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2-〔11〕 詐欺師に転向!?

 遂に来ました、タイガーアイ要塞。

 馬鹿でっっっかいんだ、これが!!

 小さな街がすっぽり入るぐらい長い城壁の中の、全部がここでは軍事施設。いわゆる"城下町"が無い、ちょっと珍しいタイプの城塞だ。

 それもそのはず。ここには元々、"風のダイヤ"を祭る雷皇神殿があったんだ。人里離れた山奥で、修行者さん達が神殿の周りに段々畑を作って自給自足してたらしい。

 それを、王国が"風のダイヤ"ごと接収して、城塞に改造した。南部の領主達や、コーラル海の海賊、樹海の魔獣、それにコランダム島に睨みを利かせるにも便利な場所なんだな。

 "便利"って言っても、魔竜や魔軍馬を使えばの話で、普通の馬車や驢馬での物流には不便。街が発展するどころか、周りの畑まで荒れ果てて、純粋な軍事拠点になった。

 このだだっ広い要塞のどこかに捕まってる、ラピスの弟を助け出すのか……。どうやって忍び込んだらいいんだろう?

 うむむむーっと頭を悩ませつつ、丘の上の要塞を見上げていたら、青空からツイーッと燕が一羽下りてきて、近くの林に飛び込んだ。

 しばらくすると、栗色の髪の、人間の兄ちゃんに変身し直したラピスが戻って来る。

 「どうだった?」

「矢張り、幻視の魔法が掛かっています。大まかな造り程度はわかりましたが……」

と、ラピスはアンバールとオレの目の前で、地図を描きながら話した。

 例の、"遠見の術"は使えない。"風のダイヤ"に引き寄せられる風の"気"が強すぎて、まるで星明かりが月の光に――っていうかもう、太陽の光に掻き消されるみたいに、他の"気"が読み取れなくなっちゃってるんだ。

 だからラピスは危険を冒して、肉眼で偵察して来たんだけど。外城壁の上全体に、偽の景色が"貼り付けられて"いるらしい。四方の城壁の矢狭間から出たり入ったりしながら、何とか実像をつかんで来たんだ。

 「うーん……。そのまま潜入して、ラズリも小鳥か何かに変身させて、二人でこっそり脱け出すこととかは出来ないの?」

「それが出来るものならば、苦労はありませんよ」

 小鳥や小動物の姿では、高度な魔法はほとんど使えない。弟くんに変身魔法を掛けるには、飛竜か、せめて人間の姿で、魔力を集中しやすい手とか角で触れられる距離まで近付く必要がある。

 しかも、魔法に長けた飛竜族を捕らえておくには、魔力を封じる魔法結界を張った檻とか牢とかに閉じ込めてるだろう、っていうんだな。うっかり、檻の中に潜り込んだところで変身が解けて、二度と変身し直せなくなったら、ミイラ取りがミイラになっちゃう。

 要塞の中で飛竜の姿に戻るのは目立ちすぎるから、つまり、最初っから人間の姿で忍び込んで、なおかつ、ラズリを檻だか牢だかの外に連れ出さなくちゃならないのか……。

 「中に通じる抜け道とかは……」

「見当たりませんでした。上水は、天水と城内の湧き水に頼っているのですね。外部から引き込んでいる水道はありません。下水は、裏手の崖に排出されています」

 んー、あっちか。垂直に切り立ってる上に、城壁から丸見えだよな。

 「岩盤が固くて、非常用の脱出路なども掘られていないようです」

 辺りは風の"気"一色に染められているけど、逆に、風の"気"だけなら感じ取れる。もし、地下道とかがあって、空気が流れているなら、ラピスにはそれとわかるはずなんだ。

 「ううう~ん……」

オレは唸ってしまった。

 荷車の荷物の中に潜り込んで……とかいうのは、無理。

 昨日の午後から丸一日、城門を出入りする人や物資を観察してたんだけどね。城門の検問所で、魔法で生命反応とかチェックされてるっぽい。ネズミや猫が紛れ込んでたぐらいでも、調べて追い出されてる。

 じゃあ、荷物を運び込む人に成り済ますのはどうか?っていうと、これも難しい。

 食糧にしろ武器にしろ、燃料や建築資材にしろ、いっぺんに何台もの馬車や荷車で、ズラズラ隊伍を組んで運び込まれるんだ。例えば馬車一台だけなら、御者と護衛をしばき倒して入れ替わるとかいう作戦も考えられるんだけど……。

