【第14話:ペンダント】
一通りの見学を終えた後、僕たちは校長室に戻ってきました。
あれから二人とも口数がすっかり減ってしまって、ちょっと申し訳ない気持ちになります……。
「失礼します。ダインとセリアの見学が終わりましたので連れてきました」
ローズの声に、すぐに部屋の中のワグナー校長から「入りなさい」と言う言葉が返ってきました。
ローズに続いて部屋に入ると、校長は執務机ではなくソファに座っており、その向かいのソファーには、輝くような銀髪の女性の後ろ姿が。
「ダイン、待っておったぞ。フォレンティーヌ、彼がダインじゃ」
その言葉に反応するように銀髪の女性は立ち上がると、こちらを振り返りました。
「はじめまして? それともお久しぶりと言った方が良いかしら? フォレンティーヌよ」
長い銀髪を後ろで一つに束ね、澄んだ薄い朱色の瞳をまっすぐこちらに向けた彼女は、まるで絵画の中から抜け出してきたような美しさをもった人でした。
この世界の女性としては少し長身でしょうか。
モデルのようなスタイルの彼女は、動きやすそうな鶯色のワンピースを着ており、ロングブーツやいくつか身につけた宝飾品と相まって、カッコいい女性という言葉が自然に思い浮かびます。
セリアが憧れるのもわかりますね。
「お久しぶりです。ですかね? 僕の方は気を失っていたので覚えが無いのですが、危ない所を救って頂いたようで、本当にありがとうございました」
この一年、僕は本当に暖かい生活を送ることができました。
その感謝の気持ちをしっかり込めるように、深く頭を下げます。
「あら? ずいぶん礼儀正しいのね。あの時は偶然通りかかっただけだから、気にしなくても良いわ」
「そうだとしても命の恩人に違いはありませんから」
そう言ってもう一度感謝の言葉を添えて頭を下げます。
「あ、あの! ダインを救ってくれてありがとうございます!」
セリアがそう言って何度も頭を下げ、ローズもそれに続くように一度だけ深く頭を下げました。
「あなた達は?」
「あ!? すみません! 私はセリアって言います! ダインと同じ孤児院の者で、えっと、同じように今日から養成学校に通い始めました!」
「私の名前はローズです。同じくダインとは孤児院が一緒で、私の方はこの養成学校の職員をさせて頂いています」
校長がいてもフォレンティーヌの前ではいつものローズなんだなぁって思ってたら、少し鋭い視線が飛んできた。今の無しで。
「そうなの。ダインは今日から私が責任持って鍛えてあげるあら安心して。それじゃぁ行きましょうか」
そう言って立ち上がると、僕の手を取って歩き出そうとする。
「えっと……あの? 話は?」
「ふぉ、フォレンティーヌよ。さっきの話を聞いておらんかったのか? まずは話し合ってと言ったであろう……」
「え? 今、話したじゃない?」
「今のは、ただ自己紹介して挨拶しただけじゃろうが……」
フォレンティーヌさん……ちょっと変わった人かもしれない。
~
「な~んだ。それじゃぁまだ私の指導受けるって決めてなかったのね」
校長がもう一度丁寧に説明してくれて、どうにか理解してもらえたようです……。
「はい。出来れば話を聞いてからどうするか決めたいと思っているんですが、それでもいいですか?」
「全然かまわないわよ。何でも聞きなさい」
「それじゃぁ、まずは……どうして僕の指導をしてくれようと思ったのでしょうか?」
僕の事を気にかけてくれていたと言うのは聞いたけど、本当にそれだけでわざわざこんな話を持ち掛けるだろうか。
悪い人ではなさそうだけど、やはり他に理由がありそうで気になります。
しかし、返って来たのは……、
「それは、ここでは話せないわ」
否定の言葉でした。
「え?」
「フォレンティーヌよ。いくら何でもそれは無いのではないか? 理由ぐらい言えぬのか?」
ワグナー校長がフォローしてくれますが、フォレンティーヌさんは首を横に振って
「ごめんなさい。今ここでは言えないのよ」
やはり教えてくれそうにありません。
でも、今ここではってどういう事だろう? なんか余計に気になってきました。
フォレンティーヌさんも空気を読んだのか、少し気まずそうです。
そして、頬を掻きながらしばらく考えるそぶりを見せると、
「……それじゃぁ、一つだけ……」
そう言って懐から小さな何かを取り出して机の上に置くと、僕の前にそっと差し出してきました。
「これは……ペンダント? ですか?」
それは、少し赤みがかった金属で出来た、何かの紋様が刻まれた小さなペンダントだった。
「それをあなたがしていたからよ」
え……? 僕が倒れている時に取ったってことでしょうか……。
「あ、預かってただけよ! 取ったわけじゃないからね! もう大丈夫だと思うし返すわ! でも……それはちょっと訳アリのペンダントなの。それをある人たちに見つかるとちょっと危険かもしれないから、私が預かってたのよ」
「訳アリって……」
僕はそう呟きながらも好奇心には勝てず、ペンダントを手に取ると、
「あっ……」
紋様の部分が薄っすらと光を放ったように見えました。
光ったのは一瞬で、今はもう光は収まっています。
やはり特殊なペンダントなのでしょうか?
それに僕の過去にも何か関係してそうな気がします。
「それは返すけど、絶対に人に見られないようにしなさい」
「は、はい。わかりました」
僕はそのペンダントをそのままポケットにしまっておこうと思ったのですが、セリアが横からペンダントに手を伸ばし、
「ダイン、私がつけてあげるよ!」
そう言ってペンダントに触れようとした時でした。
「きゃっ!?」
バチッ! という音が聞こえてセリアの手がはじかれたのです。
「セリア!? だいじょうぶ!?」
「う、うん。ちょっと痛かっただけ。ごめんなさい。大事な物なのに落としちゃった……」
「そんな事気にしないでいいよ」
僕は弾かれて飛んだペンダントを拾おうと思ったのだけど、セリアみたいにまたはじかれるかもと思って躊躇してしまいます。
「気をつけなさい。このペンダントはね。手にする資格が無い者が触れる事は出来ないの」
フォレンティーヌさんはそう言って躊躇なくペンダントを拾い上げると、
「でも、ダイン。あなたなら大丈夫よ」
そのペンダントを僕の手の上に置くと、僕の手の上からペンダントを包み込むように握りしめました。
「本当だ。何ともないや……」
フォレンティーヌさんの言うように、僕が触っても何も起こりません。
手を握り締められる形になっている事に少し照れながら、もう一度手を開いてペンダントを眺めます。
「でも、どうして僕は大丈夫なんでしょう……?」
不思議がる僕に、フォレンティーヌさんは静かにこう言ったのです。
「大丈夫な理由……それは、あなたがグリムベル出身だからよ」




