第1話 戦争条約
・・・第2次世界大戦中のイギリス軍に、こんな逸話がある。
深刻な人員不足に陥った軍は、マニュアルの見直し作業を行った。
その際、1つだけ不可解なマニュアルが見つかった。
3人で撃てる砲を5人で撃つ。余分な2人は何もしない。ただ、見ているだけだ。護衛でも警戒員でもない。不動の姿勢で、後方で立っているだけ、砲を撃つときは休めの姿勢になり、耳を押さえる。
この不可解な動作の意味を探ろうと、現役士官、砲の専門家、軍事大学の教授、果ては、歴史家にまで、たずねたが、誰も意味を知らなかった。
調査の結果、かなり長いこと、5人で運用していることが分かっただけだ。
困った当局は、
生き残っていた最長老の退役下士官を探し、たずねた。
彼は、8ミリフィルムに映し出された。5人の動作を見て、一言、あの二人は・・馬を抑える役職です。と発した。
馬を使わなくなった時代でも、馬匹兵が残っていたのだ。
人間はかくも因習にとらわれやすい。もっとも無駄を嫌う軍隊ですらこうなのだ。
ましてや、我々の社会にこびる因習はどれほどあるのであろうか?
・・・
と私は、過去に読んだ本の内容を思い出した。
ヤクーツに来た頃、対勇者戦闘団発足前、時間があり、一番幸せな時だった。
あの時は、いろんな本を召喚して読みまくった。
☆
「魔王様、時刻です!」
「ええ、行きましょうか」
「魔王様、騎乗鉄竜発進!」
ブロブロブロ~~
一応、威圧と防御も兼ねて、74式戦車で向かう。戦車なら、伏兵がいても、大丈夫だろう。
法王、魔王、どちらが先に着いても、後に到着しても、禍根が生じるかも知れない。
会見場所まで同時に着くように、最新の注意を払って、時間調整をされた。
☆☆☆魔族領、女神信仰圏国境付近会見場所
・・・あれから、私がこの世界に来て、丸四年が経った。私は20歳になった。
クズ勇者討伐後、交易条約は結ばれたが、平和条約は、遅々として進まない。
何故なら、女神教は、勇者、聖女、賢者、剣聖の四職を持つ者、魔王を倒す宿命を持つ者を生み出し続ける。女神圏全体が、そのシステムで動いていると言っても過言では無い。
もはや、因習と言っても良い。
人は愚かで、因習にとらわれやすい。
なら、因習を利用すればいいのだ。
これから、結ぶ条約は、平和条約ではない。戦争条約だ。
「魔王殿、ようこそ、こられた。歓迎する」
「法王殿、三年ぶりです」
・・・・
「しかし、よろしいのですか?」
「ええ、いいのです」
「当方は、反対派を抑えられて、大助かりですが・・・その、この条約は魔王殿を、殺す条約ですぞ」
「フフフ、おめおめ殺されませんわ」
会見の天幕の周りには、女神圏の吟遊詩人や、日本で言えば、かわら版屋さんも来ている。
この事は、周知されるだろう。
人々は口々に噂をさえずる。
「見ろ。精霊王国を一週間で陥落させた国崩しの魔女だ」
「クズ勇者とはいえ、勇者の力を持つ者を半日で3人倒した。勇者殺しの魔女だ」
アズサとその対勇者戦闘団は、女神圏では怖れられた。怖れられすぎた。
帝国では、女神圏の総兵力50万人で、魔族領に攻め込もうとする案まで出る始末。
そこで、アズサは、人々は慣習に捕らわれやすい性質を利用する案を考案した。
戦争条約の大まかな決まりは、
勇者、聖女、賢者、剣聖、その他支援のポーターなどを、魔族領に迎撃しないで迎える。魔族幹部4人を倒したら、アズサは、対勇者戦闘団を使わずに、単独で立ち向かう。
その代り女神圏は後詰めを送ることは禁止される。
金品の補給は、第三者機関、ギルドを通すことになる。
これは、女神教の神話を元にしている。
勇者パーティーは、苦難の旅を続け。魔王軍幹部4人を倒し、遂に、魔王討伐を成し遂げ。魔王軍は瓦解し、人族は救われた叙事詩だ。
そのためには、アズサは対勇者戦闘団と別れ、魔王城に籠もらなければならない。
まるで、古の魔王のように、
☆魔族領ヤクーツ
条約を結び帰って来た。これから、約定の通り。私は魔王城に出立する。
その前に、やることがあるわ。
お別れね。
「大王様、ミーシャ、心配です・・・グスン」
「いいのよ。戦争は、トップ同士がやればいいのよ」
「グスン・・グスン、でも」
「フフフ、いいのよ。私はこれから、魔王城に行く。ミーシャはここに残るのよ。素敵な彼氏さんと、ご家族がいるでしょう」
「グスン、グスン、私、ついていきます。トラキチと、家族で」
「ダメよ。魔王城は、魔族発祥の地、村が数カ所あるだけの辺鄙なところよ。とても、若者が住むところではないわ」
さて、次は幹部達ね。
条約の4人の魔族幹部は、女神圏に通告しなければならない。でないと、魔王を直に殺しに来ても文句は言えない。
しかし、私はワザと選ばなかった。死ぬのは私1人で充分だ。
悪い予感がする。あの男、アルバートが来るかも知れない。