 それに、オレ達の人相がネックなんだよな。

 オレは完全に、アンバールも半分コランダム人だし、ラピスはどういうわけか、人間になる時は国籍不祥の兄ちゃんの姿にしか変身出来ない。ギヤマニア人の兵士に変装するのは無理がある。

 ここが普通の領主の城館だったら、もっと、外国からの貿易商だの、芸人だの托鉢僧だの、色んな種類の人間が出入りするだろう。でも生憎、タイガーアイ要塞は純粋な軍事施設で、そういう日常の経済やら娯楽・文化活動やらから切り離されてる。冠婚葬祭の行事なんかがあれば、どさくさ紛れに入り込み易いんだけどねー。

 あと、もっと規模の小さい建物なら、放火して、避難のために外に出て来たところを……とかいう手もある。

 だけど、この広さじゃ、騒ぎになるほどの火事は起こせないし、うっかり起こしたら、すごい被害を出しそうだ。

 アウトローのオレに、人道的に云々とか言う資格は無いけど。それを脇に置いても、三百年後の時代から来てるオレ達としては、先祖かもしれない過去の人達を無闇に殺さない方がいい。

 ……ううーん。想像以上に、隙が無いなあ……。

 「竜騎兵隊長のプラータ将軍が不在なのは、せめてもの救いですね」

 いかに風の"気"が濃いとはいえ、ある程度の距離まで近付けば、強い魔力を持った人や動物の存在は感知出来る。まあ逆に、ラピスの方が感知される危険もあったわけで、非力な小鳥の格好で捕まったりしたら万事休すだった。一応、トンズラし易いように、鳥類最速の燕に化けてはいたんだけどさ。

 でも、危険を冒した甲斐はあったね。タイガーアイ要塞は、数十頭以上もの軍用魔竜を収容出来る一大空軍基地なんだけど、今駐留してる魔竜は十頭までもいないことがわかった。

 ラズリの身柄さえ確保すれば、脱出する時は、バレても力押しで追っ手を振り切れそうだ。

 といっても、だから、どうやってラズリの所まで忍び込めばいいのか?

 ……と、悩んでたら、アンバールが意外なことを言い出した。

 「こういう時はな。コソコソ忍び込もうとするより、正面から堂々と乗り込んだ方が上手く行く」

「へっ?まさか、たったの三人ぽっちで、軍隊相手に喧嘩吹っ掛ける気じゃないよな?」

 アンバールはそれには答えず、左手をずいっとオレの方に突き出した。

「見ていろ」

「……?」

 アンバールは裏、表と、何度か左手を引っ繰り返してみせてから、右手で左手の親指を掴んだ。それから、キュキュッと捻ると……いきなり、スポッと引っこ抜いた!

 「うぇっ!?」

 オレがビビッて後退ると、アンバールはゆっくりと両手を開いた。

 ……あ、何だ。ナンチャッテ手品かよ!

 左手の親指を手の平側に折り曲げて隠し、他の四本指で握った右手の親指とすり替えただけだったんだ。

 アンバールは小馬鹿にしたように、フンと微苦笑した。

 「すぐ目の前で演じていて、たったこれだけのタネでも、瞬間的には騙される。要は、度胸とスピードだ」

と言ってアンバールが提案した、シンプルかつ大胆な作戦っていうのが――。


 次の日の夕方。

 アンバールとオレはラピスの背中に乗って、雲の上から、タイガーアイ要塞の中庭に着地した。

 ラピスに幻視の魔法を掛けてもらい、ラピス自身は軍用魔竜に、アンバールは王宮の近衛騎士に、オレは騎士って年でもないんでお付きの見習い騎士に化けてる。

 ラピスの背中から下りたアンバールは、その辺にいた見張りの兵士に急ぎ足で近付いて、尋ねた。

「竜舎はどこだ」

「はい!?えーと……」

「王命により、改造施術前の飛竜を緊急に移動させる。案内しろ」

「は、はいっ!」

 兵士その1は慌てて、アンバールとオレの前に立って歩き始めた。

 よしっ、第一段階クリアー!

