用で射殺しようとはしないだろ?」

 警察には対テロ部隊として『SAT』が、人質救出作戦などを担当する刑事部捜査一課所属の『特殊捜査班SIT』がある。なお、SITという名称は警視庁のもので、同様の部隊を千葉県警では『ART』、埼玉県警では『STS』、神奈川では『SIS』と呼ばれている。また、警視庁ではサミットの警備を念頭にサブマシンガンを主武器にした新部隊『ERT』が結成されている──と、以上のような知識も、ついさきほど近藤から教えてもらった。名前は耳にしたことがあっても、その役割や所属のちがいは初めて知った。

「自衛隊ってことはないのか?」

『陸上自衛隊の特殊部隊に、特殊作戦群というのがあるけど……装備的には、その可能性もあるよ。でも自衛隊員だって、むやみに撃ったりはしないよ』

 仙道自身も考えたことを、近藤も口にした。

『むしろ、テログループの持ってたサブマシンガンが、MP7くさいんだよね』

 うるおぼえだったが、テログループの銃器のことも伝えていた。中型で銃身がデベソのようにちょこんと出っ張っている、と言ったことは覚えているが、あとはどのように説明したのか忘れてしまった。的確に伝えられた自信もなかった。

『MP7は、特殊作戦群で採用されてるってことを聞いたことがある』

 しかし、まさか自衛隊の特殊部隊が首相を誘拐するわけはないだろう。

 近藤からのレクチャーをうけながらも、仙道は足を動かし続けていた。慎重に森を進んでいたが、木々は途切れ、あの開けた土地に出た。兵士の姿はない。

 太陽は傾き、夕刻と呼ばれる時間に突入していた。

 右手に拳銃を握り、左手に携帯を持っていた。アタッシュケースを、あの幹のすきまに隠してきてよかった。携帯をしまって、近藤の教えどおり両手で拳銃を持つことも考えたが、近藤のアドバイスがなければ不安だ。そのままの姿勢で、建物に近づいた。できるだけ身体を低くするよう気をつけた。目標は、あの寺院だ。

 なにごともなく牛舎までは近づけた。だが、油断はできない。さきほども、知らないうちに囲まれていたのだ。

 逆に巡回もしていないのが、引っかかった。いや、森のなかにはいたから、まさかここへもどってくることなど想像していないのかもしれない。

 そのとき、耳に当てている携帯が切れていることに気がついた。

 電源が切れたのだろうか?

 そうではない。残量を示すマークは、まだ満タンになっていた。板倉の話では、通話しつづけても丸二日はもつということだった。

 原理としては、衛生携帯電話と同じだと語っていた。平たく言えば、違法に電波を飛ばしているのだと。そのことには、いまは眼をつぶるとして、通常の携帯よりも電波の受信範囲は広く、日本でなくても通話ができるという。それなのに……。

 思い出した。花房に取りつけられたイヤホンも、牛舎の少し手前で使用できなくなっていたのだ。妨害電波だ。無線のたぐいは使えないと、テロリストの一人も認めていた。だからこそ、あんな黒電話で交渉しなければならなかったのだ。

 心細さに襲われた。生徒たちの声が、こんなにも励みになっているなんて……。

 携帯をしまうと、両手で拳銃を握った。

 心のなかで、近藤の教えを反芻する。教職につくものとして、こんなものを使用してはいけない。そう思いながらも、握る手のひらが汗をかいていた。知らず、強く力を込めてしまう。

 牛舎を抜け、寺院が見えてきた。

 殺害されたと思われるテロリストたちの遺体は、どこにもなかった。いずこかに収容されたのだろう。

 入り口に一人が立っていた。

 銃器を肩にかけてはいるが、かまえてはいない。森で出くわした兵士の銃よりも、一回り小さいように感じられた。ちょうど、テロリストたちが所持していたサブマシンガンのようだ。

 総理大臣が無事なのか、確かめたかった。そのためには、あの兵士の眼をくぐり抜けなければならない。

 この兵士たちが政府側の任務をおっているのなら、すでに救出されていなければならない。しかし、そんな雰囲気ではなかった。テロリストは、ほぼ殲滅されているはずだから、総理を救出した段階で任務は完了し、撤収を開始していなければおかしい。

 まだ作戦が続行しているかのような緊張感がある。

 救出とはべつの任務をおっているかのようではないか……。

 もしくは、彼らもテロリストなのか……。

 あることをひらめいた。

 携帯を確認する。カメラ機能はあるだろうか?

