第20話 普通の会社員
《ヴェイル》への加入から、一か月が経った。
悠真は相変わらず、資料整理と情報確認を続けていた。
最初の頃に比べれば、組織の仕組みにも慣れてきた。
水原から任される仕事も増え、真壁の訓練にも定期的に参加している。
それでも、悠真はまだ新人だった。
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その日、悠真は朝から会社にいた。
午前中は営業会議。
午後は取引先への資料提出。
夕方には、大野部長から急な仕事を押し付けられた。
「黒瀬、これ今日中にまとめておけ」
「今日中ですか?」
「そうだ。明日の朝には必要だからな」
「わかりました」
結局、退社できたのは午後九時を過ぎてからだった。
悠真は駅へ向かいながら、深く息を吐いた。
「疲れた……」
そのまま帰宅するつもりだったが、スマートフォンに久世から連絡が入った。
『今、少し時間はあるか?』
悠真は立ち止まった。
『資料の確認をお願いしたい』
「……今日も仕事か」
小さく呟き、悠真は返信した。
『少しなら大丈夫です』
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《ヴェイル》に到着すると、久世と水原が待っていた。
「すみません。会社の仕事が長引いてしまって」
「構わない。急ぎではない」
久世は資料を差し出した。
「これを見てほしい。以前、君が見つけた送金先の会社についてだ」
悠真は資料を確認した。
そこには、これまで調べてきた企業の情報がまとめられていた。
「この会社、以前の記録にもありましたね」
「そうだ。今回、別の経路から同じ会社に関する情報が入った」
悠真は資料をめくった。
そして、一つの住所に目が留まった。
「この住所……」
「何か気づいたか?」
「いえ、確かなことではないんですが、前に調べた会社と同じ住所です」
水原が画面を確認する。
「本当ですね。登記上の会社名は違いますが、所在地が一致しています」
久世はすぐに記録した。
「助かる。確認を進めよう」
悠真は少し安心した。
自分の経験が役に立った。
ただ、それだけのことだった。
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その夜。
榊は久世から報告を受けていた。
「また黒瀬か」
「はい。今回も資料の中から共通点を見つけました」
「偶然にしては続くな」
「本人は、特別なことをしたつもりはないようです」
榊は少し考えた。
「本人の意思を尊重しろ。過剰に仕事を与えるな」
「わかっています」
「彼はまだ新人だ。経験を積ませることと、危険に巻き込むことは違う」
久世は頷いた。
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帰り道。
悠真はコンビニで弁当を買った。
家に帰れば、会社の仕事もまだ残っている。
明日も朝から出勤だ。
「普通に働いて、普通に帰りたいだけなんだけどな……」
そう呟き、夜道を歩き出す。
その頃。
遠く離れた場所にある、薄暗い部屋。
一人の男が報告書を読んでいた。
そこには、《ヴェイル》が調査している企業名と、最近提出された複数の報告が記されている。
男は最後のページで手を止めた。
黒瀬悠真。
その名前を、ゆっくりと読み上げる。
「この男が、すべての始まりなのか……?」
部屋の奥にいた別の人物が答えた。
「まだ何もわかっていません。ただ、あの組織が新人を調査に関わらせていることは確かです」
男は報告書を閉じた。
「ならば、しばらく様子を見る」
その声に、部屋の誰も逆らわなかった。
黒瀬悠真は、まだ何も知らない。
自分の名前が、世界の裏側で少しずつ記録され始めていることを。