 本当は、竜舎の場所はもう知ってるんだ。こうして要塞の内部の人間を案内に立てるのは、他の連中に信用され易くするための仕掛け。

 それにしても、相変わらず、アンバールのクソ度胸には恐れ入るぜ。こいつ、本職は詐欺師とかってことは無い?

 こんな単純な嘘で上手くいくのか、懐疑的だったんだけど。あっさり通用したねー。

 この作戦のポイントは、幾つかある。

 まず一つ目は、天候と時間帯。

 一日待ったのは、昨日は晴れだったから。今日は曇りで、雲が低く垂れ込めてる。来る時、去る時、雲に隠れて方角を誤魔化しやすい。

 もうじき日が暮れれば、逃走の成功率は更に上がる。

 それに夕方は、要塞の中の兵士達も交替やメシの準備でバタバタしてる。他の奴が何してるかとか気にする暇がないし、『あー、さっさと仕事終わらせてメシ食いてえー』って気分になってて、今更面倒事を増やしたくない。

 今だって兵士その1は、本当は上司に報告して、然るべき係の人間を案内に立ててもらわなくちゃならないはずのところを、さっさと自分で直接案内しちゃってる。

 まあ、これは兵士その1の不注意というより、アンバールの呼吸が絶妙だったと言うべきかな。

 いきなり『案内しろ』と言われれば、『勝手に自分の持ち場を離れるわけにはいかない』っていう、ごく当然の意識が働いたかもしれない。

 でも、『どこだ』って尋ねられた時点で、とりあえず竜舎の場所を説明する気になってる。そこに『案内しろ』と畳み掛ければ、口で説明する代わりに行動で示してもいいか……と、ハードルが低くなってるってわけ。

 おまけに、アンバールってば背が高くて姿勢が良くて、偉っそーだもんなー。加えて"王命"だの"緊急"だのと脅されれば、下っ端の兵士なんか完全に気を呑まれちまうよ。

 そう。作戦のポイントの二つ目は、制服効果!

 オレも、王都の月光神殿で施療院の手伝いをしてた時に、その威力は実感してる。見習い神官の制服を着てるだけで、オレみたいな"外国人のガキ"に、初対面の人達でも好意と敬意を寄せてくれたもんねえ。

 偉丈夫のアンバールには、近衛騎士の制服がすっげー似合ってる。

 ……だけじゃなくて、コイツ矢っ張り、武家の育ちじゃないかなあ?立ち居振る舞いがビシッとキマってて、不自然さが感じられない。

 こうして堂々と胸を張って歩けば、『怪しい奴、名を名乗れ!』なーんて不審がる奴はいない。それどころか、兵士や、下士官でも、サッと道を空けて敬礼してくれたり。

 ううーん、バレないもんだねえ。制服と、黒眼黒髪にしてるだけで。

 変身でも変装でもなく、幻視の魔法にしてもらったのもミソだよ。

 幻視の魔法の利点は、何といっても、変身よりもはるかに少ない魔法量で、お手軽に外見を変えられること。それから、変わるのは外見だけで、元々持ってる能力が変化しないことかな。

 変身だと、体格や年齢まで変えることも可能だ。でも、骨格やら筋肉の付き方やらが本当に変わるんで、いきなりだと体が思ったように動かせないものなんだって。武術とか、咄嗟の時にいつも通りの動きが出来なかったら、命に関わる。

 ラピスは変身し慣れてるから、他の動物の姿になっても自由自在に動けるけど。赤ちゃんが一から立ったり歩いたりを覚えるみたいに、それぞれの動物の姿で、随分練習を積んできたらしい。

 見た目だけで、本質が変化しないのは、幻視の魔法の利点であると同時に弱点でもある。

 例えば鏡に映った姿とか、地面に落ちる影とかは元の形のままだし、触れば勿論、輪郭や手触りは変わってない。だから、あんまり元の姿から大きくかけ離れたモノに化けるわけにはいかないんだ。

 でも一方、変装だと、髪はともかく眼の色って変えられないよね。動きやすさとバレにくさの兼ね合いを考えると、幻視の魔法がベストなんだな。

 ……とか感心してる間に、もう竜舎の前まで来たよ!

