↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
世界で最も恐れられる男は、ただの会社員だった  作者: パルパル


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/21

第0話 世界で最も恐れられる男

 その夜、世界の裏側にいる人間たちが、一つの場所に集められていた。


 地下深くに造られた巨大な会議室。


 そこには、各国の犯罪組織を束ねる幹部や、武器の密売を仕切る男、国家すら裏から動かすと言われる人物までが顔を揃えていた。


 誰もが、表の世界では決して名前を出せない人間たちだった。


 普段なら、彼らが一堂に会することなどあり得ない。


 それでも、今夜だけは違った。


 理由は一つ。


 ある男が、この場所に来るからだ。


「本当に来るのか?」


 会議室の奥で、一人の男が尋ねた。


「間違いありません」


「護衛は?」


「確認できていません」


「一人で来るというのか?」


「そのようです」


 男は鼻で笑った。


「馬鹿げている。ここにいる人間が誰なのか、わかっているのか?」


 周囲の者たちも、同じような表情を浮かべていた。


 この場所には、選りすぐりの護衛が配置されている。


 武器もある。


 逃げ道も封鎖している。


 どれほど恐れられている人間であろうと、たった一人で乗り込んで無事に帰れる場所ではない。


 そう考えていた。


 そのときだった。


「……到着しました」


 入口にいた男が、小さく告げた。


 会議室の扉が開く。


 全員の視線が、一斉にそちらへ向いた。


 そこに立っていたのは、一人の男だった。


 黒いスーツ。


 少しよれた白いシャツ。


 緩めたネクタイ。


 寝癖の残った髪に、目の下には薄い隈がある。


 年齢は三十代後半から四十代前半ほどに見える。


 特別に整った顔立ちでもない。


 体格がいいわけでもない。


 どこにでもいる、疲れた会社員。


 それが、黒瀬悠真だった。


「……こいつが?」


 誰かが呟いた。


 悠真は会議室を見回すと、少し困ったように頭を掻いた。


「すみません。道が混んでいて、少し遅れました」


 あまりにも普通の声だった。


 緊張している様子もない。


 威圧するつもりもなさそうだった。


 その態度が、かえって一部の男たちを苛立たせた。


「おい」


 一人の大柄な男が立ち上がった。


「ここがどこだかわかっているのか?」


「ええ。一応、聞いています」


「なら、その態度は何だ」


「態度……ですか?」


 悠真は自分の服装を見下ろした。


「すみません。仕事帰りなもので」


 その返事に、何人かが眉をひそめた。


 大柄な男は、近くにいた護衛へ目配せした。


 護衛が動く。


 腰元に手を伸ばし、悠真へ向かって踏み出した。


 その瞬間。


 会議室の空気が変わった。


 次の瞬間には、護衛の手から武器が消えていた。


 誰も、何が起きたのか理解できなかった。


 護衛は数歩進んだところで立ち尽くしている。


 その足元には、武器が落ちていた。


「……何をした?」


 大柄な男が声を荒らげる。


「何もしていませんよ」


 悠真は困ったように答えた。


「ただ、話をしに来ただけです」


「ふざけるな!」


 今度は別の男が立ち上がった。


 周囲の護衛たちも一斉に動こうとする。


 だが、その場にいた誰一人として、悠真に触れることはできなかった。


 何が起きたのか。


 なぜ攻撃が届かないのか。


 なぜ、こちらの動きがすべて読まれているように感じるのか。


 誰にも説明できなかった。


 悠真は小さく息を吐いた。


「できれば、穏便に済ませたいんですけどね」


 その声には怒りも憎しみもなかった。


 ただ、面倒な仕事を早く終わらせたい。


 そんな疲れた会社員の声だった。


 やがて、会議室に静寂が戻る。


 立ち上がっていた男たちは、誰一人として動けなくなっていた。


 悠真は空いている椅子を見つけ、そこに腰を下ろした。


「それで、話を始めてもいいですか?」


 誰も返事をしなかった。


 世界中の裏社会を動かしてきた男たちが、目の前の一人の会社員に言葉を失っていた。


 その中の一人が、震える声で尋ねた。


「お前は……一体、何者なんだ」


 悠真は少し考えたあと、答えた。


「黒瀬悠真です」


「そういうことを聞いているんじゃない!」


「そう言われましても……」


 悠真は困ったように眉を寄せた。


「普通の人間ですよ」


 その言葉を信じる者は、一人もいなかった。


 彼らは知らない。


 目の前の男が、どれほどの時間を積み重ねてきたのか。


 どれほどの経験を経て、ここまでたどり着いたのか。


 そして、彼が今もなお、特別な存在になりたいなどとは思っていないことも。


 黒瀬悠真。


 世界中の裏社会が、その名前を恐れるようになった男。


 だが、ほんの少し前まで。


 彼は本当に、どこにでもいる普通の会社員だった。


 特別な力も、地位も、金もない。


 ただ毎日、満員電車に揺られ、理不尽な上司に頭を下げ、疲れ果てて家に帰る。


 そんな生活を繰り返していた。


 これは、世界で最も恐れられる男が、まだ何者でもなかった頃の物語。


 すべては、あの夜から始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。