ユビキリ ノ伍拾漆
くすり、と笑いが漏れてしまった。
白いベールを被った少女は、大人びた表情で不思議そうに問いかける。
「どうかした?」
「相棒が押し切られて、頻繁に顔見せしなくてはいけなくなった時の事を思いだしていた」
「ああ、記憶が無くなってた時の話? 娘さんが私と同い年っていう人よね。私、なんだかんだ言って白梅さんとか、その周りの人たちに会ったこともないのに、昔から知っているような気がする」
「俺の話の手持ちの中で、面白いのはあいつの話くらいだからな」
「……もう。眉間にしわ寄ってるくせに嬉しそうって、相変わらず器用な表情するわね」
指摘されて、露草はますます何とも言えない顔になった。非常に自分が薄っぺらい人生を送ってきたような気がする。
それでも、その中で出会えた人の人生で、こんなに喜ばしい時に立ち会えるとは思いもよらなかった。
「めでたい日に、あいつの話はもういいだろう」
「自分がし始めたのに。まあいいわ、今日は来てくれてありがとう……」
早くも潤み始めた瞳を見て、こらと軽く声をあげる。
「嬉し泣きは、せめて入場した後にしろ。花嫁は最高に美しい姿で、花婿のもとに行ってやらなければ」
「ふふ。お父さんなら、もっと不細工な顔になって行ってしまえって言うかも」
「言いそうだ」
ここに来る前で立ち寄ってきた親族の待合室では、早くもボロボロと泣いていた。
むさくるしい髭を切っているから、何とか父親らしく見えるもの、いつもの風貌で式に参列していれば、目が血走った不審者として会場から連れ出されるかも分からない。
「昨日ね、入籍した後で一人。両親の前で挨拶したの。気恥ずかしかったけれどね。でも、露草が言ってくれなきゃ、やっぱり後で後悔したのかもね」
思ったとおり号泣していた父親と、優しく抱きしめてくれた母親の姿を思い出して、また桔梗は涙ぐむ。
「だから後悔しないために、もう一人の父親にも言っておくことにする。露草……じゃない、父さん。今までありがとう、長い間お世話になりました」
「――ッ!」
まさか、自分が言われるとは思っていなかった言葉だ。
じわじわと灯っていく明かりのように、脳内にしみ込んでいき、それを長く留めておくように、ゆっくり目を閉じる。
「俺は父親らしいことは、何一つしてやれなかった。クマの養子になってからはまだしも、アイツが結婚してからは特に、顔を出してやれなかったし」
「ううん。短かったけど旅をしようって言ってくれて、嬉しかった。そう言ってくれたからリハビリを頑張れたし、旅する中でまた世界は楽しくなった」
――大好きな、もう一人の父親だよ。ありがとう。
一年を過ぎる旅の道中、外国にも一緒に渡った。
桔梗はその時の事を鮮明に覚えていて、今となっては露草としか話さない異国の言葉で、感謝の言葉を口にする。
挨拶の口づけと抱擁は、露草と松平家の一員にしかできなかったが、これからはまた一人。
大切にしたい、と思える家族が増えたことの喜びをかみしめながら、桔梗は腕に力を込めた。
「絶対、また会いに来てね。今度は白梅さんも連れて。約束よ?」
散々話したせいか、自分とも約束、と小指を差し出される。
こんな事しなくても忘れないと思いながらも、指をからめ、子どもじみた約束の儀式を交わす。
「おめでとう。幸せになれよ」
「ありがとう!」
これまでにない、とびきりの笑顔を浮かべた娘は、とても誇らしく見えた。