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迷宮アカデミア ~咲き誇れ、きざはしの七花~  作者: 悠戯
最終章『咲き誇れ、きざはしの七花』

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アカデミア


 人を導くだけの神ではなく、人と共に歩む神になりたい。

 それこそが女神の胸に芽生えたささやかな夢。

 死して苦しみから逃れるのではなく、あるかもしれない希望を求めて明日を生きる。



『ええと、その……こんなところでいかがでしょうか? 初めての経験ですけど、将来の夢を語るのってなんだか照れ臭い気持ちになりますねぇ』



 ともあれ、これにて回答は全て出揃いました。

 あとは、ラメンティアがこの答えをどう判ずるか。



『そうだな……なあ、女神よ。人と共に歩むとはいうが、具体的に何をどうするかについてはイマイチ判然とせんな。なんか、フワッと良いこと言ってる風な空気に一瞬流されそうになってしまったが』


『そこはそのまま流されておいて欲しかったですねぇ』



 その指摘は至極真っ当。

 もう幾らかの補足説明をすべきでしょう。



『思いつくままに言っていきますと……まずは、そうですね。お花やお野菜を育ててみたり、とか? わたくしが自分で土を耕したり、種を撒いたりなどもしてみたいですね。素人がいきなり大きな畑を管理するのは無理でしょうし、まずは小さな花壇や家庭菜園みたいのから始めるのが無難でしょうか』


『ふむ? よく分からんが、植物を育てるのが貴様の言う人と共に歩くということなのか?』


『いえいえ、それはほんの一例でして』



 花や野菜を育ててみる。

 植物に限らず、動物を飼ってみるのもいいでしょう。



『そうして育てたモノでお料理をしてみたり、誰かにご馳走をするのもいいかもしれませんね。魔王さんみたいにお店をやるのも楽しそうです。初心者のわたくしがそこまで上達できるかは分かりませんけど。ふふふ、自慢ではありませんが熱いお鍋をうっかり触ってヤケドしたり、包丁で指を切って泣きべそをかくのが今から目に見えるようです……っ!』


『相変わらず自信のなさへの自信がすごい。それで?』


『はい、他には編み物やお裁縫に挑戦して服を作ってみたりとか。どこかに自分用の部屋を都合できれば、わたくしが自分の手でお掃除をしたり、好みの家具を揃えてみたり。あっ、壁紙やカーテンもお店に足を運んで可愛いのを選んでみたいです』



 なんだか、これから一人暮らしを始める若者が理想の新生活を語っているかのようです。神様が自らの夢とするには、あまりにもささやかな理想ではありますが。



『運動はあんまり得意ではないですけど、お気楽なレジャーで収まる範囲なら……まあ、たまになら。なるべく痛かったり疲れたりする心配がないやつで。登山道が整備されてる所で山登りとか、あと水場があれば水泳や魚釣りなども。ふふふ、溺れそうになって半泣きで周囲に助けを求めるのが今から目に見えるようです……っ!』


『こらこら、そんなもん持ちネタにするでない』



 同じネタをしつこく繰り返しているのは別にどうでもいいとして、女神が語るのは相も変わらず『普通』すぎるものばかり。話している間に興が乗って来たのか、女神は更に『普通』の夢を語ります。



『さっきも言った料理屋さんに限らず、他の色んなお仕事にも興味がありますね。周りの皆さんをビックリさせないように正体を隠して、どこかのお役所や商会に勤めてみたり。そうそう、生徒として学校に通ってお勉強をするのもいいですねぇ』



 女神が語るのは、どれもこれもありふれたもの。普通の人間にとっては大して珍しくものない、しかし、この百万年を通して女神自身は体験したことのないものばかりです。


 人がやるのを見守って知った気になってはいたけれど、きっと見るとやるとでは大違い。張り切って挑戦してみたはいいものの、思っていたのとは勝手が違って失敗ばかり。嫌になって投げ出すこともあるでしょう。


 しかし、それでも。



『それでも、いいんです。あ、いえ、最初から失敗するの前提というわけではなく、なるべく周囲に迷惑をかけないよう頑張るつもりではありますけど』



 普通の人間がするようなことをしてみたい。

 成功も失敗も、ただ見るだけではなく味わいたい。



『もちろん、神様としてのお仕事もちゃんとしますよ。特に最初のうちは迷宮の皆も戸惑うことが多いでしょうし。その合間にですね、こう、余暇を活用してちょいちょいと』



 神として世界を管理する仕事の負担が減ったところで、これでは下手をしたら今までよりも忙しくなってしまうかもしれません。けれど、自らが望んだ忙しさならば必ずしも悪いばかりではないはずです。



『そうやって人間の皆さんがするような暮らしを実体験として味わって、そこから得られたフィードバックを神様としての仕事に活かすこともあるかもしれませんけど……まあ、それは出来たらラッキーというくらいで。あんまり実利ばかりを追い求めると、気になって楽しもうにも楽しめなくなっちゃいそうですし』



 人間の暮らしを体験してみて、それを何かに役立てようという気はさほどありません。結果的に役立つケースはあるかもしれませんが、最初から積極的に経験を活用しようというつもりはなし。主目的は、あくまで未知の体験そのものです。


 これが女神にとっての、人と共に歩むということ。

 神としての目線ではなく、人と同じ目線から世界を眺める。


 人と共に働き、人と共に遊び、人と共に学ぶ。


 何もかもを知り尽くしていると思っていた世界を、その実自分は何も分かっていなかったのだと、己の無知を思い知らされる日々となることでしょう。


 不思議と、それが楽しみでならない。

 未知があることが、学ぶ余地があることが嬉しい。


 「知らない」とは、すなわち可能性である。

 学ぼうとする意志さえあれば、世界の見え方は自然と変わる。


 世界は、己は、未来はこんなにも可能性に満ちている。

 そんな当たり前のことに、ようやく気付けた。



『ひとまず、今思いつくのはこんなところですかね。ご清聴ありがとうございました』



 それこそが女神の回答。

 あり得ざる未来に臨むための、新たな望み。



『く、くく、くかかっ』



 ここまで聞いたラメンティアがどう思ったか。

 それは、彼女の姿こそが言葉以上に雄弁に語っています。



『くく。そうか……ま、悪くはないな』



 ぴし、と硬質な破砕音が周囲に響き渡ります。

 あれほどの不死身を誇ったラメンティアの肉体がひとりでにヒビ割れ、ぼろぼろと崩れ落ち、急速に崩壊を始めていました。



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