ユビキリ ノ伍拾捌
いつの頃からか、下宿している先、手持ちの鞄の中、立ち寄る先で手紙を渡されるようになった。
ご丁寧に、封蝋を施してある手紙だ。
それは恋文や機密文書ではなく、必要な物を揃えた店までの地図だったり、天気予報だったりした。
いつの間にか届けられている手紙に、薄気味悪くも感じたが、害になる情報ではなさそうなので、頭の片隅に入れて、時々利用させてもらうことにする。
「『美味しいパン屋が、三番街に新しくできたようです』か。――まあ、たまにはいいか」
昼ごろに散歩を兼ねて、香ばしい匂いを辿っていくと、風に乗って懐かしい音が聞こえてきた。
ふうわり、ふうわり。
からん、ころん。
頬を撫でる感触と軽い音。あれはいつだったか、戯れに作った木の鈴の音に似ている。
軽い扉を開き、店内に入ると、鮮やかな白髪がふわりと舞った。
「あれ? 露草? やー、奇遇じゃねえ」
魚介をのせたパン、っていうのが流行っているらしいよ、と嬉しそうに語る白梅に、それはピザじゃないのかと言いかけ、やめた。
あまりにも毒気を抜かれる笑みに、どこか気が緩んでいく。
「久しぶりだな。息災のようで、何より」
「あー、その硬い言い回しも一見無感情な目も、久しぶりっちゅう感じじゃー。ほいで、おんしは何を食べる? 大体は見繕ってたとこよ」
ころん、と鈴を遊ばせ、その先に紐づけられた財布を振っている仕草を見ると、どうやら奢ってくれるらしい。
「そうだな、なんだか腹が減った。腹に溜まる物がいい」
「んー、味は二の次の学生気分じゃねえ。ええよ、私もそろそろお腹いっぱい食べたい思うとった頃合いじゃ」
これとこれを二つずつと、その果物を挟んだもの四つと、そのパンを半分切ったものと、それから……。
次々頼まれる注文の声に目を白黒させながら、開店したばかりで慣れてないのだろう店員が、二人がかりで袋に詰めていく。
店に充満して、自分たちにも浸透するようなこの香ばしい香りは、ずっと嗅いでいても飽きることがなさそうだ。
ぼんやりと雰囲気に酔った露草は、心地よい眠気を感じながらひとつ、誰にも知られないように欠伸を漏らした。




