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ユビキリ  作者: 紅雨椿葉
第参章
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ユビキリ ノ陸拾


 「おや、驚かれないのですね」


ぴくりとも動かない露草に些か不服のようで、声の主は苦笑しながら近づいてくる。

明かりの下へ近づくにつれて、白梅は自分よりも長身の男性であると気づいた。

日本人にしては若干浅黒い肌、企みを感じさせる闇夜の瞳は、一見真面目そうな風貌を、どこか恐ろしく見せる。


 「気づいていた」

 「え、誰よ?」

 「気づかなかったのか? 里を出てからずっと――九次郎殿の関係の者だろうな。海外にまで着いてきていたぞ」

 「海の向こうは苦労しましたよ……」


実は封蝋を垂らした手紙を、露草に送ってきていたのも、この手の者だ。

それを聞いて、どうやら花咲家との縁は深いようだ、と白梅は天を仰ぎたくなった。

何が面白くて二人を観察していたのだろう。


 「それで? 何の用だ?」

 「この土地で絶大な力を持つ役人の息子です。あれに関わられませんよう、ご進言申し上げたく」

 「無論だ」


言われるまでもない、危険性など百も承知。

苦々しく、露草は言い捨てた。


 「彼方がたは長く生きているだけの存在です。かつて地位を持っていたのだとしても、今の財界や警察に大きな影響力を持つわけでもない。今や、上で為された決定がどれだけ理不尽であろうと従って、ひっそりと暮らさねばならない民の一人にすぎない。……油断してると、自分の手ですくえるはずのものまで、取りこぼしますよ」

 「散々これまで、この身に刻まれてきたんだ。思い上がるなよ、小僧」

 「ちょ、ちょっと露草!」


これまでの自分の言動は棚に上げて、白梅は露草と目の前の男との間に割り込んだ。

ぐいと露草の腕をつかみ、廊下の隅に引っ張っていく。

恐らくこの距離では、会話は聞かれてしまうだろうが、視界を変えることで、ちょっとでも落ち着きを取り戻せるなら、それでいい。

敵なのか仲間なのかよく分からなくなった男の為に、言葉を紡ぐ。微塵も億劫ではなかった。


 「どがあした? 何であないに冷たくするんね? 言葉はきついけど、おいたちの為に言ってくれちょるんじゃ。分かっとうやろ?」


慌てふためくほど、白梅の言葉はいろいろ混じるらしい。

ぼんやりと考えながら、どうしても消えてくれない、胸の中のもやもやを少しずつ解きほぐす。


 「あいつの顔は……似ているんだ」

 「誰によ?」

 「俺の親父に」

 「――ッ!?」


白梅は息をのんだ。

憎々しげに目を伏せる露草に、何と声をかけていいか迷う。


 「何の因果だろうな。とうに振り切った過去だ。何十年、何百年たつ? 本人ですらないというのに。いまだに動揺する自分が情けない」


色々と、感情がかき乱された場だ。致し方ない。

そう、仕方ないのだ。

何回も言い連ねたが、目の前に顔を近づけても耳に届いていない様子で、今にも泣きだしそうな瞳は、自分を責めるようにゆらゆら不安定に揺らめいていた。

それを見てしまえば、口を開くのが酷くためらわれた。



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