未成年とたばこ 5
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ヒーローは遅れてやってくると言うけど、本当にそうで明美は紛れもなく私のヒーローだった。
「君もいるのか‥‥」
「あら学級委員長、手に持ってるものはなにかしら? 教えてくれる?」
「あ?」
学級委員はそう言われ明らかに苛立ち、そしてわざとそれを吸って見せた。
「見りゃわかんだろ? たばこだよ。た・ば・こ。未成年は吸っちゃいけねぇ魔法の薬さ」
「あら? あなたもう成人済みだったのね。どうりで顔が中学生に見えないと思ったわ」
「なめてんのか? てめえ」
学級委員は重い腰を上げて、立ち上がる。
学級委員はかなり背が高いので、それだけで私はびびってしまう。
だけど明美はまったくたじろぐことなく、堂々と振る舞っていた。
「なあ? なんで僕がクラスメイトの前でたばこを口にくわえたかわかるか?」
「?」
「どうせお前らはこのことを誰にも言えやしないからだよ!!!」
そう言って学級委員は明美に殴り掛かる。
しかし明美はそれを右手で完全に受け止めた。
「!!!」
「あら、どうしてかしら? 私にはちゃんと口がついているのに」
平気な顔で学級委員に言葉をかけるが、明らかに相手には緊張が走っていた。
明美の力に驚きを隠せないのだろう。
「お前…………!」
「これ、預かっておいてもらえるかしら?」
そう私に言って、スマートフォンを私の方へと投げる。
何も言わなくてもわかる。これは合図だ。
私にしかわからない私への合図だ。
私はスマートフォンのロックを解除する。
「おい! お前も学校にスマートフォンを持ち込んでるじゃねえか!? 正義の味方気取りが聞いてあきれるぜ! お前だってルールを守れてねえじゃねえか!?」
「あら、本当にそうかしら?」
そう言って明美は指を口元へと持っていき、そして首をかしげる。
かわいい。
「私が遅れてやってきたのを見てなかったのかしら?」
「ああ!?」
「実は私、一度家に帰ってからここに来ているのよ。だからスマートフォンを持っていようと何の問題もないわ」
嘘だ。学校にいるときから持っていたくせに。
だけどそんなことはおくびにも出さない。
今、こちらに集中を向けてはいけない。
私はノミのように、息を、気配をすべて殺すのだ。
「ごちゃぐちゃ屁理屈ばっかり並べやがって! くそがっ!」
そう言って今度は、学級委員が明美に蹴りを入れる。
すると明美はそれを避けようとも、受けようともせずにもろにそれを喰らい、横に吹っ飛んだ。
「はっ。なんだよ、口ほどにもねえぜ」
「さすがっす兄貴!」
「……おい、火」
「うっす!」
びくびくしながら学級委員が口にくわえているたばこに火をつけるモブくんたち。
まだ君たちいたんだ、って感じ。
まあ私も人のことを言えないけど。
だけど目的はすべて達成された。
私は明美のスマートフォンで撮影していた動画の録画を停止する。
すると明美はどこも痛めた様子はなく、ゆっくりと立ち上がった。
ほこりがいくらかついてしまっていたので、それをはらう。
「お前、なんで……?」
「私はちょっと特殊なのよ。あと、たばこがかわいそうだわ。せっかくのたばこなんだからもっとかっこよく吸いなさいよ。あなたにはまだたばこは似合わないみたいね。それより、あなた自分のしたことがわかってるかしら?」
一瞬で明美は学級委員長の懐に入り込む。
そして明美は拳を一気に振りぬき、学級委員は盛大に後ろに飛んで行った。
「もちろんこれは、正当防衛よね」
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明美は早々にその場をあとにした。
私は明美にスマートフォンを渡し、明美のあとについていこうとする。
でもひとつ忘れていたことがあった。
今伸びているこの男から、いつからか学級委員キャラなんてものは消え去っていた。
人は酒を飲んだり、運転をすると人が代わると言うけれど、そんなことはなくてただ人の素が出るだけだ。
だから彼は学級委員長でも何でもない。だから私は彼をこう呼んであげよう。
「真面目ヤンキー」
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「学級委員長の彼は家庭環境がかなり複雑だったらしいわ。親が放任主義で、しかもクズ。ストレスのたまる日常を送っていて、たばこや酒に手を出したり、悪い奴らとつるむようになっていったらしいわ」
誰から仕入れたかわからないような情報を私に伝えてくれる明美。
だけど、残念ながら私はあの男に興味はない。
それがわかったのか明美もすぐにその話題は打ち切った。
明美もこの話に興味がないのは私でもわかる。
「大人って嘘つきなものなのね」
「どうしたの、急に」
「担任の先生に『警察の方には、私が誤ってたばこに触れてしまいましたって言っていただけませんか?』って言ったのよ。そうしたら『警察に提出するつもりはないし、明美さんが犯人じゃないってのはわかってる』って言ったのよ」
「そりゃそうだろうね」
「大人というものの汚さを垣間見たわ。息をするように嘘をつくのね。それっぽい言葉ばかり並べて」
「他人に期待しちゃいけないってことでしょ」
「そうかしら? 私はいろいろな人に期待してるのよ。もちろんあなたにも」
心がびくっと震えたのが自分でもわかる。
明美は悪魔的な笑みを浮かべて自分の席へと戻っていく。
先生が教室に入ってきた。
そう言えば明美は先生にそれを言われたあとに何と言い返したのだろう?
「えーまずはお前たちに謝らなければならないことがある。警察にたばこを持っていき、指紋から犯人を捜すというのは全て嘘だ。子供の見本となるべき教師が嘘をついてしまい申し訳ない」
そう言って頭を下げる先生を見て、クラスの大多数がおかしいことが起きていると分かった。
だけど明美だけは満面の笑みでそれを見ていた。
「それともうひとつ。うちのクラスからひとり他の学校へ転校する生徒が――――」
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「それより意外だったわ」
「なにがかしら?」
「明美がそんなにたばこをかっこいいものだと思っているだなんてね。やっぱり将来的にはたばこの似合うダンディな旦那でももらうのかねえ」
「いやよ、そんな不健康なものを吸う人なんて」
まずはここまで読んでいただきありがとうございます。
ご覧の通り、この作品はすべて1週間で1話が完結します。
これからこの作品が何話続くかは作者の私にはわかりかねますが、気楽に読んでいただければ幸いです。
ただ、この作品はいずれ終わることだけは確定しています。
安心してお読みください。
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小説家になろう以外でも小説をあげる予定ですので、そちらでもよろしくお願いします。
それでは、来週の月曜日に。