 「改造施術前の飛竜は一頭だけか?」

と、アンバールが檻の見張りをしてる兵士達に訊いた。

 この作戦の秀逸なところは、もしラズリ以外の飛竜族が捕まってても、一緒に難なく連れ出せること。

 ……だったんだけど、どうやら、捕まってるのは――少なくとも、まだ改造されてないのは、ラズリだけみたいだ。檻の奥の隅っこに、体長がラピスの四分の一ぐらいの、矢っ張り茶色い毛皮の飛竜が丸まってうずくまってる。

 「ハイ。コイツだけッス」

「王命により、緊急に移動させる」

と、アンバールがさっきと同じ短い説明をする間に、オレは小石を一つ、こっそり檻の中に投げ入れた。

 ……よし、大丈夫。変化無し。

 この石は、ラピスの魔法で形を変えてあるんだ。もし、この檻に張られている魔法結界が、中で新たに魔法を使えなくするだけじゃなく、今掛かっている魔法の効果も打ち消すものだったら、オレ達の幻視の魔法も解けてしまう。

 だけど、これなら――。

 「今、鍵をお持ちします!」

と動きかけた兵士その2を、アンバールは止めた。

「要らん。合い鍵がある」

 はーい。あるよ、あるよ、万能なヤツがねー。

 オレは兵士達から見えにくいように、さり気なく素早く、鍵じゃなくて針金を錠前の鍵穴に差し込んだ。

 ガチャ。カチャ、カチャカチャ。ピンッ!

 この間、五秒ってとこか。ふっ、ちょろいな。

 何を隠そう、オレ、鍵開け(ピッキング)の名人!親父の盗賊団にいた頃、力仕事は出来ない代わり、力の要らない技はとことん磨いたもんね。

 オレは扉を開けて、檻の中に入った。

 もし、中に入ったら魔法が解けちゃうようだったら、ここは兵士その2・その3に、鍵を持って来てやってもらうとこだったけど。

 作戦のポイントの三つ目は、なるべく末端の兵士達だけを相手にして、責任者を出させないことなんだ。

 例えば、鍵を管理してるのがそれなりの身分の奴だったら、『飛竜を移動させる』って言われて、『はあそうですか』と鵜呑みにはしないかもしれない。

 『何の目的で』『どこに』とか、オレ達の名前や所属はとか、命令書はとか、質問してくる可能性がある。

 一応、"飛竜を逃がそうとしてる奴らがいるから"――って、まさにオレ達のことなんだけど――って説明は用意してあるけどね。

 その点兵士達は、命令には条件反射で従う。『何で』とか疑問を持たないし、持ったって格上の奴に尋ねやしない。そういう風に、教練されてるんだもの。

 万が一尋ねられたって、『機密事項だ』の一言で突っぱねれば黙るだろう。楽なもんさ。

 王命を騙るなんて、常識的に考えたらあり得ないもんなー。

 だって、バレたら死刑だよ、八つ裂きだよ!

 オレなんか、想像しただけで足が震えてくる……。

 でもアンバールは、

――バレても殺されはしないさ。多少面倒なことにはなるが。

って、余裕こいてた。

 オレ達は強い魔力の持ち主だし、未来から来た人間だ。利用価値が大いにあるはずだ。交渉次第で、オレ達自身の命も、ラピスとラズリの安全も引き出せるだろう。勿論、ご先祖様達の不利にならないように、適当な所で嘘吐いたり、ずらかったりしなくちゃならないけど。……っていうんだな。

 何とも、ふてぶてし……もとい、頼もしい限りだよ。その辺の舌先三寸、口八丁にかけては、アンバールに任せておけば間違いないと思う。

 ……って、これってば信用していいこと?コイツは、必要とあらばオレに対しても、つらっとした顔で嘘吐くんだろうなあ……。

 と、そーんな抜け目ない相棒に比べると、ラズリはとっても素直な子みたいだ。

 耳許でコソッと、

「オレ達、ラピスの味方だから。付いてきて」

って言ったら、パッと目を輝かせて、頷いた。

 うん。信じてもらえなかったら、ちょっと厄介なんだけど。あんまし信じやすくても、また悪い人に捕まっちゃうよー。兄ちゃんに、しっかり教われよ。

 でもね、ここは、信じてもらうに足ると思う。

 実は今の一言、オレは古代神殿語で囁いたんだ。飛竜族と人間達の仲立ちをしてる、ユークレイス山中の古神殿群で使われてる公用語。他の国では、よっぽど勉強熱心な神官さんぐらいしか喋れない。魔法が封じられていたら"念話"も通じないから、ってラピスが教えてくれたんだ。

