1.結界
「祐兄の石ってまだ発動しないの?」
俺は、家のソファで寝転びながら言った。
「12歳になったから発動するはずなんだけど、反応なしなんだよ。でも、ルークス学園に入学すれば何か分かるんじゃないかな?」
祐兄は、透明な石を手で持ち眺めていた。
「まだ一ヶ月もあるじゃん。ルークス学園って何をするところなの?」
「そりゃあ、石について勉強するんじゃない? 風を操ったり、雷を出して敵と戦うらしいけど、俺のはなんだろうな」
「祐兄、優しいし、頭も良いし、目も二重でぱっちり、入学したらモテそうだよね」
「麻陽だって、俺と一緒の顔してるじゃん。まぁ、俺の髪色は黒に近い茶色だけど。父さんに似たのかな?」
「否定しないんかい! 俺はお母さんと一緒で赤茶色の髪の毛だよね」
「麻陽もまだまだこれからモテるさ! 友達思いだし、そしてアホだし、バカだし」
「俺はアホでもバカでもない! まだ五歳だからなの! 俺の人生、伸びしろしかないし!」
俺はソファから飛び起きて叫んだ。
爆笑している祐兄の顔は腹立つけど、そんな顔ですらかっこいい。
「ただいまー! 今日も結界師のお仕事大変だったわー!」
「おかえり、お母さん!」
俺は、走ってお母さんの胸に飛び込んだ。
「麻陽、お兄ちゃんと仲良くしてた?」
「アホでバカだって言われた」
「祐陽ー!」
お母さんは俺を床に降ろし、祐兄に詰め寄った。
「おまえ! 卑怯だぞ!」
俺は、説教されている祐兄を見てにやにやしていた。
「麻陽も、卑怯なまねしないでこっちに来なさい!」
お母さんが、怒りながら俺に近づいてくる。
そして、しゃがんで俺の顔を見て、ゆっくりと話した。
「麻陽は五歳になったんだから、これからは言葉遣いにも気をつけて行動しないとだめだよ? 最近、子供の失踪事件も多発してるから、外出は気をつけるように」
「そして祐陽は、これからルークス学園でいろんな人に出会うと思う。学園では、能力の差でバカにしてくる人もいる。そんな人は無視しなさい。自分の意思をしっかりと持つ事!」
お母さんは、俺と祐兄の頭を力強く撫でた。
「二人とも、後悔のないように生きなさい! お母さんのようにね!」
お母さんは豪快に笑い、赤茶色の長い髪をかきあげた。
俺も祐兄も、お母さんが大好きだ。
今までは、お母さんが仕事中、祐兄と一緒に過ごしていた。
ルークス学園に行けば寮生活になる。
もう少しで祐兄もいなくなってしまう。
お父さんはいるけど……仲良くできるだろうか。
そんな事を考えていると、急にお母さんが咳き込み、口から真っ赤な血を出しうずくまった。
「お母さん!」
俺は、急いでお母さんの元へ走った。
が、俺よりも先に祐兄が駆け寄った。
「母さん、大丈夫? 肩につかまって。麻陽! 父さん呼んできて!」
祐兄は、お母さんを支えながら、俺に叫んだ。
「……大丈夫、いつもの発作だから。少し休んでくるね! 祐陽、ごめん、肩借りるね!」
お母さんは口元を拭いて、祐兄と部屋まで歩いて行った。
……俺はしばらく呆然としていた。
すると、奥の部屋からお父さんが出てきた。
ゆっくりとこちらに歩いてくる。
ぼさぼさの髪の毛の隙間から俺を見ている。
そして、床についた血を見て口を開いた。
「陽莉の血か?」
「うん、さっき帰ってきたんだけど、また血を吐いてた。お母さん、なんの病気なの!?」
俺の声は震えていた。
お母さんには、まだまだ元気でいてほしい。
お父さんが声を出す前に、祐兄が戻ってきた。
「母さんもう大丈夫だって。父さん……母さんの事教えてほしい」
祐兄も泣きそうな顔をしている。
「わかった。祐陽も学園に入る前に知っておいた方がいいだろう」
