ラクーア攻略時の捕虜、金野の末路
第二章、プロローグの伏線回収回です。
※少し長めです。
☆魔族領ヤクーツ城、魔王執務室
アズサの前に、ラクーア攻略時の捕虜、日本では議員だった金野が熱弁をふるっていた。
「佐々木君、この国に、日本国憲法の理想を実現しよう。河野辺先生の本『超絶日本国憲法』を召喚してくれ。この本を翻訳して、配るのだ!」
【ゴホン!】
イワンが咳払いをする。『君』付けをするなと、教育したはずだ。魔王様とお呼びしろと。
ここは、ヤクーツ城、魔王執務室。意見具申があるとのことで、アズサが面会を許した。
金野議員は、イワンの下につき教育を受けている。
しかし、アズサは、正面から、答えずに、
「行間の河野谷先生でしょう?その本だけでは理解は難しいと言われているわ」
行間の河野谷先生とは、憲法学者河野谷の熱烈な信者が、河野谷先生の本を読み込むと、行間に、文字が浮かんでくると言った事を故事とする。
もはや、宗教と揶揄されている。
「な、何!」
金野は名前を間違えたのを暗に指摘されたことと、アズサが憲法の大家の通り名を知っていることに驚愕した。
(こんな小娘に・・もしや、憲法ガール?上手く指導できれば理想国家の実現が出来るぞ!)
しかし、思惑とは別に、面会は凡そ一分で終了した。
「却下、この男を下がらせなさい」
「「「御意!」」」
・・・・
「魔王様・・申訳ございません」
「手に余るようね。見解を述べなさい」
「優秀です。この書類を見て下さい。城の役職の組織図を作らせました。理想論ですが、たたき台としては合格かと、ジョブ弁士だけあって、口も達者です。しかし・・」
「ええ、足りないものがある」
「「正直さ」」
2人はハモった。
有名なアメリカの弁護士は、ディベートに最も必要なものは、正直だと断言した。
不利を認める姿勢が、周りの共感を呼び込み
その場の論破に終わらずに、局面を動かす場合もある。
「取りあえず、このまま、一人で仕事をさせなさい」
「御意!」
・・・金野議員は、捕虜扱い。取り調べの結果、不幸にも召喚されて。魔王軍に敵対したのも仕方ないと判断された。
3ヶ月の拘留の後、イワンさんの下につけて、この世界のことを教えているが、どうも、上手く行かないわね。
「魔王様、この後は、女子会議です」
「まあ、こんな時間・・」
☆植物園
「クゥ、クゥ、クゥ!」タンタン!
「ヒィ~~ン」パタパタ!
・・・ダークエルフのサーラちゃんの地竜のクゥちゃんと、アリスちゃんのところの妖精馬のスメルちゃんが、戯れているわ。和む~
定期的に開かれる女子会議、通称、女子会には、今回は、モンブラン夫人、サーラ、アリスが参加している。
給仕には、ミーシャ、その他、護衛が遠巻きに警備している状態だ。
「ごほん。堅苦しい挨拶と敬称は省略で、お互いの近況を話しましょう」
まず、アリスが、発言をする。
「・・・アズサ様、精霊王国の食糧自給率が150%超えました・・食料が無駄になってしまいます」
「分かりました。アリスちゃん・・・精霊の愛し子の力、すごいわね。余剰は私が引き取ります。見返りに、新首都のインフラ設備を請け負いますわ。新首都のお名前は・・」
「ナーロッパ平原ですから、ナーロッパに決めましたわ。地名をむやみに変えるのはよくありませんから」
「う~む・・」
ナーロッパ、下水道完備、ゴミ処理設備、浴場まである清潔な都市として、後年、ナーロッパ方式として、世界に広まることになる。
次に、サーラが発言する。
「化粧水の原料になる薬草、あまり、多くは採れませんわ。今、クゥちゃんで運んでもらっている量がやっとですわ」
「ええ、それで、充分よ。貴方たちの生活を圧迫しない程度でお願いします。高級品として売れますから、代りに、こちらで作った果物や日用品、通貨をお渡ししますわ」