 あるようだ。

 個人で制作したというのが信じられない。性格に問題はあるが、板倉の頭脳にあらためて感嘆した。

 兵士の写真を撮った。

 そして、いま来た道をもどり、森のなかへ早足で急いだ。いたるところに目印をつけてある。あの巨木をめざしていた。さきほど気絶させた兵士はいるだろうか?

 いなかった。また自分が舞い戻るなど、あの兵士も考えていないだろう。

 念のため、幹のなかに隠れた。

 携帯で、写真を近藤に送ろうとした。

「ん?」

 どうも、やり方がわからない。仙道の使っていた携帯にはカメラ機能などついていなかったから、たんに操作方法がわからないだけかもしれない。いや、これでも教師なのだから、どうにかできるはず……。

「……」

 もしや……。


         * * *


 美咲の心配は、頂点に達していた。

 仙道からの通話が途切れたのだ。もう十分近くになるだろうか。

 こちらからはかけられない仕様になっているから、むこうからの連絡を待つしかなかった。

「あ」

「板倉くん、どうしたの!?」

 些細な声も、いまの美咲にはよく聞こえる。

「先生から」

「早く出て!」

 どこか面倒くさそうに、彼が出た。

「どうしたの?」

 のんきに話している彼の態度に、正直ムカついていた。

「え? そりゃそうだよ。そんな機能はつけてないから。どうすればいいかって? 口で説明するしかないんじゃない?」

「板倉くん、なんだって!?」

 携帯を耳から離して、彼は答えた。

「先生が写真を撮ったんだけど、それが送れないって。あたりまえだけどね。写真は撮影できるようにしてあるけど、送信することはできないから」

 こちらからかけられないことといい、無駄に写真だけ撮れることといい、彼の発明はどこか歪だ。凄いなら凄いらしく、徹底的にやってもらいたいものだ。

「え? だったら一回切って、本人にまたかけてよ。立花さんだったらいいけど、男に使われるのイヤだから」

 通話にもどっていた彼だったが、すぐに切ってしまった。

「どうしたの?」

「近藤にかわってくれって。断ったけど」

 すぐに、近藤の携帯に連絡があった。

「出て!」

「もしもし、近藤です」


         * * *


 すぐに近藤が出てくれた。

 仙道は、さきほど撮った写真を見ながら克明に伝えていく。さすがは板倉のつくったものらしく感度はいいようで、口許に当てていなくても声は届いているようだ。むこうからの声は耳にあてなければ聞こえづらいが、それでもうまく会話はできた。

 濃紺の制服。バイザー付きのヘルメット。中型の銃器。などなど……。

『それ、SATの装備でまちがいなさそうだね』

 近藤は拳銃のときのように、迷うことなく言った。

 仙道には、どこの国の軍隊であろうと機動隊であろうと、同じ格好に見えてしまう。マニアは少しの変化で識別できるものなのだ。

『持ってた短機関銃は、引き金の前にマガジンがついてたんでしょう?』

「マガジン?」

『弾倉。弾丸が詰まってる細長い部分』

「あ、ああ」

 短機関銃とそのほかの銃器の区別自体がよくわからなかったが、仙道は曖昧に答えた。

『それは、MP5。ちなみに、テロリストが持ってたと思われるMP7とメーカーは同じH&Kだけど、MP5はSATに配備されてる。MP7のほうは、グリップにマガジンをさしてたでしょ?』

