ユビキリ ノ弐拾
「桜の海、桜の雲って感じじゃね・・・・・・」
「幻想的な風景ではあるな」
花咲の屋敷の一角には大きな桜の木があった。
いつだったか通りを通っていた時、梅見に興じていたのはもしかしたらこんな家だったのかもしれない。
今宵は桜を見て酒でも飲もうかと家族総出で花見のための準備に取り掛かっている。
ばたばたしている屋敷の外、塀ごしに桜を見ていると、横からすまなさそうな声をかけられた。
「煩くてすいません。年がら年中何かしら花は咲いておるんですが、『愛でてこそ花』というのが家訓というか、習慣になっておりまして」
口元を緩ませ、いかにも人の良さを顔中で表現している清一郎はさらに目元を下げた。
「団子とお茶、質素では有りますが寿司と酒も用意する予定です。今夜、まだお時間があるようでしたら楽しんでいかれてください」
「ありがとうございます。いや、泊めてもろうたうえに朝ご飯まで頂いて。かえって気ぃ遣わせたんと違いますか? 」
「まさか。人数が多い方が楽しいですからねえ」
「せー・・・・・・じゃない、兄上。その方たちが、昨夜の?」
揃って振り向くと、幾らか緊張した面持ちの男がこちらをちらちらと横目で見ながら、清一郎を見返した。
少し呆れを交えながら、清一郎はゆっくり頷く。
「そう。河野白梅さんに、河野露草さん」
「どうも」
「・・・・・・」
紹介された順に挨拶し、礼を返すと、清治郎は針金でも入っているのかというほどにぴしりと背筋を伸ばしながら一礼した。
「昨夜は醜態を晒していたにもかかわらず、助けてくださり有難うございました! 」
「い、いえ・・・」
「暖かったし。酒もようすすむ日やったからねえ」
へら、と笑った白梅の言葉に、嫌味に聞こえるんじゃないかと密かに危惧した露草だったが、清治郎は気にしたそぶりは見せなかった。
「いえ、自分は銚子二本くらいしか飲んでないんです」
「え?」
「こいつは相当な下戸でして。少し飲んだだけですぐ顔が赤くなるんですよ」
「お兄さんは?」
「私はそれに輪をかけて酒に弱いです」
「けどお酒は好きなのよね、家族揃って」
「お良!」
琥珀色の洒落た簪を髪に挿し、浅葱色の着物を着こなした娘が興味津々といった様子でこちらを見つめていた。