第2話「ビターチョコレート。」
「あ、綾紫野さん、お昼、一緒に食べよう?」
引きつった笑いで真霜は椥叉に言った。
「ヘタクソ……、。」
その様子を見ていたナヅハはボソリと言った。
「うっさいよ!黙ってて!」
真霜は頭の中でナヅハを怒る。
「それで、どうかな?」
「それで、っていう意味が分からないけど……いいよ。」
表情を変えることなく椥叉は答えるが、その顔に真霜は頭が痛くなる。
「性格の違うナヅハと話しているみたいでこんがらがるよ……。」
「あら、私の顔はこんな仏頂面じゃないわ?」
「少し黙ってて。いつもより混乱するから……。」
椥叉を前にして真霜はナヅハに言った。
真霜は椥叉の机に自分の机を向かわせてイスに座り、お弁当を広げる。
椥叉もカバンから赤い包みの弁当箱を取り出して広げる。
「綾紫野さんのお弁当スゴイ綺麗だね。自分で作ってるの?」
今朝少し焦がした卵焼きを箸でつまみながら真霜は言った。
「ええ、うちお母さんいないから、自分で作らなきゃいけなくて。」
真霜には、椥叉の抑揚のない言葉は悲しさというよりもただ事実を淡々と口にしているように感じられた。
「あ、そうなんだ?何かごめんね。私もなんだ。」
その言葉に椥叉が少し反応した様に見えた。
真霜は幼稚園の時に母親を亡くしていた。
小さなころ真霜の記憶は曖昧で、詳しいことまでは覚えていなかったが、とても大好きな母であったことだけはしっかりと感じていた。
「そっか……。」
椥叉はそう言ったきり喋らない。
真霜も話題を見つける事すら出来ず、ただ二人の食事の音がクラスの喧騒に飲まれる時間が続いた。
「なんか話しなさいよ!気まずすぎるでしょ!」
ついに我慢できなくなったナヅハが声を上げた。
「しょうがないでしょ!?綾紫野さんにどんな話振ればいいか何にも思いつかないんだもん!!だいたいね、私はまだこの状況に混乱してるのよ!」
真霜も早口でまくしたてる。
「もうこの際なんでもいいわよ!料理!好きな料理でどうかしら?」
「な、なるほど、OK。」
頭の中でのナヅハとの会話を終えて、真霜は声を出す。
「綾紫野さんって、バランス良さそうなお弁当作ってるみたいだけど、特に好きな料理とか、あるの?」
パニック最中の割にはいい質問だと真霜は思ったが、
「どうだろう……。特にこれってものは無いかな……。」
と、あっさり質問は粉砕された。
「そ、そうなんだぁ……。」
決死の覚悟で臨んだ質問が、こうもあっさり破られてしまい泣きたくなる真霜だったのだが、
その時、椥叉から話しかけてきた。
「どうして……?」
「え?」
「どうして、私と話そうとするの?」
静かに、どうしてか嫌みなど感じない、素朴な質問だった。
「どうして、か。どうしてだろうね?あはは……。」
つい笑って返してしまった真霜ははっとする。
「あぁ~~~、ヤバいかな?なんか理由付けた方が納得感あるのかな?」
ナヅハに泣きそうな声で縋る真霜。
「知らないわよ……。」
「だからってナヅハに似てるからぁ~、なんて言えないよね……?」
「そうね……。」
椥叉は黙って真霜を見つめていたが、その視線に耐えることが出来ず真霜は目を逸らす。
「……、私と話していても面白くないでしょ?」
その椥叉の言葉に、真霜はそらしていた視線を思わず戻した。
そのまま椥叉は続ける。
「私は別に最近の流行りとか知らない、興味もない。趣味も無ければ、気の利く会話も出来ない。そんな私と話していても面白くないでしょ……?」
椥叉の表情は変わらないままだ。
「無理して話しかけてくれなくていいよ。」
その言葉が聞こえたのだろう、隣で食事をしていた女子が真霜達を見てひそひそ話をし始めた。
周囲からみれば椥叉が真霜を突き放す様に聞こえたのだろうが、真霜の印象は違った。
「無理してるのは、綾紫野さん、じゃない?」
自然とそう言葉が出ていた。
椥叉は驚いたように真霜を見つめる。
「それにさ、私だって特に流行とかに興味があるわけじゃないし、気の利く会話なんて全くできないよ?趣味も無いこともないけど、会話には出るようなものじゃないし。」
真霜は自虐的な笑みを浮かべた。
「会話が楽しくないのは、それは私たちがまだお互いの事を知らないから、じゃないかな?」
箸を置いて真っ直ぐ椥叉を見た。
「これから知っていけばいいんだと思うよ。だから、そんなこと言わないで、ね?」
にっこりと微笑んで真霜はそう言った。
しかし、椥叉は黙って弁当箱片付け鞄にしまい、そのまま教室を出て行ってしまった。
取り残された真霜は、椥叉が閉めた教室の後ろの扉をただ茫然と見つめていた。
「え……。」
「完全にやっちゃったわね。」
完全に思考が停止している真霜の頭にナヅハの声が響いた。
「初対面であんなに急接近したらああなるわよ全く……。」
「だって、あんなに辛そうな顔して言われたら言いたくなるよ。」
「辛そう?そうだったかしら?」
ナヅハは首を傾げて言った。
「なんか、自分は人と関わっちゃいけないから突き放す、みたいに見えたんだよね……。」
真霜は残っていたウインナーを、ため息をついてほおばった。
ナヅハも腕を組んで唸る様にしていた。
「あなたの言いたいこともわかる気がするけど、一体何の理由なのかしら?」
「そこはまだ深入りしちゃいけない部分なんだろうね、私のあなたみたいな。」
空の弁当箱をしまいながら真霜はナヅハに言った。
「そういうものかしら?」
「そういうもんよ。」
机を戻して真霜も少し気まずい空気があった教室を出た。
教室から出ていた椥叉は屋上へ続く階段へ座り込んでいた。
屋上は封鎖され、3階から屋上へ続く階段には黄色いロープが緩く張られていたが、椥叉はなんとはなしに立ち入っていた。
この階段まで来てしまえばやかましい人の声も聞こえなくなる。
椥叉はその静寂がこの上なく好きだった。昔の彼女とは違って。
「はぁ……。これから知っていけばいい、か。」
先の真霜の言葉を繰り返す。
「琴ノ葉さん、か。」
椥叉は少しだけ笑って見せたのだった。