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ユビキリ  作者: 紅雨椿葉
第参章
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ユビキリ ノ陸拾壱


 「振り切れない過去なんて、一つや二つ……誰にだってあるじゃろ? 好き嫌いがあったってええんじゃ、心を守るためなんやから、しゃあない。失敗も後悔もある。でも不思議と、何とか上手く折り合えるようになるもんじゃ」


――それを教えてくれたのは、あんたよ。


露草は引きつった笑い声をあげた。それとは裏腹に、乾いた目がとても痛々しい。


 「それは誇れることじゃない。弱さ以外の何物でもない。誤魔化し続けてきた虚栄心のなせる業さ」

 「露草……言葉が上手く、纏まらないんじゃ。でも、なあ。聞いてくれんか」



それはまだ白梅が一人で彷徨っていたころ。

大勢の者によってたかって囲まれ、酷い怪我をした事があった。

食べる事すら困難なほど衰弱していく中、生きる気力などとうに失せていたが、一人の子どもが密かに看病してくれ、話し相手になってくれた。

その子はやがて大人になって家庭を持ったが、流行り病で家族全員が死に絶え、とうとうその者だけになった。

今にも命の灯が消えそうだった。

自分の子どものような、かけがえのない友人でもあった彼を死なせたくない一心で思いつめ、僅かなりとも病を追い払う助けになればと、いよいよ目を開けなくなった彼に、自分の血を分け与える。

禁忌を犯したかいはあった。

回復したのだ。でもすぐに異常が起きて絶命した。それも苦しみながら死なせてしまった。


ぐっと涙をこらえるかのように白梅は、彷徨わせていた手で露草の肩を握る。

それまでに、何十何百の死を見送ってきていた。時には、安楽死させてくれるように頼む者さえいた。

どれも心をきつく縛って離さないけれど、彼の最期は特に、焼きついている。

死のうと思った、何度も。

白梅は考えれば馬鹿なことをしたよと、達観したように無理やり口角を引き上げた。


 「実行に移した事だって何度もある、けど……いつもいつも、誰かに助けられる。傍にいてくれて、叱って慰めてくれる。いっつも貰ってばっかりじゃった。そんな人たちに、感謝してもしきれん」


でも同時に思い知らされたと、白梅は続ける。


 「私は本当の意味で、人を救うことなんぞできん。花咲の人が言った通りじゃ、ただ長く生きているだけの存在でしかいられない。目の前で人を痛めつける、病の苦しみに共感してあげることすらできない。死を願った者に、生を渇望する者たちへ希望を与える資格なんてない。追われる恐怖を分かっているつもりでも、無になることへの恐怖を理解できていない」


――だから、頼られて支えになるなんて大層な真似、できんのじゃ。


苦しげに吐き出した白梅を見て、頼られるのは苦手だと、いつもへらりと笑って漂わせる、不安定に張りつめた空気の理由をようやく悟る。

どうでもいいことはぺらぺらと、良く喋るくせに。

胸の内をこんな時にぽろっと漏らすのだから、たちが悪い。


 「傷なんて山ほどある。でも、想像もつかない裏切りを受けても、あっさり折り合いをつけた奴を知った。元気がなくなった時、特別なことをしなくても、ただ傍に居てくれる存在があるだけで、何とかなるもんじゃと、ようく分かった」

 「白梅様、それは……」


案の定聞こえていたようで、男は露草を心配するように、先ほどよりも弱く口を挟んできた。

露草は口を引き結んだまま、微動だにしない。


 「露草。それを教えてくれたお前さんが、自身を切り捨てるような真似だけはしてくれるなよ。人に誇れない行動をしても、全力で日向に戻して、隣で軽口を叩いてあげる。そうしたいと思えるお前さんだけは、こちらにのばされた手を踏みにじるような真似、してくれるな」


目線を合わせないまま、話が長いと憎まれ口を叩いた露草に、白梅はえー、と声を上げた。


 「あれだけ、小っ恥ずかしいこと語ったのに、感想それだけかい」

 「俺が意識し続けて保とうとしてきた強さと、あるべき強さがずれていると言いたいんだろう」

 「あっさり纏めよった。しかもそうじゃ、言いたいことそんな感じ。……ほんまに敵わんなあ」


空気のように控えていた男が、影を揺らしながら、こちらに向かってきた。

この状況で動くかと二度見したくなったが、視線を振り切るように力加減を誤った男の手が、それなりの勢いをつけて露草の頭に着地する。



 「――おい、何の真似だ?」

 「もし御身を晒すこと叶い、こんな場に遭遇した時、頭を撫でてあげてください、と伝わっております。余計かとは思いましたが、本人に禁じていただけなければ、ずっと伝えていくことになりますゆえ」

 「本当に、余計だな……」


心遣いを示すこの動作が、それとも九次郎がおふざけで残した匂いがする、この言い伝えが?

不器用に、緊張した様子で頭を撫でる男の手を、複雑そうな表情で見上げる露草に対し、そんな疑問がよぎったが、もちろんこの場にいる二人が、問いただすことはない。

代わりに、窓から入り込んだそよ風が、間の悪い自分を恥じらうかのようにゆっくりと抜けていった。



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