お父さんはソファに座り、話し始めた。
「陽莉は、麻陽を産むときに死にそうになったんだ。だけど、諦めなかった、絶対に後悔したくないからって。そのとき、内臓を損傷してな……」
「俺を産んだから!? 俺のせいで、お母さんは病気になっちゃったの!?」
俺は泣きながらお父さんに叫んだ。
後ろから祐兄の声が聞こえる。
「麻陽! 落ち着け! 母さん、後悔したくないからって言ってただろ!」
理解できない、だって俺のせいなんだから。
なんでお父さんはそんなに冷静なんだろう。
お父さんは話を続けた。
「陽莉は、結界師の中でもトップクラスに入る。損傷した内臓にも結界を張ってる。そしてこれ以上、傷が悪化しないようにしているんだ」
俺はお父さんが何を言っているのか分からなかった。
祐兄は何かを考えているようだ。
「内臓に結界って……そんな事できるの?」
「……陽莉にはできる。ただ、2月29日は四年に一度の年で、全結界師の力が弱くなるんだ。空間のずれをうまく修復できないらしい」
やっと俺にも理解する事ができた。
明日は2月29日、うるう年だ。
お母さんの力がもう弱くなってきているんだ。
「もし明日、敵が襲ってきたら?」
祐兄は真剣な顔でお父さんに言った。
そんな事、俺には想像つかなかった。
そもそも敵って?
「だから2月29日は事件が多い。厳重警備はしているんだがな。我が家は陽莉が、結界を張っているから無事なんだ」
知らなかった、外がそんな事になっていたなんて。
お母さんはやっぱりすごい人なんだ!
でも……。
「お母さんは治るの?」
俺の頭の中はそれしか考えられない。
治るのか、治らないのか……。
お父さんが俺を見ている。沈黙が恐い。
しゃがんで俺の目をしっかりと見て言った。
「分からない」
そんな……
「でも治したいと思ってる。その為には、陽莉の負担を減らしたい。だから父さんは、敵の研究……ギーラ専門研究員として働いている」
初めて聞いた。敵の名前は、ギーラって言うんだ。
お父さんは研究員だったんだ。
だから、いつも部屋から出てこないのか。
「父さんは、ギーラについてどんな研究をしているの?」
祐兄はまだ真剣な顔をしている。
そりゃそうか、あと一ヶ月で戦うかもしれないんだから。
「ギーラは、俺達人間が妬みなどいろんな感情が高ぶったときに、目の前に現れるんだ。『あいつが憎い、殺したい』とかな。そして、みんな欲をおさえきれずギーラと契約してしまって、人間を襲う」
え? 契約? ギーラは人間だったって事?
「見た目は人間だが、目玉がぎょろっとしていて、血は黒色、舌が二つに割れている。祐陽はこれから、人間だったやつと戦うんだ」
祐兄の汗がすごい。人間だったやつと戦う……。
「人殺しって事!? 俺にはそんな事できないよ!」
祐兄は泣きそうな顔をしている。
「違う! 人間ではない! 人間だったやつだ!」
お父さんは、祐兄の肩をつかんで言った。
でもその声は、祐兄に届いていないようだった。
「ギーラからみんなを守るんだ。それがギーラの為にも、みんなの為にもなる。その為に、石を持った者が命がけで戦っている。戦わなければ、自分が死んでしまうんだ」
お父さんは淡々と話している。
俺は石を持っていない。
俺にはその責任感が分からない。
祐兄……。
「ごめん……今日はもう寝るよ。父さん、麻陽、おやすみ」
そう言って、祐兄は自分の部屋に行ってしまった。
俺も寝よう……今日は頭を使いすぎた。
明日、何も起きませんように……。
次回。
俺は、出て行ったお母さんと祐兄を追いかける!
そして12歳になった俺は、石を持って学園へ!




