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ユビキリ  作者: 紅雨椿葉
第弐章
20/66

ユビキリ ノ拾漆


 「おい、あんたたち」

 「うん?」

 「何か?」


腹を鳴らしながら『何か』もないもんだ。

白梅は思わず笑いたくなったが、そうすると露草はますます仏頂面になってしまうだろう。


抑えて、白梅は声をかけてきた男を見た。

二人よりも背が低い男だったが、日に焼けてがっしりとした体は見た目からして健康そうで、傍目には自分たちよりも力強そうだ。散切り頭の白梅に総髪姿の露草が珍しいらしく、僅かに目を丸くしたが、やがて邪気のない笑顔を浮かべた。


 「あんたら、腹減ってんだろ? これでも食べるか?」

男が差し出したのは握り飯をくるんだ包みだった。

 「でも、お前さんの夕飯じゃないんね? そんな大事なもん、食べられんよ」

 「問題ない。実は仕事の合間に食べるよう持たされた弁当なんだが、今日は店に寄ってしまってな。夕飯の前に食べてしまおうと思っていたところで。・・・・・・食べてくれたほうが都合がいいんだ」


よく見れば着物も仕立てがいいもので、恐らく裕福な商家の出なのだろう。刀を差せば武士にも見れるような、立派な体躯をしていた。ということは、飯にありつけずに困っているのではないのだから、貰っても構わないだろう。


 「ほうか? じゃあ有難く・・・」

 「おい」


元藩主としての矜持が邪魔をするのか、露草は眉を顰めたが、男は人の良い笑顔で露草の手に持たせた。

 「困った時はお互い様だ。今度俺が腹を空かしてたら助けてくれ。じゃあな」

急いでいたのか、露草に突っ返されるのを回避したのか、走っていってしまう。

 「行ってしまった・・・・・・」

 「もう返せんし、勿体無いから食べようか」

 「・・・そうだな」



川べりに腰を下ろしながら月に照らされた散ってしまう梅の花吹雪を眺め、腹の虫を黙らせると余裕も出てきたようで、どうせならこの辺りを散歩がてら寝る場所を探してみようということになった。

障子から漏れる灯りが揺れて、家々が立ち並ぶ道までもが揺れて見える。

時折吹く寒い風に吹かれていると、どこかで一杯といきたいところではあるが、如何せん金が無い。寒い懐をさすりながらふらふらと歩いていると、一軒の飲み屋から転がるようにして男が千鳥足で歩いてきた。


 「ほぃっとにぃ、やあってらんねぇよなあ、畜生・・・・・・! お良よおぉ、俺ァもう駄目だようぃッ――」


呂律が回っていないその男は、上掛けも羽織らずくるくると回って、道に蹲ってしまった。座り込んだまま、ぶつぶつと何か言ったかと思うと、今度は涙を零し初めてしまう。


 「うっ、ううっ・・・りょーうぅ・・・・・・ぐずっ」

 「・・・何だあれは」

 「酔っ払いじゃね」

 「お兄さん、どうされたね」

 「お、知り合いが来たみたいじゃ」

 「放っといてくれよぅ――」

 「ありゃ、知り合いと違うとったんか」

 「泣き崩れて眠ったな」

 「お兄さん、お兄さん・・・寝ちゃったか。んじゃ、ちょっくら失敬して、っと」

 「ちょっと待った!」


突然の大声に、酔っ払った男を介抱するふりをして財布を抜き取った男だけでなく、白梅も飛び上がるほどに驚いた。

けれど酔っ払った男は動かずに、眠りに入ったままでううと唸る。


 「そこの! 意気消沈しているものから盗みを働くとは何事か! 財布を置いてさっさと去れ!」

 「ちっ!」


くすねたまま逃げ出そうとした男だったが、すぐさま追いついた露草が足をかけて転ばせ、腕を捻り上げる。

男が悲鳴を上げながら財布を取り出すと、冷ややかな目をした露草はちらりと視線を道の先へと向ける。その意味に気づいたのか、悔しそうな顔をして男は走り去っていった。


 「いやあ、お見事お見事。腕は衰えてないってことやねぇ」

 「お前こそ弱くないくせに。ちっとも動かないのは最早怠惰としかいいようがないな」

 「私はまだまだよ。身を守れる程度位で丁度ええじゃろ」


白梅はへらりと笑った。

別に自分だって目の前にある全てを救えるとは思っていないが、これくらいなら動いたっていいはずだ。白梅は鬼として生きてきたせいなのかどこかひねているような、人を食ったような、どこか敬遠しているような、よく分からない雰囲気を纏わせるのだ。傷ついているのか望むのを諦めたのかは知らないが、何かが欠けているようにも思えた。


とはいえ、自分がどうこうできる領域にあるとも思わない。

人のことは傍観するくらいで、結局は自分が出来る範囲で動くしかないのだ。


 「おいっ、お前。起きろ!」

 「んー・・・りょぉお」

 「私はリョウではな・・・うぁっ!」


頬にいきなり贈られた温かさが、いいようのない不快感を生み、一気に鳥肌が立つ。

白梅は固まってしまった肩へ、慰めるように手を置いてみた。


 「・・・大丈夫?」

 「・・・・・・起きてくれ。頼むから」


項垂れた露草の顔は、今にも泣き出しそうに見えた。



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