「アズサ様・・化粧品を入れるビンや包装は、私どもでやらせて、頂けるのですね」
「モンブラン夫人、ええ、お願いします。貴方のお国の方が貴婦人相手の商品を作るノウハウがありますからね。皆でお金儲けをしましょう。グシシシ」
「まあ、悪いお顔」
「ミーシャ、ケーキをお願いします」
「はい、大王様!」
「「ケーキ!」」
「「キャ、ウフフフフ」」
・・・大王様、私は獣人族の大王を引受けることにした。
獣人族問題、フタを開けてみれば簡単だった。彼らには領土意識がない。
人族や魔族の領域に、溶け込んで生活が出来ていた。
はあ、どこかの国みたいに、三枚舌外交をしなくて済んだ。
今、獣人族の代表は猫族のミーお婆さん。彼女が知恵袋的な存在、獣人族が、カス朝精霊王国に捕らわれる前の時代を知っていた。
私は保護者になったのだ。
と言っても、扱いは魔諸族と人族、変わりない。
「フフフ、ミーシャも後で食べるのよ。お母さんと妹弟にもね。シェフに言っておいたから、厨房に取りに行くのよ」
「大王様・・ミーシャ、嬉しいです。最近、構ってくれないから」
「夜猫部隊で、すれ違っているわね。でも、大助かりよ」
「大王様・・・」
ナデ~ナデ~スリスリ~
・・・可愛い。この仕草は猫だ。うん。
これで、交易条約が結べれば全てが順調。
と思っていたら、急報が来た。
あの男がやらかしたのだ。
イワンさんから報告が来た。
「魔王様、申訳ありません!カネノが、車で出奔しました!」
「何ですって?!」
・・・イワンさんが、金野さんを車両運転手にしようとしたら、激怒したそうだ。元議員、気持ちはわからなくもないが、イワンさんを突き飛ばして、そのまま、出奔した。
「いざとなったら、対勇者戦闘団で対処、ジョブ弁士は、弁舌で混乱を起こす恐れがある」
しかし、すぐに、捕縛の報告が来た。
対勇者戦闘団の駐屯地に行ったと判明した。
「オルト伍長、詳細を報告せよ!」
「はい、数時間前に、黒髪、黒目の男が来ました。ラクーアの時の捕虜ですよね。彼は弁説を始めました」
「何を話したの?」
「それが・・・当たり前のことを言ったのです」
☆2時間前駐屯地
「・・・と言うわけで、人権というものは、誰にも生まれながらに存在し、等しく扱われなくてはならない。君たちは身分で抑圧されているだろう!私と共に、理想の国家を作ろう!」
「「???????」」
「ここではそうだと!」
小作農出身のドスが反論しました。
「今、オラの部下に貴族のセルゲイがいるだ。オラ、ここに、来るまで、こんなこと絶対にありえないだ。セルゲイ来るだ」
「は、班長殿!私は貴族ですが、一等兵として、ドス軍曹の指揮下で軍務に勤しんでいます」
「そうだ。小作人の子のオラが、貴族様に命令できるだ」
「当然であります。騎士団でもそうです」
「な、な?お前らは抑圧されているのではないのか?」
「セルゲイはすごいど、オルトから計算、読み書きを習ったが、セルゲイにはプラス教養があるだ。セルゲイの話は勉強になるだ。所作も優雅だ。オラ、セルゲイを役人に推薦しているとこだ。もっと、ここで、軍務を覚えれば、将来は、幹部になれるだ」
「は、光栄です!」
「だと、今しばらくは、ここで頑張るだ!」
「了解であります!」
地球では、平等、人権など、唱えている者が奴隷を所有している事例があった。
理想論で、具体的実現方法は無いと言っても過言ではなかった。
しかし、人類の歴史で、古代から、人々を相対的に平等に扱っている組織が1つだけあった。
軍隊だ。貴族が将軍、将校と生まれながらの差はあったが、
手柄を立てれば、農民でも出世し、貴族に命令できる事例が例外とは言えないほど存在する。
また、平時では特殊技能を持つ者が出世する傾向があった。
敵性地であったコルシカ島出身のナポレオンは特殊技能数学を学び砲兵士官になり、革命後の戦乱で皇帝にまでなった。