 そのテの話はよくわからなかった。

『防弾ベストの背中に、「POLICE」って書いてなかった?』

「なにも書いてなかった……と思う」

 撮った写真には背中が写っていなかったが、そんな文字はなかったはずだ。

『でも、SAT準拠の装備なのは確かだね。警察関係の部隊なんじゃないかな』

「……わかった。ありがとう。またかけるよ」

 通話を切った。さきほどの板倉とのやりとりで悟ったことだが、かけっぱなしにしなくても、用事があるときに連絡をとればいいのだ。そのほうが電源も長持ちするだろうし、行動にも集中できる。

 あの兵士たちは警察の部隊であるらしい──ということが、いまの近藤の話でわかってきた。いや、戦闘服が同じだからといって、そうともかぎらないか……。しかしちがうのなら、まったくべつの衣装でもいいはずだ。

 仮に、そうだとしよう。

 彼らは当然、首相を救出しにきたはずだ。

 が、その素振りは感じない……。

 やはり、あの寺院のなかの様子をさぐりたいと思った。

 仙道は幹の隙間から出ると、再び敵地をめざすことにした。樹木のあいだを縫って、前進した。

 三分ほど早足で行ったころ、腰上まで草が伸びている場所にさしかかった。雑草をかきわけていくと、内臓の細胞がすべて破裂したような驚愕に襲われた。

 眼の前に、兵士が立っていた。

 動けなくなった。ヘビに睨まれたなんとやらだ。

「さっきはよくも……!」

 兵士は言った。いや、もし近藤の推測どおりならば、兵士という表現はまちがいだ。警察官は軍隊ではないのだから……そんな、どうでもいいことだけが頭に浮かぶ。逃げることも思いつかなかった。

 兵士が銃口を向けた。さきほどと同じ種類の自動小銃だが、仙道が隠したものをさがしあてたのか、それとも予備のものを持っていたのか……。

 危機感のスイッチが入った。

 初めてのときは、極端に下を狙う!

 腰を落として、仙道は発砲した。

 銃弾は、雑草を散らしながら地面に吸い込まれた。アドバイスがよけいだった。仙道は大きく横に飛んだ。

〈ドドドド!〉

 それまでいた空間に、穴が空いた。

 仙道は、わけもわからずに撃った。狙いもなにもあったものではない。

 当たった!

 胸だった。だが兵士は、少しひるんだだけで平然としている。

 理由に思い至った。防弾ベストだ。

 仙道は、円を描くように走った。しようと考えてそうしたわけではなかった。銃撃が襲いかかったが、奇跡的に無事だった。

 とにかく必死で、また撃った。

 右太股に命中した。さすがに、ここには防弾ベストのようなものは、まとっていないだろう。兵士の動きが止まった。

 撃った。

 右腕に当たった。

 太股へはまぐれだったが、今度は狙った結果だった。

 腰を落として両手でかまえる──近藤のアドバイスは、どうにか役に立ったようだ。

 太股と腕の傷をうけて、兵士の銃口はさがっていた。だが、油断はできない。教科書どおりのかまえで、距離をつめた。

 兵士は苦悶の表情だ。出血が酷い。

 仙道は、自動小銃を奪った。抵抗はなかった。

「……」

 止血しなければ、危ないかもしれない。しかし、手当ての方法などよく知らない。

 周囲をさぐった。この兵士一人しかいないようだ。仲間を呼ぶまえに、再び仙道と出くわしたのか、それとも最初から応援を呼ぶつもりはなかったのか……。素人にのされたことを仲間に知られたくなかったのかもしれない。

 仙道は、携帯を取り出した。

 こういうときは、渡辺里香子に話を聞くべきだ。

『もしもし?』

「渡辺か?」

『そうです』

「いま眼の前に、激しく出血した人がいるんだが……」

 電話のむこうで、息を呑む音が聞こえた。

 渡辺だけでなく、ほかの生徒も耳にしているようだ。

『先生は、大丈夫なんですか!?』

「ぼくは大丈夫だ」

 安堵のため息も聞こえた。

「でも、ここいる人は、いま止血しなければ死んでしまうかもしれない」

『どんな傷ですか?』

「銃による傷だ」

 理香子の緊張が伝わった。

 彼女の父親は外科医で、母親は看護師だ。本人も医学の道を志そうと考えているようだ。ただし、普通の医者はめざしていなかった。貧困にあえぐ国々に渡って、医療をおこないたい──そう夢を語ってくれたことがある。

