神の子孫、街に行く4
こうして弟子ができた訳だが、とりあえず今はやるべきことがある。
「まずは宿を取らないとな」
「そうね。私が泊まっている宿に行きましょう。料金も良心的だし、ご飯も美味しいわよ」
「アリス殿はどこに泊まっているでござる?」
「“朱の鬣”ていう宿よ」
「おお!私と同じ宿でござる!」
二人とも同じ宿とはすごい偶然だが、それだけその宿が評判ということだろうか。まぁこれから一緒に行動する上では好都合だ。
「じゃあ、早いとこその宿に向かおう。部屋がいっぱいになる前にな」
アリスとツバキの案内で“朱の鬣”へと向かう。大通りから一本路地に入ったところにそれはあった。綺麗な外装に赤い屋根が特徴的な宿だった。
中に入ると食堂兼酒場があり、カウンターには燃えるように逆立った髪の強面の男性が立っていた。正直、客商売には合わない顔立ちだが、どんな商売をするかは本人の自由だし、俺的にもじいちゃんの友達がこの手の顔立ちの人が多かったのであまり驚かなかった。
「クリスさん。ただいま」
「ただいまでござる」
「あらぁ!アリスちゃんにツバキちゃんじゃなぁい。おかえりなさぁい!」
衝撃だった。クリスと呼ばれた強面の店主は見た目に反して女性の口調でアリスたちを迎えた。まさかそっちだったとは……。
「二人とも無事に帰ってきてくれて安心したわぁ。特にアリスちゃんはあんまりいい噂の聞かない子たちと依頼を受けに行ったって聞いたから心配してたのよぉ」
「実際、あいつらにいいようにされそうだったんだけどね。彼のおかげでなんとか生きて帰ってこれたの」
そう言って俺を紹介するアリス。クリスがこちらを向く。その瞬間、彼(彼女?)の目が輝く。
「あぁん!かわいい子ね、食べちゃいたい!!」
「初めまして。ヤクモです。アリスに紹介されて来ました。泊まりたいんですけど、部屋は空いてますか?」
俺が普通に挨拶をするとクリスがキョトンとする。何か変なこと言ったか?アリスとツバキの方を見ると二人は驚きの表情でこちらを見ていた。
「あの……」
「あ、ごめんなさいねぇ。普通に挨拶されるのが珍しくてつい」
「普通に?」
「初めてクリスさんにあった人は大体驚くから、ヤクモの反応が珍しかったの」
俺の疑問に答えてくれたのはアリスだった。あぁ、そういうことか。まぁ、普通は驚くよな。
「そういうことか。でも俺の故郷では割とクリスさんのような人はいたからあんまり気になんなかった」
俺が答えると今度はクリスも驚いていた。そりゃあ自分と同じような人間が一定数いると聞けば驚くよな。
「是非ともその故郷について聞きたいところだけど、まずは自己紹介ね。初めましてクリスティーヌよぉ。よろしくねぇ」
「こちらこそ。よろしく」
差し出された手を握って握手する。クリス改めクリスティーヌは関心した表情で頷く。
「本当に気にしていないのねぇ。初めての人には驚かれるか気味悪がられるかのどちらかなのだけどぉ」
「そうなんですか?人それぞれの生き方があるし、それをどうこう言おうとは思いませんよ。それにここの食堂を見ればクリスティーヌさんの仕事ぶりがわかりますし。本当にこの仕事が好きなんだっていうのがよくわかります。それだけで俺はここに泊まりたいと思うし、クリスティーヌさんは信頼できる人だなと思いますから」
実際、ここの食堂は掃除がしっかりされているし、奥に見える調理場も使い込まれているが手入れが行き届いている。クリスティーヌの人となりがよく出ている。ばあちゃんも道具の手入れの仕方でその人がどういう人かわかると言っていたし、間違いないだろう。
「あぁん!!なんて良い子なのぉ!私惚れちゃったわぁ!!」
そう言って俺を抱きしめてくるクリスティーヌ。鍛えられた筋肉に包まれる。というか締められる。骨……骨折れる!
