ユビキリ ノ拾玖
え、私も戴いていいんですか?
酒があったほうが話がしやすいだろうって?
いえ、まあ・・・そのとおりですけどね。ではお言葉に甘えて頂戴します。
まあそんな古い歴史やないとは思うんですけど、ちょっと昔からこの土地にはご存知の花咲家と、栗町家いう二つの家がありましてね。
もう一つは同じ通りにある、隣の家なんです。
やけどここの家は、ご覧にならはったら分かる思いますが襤褸でしてねえ。一応武士階級なんですが、無駄に広い土地が立派なように見せてるだけで、暮らしはほとんど庶民と変わりません。
あっ、しまった。だ、大丈夫ですよ。お客さんを泊めて、一家迷わないくらいの生活はしとりますから、気になさらないでください。いや、本当ですから。
そんでこの「咲き屋敷」・・・・・・はあ、そうなんです。庭に花の咲く木ばっかり植えておりまして、花盛りには大したもんですよ。名前にもちなんで咲き屋敷なんて呼ばれておりますが、女子といえば母と下女くらいしかおりませんから、完全に名前負けですわ。
ああ、話がそれてもうた。
清治郎の話でしたね。なんで咲き屋敷と食べ屋敷の話をしたかいいますと。
え? そうそう、栗町家は「食べ屋敷」言われとります。名前が栗でしょ。して、実のなる木ばっかり植えとりますからねえ。桃とか梅とか杏とか。栗とか椎とか団栗もやったかな? いや、すごいもんですよ。飢饉の時には皆期待してるわ、冗談めかして言うとります。
当家は野菜と芋くらいしか植えとりません。田んぼもねえ、家族分の米と麦くらいで。もうちっと何とかせなあかんかなあ。
ええと・・・ほんまに私、気を抜くと話それますね。
で、その食べ屋敷に住む栗町家とはですね。家が隣同士っちゅうこともあって、私含め子どもらは幼馴染なんですよ。
こっちはむさくるしい男ばっかりですけど、あっちは私と同じくらいの長男と、十くらい歳の離れた妹さんがおるんです。お良さんいいましてな。
可愛い子ですよ。気が利いて明るいし、頭もいい。少し気が強くて口やかましいのが玉に瑕ですが、商人の娘としては立派なもんです。
「なるほど、それが弟さんの言ってらした娘さん」
「そうなんです。しかし娘というには少々年を取りすぎておりまして、行き遅れなんて囁いている者たちもいますがね。家族もやかましく見合いを勧めていたようですがなかなか首を縦にふらんらしくて。・・・ですが」
白梅が僅かに微笑をたたえたまま首を傾げると、清一郎は一瞬曇らせた顔を上げて再度話し始める。
「近しい者たちからするとね。どうにも好いた人がおるんやないかな思うんです」
「心に決めた人意外とは添い遂げない。芯の通った娘さんだ」
「確かにねえ。ほんで、弟の話に戻りますが。清治郎もどこからも嫁さん貰うてないんです」
「・・・・・・?」
不思議そうな露草の視線を受け、清一郎は僅かに頬を染めながら手を振った。
「ああ。私はここん家の相続権放棄しとりましてね。蘭法医を志してる親不孝者ですわ。そんで清治郎が正式にはここの跡取りですから、どっかの家に婿養子に行くなんてこともないんですけど。私も弟もずっと勉学と剣術に打ち込むばかりで、こんな年になってしまいまして」
「清一郎さんは蘭学に打ち込んでなさるから一人身。けれど弟さんは剣術だけが理由じゃなさそうですねえ」
「お察しの通り。ここまで一人寂しくいるんはお良さんに惚れておるからやないか、とこういう次第で。いや、お恥ずかしいかぎりです。露草さんには迷惑かけて、ほんますいませんでした」
「いえ、私は構いませんが。お二人・・・ではない。お良さんの気持ちはいまだ明るみにはなっていないのですから。清治郎さんは随分と奥手なのですね? それとも身分の差などが問題なのですか?」
士農工商、からいえば武士ならある程度の自由は許されるはずだ。
農民と共になりたいというのなら周囲からの反対もあるだろうが、商人の娘、しかも名字帯刀の大店の娘とあらば不足はないだろう。
それは分かっている、といった様子で清一郎も頷いた。
「咲き屋敷と食べ屋敷。一見対になってて、えらく整ってるように見えますけど、実は犬猿の仲でしてね。なんや先祖の禍根が未だに根付いとるらしくて。親父たちがそれを聞いたら憤死しそうなほどですわ」
「さきほどの、塔十郎さんもそうなのですか? ・・・寛容な父君だと拝見しましたが」
「それはもちろん。あ、寛容に関しても・・・まあ、もちろんなんですが。食べ屋敷の噂を聞くだけで眉を顰めてその場から立ち去ってしまい、顔をあわせれば毒づきあいの連続です。とてもじゃないですけど、栗町の娘さんを好いてる素振りなんか見せたら、怒り狂うでしょうね」
「けど、ご兄弟揃って食べ屋敷のお良さんと、そのお兄さんとも仲良いんですねえ? どっかで聞いたねえ、こんな話」
「・・・・・・? ああ、敵対する家同士の恋人たちか? そうだな、ろめおかろくろがどうとかいう話だったか」
「あれ悲劇やったもんねえ。全然参考にならんし」
ううむ、と口をへの字に曲げて唸り始めた二人を見、慌てて清一郎は立ち上がった。
「すいません、悩ませてしまったみたいで。別にお気になさらないで下さい。二人とも大人なんですから、良い人が見つかれば結婚するでしょうし、納得できなければできないでどうにか生きていく子たちです。それよりお膳、下げさせますね。長話聞いてもらって有難うございます。私まで酒戴いてしもうて、ちょっと喋りすぎたみたいですね。どうぞ今宵だけの話に留めておいてください。あとで布団も整えますので、ごゆっくり」
ぱたんと障子を閉めた後、きしきしと廊下を歩いていく足音が段々小さくなっていく。
「一宿一飯のお礼に縁結び、なんていきたいとこやけどね」
「無理だろう。せいぜい両家の仲を悪化させて終るのが落ちだ」
「かもしれんね。・・・けど、先祖の禍根で犬猿の仲・・・って、何なんじゃろ?」
同じ方向に揃って首をかしげた自分と白梅の行動を見て、やはり感化されてきているのだと、どこかくすぐったい気持ちのまま、露草は床についた。
どこかでさわさわと、竹の葉のなる音が聞こえたような気がした。