 応急処置の技能を競う大会で優勝したことがあった。しかも、その大会に出ていたのはプロの看護師や救急隊員がおもだった。

『箇所は?』

「右腕と右太股だ」

『じゃあ、肩と足の付け根をなにかで縛ってください。強く』

「そんなものはないんだ」

『いまは、どういうところですか?』

「森のなかだ」

『蔦とか生えてないですか?』

 仙道は、冷静になってまわりを眺めた。樹木にからまっている蔦が、幾本も確認できた。

『それで縛ってください』

 仙道は急いで蔦を取りにいった。が、簡単には切れない。兵士の装備をさぐった。ナイフを持っていた。それで蔦を切った。

「縛った」

 兵士は、いつのまにか気を失っていた。

『では、傷口になにかをあててください』

「どういうものを?」

『ハンカチとかガーゼのようなものを』

 兵士は、それらしいものは持っていなかった。なにか応急手当のできるものを所持していてもいいようなものだが……。

 仙道は、自身のハンカチを取り出した。一枚しかないから、それを二つに裂くことにした。

『あ』

 破こうとしたときに、理香子が声をあげた。

『そこ、草とかいっぱい生えてますよね』

「……そうだね」

『最適な葉っぱがあるかも』

「そんなこと言ったって……」

『そういうことなら、わたしが』

 声が変わっていた。

「沢井?」

『そうです』

 沢井あすかだ。野草の専門家で、学会にも発表経験がある。もちろん、高校生の発表は異例のことだ。

『森のなかってことは、日陰ですよね? ツワブキがあるかもしれません。大きな葉っぱがあったら、たぶんそれです。高さは、そうですね……五十センチぐらい生い茂ってるはずです』

 さすがに、すぐにはみつからない。

 だが少し歩いた先に、植物が群生している場所があった。

「これかなぁ?」

 自信はなかったが、その葉っぱを二枚ちぎった。

 兵士の傷口にあてる。そして、蔦で軽く縛った。

『本当は、火で軽くあぶってからもんで、汁を出したほうがいいんですけど』

「残念だけど、そんな時間はないんだ」

 火をつける道具はなにも持っていなかった。兵士の所持品をまさぐれば、ライダーなどが入っているかもしれない。が、いつこの男の仲間がやって来るかもわからない。本当なら、すぐにでもこの場を離れたかった。

「これで大丈夫なのか?」

『ツワブキは、傷口に良いとされてます。わたしも実際にやったことはないので、なんともいえないんですけど……』

「副作用とかはないよな?」

『ピロリジジンアルカロイドという毒がふくまれてますけど、きっと大丈夫です』

 とても危険そうな成分名が出てきた。

『毒といっても、肝臓にきく毒ですから。それに、ツワブキって食べることもできます。きっと大丈夫でしょう』

 そこで、声は渡辺里香子にもどっていた。

『でも、早く病院に運んだほうがいいと思います』

「できるならそうしたいけど、こっちの命が危ないんだ」

 仙道は言った。生徒たちを心配させるような発言は避けたかったが、そんな余裕もなくなっている。

『その怪我をした人……先生がやったんですか?』

 理香子にそう問いかけられた。質問する彼女のほうも、勇気がいっただろう。

「そうだ」

 答えた仙道も、勇気がいった。

 聖職者である自分が、人を傷つけた……。

『先生、無事でいてください』

「ありがとう」

 仙道は、気を失ったままの兵士を残し、その場をあとにした。


         * * *


 AからBへ、要望。

 打ち上げのコードを教えてほしい。


         * * *


 BからAへ。

 要望は拒否する。

 それをするのは、Aではない。

 やはり、《凡庸なる男》の身を案じているのか?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