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ランドマイン  作者: 淡月 涙
12/50

『彩弓』

少年は生まれた時から檻の中で育った。外の世界も自然の音も何も知らずに暗く狭い世界でたった一人、孤独と共に生きてきた。檻には小さな格子付の窓しかなく、何をやっても出られなかった。時々、連れ出されては辛い拷問を受けさせられる。少年は嘆く事も忘れてただ、無音の時を過ごしていた。

『あんたが先客?』

初めて自分と同じくらいの子どもに出逢った時、少年は7歳だった。

『先客?』

『あれ?違った?』

『おれはずっと此処にいたよ』

『だから、そうって聞いたじゃん』

『うん…?』

『…まぁ、いいや。俺は麗夢。あんたは?』

『彩弓』

『色々教えてよ。なんか此処ヤバそうだし』

『うん!いいよ』

誰かが側にいる事が嬉しくなった少年は、自分の知っている限り、収容所の事を話した。少年の説明で麗夢はなんとか自分なりに解釈し、理解した。

『…で?お前は何の能力者な訳?』

(アカ)!』

少年は満面の笑みで答えた。

『なに?緋って。色を操るの?』

『違うよ。おれの緋はね、良く燃えるの』

『…あぁ。焔って事ね。お前、もっと解りやすく話して…』

『麗夢は?何する人?』

『俺は電撃。解る?電撃って』

『ビリビリするやつだ』

『そう。電撃っていうんだよ』

『ふうん』

少年は麗夢に興味津々だった。世界の事を何も知らなかった少年にとって、麗夢が話す物語はとても興味を惹くものだった。

『くそっ…!彼奴ら…絶対許さねぇ…!』

麗夢も同様に拷問を受けた。内容はそれぞれ違い、明日何をされるかも解らない不安が子ども達を襲う。

『大丈夫?』

『これぐらいすぐ治るし。人を玩具みたいに扱いやがって…』

『仕方ないよ。此処に容れられたら人間扱いはされなくなる…』

『狂ってる。ほんとに同じ人間かよ』

『麗夢は彼奴らを殺したい?』

『あぁ!同じ痛みを味わわせてやる――!』

檻の中で生まれた感情は、憎しみや怒り、憎悪、劣等感だった。他人に対する恐怖症、外への不安も高まり、真実さえ失われかけていた――。

少年と麗夢が出逢って2年が経った頃、また一人檻の中に入ってきた。その少女は無表情で服はボロボロに破かれ、傷ついた肌が見え隠れしていた。

『こいつ、生きてんのか?』

微動だにしない少女を眺めながら、麗夢は不審がった。

『生きてるよ。ただ疲れちゃっただけだよね?』

優しく支えながら少年は少女に寄り添った。

『疲れたなんて言うのはまだ早いだろ?拷問受けてみなよ。心がもたねぇよ?』

『そんな事教えなくてもいいだろ、麗夢』

『…ちっ』

麗夢は自分に興味を示さなくなった少年に苛立っていた。

『名前、教えてくれる?』

『…愛理衣』

か細い声で少女は名乗った。

『愛理衣か。可愛い名前だね』

少年が微笑むと少女は少しだけ表情を動かした。

『愛理衣はどこで育ったの?』

『…小さな街。ママと一緒だった』

少年に安心したのか、愛理衣は話し始めた。

『君が見た世界は、どんな景色だった?』

『…すごく、安心する。太陽が水面を照してキラキラ輝くの。立ち止まったら風が背中を押してくれた。夜に見守る月と星はいつも子守唄のように、ずっと側にいてくれたの』

『そう――。行ってみたいな』

『連れてってあげる。ママも喜ぶ』

少女は初めて笑みを見せた。その可愛さに少年達はドキッとしてしまった。

『ありがとう』

長い時を一緒に過ごしていく内にいつしか仲間意識が生まれていった――。

3人がお互いを理解し始めてきた頃、また一人、収容されてきた。今度は可愛い顔立ちをした少年。涙を浮かべながら酷く怯えていた。

『怖かった?』

少年に支えられた時と同じように、今度は愛理衣がその子に寄り添った。

『…目の前で…家が焼かれたんだ…。父さんも母さんもイズも家に閉じ込められて…死んじゃった…。僕は…何も悪い事してないのに…全部僕の所為にされて……っ…』

『辛かったね…』

愛理衣は少年を優しく抱き締めた。

『親が殺された位でメソメソしやがって。お前、其でも男かよ』

弱々しい少年に麗夢は些か腹が立った。

『麗夢。そんな言い方…!』

『…男になりたくなかったんだ』

『えっ…』

『でも…イズがいたから…男になるしかなかった…。こんな弱い僕でもイズを守れるならって……。でも、何も守れなかった…。僕は、家族を見殺しにしたんだ…!』

『……悪い。言い過ぎた』

麗夢は悪気を感じて肩を落とした。

『ごめんな?』

優しく少年に触れると、彼はとても冷たかった。

『お前、凄く冷たいぞ。寒い所にいたのか?』

『…ずっと、家の前で過ごしてた…。もしかしたら、夢だったんじゃないかって…現実を見ないようにしてたから…』

『大分冷えてんじゃねぇか。愛理衣、毛布取って』

『はい』

毛布と言っても所々穴が開いており、薄っぺらい布でしかない。それでも身体を温めるには丁度良い。少年の肌は赤くなっていた。

『暫く被っとけ。風邪なんか引かれたらたまんねぇからな』

『・・・寒い・・・。怖い・・・』

少年は怯えた声で震えていた。

『・・・ちっ』

麗夢は少年を抱き寄せ、一緒に毛布にくるまった。

『泣くのは今日で最後にしろ。お前、名前は?』

『・・・遊音・・・』

『良い名前持ってんじゃねぇか』

『・・・っ!』

少年は麗夢の優しさに触れ、我慢していた想いを吐き出した。

『可哀想…』

愛理衣が小さく呟く。可哀想と言うのなら、ここにいる全員がそうだ。皆、辛い思いしか持っていない。更に、拷問を受けては絶望しか残らない。彼らは救いを求めていた――。

それから半年が過ぎた頃、神流と戒が収容されてきた。長い長い年月を少年達は共に過ごしていった。その事実は誰にも奪われない記憶。彩弓は皆から色々な事を教わった。人格がなかった彼にとって、その性格は皆の一部を合わせた様なものとなった。彼が先頭に立ち、仲間を想う気持ちが今日まで生きてこられた証でもあった――。

