待ち伏せ
並んで二人で歩くのは何年ぶりだろう。
ああ、そうだ。まだ半年しかたってないんだ。
賢太が死んで…。
「なあなあ」
まるで子供が袖を引く様な呼び止めに、明希は弾かれた用に顔をあげた。
「ん?」
「これ買えよ」
「は?」
そこには淡いピンクの口紅。どうやら化粧品店のショーウィンドーらしい。
こんな明るい色、自分に合うだろうか。
「良いと思うよ?」
賢太は勧めるが、明希は迷う。
本当に合うだろうか。自分には明る過ぎる気がする。
明希は
「また今度ね」
と、その場を足早に過ぎようとした。賢太が何かを言って居るが、どうせ口紅の事だろうと耳を貸そうともしない。
「おい、明希!」
またコイツは。どうしてこんなにしつこいだろ。
「明希!」
声が響く。突如内側に感じた、中心を引っ張られるようなおかしな感覚。
「危ない!」
声に反応して呆然と上を見る。
びゅっ
自分の左耳に風邪を切る音。続いて足下で何が砕けるごっという低い音。
「レンガだ」
賢太は見たままを言った。その言葉を、どこか遠くで自分は聞いて居る。もしもあのまま賢太の声に反応せず足を進めだしていたら、何かに引っ張られていなかったら?
明希は自分の心臓に触れるように、胸元の服をそっと撫でた。
やっと実感したのだ。自分が命を狙われているという事を。
そう実感すると、明希の中の何かはふっと静かになった。頭が冷めたと言ってもいいかもしれない。
彼女はそこを素通りする。そのまま平静を装って歩き続ける。
果たしてこれは装いなのか、それとも本当に平静なのか。自分でもわからない。だが、頭の中は麻痺したように、全く、騒いだり逆上したりをしようとしないのは確かだ。
ショーウィンドーが切れたり続いたりする度に、隣りを歩く賢太も消えたり現れたりする。他の人間は賢太の存在に気付いていない。もちろん犯人も。
冷めた自分が、きょろきょろしないようまわりを伺う。
しばらく何も起こらないで、ただ沈黙の状態が続いていた。
ショーウィンドーには目もくれず、明希はただ進行方向だけを目に映した。
そういえば、この先に使われて無いビルがあったっけ。
静かに頭に浮かんだ廃ビルに、一瞬何かをためらう。
「明希、どうした?」
知らず知らずのうちに歩調が早くなっている事に気付き、賢太はガラスの外を歩く明希へ怪訝な声を投げた。
だがそれに返って来たのは
「いいから」
といった心なしかトーンの低い短い言葉。
ビルに近付くに連れて、明希の心臓は鼓動を増した。
そしてあっというまにビルに着くと、今までに無いくらい落ち着いた自分がいた。
所々ひびの入った外装。中に入ると壁と階段と窓、誰かがたむろったであろう潰れた発泡酒の缶などが目に入る。余計な物は一切無かった。
鏡が見当たらない事が少し残念だ。
明希は入口から入ってすぐ横に、壁に張り付く様に待機した。
ここで待ち伏せをするのだ。