 オレは矢っ張り鍵開け(ピッキング)で、ラズリの首枷を繋いでる鎖を壁から外した。

 うー、首枷の所の毛皮がはげちょろけて、下の皮膚が赤く腫れてて、痛々しい。

 でも、ここで首枷の方を外して自由にしてあげるのは、不自然だもんね。要塞を出るまでは我慢してね。

 オレは鎖の端をしっかり握って、ラズリを檻の外に連れ出した。

 ぃよしっ!ミッション・コンプリート!!

 ……じゃ、ないんだよな、まだ。

 「ご苦労だった。お前は持ち場に戻れ」

と、アンバールは兵士その1を帰した。

 さあ、ここからが、もう一山……。


 『ね、兄ちゃんは?どこ?』

 中庭に出ると早速、ラズリが念話で尋ねてきた。

 角の生え替わりの時期で、魔力が弱まっているせいで、遠くから微かに聞こえるような小さな声だ。

 『すぐ会えるよ。それよりさ、もっと、とぼとぼ仕方なくって感じで歩いてくれよな。ウキウキそわそわしてたら、怪しまれるだろ』

『あ、そっか。わかったー』

 とは言ったけど、本当はオレの方こそ、なるべく早足で――いや、もう、全力ダッシュで逃げ出したい気分だ!

 いやいや、急いては事をし損じる。落ち着け、落ち着け……。

 一生懸命、自分に言い聞かせてるけど、心臓はバクバク、ラズリの鎖を握ってる手の平にはじわーっと汗をかいてる。

 なのに……、なのに……。

 帰りは、違う経路を通る。行く手に見えてきましたのは――、

 風のダイアモンド・スピリットを収めてる、宝物殿。

 ……ううう。本気かよ、アンバール?

 なあ、もうずらかろうよ!ラズリを助け出しただけで十二分だろ、欲張ると逃げ遅れちまうよ~っ!!

 ……って、思ってんのにぃ……。

 だけど、アンバールの言うことには一理も二理もある。

 歴史上、オレ達のご先祖のバルトー公子とシトリン姫は、あと一年ぐらいの間に全てのダイアモンド・スピリットを集めたことになってる。だとしたら、ここでオレ達が盗み出して馳せ参じるのでもなければ、"風のダイヤ"を入手するチャンスはなさそうだ。

 ――成功は保証されているようなものだ。

って、アンバールは言うけど……。

 わかんないよ?オレ達は死んで、ラピスが"風のダイヤ"をご先祖様達に届けるのかもしれないよ?

 宝物殿の正面で、オレ達は足を止めた。

 「……。あのさ。言い出しっぺはお前なんだから……、」

「俺がお前さんの立場なら、ためらわん。急げ」

 ううううう。わかってますよー……。

 アンバールは何も、自分でやるのが怖くてオレに押し付けようとしてるわけじゃない。合理的に考えて、オレの方が適任だって判断したんだよな。

 それがわかるから、オレも、ごねてアンバールに代わってもらうわけにはいかない。

 オレはラズリの鎖をアンバールに預け、なけなしの勇気を振り絞って、こぢんまりした宝物殿の正面階段を上った。

 番兵もいない、扉に鍵もかかってないのが、かえって激烈にヤバさを感じさせる……。

 一歩足を踏み入れた途端に、呪いで即死とかいうことはないよね?

 『大丈夫です。魔法で封印されているのですよ。扱えるだけの資質の無い者には入れないように』

と、ラピスが遠くから念話で話し掛けてくれた。

 そうだよね。"入ったらペナルティがある"のだったら、間違ってとか、好奇心から入った奴が無駄に犠牲になる。"そもそも入れない"方が、仕掛けとして理に適ってるよな。

 一定レベル以上の風の魔力に反応して、扉が開くようになってるみたい。

 はたして、オレは……。

 あ。動く!動いたよ!

