ユビキリ ノ弐拾参
「お良、父上がどこで道草を食ってるんだとそろそろ言い始める頃・・・おや、あんたたちは」
「あれ? 昨夜はありがとうございました」
「馳走になりました」
「いやいや、腹のほうは大丈夫でしたか? 作ったのが何せ、こいつだから・・・って。何やってんだい、お良も清治郎も二人して。えらい顔が真っ赤だね? とうとう告白でもしたか?」
隣の屋敷から出てきたのは、昨夜握り飯を譲ってくれたあの男だった。
日に焼けた顔を笑みの形に形作ると、二人の顔を覗き込む。笑んだ顔で細められる目が人懐こそうな柔らかい光を放っていた。
「隆!」
「お兄ちゃん!」
「え?」
「隆ちゃん、図星。まさにその瞬間」
「はー。長かったなあ、ここまで」
「そやねえ」
しみじみと語り始める兄二人に、年下の二人は慌て始めた。
「ちょ、ちょっとお兄ちゃん?」
「せーち?」
「変な事言わんといてよ」
「大丈夫、大丈夫」
「そーよ。五つの頃から好きやったなんて、言わんから」
「言うてるー! わざと!? わざとやね、せーち!」
「ち、違う! ちゃうて! ほんまほんま!」
家長となっていてもおかしくない年だが、些か天然が入っている様子の兄と、頭の回転が速そうな弟の立場が逆転しているのか、それとも弱みを握られているぶん弟のほうが弱いのか、と不思議な心地で見守っていた露草は、知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。
兄弟同士で争いを繰り返す一族や、実の親子が殺しあうような話もある中で、こんな存在は稀有だともいえるのかもしれない。
今となっては到底無理な願いだが、こんな風に自分も言い合う経験をしてみたかったと、微かな羨みと寂しさがふとよぎる。それを見透かしたかのように、ぽんぽんと優しく叩かれた頭の上に、反射的に手をやった。
「痛い、痛いて。なんね、えらい不機嫌やね」
「兄弟同士はほのぼのしてるが、どうするんだこれから」
「うーん。親の反対で諦められるほどの思いやったら、それまでっちゅうことやし」
そのやり取りが聞こえたのか、良と清治郎が甘い雰囲気を一変させた。
それを絶ち切るように、清一郎と和やかに会話していた男がこちらを振り向く。
「ああ、そうでした。俺は栗町隆吉。良の兄貴です」
「これはどうも。河野白梅です」
「河野露草と申します」
「おや、そちらもご兄弟ですか?」
「はは。まあ、そんなもんですわ」
「清一郎、そろそろ露草殿と白梅殿をお呼びし・・・何をしている」
塔十郎は通りで話していた六人、正確には栗町家の二人を見て顔を顰めた。
「あ、あの・・・父上」
「清治郎。家の者たちが宴の支度で走り回っているときに、一人女子と現を抜かすとは。いいご身分だな?」
「そうではなく、私は・・・・・・!」
「当主としての心構えが未だ足りないと見える。こい、清治郎。性根を叩きなおしてやる」
ひい、と清治郎は声にならない悲鳴を上げて青ざめた。
清一郎は止めたそうに腕を上げかけたが、眼力で有無を言わさず連れて行かれる。
「それでは、失礼」
隣人としての礼儀か、それとも客人に対する非礼を詫びてか、塔十郎は一礼してから去っていった。
とぼとぼと後ろをついていく清治郎の背中が哀愁を漂わせていた。