「アキラ様は、新婚でしょう?それに、マキナさんのお腹の子が落ち着いてからお願いします。出産の時に立ち会えないなんて非情なことはしたくありません」
「アズサ魔王様、無理していない?アキラ君なんて、いなくても・・ごめん。一緒にいたいわ」
「アズサ・・・様、俺・・・を指名しろよ!」
「いいえ。これだけは魔王権限です。時期が来たらお願いします」
「ブゼン将軍は、魔王軍の統括をお願いします」
「心得申した。しかし・・・」
「いいえ。女神圏が約定を破ったら、活躍してもらいます。貴方が魔王軍にいてこそ、抑止力になるのです」
「骸骨博士さんとアリーシャさんは・・・旅に出た?骸骨博士さん、あんなにゲームを・・いえ。いいわ。元々魔導師ですから、修行の旅に出たがるものですね」
次々に、
「俺を指名して下さい!」
と言う者が現われるが、
「いつか、お願いしますわ」
と答えた。
『いつか』という化け物が口から出た。自分でも連発していて驚く。
さあ、次は、対勇者戦闘団の皆へお別れね。
☆☆☆対勇者戦闘団教育隊
「行進について、まず、右足を一歩前に出す。そして、次は左足を踏み出す。止まるときは、右、左の順よ!歩幅は、男およそ75㎝、女は65㎝が基準である。何かおかしくないか?と思う者は挙手」
「はい、男75㎝、女65㎝なら、一緒に行進できません。男女別々と言うことですか?」
「とても良い質問ですね。
しかし、私は、『およそ』と言いました。男は、女に合わせ。女は男に合わせる。皆と心を1つにして、1つのことを成し遂げるには、思いやりの心が必要よ。これが、軍行動の基本である」
「「「「了解です!」」」
「「魔王様」」
「エミリア、ゴーリキ」
「婚礼の時は、贈り物有難うございました。私たち夫婦は隊を抜けます。どうか、おそばに連れて行って下さい」
「無理ね。貴方たちがいなくて、誰が対勇者戦闘団を率いるの?」
「貴方たちは、戦史編纂室付きを解任して、それぞれ、エミリアは、対勇者戦闘団の本部付偵察班長、ゴーリキが戦闘団長を務めなさい」
「グスン、それは栄転ですよ」
「フフフ、多忙になるのよ。産休制度を作りましたからね。忙しくない今のうちにしっかり、愛を育みなさい」
「皆!最後に敬礼だと!対勇者戦闘団下士官団代表、ドスが代表して挨拶するど、【敬礼!】」
私は敬礼を短く返す。
【直れ!】
皆は、私の姿が消えるまで、不動の姿勢で、見送ってくれた。
☆出立の日
出立の日は、一部の人しか知らせていない。
あらかじめイワンさんに頼んで、身の回りの世話をしてくれる奴隷を買ってもらった。
奴隷は、戦災奴隷や賠償奴隷を選んだ。
自堕落で奴隷に落ちた者は、優秀でも弾いた。
魔族発祥の地、ガーデム城付近には、魔族の村が数カ所あるだけだと言う。
ここで、10年頑張れば、いや、私が死んだら、解放するように遺言を書こう。
「魔王様・・・私は貴女に対しては、嘘を付きません。私を連れて行ってくれませんか?本心です」
「イワン、ダメよ。人族代表の補佐をしなさい。連絡をします。魔王城が回るまで手を掛けます」
「とんでもございません。しかし、買い付けた奴隷に、元執事がいるのが、少々、気にくわない。私の後釜になりそうです」
「フフフフフ、イワン、いえ、イワンさん。今まで有難う。あの時、風間君達を殺したのは、私の悪口を言ったからでしょう?」
「ええ、軽く見ていました。孫の悪口を言われたようで、腹が立って・・申訳ありません」
「いいのよ。もう、終わった事よ」
「じゃあね。イワンおじいちゃん」
「グスン、グスン、魔王様、いえ、我が孫よ。元気でな」
さて、旅立ちますか。と思ったら、車列の最後尾に、軽トラがある。
ドラゴンに壊されて、ドワーフ族に研究用として渡したものだ。
自力で直して使っていたのは知っていたけど、
「ワシム王・・・何故?軽トラに乗っているの?」
「ワシもついていくぞ!ガーデム城を、ナーロッパ様式に変えたのは、ワシらじゃ、不具合がないか保守点検するぞ!」
「本音は?」
「あんたにねだって、新しい技術の解説をしてくれる円盤と道具を召喚してもらう!あんたを独り占めに出来る!」
・・・技術講習用のDVDね。
「分かったわ。車の保守点検もお願いしますね」
「おお、分かったぞ!」
あれ、また、人が来る。
ゾロゾロ
とアキラ様が、一団を連れてくる。人族とダークエルフ、魔族、混合だ。
「あれ、アキラ様」
「アズサ様!・・・回復術士と祈祷士だ。連れて行け。いずれも、名手だ」
「大丈夫ですよ。奴隷の中に、回復術士を入れておきましたから・・」
「ダメだ。何かあったら、手遅れになる」
「・・・分かりました」
・・・変なアキラ様。
その時は、
確かに、病気になったら、困るかもとその程度にしか思ってなかった。




