前世編/魔術師ディーの罠④
◇
あまりに酷いローアルのケガを見て、私は泣いていた。
顔は地に伏せていたため、泥汚れだけだったというが。
背中には剣や拳で殴打された傷が残り、皮膚が腫れ上がり、皮がめくれていた。
「ひどすぎる!
何でこんなことをするの!?」
「泣かないで。エステレラ。
僕は大丈夫だから、ね?」
「どこが!ひどい奴ら!
よってたかってローアルにこんなケガを負わせて、人間のクズだわ!絶対許せない!」
その夜。ローアルがひどい暴行を受けたことを知って、私は散々泣いた。
涙と鼻水でぐしゃぐしゃのひどい顔で。
ベッドに座らせたローアルの背中の傷の手当てをしながら。怒りを抑えられそうもなかった。
しかも背中の傷だけではない。
両手足には無理やり押さえつけられた跡があり、それが青アザになってしまっていた。
本来ならローアルは綺麗できめ細やかな肌をしている。それがこんな。
なぜ優しいローアルが、こんな目に遭わなければいけないのか。
「ローアルが一体、何をしたっていうの?
理不尽よ。
この城にだって、無理やり連れてこられたのに。」
「大丈夫だよ、本当に。
それよりもエステレラこそ何もされてないの?
この前は皇帝陛下、そしてその次には魔術師様に呼び出されて。
本当に心配したんだよ。」
治療中だったので、ローアルは顔だけ私の方に傾けながら尋ねてくる。
「私は大丈夫だよ。幸いにもお二人とも、お優しかったの。不思議だけれど。」
皇帝陛下と過ごした最初の夜と、ディー様と過ごしたあの時。
身構えていた割に、拍子抜けするほど傷付けられるようなことはなかった。
「僕は…君が大事だから。その…」
そう言ってローアルは、いつもの様に恥ずかしそうに俯いてしまう。
「ローアルだって、私にとってもすごく大事な人だわ。
それに大丈夫だって言うけど…
皇室騎士団に入るのはずっとローアルの夢だったでしょ?」
使用人が使える消毒と塗り薬での治療を終えて、替えのシャツを着直させる。
ローアルの傷跡を慈しむように、私は彼の肩にそっと手を置いた。
「本当は悔しいんでしょ?ローアル。
剣さえ握らせてもらえれば、実力を試せるのに、それさえさせてもらえないんだもんね。
悔しくないはずがないよ。」
「……」
「ローアル。私には本音を言って。」
後ろを向いたローアルの肩がピクリと揺れる。
「…悔しいよ。」
「うん。」
「何で身分なんてものが存在するんだ。」
「うん…」
「自分がスラム街で育ったことを、こんなにも悔しいと思ったことはない。」
「悔しいよね。」
「僕は…悔しいんだ。エステレラ」
私はローアルを背後から、ケガを避けながらそっと抱きしめる。
「……っ。」
肩を震わし、ローアルが泣いている。
今まで私に、一度も涙を見せたことのないローアルが。
声も上げずに、押し殺すように。
そうして気がつけば、私も一緒に泣いていた。
この帝国の身分制度が憎い。
私達はいまだに、この城から出ることを禁止されている。
もし逃げたら厳しい罰が下される。
だからここで、頑張るしかないのに……




