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ユビキリ  作者: 紅雨椿葉
第弐章
21/66

ユビキリ ノ拾捌


 「いやー、それでわざわざ届けにきてくださったんですか。これはすみませんねえ」


にこやかに微笑みながら頭を下げる目の前の男は、酔いつぶれてしまった男の兄なのだという。

目の辺りに笑い皺ができており、人がよさそうな雰囲気を感じられる。顔の形は違うものの、どことなく間延びしたようで尚且つ眠たそうな雰囲気だけは、自分の隣にいる白髪の男と似たところがあるかもしれない、と露草は頭の隅でぼんやりと考えていた。


 「ほら、清治郎。しゃんと立ってお礼言わんね。この方たちがここまで連れてきてくださったんよ。・・・せいじ!」

 「・・・せーち、五月蝿い。寝かしてぇ」


むにゃ、と目を擦った弟の姿を見て肩を落とした姿は、とてつもなく疲れて見えた。しかしそこには、父性のような物も感じられる。


 「申し訳ありません。ちょっと悪酔いしてるみたいでして」

 「いえ、気にすることはありません。こちらもたまたま通りがかっただけですので」

 「しかし、何や辛い事でもあったんですかねえ。自棄酒でも飲んどったみたいでしたから」

 「・・・そうですか。ちょっとこいつもいろいろ複雑で・・・」

 「清一郎」

 「父上」


奥から出てきたのは清一郎と呼ばれた目の前の男よりも老成した男だった。探るような目を隠そうともしていない。


 「・・・はて、どなただったかな?」

 「お初にお目にかかります。夜分遅くに申し訳ありません」

 「そう、ですか? おや、それでは何故」

 「清治郎が飲み屋で前後不覚に陥っているところをこの方たちが助けてくださったとか。全く、情けないことこの上ない」

 「清治郎! しゃんと立たんか!」

 「ひえ! ち、父上!」


言っていることは親も兄も同じなのだが、やはり前者の方が威力が数段違うらしい。清治郎と呼ばれた男は、今までの泥酔が嘘のように背筋を伸ばして、走り去って行った。


 「待て、清治郎!」

 「あーあ、だめだありゃ。父上、あいつ完璧に寝ぼけてますよ」

 「らしいな。お客人、聞けばあれの恩人でもあるらしい。どうですか、一晩だけでも泊まっていかれませんか? 無駄に屋敷だけは広いですから、部屋だけは余っております。まあ、料理のほうは、いまいちですがな」

 「母上に叱られますよ」

 「構わん。聞いていないのだからな」

 「はあ・・・あ、失礼しました。私は花咲清一郎と申します」

 「同じく、花咲塔十郎と申しまして、この子達の父親です」

 「私は、川・・・河野露草と申します」

 「私は河野白梅いいます。以後お見知りおきを」

 「おや、ご兄弟ですか?」

 「そんなところです」


咄嗟に川本の姓を名乗りそうになったが、幾らなんでもそれはまずい気がして咄嗟に河野に改名する。白梅に苗字なんてものがあるのかは疑問だが、何も同じ名字にしなくてもよかろうに。

ちらりと横目で見やると、白梅はにやりと笑い返した。



 「渡りに船、って感じやね。料理に期待せんでみたいに言われとったけど、別に麦の冷汁とかでも今の私らには有難いし」

 「寝る場所を与えてもらえただけでも確かに有難い。しかしさっきの弟君、お兄さんが言うには事情があるみたいなことを言っていたが、一体如何したのだろうな。落ち込みようが半端じゃなかったが」

 「まあねえ。男がむせび泣くって言ったら親友の死か、職で失敗したか、もしくは女と相場が決まってるらしいけど」


 「・・・さすがに鋭いですねえ。すいません、立ち聞きするつもりやなかったんです。今の白梅さんの台詞しか聞いとりません。お夜食になりますけど、軽めのもんを用意させていただきましたんで、食べはります?」

 「ありがとうございます」

 「どうせなら差し支えなかったら私らに弟さんの話、聞かせてもらってもええですか?」

 「は・・・」

 「いえ、そんなお家騒動とかややこしい問題やなかったら、他人に話すと楽なるかもしれん思いまして。言えんような話やったらさっぱりと忘れてください」


しばらくぱちぱちと瞬きを繰り返していた清一郎だったが、やがて人がよさそうな顔をさらに目じりを深くさせて頷いた。


 「まあ、飯の種程度にはなりますかねえ」



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