「クリスさん!ヤクモが死んじゃう!!」
「締めすぎでござる!」
慌ててアリスとツバキが止めに入る。それによってクリスティーヌも気づき、俺は開放された。
「ごめんなさいねぇ。つい嬉しくて抱きしめちゃったぁ」
開放された俺の肩に日向が乗ってくる。こいつ自分だけ逃げたな……。恨めしげに見ると日向は俺と目を合わせないように明後日の方向を見ている。ちなみに精霊たちは今まで見たこともないクリスティーヌという人間に対して興味津々のようだ。
「私、ヤクモちゃんのこと気に入っちゃったわぁ!泊まりに来てくれたのよねぇ、もうめぇいっぱいサービスしちゃうからぁ!」
「はは……お手柔らかに」
「それはそうと、アリスちゃん。さっき聞き捨てならないこと言っていたわねぇ。あいつらに良いようにされそうだったって……」
急に冷静になって先程のアリスの話にもどるクリスティーヌ。まぁ、こういう人なんだろう。気にしたら負けだな。
「ええ。迂闊だったわ」
アリスがライアたちとの一部始終をクリスティーヌに聞かせる。話し終わった瞬間、それまでおとなしく(徐々に顔の厳つさがましていったが)聞いていたクリスティーヌが激昂した。
「あんのクソ野郎ども!!私のかわいいアリスちゃんに何してくれてんだぁぁぁぁ!!今すぐテメェらの首をねじ切ってやらぁぁぁ!!」
今にも飛び出していきそうなクリスティーヌを俺たちが必死に止める。っていうかとんでもねぇ力だな!
「落ち着いてクリスさん!もうあいつらはデスマンティスに殺されちゃったから!」
アリスがそう言ったことでようやく怒りが収まったクリスティーヌ。いや実際には収まっていないのだが、なんとか冷静に努めようとしている。
「ふぅ……そうね。デスマンティスに狙われて無事でいられるわけないものねぇ。本当なら私が行って生まれたことを後悔させてやりたいんだけど、デスマンティスに先を越されちゃったわねぇ」
「まったく、そんな不届きな冒険者がいたとは……。もし私が見つけたら成敗してやるでござる!」
クリスティーヌほどではないが、ツバキもアリスがされた仕打ちを聞いて憤慨している。
「組合にも報告しておいたし、生きていたとしても指名手配されて二度と冒険者として活動できないし、すぐに捕まると思うからもう大丈夫よ」
「そうねぇ。そもそもデスマンティスから逃げ切れるとも思わないし、あいつらのことはわすれましょ。それでアリスちゃんを助けてくれたのがヤクモちゃんなのねぇ」
「といっても、俺が助けたのはデスマンティスがいなくなった後、フォレストエイプに襲われてたところですけどね」
「あら、実際に助けたのだもの謙遜することはないわよぉ。アリスちゃんを助けてくれてありがとうねぇ。ますます惚れちゃうわぁ!」
「そうでござる!さすがヤクモ殿でござる!」
「実際にヤクモに助けてもらってなかったら私はあそこで死んでいたもの。本当に感謝しているわ」
全員から褒められて気恥ずかしくなって俯く。今の顔を皆に見られたくなかったからだが、精霊たちは面白がって下から覗き込んでくる。やめなさい。
「照れちゃってかわいいわねぇ」
「かわいいでござる」
「かわいいわね」
皆して俺をからかい始める。ツバキまでノッてくるとは思わなかった。
「もういいって!それよりも宿泊の手続きとしてください!」
「ふふふ。少しからかい過ぎちゃったかしらぁ。じゃあ、この台帳に名前を書いてねぇ」
言われた通り台帳に名前を書く。若干字が雑になったのは仕方がない。
「うちは一泊、銅貨三枚で食事も込みだと銅貨四枚と鉄貨五枚になるわぁ」
「じゃあ、とりあえず一週間お願いします」
そう言って俺は銀貨三枚と銅貨二枚と差し出す。
「はぁい。じゃあお釣り鉄貨五枚ねぇ。これがお部屋の鍵。ヤクモちゃんの部屋は二階の一番奥の部屋よぉ」
「ありがとうございます」
「こちらこそぉ。今後ともご贔屓にねぇ」
「じゃあ一旦、部屋に戻ってもう一度ここに集合しましょう」
「了解でござる」
「了解」
そうして俺たちはそれぞれの部屋へ向かう。アリスの部屋は俺と同じ二階で俺の部屋の二つ隣。ツバキは三階の真ん中の部屋だった。俺は二人と別れ、受け取った鍵を使って部屋に入った。部屋は5、6畳ほどでベッドと机、クローゼットが置いてあるシンプルな作りだったが、さすがクリスティーヌ。部屋の手入れも抜かりない。
俺の肩から降りた日向はベッドに乗る。精霊たちも部屋を飛び回っている。流石にこの人数だと狭いな。俺もベッドに座り、一息つく。
「そういえば日向。さっき俺がクリスさんに抱きつかれたとき自分だけ察知して逃げたな」
