笑顔の合唱コンクール 1
「ちょっと明美さん!? ちゃんと歌ってないでしょ!?」
「あら、言われた通り口は大きく開けているわよ?」
「口を開けるだけじゃあだめでしょ!? もっと腹から声を出して!」
1
「合唱なんてそんなに気を張らないといけないものかしら」
それに声は口から出るものよ、と不機嫌そうに私に言う。
それもそのはずだ。文化委員の千羽さんは明らかに明美を標的にしている。他の人間と比べて明らかに当たりが強い。私だってそんなに声を出していないのに、千羽さんが怒るのはいつも明美なのだ。
あそこまで過剰であれば、むしろ好きなのではないかと勘違いしてしまいそうになるのだけど、それは私が認めない。
「そもそもこの合唱曲の歌詞がいまいちよくわからないのよ。感情を込めようにも込められないわ」
「それは確かにそう。なんか昔の言葉ばかりで意味もわからない」
なぜこんな曲を歌わされないといけないのだろうか。どうせ歌うなら最近流行りの邦楽やら、代表的な洋楽でも歌わせてくれればいいのに。だけど大人というのは頭の固い生き物で、どうせこんな意見を言ったところで意味はないのだ。
「私、ちょっと千羽さんに言ってくるわ」
「え? なにを?」
「合唱コンクールが、そんなに張り切らなければいけないものなのか、ということよ」
それじゃあ、と言って明美はどこかに消える。
おいおいまじか、と思うけれど私は明美を止めることはしない。どうせ止まらないのが彼女なのだ。
その後、学校中に怒号が響いたのは言うまでもない。
2
「明美さん、ふざけてるでしょ」
また今日も千羽さんによる明美への攻撃が始まる。明美には申し訳ないけれど私は明美を助けることはできない。別に怖いわけじゃない。私がここで前に出たところでなんの解決にもならないということが問題なのだ。
気持ちは明美を助けたい一心なのだ。明美もきっとそのことはわかってくれる。だけど、私が困っていて明美が出てくるならまだしも、その逆では。私は明美が必要だけど、明美にとって私は必要ないのだ。
それを思うとまた心が暗くなる。
だけどそんな私の思いとは関係なしに、明美は千羽さんに言い返す。
「昨日も言ったと思うけれど、私は私なりに頑張っているわ。これ以上私に頑張れと言うの?」
「そう言っているのよ、あなたがみんなの足を引っ張っているの!」
明らかな言いがかりだ。別にこれは私が明美を贔屓目に見ているわけではない。誰が見てもきっとそう思うことだろう。
すると周りの女子からひそひそ話が聞こえてくる。
「……また千羽さん、明美さんにきつく当たってるよ」
「ねえ、あんなにひどく当たらなくてもいいのにね。ましてや他にも人がいるのに」
その話、詳しく聞かせて。
とは言えない私なので、そのひそひそ話にただ耳を傾けるしかない。
だけど、残念ながら千羽さんの大声でそのひそひそ話はかき消されてしまう。
「そこ! しゃべらない!」
「……はーい」
いや、もういいからさ。構わずしゃべってくれよ、私のために。明美のために。
だけどそんな思いもむなしく非情にも練習は続いていく。明美の精神を犠牲にしながら。
3
次の日、明美は学校を休んだ。どうやら明美は風邪をひいてしまったらしい。明美はバカじゃないから風邪をひくこともある。私はまだ風邪をひいたことが無いけど。
…………。
……別に私はバカじゃないし。元気なだけだし。
明美は学校には連絡していなかったらしい。先生は私たちになにか知っていることはないかと聞くが、おそらく私しか知らないし、私はわざわざ先生にそれを伝えることはしないので真実は煙の中。
だけど教室の中に一つだけ変わったことが。
千羽さんの顔が青くなっていくのが遠目からでもわかった。
4
次の日、明美は元気になっていた。だけどその代わりに千羽さんが学校を休んでいた。今日の合唱コンクールの練習は誰が仕切るんだ、なんて言っていると、先生が悲しそうな顔で私たちに告げる。
「昨日、うちのクラスの安奈が亡くなった。死因は不明だが、警察がいま調べているとーー」
それを聞いて急に現実の怖さというのが私を襲ってくる。死というのはいずれ人間におとずれるものだけど、改めて生と死は隣り合わせということを認識する。
信号を渡るときに、信号を無視した車が突っ込んでくるかもしれないし、飛行機が墜落するかもしれないし、電車は脱線するかもしれないし、学校は爆発するかもしれない。
それを考えると一気に怖くなってくるのだけど、そんなことはお構いなしに明美は私の方をにこにこと見ているのがわかった。
彼女が私に向かって何を言いたいのかは容易にわかる。明美はいつもと同じようにこの事件の真相が知りたいのだ。それも、興味本位や、悪が許せないと言った理由ではない。彼女の理由はいつも決まって同じなのだ。
だけど彼女は私に向かってただこう言うだけだ。
「犯人を捜しましょう!」
と。