『いつか此処から出られたら、愛理衣は何をしたい?』

『んー…ママに会いたいな…』

『そっか。きっと、ママも会いたがってるよ』

『うん』

愛理衣は可愛らしく微笑んでみせた。

『神流は?何かしたい事ある?』

『えっ…。あたしは……』

少女は黙ってしまった。

『神流はぼくと一緒に帰るんだよ。ねっ?』

沈黙を破るように戒が気を遣った。

『へぇ。二人、一緒に来たもんね。帰る場所も同じなんていいなぁ』

愛理衣が羨ましがりながらチラッと彩弓の方を見た。神流はホッと安堵した。

『遊音は?』

『…僕は、麗夢と一緒にいたい』

遊音はピタッと麗夢にくっついた。

『好かれてるねぇ、麗夢』

『おぉ…』

『麗夢は?此処から出られたらどうしたい?』

『…俺は…外の世界を見てみたいかな』

『世界か…。いいね。おれも旅をしてみたいなぁ』

夢は沢山あった。それは実現出来ると思っていた。だから、どんな拷問にも耐える事が出来たのだ――。






戒が現れた。変わらぬ様子で。

「凶報だ。麗夢が逃げ出した」

「えっ…」

その報せに皆は戒に視線を向けた。

「逃げたって…そんな…」

「嘘じゃない。麗夢は君達を裏切って自分一人だけ逃げたんだよ」

「麗夢がそんな事する訳ないだろ」

彩弓が声を上げた。

「何ムキになってんの?」

「麗夢は…おれ達を裏切ったりしない」

「でも現実に起きた事だ」

「あいつは……麗夢は考えも無しにそんな突発的な事しない。何か理由がある筈だ」

彩弓の予想以上の反応に戒は大きく息をついた。

「――そうだよ。嘘ついてごめん。ぼくが麗夢を逃がしたんだ」

「えぇ!?」

戒の言うことにまたまた驚いてしまう。

「君を試したんだよ、彩弓。でも、利かなかったみたいだね」

「何で…そんな事…」

「ぼくはね、皆の事好きだった。ほんとだよ?一緒に過ごした時間は捨てられない。皆を助けたいんだよ!いつまでもこんな所にいたらダメだ!だから、麗夢に託した…。皆を此処から出す為に…。麗夢は今、救える手立てを見つけてる筈だ。必ず戻ってくる。だから、其までは…耐えて欲しい…」

戒は切実な想いを打ち明けた。初めて聞かされた想いに皆の意思も動き始めた。

「そういう考えを持っていたとはねぇ」

唐突に戒の背後から声が聴こえた。振り返ると其処には久住とクノウがいた。

「戒ちゃん、大人しい顔してやる事大胆ねぇ」

「どうして…」

戒は焦る気持ちを抑えていた。

「君の動きが怪しかったから探ってみたんだ。そしたら案の定だった訳だ」

「どうするのぉ?久住ちゃん。一匹檻から出ちゃったみたいよ」

「だがまた戻ってくるのだろう?心配ない。一人ぐらいじゃ何も出来ないさ」

「あら、そう?」

「戒。勝手な事をして貰っては困るんだよ。私の研究に響く」

「…研究?あんたのしてる事はただの悪趣味だ」

「悪趣味?酷い言い方をするな。私はね、君達が持っている能力で世界を救いたいんだよ。この世界には地雷なんてモノがある。それを排除する為に君達の能力が必要なんだ」

「だったら、何で拷問なんかするの?」

「痛みを知って欲しい為だよ。地雷で苦しんでる人達はいつも死と隣り合わせだ。その気持ちを少しでも知って貰いたいんだよ。この痛みを知って、苦しんでる人達を助けたいって思いを植え付けたかったんだ」

「無茶苦茶だ…」

久住の考えに理解出来ず、戒は返す言葉を見つけられなかった。

「そうだな。戒――。君には罰を受けて貰うよ」

久住はクノウに合図を送ると、途端に戒は鎖を巻き付けられた。クノウの鎖は厄介だ。

「そのまま檻の中にぶちこめ」

「リョーカイ」

戒は鎖を巻き付けられたまま、無理矢理檻の中へと容れられた。クノウが指を鳴らすと鎖から解き放された。久住はまじまじと檻の中にいる子達を眺め、遊音に手を伸ばした。

「やっ…やだ…」

少しの抵抗も出来ないまま、遊音は檻から出されてしまった。

「君は・・・その逃げ出した子と親密だったそうだね。彼の罰と、戒の罰を同時に受けて貰おうか」

「なっ…!?」

「やだ…離して…!」

「クノウ。この子を懲罰房に」

「はぁい」

「遊音!!」

必死に抵抗する遊音を他所にクノウは楽しそうな様子でつれていってしまった。

「せいぜい、後悔する事だね。戒」

高笑いをしながら久住もその場から立ち去った。戒は考えの足りなかった自分に腹が立った。

「戒…」

「くそっ…!」

地を叩いた音は虚しく宙へと消えていった―。

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