 オレは両開きの扉を押し開け、暗い通路に踏み込んだ。

 すると……うわ!チリチリッと微かな音がして、中に小さな稲光を閉じ込めたみたいな照明灯が、点々と灯った。

 その奥にもう一つ扉があって、それも開けると――、

 中は、六角形の小さな聖堂だった。

 祀られているのが"風のダイヤ"だけに、壁は風通しの良い透かし彫りになってる。

 聖堂の中央には石の台座があって、四枚の翼を持つ虎がねそべっている形をしてる。風の神様・"雷皇"の化身した姿の一つ、聖獣"白翔虎"だね。

 その背中に、透き通った大粒の宝石がポンと無造作な感じで載っかってる。

 これが、風のダイアモンド・スピリット?

 あとはもう、柵も箱も何も無くて、手を伸ばせば触れそうなんだけど……。

 ……。触ったら、どうなるんだろう?わからない。

 怖いなー。ものすっっごく、怖いんだけどな~。ぶっつけ本番で、やるしかないんだ。

 アンバールは王立図書館で、ダイアモンド・スピリットに関して一般人が閲覧出来る資料は全部読んだ。各国間の争奪の歴史とかには詳しくなったけど、ダイアモンド・スピリットを持ち運ぶのに特別な道具とか手順とかが必要なのか……なんてなことは書かれてなかったそうだ。そりゃあね、秘密だろうね。

 魔法のエキスパートである飛竜族の、中でもエリートクラスのラピスが知らなければ、現状、オレ達に知る手立ては無い。

 ――不勉強ですみません。"月のダイヤ"を守っている、ユークレイス山中の月光神殿になら、口伝が残っているはずですが……。

ってラピスは申し訳なさそうにしてたけど、いや普通、知る必要なんか感じないって。

 一国に一つずつしかない、すげーお宝なんだから。移動するとしたら、各国の首長が同盟して持ち寄るとか、戦争の講和条件として譲渡するとか、政治的な一大イベントになるはずなんだもの。たかが数人で、勝手に盗み出す……なーんてシチュエーションは想定外だろ。

 ――くれぐれも、無理はしないで下さい。

って言われたって、どこら辺からが"無理"なのかもわかんないよ。

 ええいっ、ぐずぐずしてる暇は無いんだ!思い切って……おりゃ!

 ……と、とりあえず小石を投げつけてみるオレ。

 何?チキンの所業だと仰いますか。用心深いと言ってくれよなっっ!

 小石はコツンと宝石に当たり、別に砕けたり黒焦げになったりすることもなく、ポトンと床に落ちた。

 大丈夫……かな?

 次に、ちょんと指先でつついてみる。

 特に熱かったり冷たかったり、ビリッと来たりはしないね。宝石にもオレにも異状無し。

 それじゃあ……うりゃ!!

 両手を宝石の上に載せたけど、まだ、何も起きない……。

 オレは"風のダイヤ"を両手の平に包み込み、そうっとすくい上げた。

 なんか……、あっさり手に入ったじゃん?いいのかなあ?実はこいつはダミーで、本物は台座の下にあるなんてことは……。

 握り拳大の透明な宝石を、オレはしげしげと照明の光に透かしてみた。と――、

 宝石の中心部が、きらりと光った。

 外からの光を反射してるのじゃない、内側から生まれてくる輝き。

 あ!こんなの、前にも見た!

 「うわっ!!」

 思わず、オレは宝石を取り落としてしまった。カツン、と宝石は足にぶつかり、ツーッと床の上を滑っていって――、

 止まった所で、目映い光とつむじ風を溢れさせ始めた!

 まずいっ!元の場所に戻せば収まるかな!?

 オレは慌てて、拾おうとした。けど、風がどんどん強くなって、近付くことが出来ない。

 パリン、パリンッ!バチバチバチッ!!

 壁に掛かっている照明灯のホヤが次々と割れて、中に閉じ込められていた稲光が、デタラメに辺りを跳ね回る。

 『エメルダさん!どうしました!?今、そちらに行きます!』

離れているラピスでも異変を感じ取ったらしく、念話で呼び掛けてきた。

 ビュウウウウ……ゴオオオオ……。

 風は小さな竜巻ぐらいの強さになって、石の天井をガタガタと揺らす。

 オレは立っていられなくなって、床に伏せた。

 あ!風は漏斗状に吹き出してるんだ。上の方はすごい暴風だけど、床面近くは風が弱い。

 オレはそろそろと、這って"風のダイヤ"に近付いていく。

 よし……あと、もう少し……。

 と、思ったら。

 グアァアアーッ!!