フランス革命後の人権意識の広がりは、ヒャッハーをしていた民衆ではなく、ナポレオンの国民軍の兵士が、相対的平等を経験し、担い手になったとの説がある。
ナポレオン軍では、手柄を立てれば、宿屋の息子でも将軍になれた。しかも、それを誇らしげに宣伝もした。
(原始人のくせに・・・)
【原始人のくせに!お前らは、ゴブリンのように何も考えていないだけだ!】
「「「何だと!」」」
「キィ!ギギギ!」(馬鹿にしやがって)
☆☆☆
「そう、報告有難う。ゴブリンの種族名を悪口として言った。それも、公共の場で、名誉毀損、決闘ね」
・・・この魔族領には、人権はない。しかし、部族権はある。各部族、差異はあれど、部族ごとの特徴に応じて、平等に扱うのだ。
駐屯地には、ゴブリンが下働きをしてもらっているが、決して、侮ってはいけない種族。
「まず、ゴブリンに謝罪ね」
☆☆☆
「黒曜石殿、魔王として謝罪します。部族の名誉を毀損したことをお詫びします」
「キニシナイ、ゴブリンナニモカンガエテナイ、ホントウ」
「でも、ケジメよ。これを受け取って、でも、黒曜石でいいの?」
「マオウサマノツギニ、コクヨウセキ、ダイスキ!」
「まあ」
アズサは、黒曜石で作られたハンドスコップ、数十個を渡す。
金野は違和感が覚える。
何故なら、当事者の金野はこの謝罪に全く関わっていない。
「さて、次は、金野・・・」
「ふん。口が過ぎただけだ。大げさな。それに私は年上だ。『さん』をつけたまえ。私は、これから仕事がある!」
「私への不敬罪で逮捕しなさい」
「「「御意!」」」
「な、何!そこを掴むな。私は逮捕されるいわれはない!」
金野は拘束された。
「今の貴方は、戦時捕虜、つまり、奴隷です。罰として、この世界での基本的人権のある身分にしてあげます。そして、軍備を持たない国へ追放刑とします。
イワン、手続きをお願いしますね」
「御意!」
「何だ。そんな国があるのか?早くしたまえ!」
・・・馬鹿な男だ。今までは、魔王さまの奴隷だったから、皆は、手出しをしなかったのだ。
ゴブリンに決闘を申し込まれなかったのもそのせいだ。カネノに決闘を申し込むことは、魔王様に決闘を申し込むことになる。
しかし、本当に、魔王様のいた世界の賢者殿か?わからん。
いや、ワシは馬鹿で良かったわ。
イワンは、何故かこの男を見ると安心する。
(ワシもこうなったかもしれない。何が分けたのだろうか?)
☆☆☆一ヶ月後
「モンブラン夫人、助かりました。金野に爵位の授与までして頂いて、彼は・・・どうですか?」
「まあ、無事に着いたそうですわ。その後のことは、調査いたしますか?」
「いえ、いいです」
金野は、女神信仰圏の国へ追放刑を受けた。罪状は、魔王への不敬罪。アズサを様付けしないが名目だ。
魔族にとって、女神圏への追放は死を意味するが、彼は人族だが、適用可能である。
金野を
女神圏諸国のカク侯国へ、自由男爵の爵位をつけて、追放刑に処した。
これだけ聞けば、恩恵を与えているように思えるが・・
「カク侯国・・そんな非武装な国が本当にあるのですね」
「いいえ。カク伯国になりましたわ。女神信仰圏への負担金を払えずに、王、自ら侯爵を名乗っていましたが、更に窮乏して、伯爵を名乗りました」
僻地で、どこの国も援助も、併合もしたがらない国ですわ。正規軍も持てない国力です。しかし、実際は・・」
☆カク伯国、伯爵邸
伯爵邸に連れて来られた金野は、伯爵と面会が許されたが、あまりの惨状に帰りたくなった。
伯爵に帰る旨を伝えようとしたが、
(食事も1日2食事、魔族領よりも少ない。栄養が取れないではないか。
よし、帰ろう)
「魔族領とかの方が、数段生活が上だ。帰らしてもらおう・・おい、そこの君!帰る馬車を準備したまえ」
と伯爵に言ったが、すぐさま、ビンタで返された。
ビシ!
