十字路 3
緊急事態宣言が出たのは2020年の4月。その直後だったわけではないけれど、騒ぎ出してから徐々に配達先が休業したり、閉店もあったりで一日の件数が減ってきていた。さすがに失業の危機感をもった。でも逆に「某で時間が余るようだったら(午後1時以降にならなければ荷物を受け取ってくれない場所がある)朝の出発を遅くしてしてもいいぞ。これからは自分の時間で走り始めてくれ」的なことを言われたのだった。さすがにありがたかった。しかも「この時期」に自転車通勤だし。尚、駐車場を借りてもらえるようになってからの出退勤は、支給されたスマホのアプリで管理されている。
そんなわけで、家を出る時間はこれまでよりも30分から1時間ほど遅くなり、あの十字路(あるいはそこまでの直線200メートル)での定点観測は終わりを迎えた。
30分遅いと、今度はこれまで見ることのなかった、辺りの小学生たちの集団登校を毎日目にするようになり、マスク必須の集合場所で見守るお父さんお母さんは、少なくともあのお母さんより、朝から「疲れている」感じでは全くない。他所の旦那や奥さんの目を気にしながら自分の子供とじゃれているくらいだ・・・・・・あの家族に中学生のお姉ちゃんがいるのを知ったのは、家を遅く出るようになってからで、彼らの家の前をちょうど過ぎるとき、中学の制服を着たマスクの女の子が現れたのだ。
たまには、そうそれは極たまにだけ、これまでの時間に出発する必要がある朝に「彼ら」を見ることもあった。息子はすっかり大きくなっていて、でもお母さんと黙ったまま歩いていた。次に見かけたときは、どれほどの時間が経ってからだったかはもちろんわからないけれど、お母さんは家の門の影から、一人で十字路に向かう息子を見守っていた。ワクチンを打って熱を出すようになっている間に、彼らは次のステップに入っていたようだった。
そんな日の夜、仕事から帰ると今朝見た二人の姿を奥さんへ話した。基本的にぼくの話をスル―する奥さんだが、自分事のように嬉しそうだった。あるいは懐かしそうだった。学校に行きたがらない息子に、特に夏場のプールがある日は苦労していたのだ。ぼくはとっくに仕事へ出かけていたから、二人の言い争いと「密約(これは絶対にあったと思う)」を知らないのだけれど、息子はときどき学校を休みながら行き続け、親に話さないことが多くなっていく過程で、あっと言う間に卒業して中学生になった。
コロナが明けてから(この表現はもちろん便宜的に使わせてもらっている)も時間を自由に決められるようになったので、気持ち的にも起床時間的にも一度手に入れた朝の30分を手放すのは難しく、今でも出発を遅くして仕事終わりは遅い、そんな感じで働いている。
一昨年の、確か五月くらいのことだが、普段より若干早く家を出た朝に彼らの家の前を通り過ぎるタイミングで、玄関から中学校の制服を着た男の子が飛び出してきた。ひょろっとして、なかなか背の高い男の子は眼鏡をかけていた。片方の靴の爪先をトントンし、かかとを入れようとしていた。結構慌てているようだった。
久しぶりの今朝の彼は、母親の深い愛と、愛するが故に持たざるを得なかった親の葛藤を十分には理解していないまま、地獄に向かっていたときの悲壮感はまるでないように見えた。慌てているだけで、今から一人で向かうところ、と言うか中学校は、たぶん地獄でも天国でもないのだろう。そう思った・・・・・・自分の息子が中学に通い始めたときのように、そう思いたかっただけかもしれないけれど。
さて、彼らの十字路のほんの少し先にドラッグストアがあり、これまで立ち寄ったことはなかったのだが、去年の夏ごろに運転用の目薬が切れてしまったので帰りに入ってみた。
レジにいた高校生のような、大学生のような若い女の子の胸の名札は「村○」とあり、それは彼らの家に掛かる表札と同じで、十字路のほんの少し先なので家から200メートルほどの距離だ。
中学生だったころの「お姉ちゃん」を見たのは何回もなかったしマスクをしていたので、顔はよく覚えていない上に年齢的にも変化するだろう。でもきっと「お姉ちゃん」だと思う。
研修中の若葉マークを胸につけた少女は割と愛想のない接客だった。
今もたまに集積所へゴミを出しに行くお母さんの姿を見かけたりはするが、後ろ姿ではわからない。その背中は朝のゴミ出しをする主婦でしかないからだ。だから彼女に気付くのは、集積所からこちらに向かって戻ってくるときだけ。
家族で選択した「季節」を無事終えた彼女の横顔には、葛藤に揺れる心的な疲労感はもうないように見える。
来月も25日の投稿を予定しています。