 「こらっ!どう、どうっ!」

 魔竜の雄叫びと、悲鳴みたいな兵士の声が、外から聞こえた。

 ガラガラガラッ。

 とうとう崩れた天井の穴から、爛々と血走った眼をした魔竜が首を突っ込んできた。お食事中だったらしく、牙の間に生肉が引っ掛かってて、赤いヨダレがタラーッと糸を引いて滴り落ちる。

 げ……、魔竜って、敵の人馬を丸かじりにしちまうんだっけ……。

 ガアァーッ!

 魔竜が大きく口を開けて、首を伸ばす。

 ひええぇえいっっ!!

 食われるっ!?……と思ったら、魔竜はオレじゃなく、"風のダイヤ"を飲み込んだ!

 "餌"よりも、"風のダイヤ"の魔力の方に引き寄せられたのか!?

 風が止んだ。と、入れ替わりに、

 ザワザワザワ……。

 魔竜の毛が固く太く変化し、ハリネズミの針みたいに逆立って、こすれ合う音を立てた。

 体の大きさも膨れ上がり、見る間に角が伸びて枝分かれする。

 魔竜は苦しそうに首を振ると、

 ゴアアァーッ!!!

 強烈な風と雷を吐き散らす!!

 「わーーーっっ!!」

 ガラ、ガラガラ、ズシン、ドサドサッ。

 壁や天井が崩れて、石材が降ってくる。

 オレは目を瞑って体を小さく縮め、頭を庇った。

 ……、……?

 けほ、こほっ。土埃がひどいけど、とりあえず、痛いところは無いや。

 ふー、やれやれ。と思って、目を開けると――、

 ……うあ。ヤバッ!閉じ込められちゃったよ!

 石材がテントみたいに三角に折り重なって、下に隙間が出来たおかげで、潰されずに済んだけど。周りがすっかり埋まっちゃってる!

 「チビスケ!チビスケ、どこだ!?」

『だいじょーぶー?』

アンバールとラズリが呼んでる。

 「ここ!ここだよ!」

返事をすると、アンバールが瓦礫の隙間にいるオレを見つけて、手を伸ばした。

 オレも手を伸ばしたけど、く……、届かないっ!

 背が高くて手足の長いアンバールでも届かないってことは、ラピスに触ってもらって、何か小動物に変身させてもらって脱出する……とかいうことも不可能か。

 「ごめん、しくじった!"風のダイヤ"は、あの化け物が飲み込んじゃった!」

「何っ!?」

 羽ばたきの音がして、魔竜の姿のラピスが近くに舞い降りた。

『胃の中までは落ちていません。喉に引っ掛かっているのが"見え"ます!』

 ゴフッ、ゴフッ、フゴオオオォ……。

 化け物が大量の空気を吸い込む音がする。

 グハアアァアーッ!!

 化け物が再び、つむじ風と雷を吐く!

 ラピスが対抗して、ひゅうっと霧みたいなものを口から吹き出す。

 パリ、パリパリパリッ。

 風と雷は、霧の盾に受け流されて、脇に逸れていく。でも、全部は防ぎきれなかった。

 『わ!』

「ぐ……!」

 い、今のは結構、痺れた……。痛えー!

 「足手まといだと思ったら、見捨てるんだったよな?逃げて!」

オレが叫ぶと、

「馬鹿が」

アンバールは舌打ちした。

 「引き時なんぞはこっちで見極める!ガキは自分を助けることだけ考えろ!」

 この場合、『絶対に見捨てない』とかいう間柄じゃないのが、オレにとっては気が楽。

 コイツは、オレのせいで死んだりしない。

 状況に応じて、逃げるなり投降するなり、コイツ自身とラピス、ラズリの安全は守ってくれると思う。

 そういうことなら……、安心して、ちょっと頼んでみてもいいかな?

 オレは、一つ思い付いた策をアンバールに話した。

 「……。出来たら、でいいから。出来そう?」

「わかった」

 アンバールは、兵士が落としていった槍を拾い上げ、不敵に化け魔竜を睨んだ。

 「やってやるさ」


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