「おい、伯爵様に対して無礼だぞ!」
「ヒィ、暴力反対」
「お、あんたが、カネノ自由男爵か。余の宰相にしてやろう。弁士だそうだな。さっそく、今日から、弟派と伯父派と議論をしてもらおう。余の正当性を主張してもらうぞ」
着いたその日から、出自がどうの。相手のアラを探す討論を続けることになる。
こんな小さな国でも激しい主導権争いが勃発しているだと!
王都周辺の村々が、領地だと!
しかも、王家直轄地は更に少ない。
☆村々
宰相として、村々を得意の視察をしたが、皆、農民にいたるまで、武器を持っている。
何故だ?
「何故、君たちは武器を持っているのだ!ここは非武装地帯ではないのか?」
「知らねえだ。お上が守ってくれないから自衛しているだ。盗賊がくるだ」
・・・ヒィ、非武装ではないではないのか。国が非武装だということだ。
私は選挙区が、被災した時は、役所や地元企業に指示を出して活躍したのだ。
これは警察が足りていないな。
「伯爵様!早急に常備軍を作るべきです!盗賊の被害があります!このままだと、年貢が取れなくなります」
さすがの金野も、事態のヤバさに気がつき意見具申をしたが、
伯爵は、
「何、どこが攻めて来ると言うのか?大丈夫だ。年貢取り立ての時は、余自ら、武装して行くぞ。何も心配することはない。何せ。弁舌の天才、カネノが来たのだからな」
とどこか他人事だ。
☆魔族領ヤクーツ城
アズサとモンブラン夫人の会話は更に続く。
「女神信仰圏では、貴族から、理由無しに逮捕されない。財産を没収されないのですね」
「そうですわ。貴方のいた世界では、平民でもその権利があるのですね」
「ええ、しかし、生まれたときからあるので、義務を忘れがちになります。私もこの世界に来て初めて理解しました」
「まあ、それはある意味幸せですわ。私ども貴族は幼少の時から、義務と引き換えに、この生活を送れることをたたき込まれますから」
☆その後の金野
「カネノ宰相、国境をならず者が占拠している。行って、弁舌で、解決したまえ」
「ヒィ、それは無理です!昨晩遅くまで、伯爵殿の公金の使い方の正当性を主張していたのですから疲れています。せめて、護衛をつけて下さい!」
「話合いで何でも解決できると言っていたではないか?そこらの武装している農民をつれて行ってこい!」
「常備軍を保持して下さい!」
その後、地図から、カク伯国は消滅した。
定期の女神圏連絡会議に、使者が来なくなったので発覚したのだ。
カク伯国は、内輪もめしている間に、盗賊達に滅ぼされた。
国境付近にならず者の大群がやって来て、やっと、重い腰をあげたのだ。
金野は、ならず者に殺されたとも、その部下になったとも伝う。
最後までお読み頂き有難うございました。
作中、最も軍隊が革新的であるとの趣旨を書きましたが、外国の方の社会学の本で読みました。
人権と軍隊、古代の市民権と兵役、日本ではあまり論じられないように、思えます。
また、ナポレオンの国民軍が近代人権の担い手と書いたのは、私個人の考えです。
どうも、民衆のヒャッハーを素晴らしいものとは思えないのです。