さっきの恨みを晴らすように日向の顔をもにもにとイジる。ちなみにクリスティーヌにはクリスと呼ぶように念を押された。自分のことはクリスと呼ぶように言ったときの顔が一瞬、男に戻っていたので思わず頷いてしまっていた。
『ごめんね。あまりの勢いについ体が反応しちゃって……許してぇ』
「まったく……まぁ、あの顔が目の前に来たら誰でもビビるか」
別に怒っていたわけでもない。いつものじゃれ合いだ。日向の顔から手を離し頭を撫でる。日向は気持ち良さそうに頭を俺の手に擦り付ける。ふと足元を見ると精霊たちがお互いの顔をもにもにしながら遊んでいた。俺が日向にしているのを見て面白がって真似したのだろう。
「ねぇ、ヤクモ。そろそろ下に行ったほうが良いんじゃないかな」
「…………コク」
「そうだな。そろそろ行くか」
日向が再び俺の肩に乗り、部屋を出る。精霊たちも後ろをついて来る。一階の食堂に来ると、既にアリスとツバキがいた。どうやら俺が最後のようだ。
「悪い。待たせたか?」
「全然待ってないわ」
「うむ。私達も今来たところでござる」
「そうか。じゃあ行こうか」
「いってらっしゃぁ~い」
手を振るクリスティーヌに見送られ俺たちは街へ繰り出した。アリスとツバキに案内され街を散策する。武器屋、防具屋、雑貨屋なんかの冒険者が必要とするものを売っている店から商業組合なんかの直接は関わりのないところまで。商業組合は冒険者組合よりも大きかった。
「商業組合ってどこもこんなに大きいのか?」
「他の街じゃここまで大きいのはないんじゃないかしら。ここは各地から集まった物を王都に運ぶ中継地点だから商業組合も大きいんだと思う」
「「なるほど(でござる)」」
俺と同時に関心したツバキの声が重なる。というか、ツバキは知らなかったのか……。俺がツバキの方を見ると、ツバキは照れながら頭をかく。
「いや、恥ずかしながら、そういうことには疎いのでござる」
まぁ、ツバキはなんかそんな感じだよな。刀の事以外はあまり考えていないようだ。彼女のまっすぐな性格を表しているとも言えるけど、もう少し他のことにも目を向けないと簡単に騙されそうで心配だ。そして一番心配なのは……。
「ふぎゃ!」
こうしてすぐに転ぶところだ。なぜ何もないところでそんなに転べるのか……。この娘は刀を振ること以外できないのではないかと思うくらいにドジだ。
小さくため息をつきながらアリスと二人でツバキを助け起こす。
「いやはや面目ない……」
「気をつけてね。ここは人通りも多いし、怪我したら大変よ」
「うむ。気をつけて歩くでござる……ぎゃふ!」
いった側から自分の袴を踏んづけて転ぶツバキ。ここまで割愛しているが“朱の鬣”を出てからここまで既に5回も転んでいる。とりあえず俺の中でツバキはポンコツとして認定した。そしてそれを文句も言わずに面倒見のいいアリス。しっかり者の姉とドジでポンコツの妹の図だ。二人は初対面だが。
「あそこの広場で休憩するか」
「そうね」
「うむ!」
街の中央にある広場では噴水の側で子どもたちが遊び、それを見守る老人たちと屋台の店主がいる。売っているのは何かの肉の串焼きやスコーンのような見た目をしたお菓子、果物なんかだ。広場にあるベンチに腰掛けながら仲良く遊ぶ子どもたちを眺める。
楽しそうな彼らの表情を見て少し羨ましくなった。俺が彼らと同じくらいの頃はああして遊ぶ余裕なんてなかった。生きるのに必死だった。でも友達がいなかったわけではない。一人だけ俺と遊んでくれた友達がいた。彼は今どうしているだろうか……。
「ヤクモ。ヤクモ!」
「ん?どうしたアリス」
「それはこっちのセリフよ。ぼうっとして、どうかしたの?」
昔のことを思い出していたらどうやら心配させてしまったようだ。俺は努めて微笑みながら頭を振る。
「なんでもないよ。仲良く遊ぶ子どもたちが微笑ましくてな」
「……そうね」
「……そういえばツバキは?」
「あそこよ」
アリスが指した方を見るとニコニコと笑顔で串焼き屋台に並ぶツバキがいた。すぐに順番が来て両手いっぱいの串焼きを買ってこちらに駆けてくるツバキ。ああそんなに急いだら……ほら言わんこっちゃない。盛大に顔から転んだツバキは顔を上げ、次に自分の手の串焼きを見る。その手には串焼きが数本あるだけ。みるみる内にその目に大粒の涙が溜まっていく。
「おねえちゃん大丈夫?」
広場で遊んでいた子どもたちがツバキを心配して駆け寄ってきた。子どもに心配されるツバキを見て俺とアリスはお互いの顔を見合わせため息ををつく。やれやれ、手のかかる弟子を持ってしまったものだ。ベンチから立ち上がり、アリスと二人で子どもの一人に頭を撫でられて慰められているツバキのもとへと歩き出した。




