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ありのままの自分

詰所に戻ったファビアンをいち早く見つけたのは、ナディアを託した女性だった。

「あ、ファビアン様!」

「ただいま、カレン。もう終わったの?」

「はい、あちらでお茶を飲んでもらってます……あの」

「うん?」

どこか歯切れの悪いカレンに首を傾げると、突然頭を下げられる。

「申し訳ありません、ファビアン様がご自身の身分を明かされていないことに気が付かず、その」

「ああ……ばれちゃった?」

「ニールが口を滑らせてしまって」

明るく場を和ませることに長けているが口が軽いのが難点と評判の青年の名にファビアンも苦笑する。

「いいよ、どのみち隠し通せるものでもないさ」

そう言いつつもファビアンの目に浮かぶのは残念そうな色であり、それを見とめたカレンはますます恐縮してしまう。

「それで、あの子は無罪放免?」

「危険なことはしないようにと注意はしましたが、はい。男たちはアレン様がまだ取り調べ中ですが、このところ頻発していた窃盗事件にも関わっていそうです」

「そっか、そっちは任せる。僕は彼女を送ってくるから、悪いけどこの書類をアレンに渡しておいてもらっていい?」

「わかりました」

持ってきた書類をカレンに託し、ナディアがいるという場所へ向かう。詰所の入り口からは見えぬやや奥の方、応接用に置かれたソファーに座ってお茶を飲んでいたナディアの姿を見つけるのと、ナディアが青い瞳を向けるのはほぼ同時。

見開かれたまなざしに苦笑を返せば、まっさきに返ってきたのは困惑だった。

「遅くなってごめんね。帰ろうか」

「……ファビアン」

少し躊躇い、それでも先ほどまでと同じように呼びかける少女に、胸の奥の方が熱くなる。それは不快な気持ちではなく、むしろ喜びに近いもので――ファビアンは思わず笑みを浮かべていた。

「うん、ありがとう」

「いえ。でも、いいの?」

「その方がいいんだ。僕は確かにここの領主の二男ファビアン・ジェスターだけど、この制服を着ている時はただの自警団員ファビアンでいたいから」

ジェスター侯爵家の二男であり、王家に使える近衛騎士の一人。それがファビアンの肩書だ。

けれどその前にこの街を愛する一人として、ただの自警団員でありたい。昔から付き合いのある街の人々が受け入れてくれいるからこその我儘だと自覚はあるが、この時間がファビアンにとって自分を見つめるための大切なものだった。

だからこそ、態度を変えずに接しようとしてくれるナディアに笑いかける。それを見たナディアも微笑みを浮かべると、様子を窺っていた周りの自警団員たちもニヤニヤしていた。

「なんだ、この子ちゃんとファビのことわかってるんだな」

「まあ、そうでもなきゃあのファビアンが女の子連れてくることもないか」

「普段はどんなに美人に言い寄られても躱してばっかりだもんなー」

「……みんな、好き放題言ってると怒るよ?」

ファビアンが低い声を出すと、怖い怖いと言いつつも笑顔のまま自警団員たちが散っていく。

その背を見送りつつ全くと呟いて溜め息をついたファビアンに、ナディアは小さく笑い声を上げた。

「ファビアンは、みんなに好かれているのね」

「あー、好かれているというか、腐れ縁というか。みんなこの街で育った仲間だからね。身分も何も関係ないんだよ」

「それも凄いことよね……とても素敵なことだと思うわ」

にっこりと微笑むナディアにバツの悪そうな顔になったファビアンは、そういえばと誤魔化すようにポケットからハンカチを取り出した。

「預かってたの、直してもらえたよ」

「え、本当に?」

弾んだ声になったナディアの手にハンカチを乗せ、広げた中には青い耳飾りが美しい輝きを静かにはなっている。歪みのなくなったそれを嬉しそうに眺め、ナディアは満面の笑みでファビアンを見上げた。

「金具もそのままで直してくれたのね、本当にありがとう!」

「全部が大事な思い出だろうから、交換しないで直せたらなって思ったんだ。そしたら兄上が大丈夫だって、金属も薄くなってるわけじゃないから歪みを調整するだけで大丈夫だって言ってくれてさ」

喜んでもらえたのが嬉しいとファビアンも笑顔になるが、対するナディアはピシリと音を立てて固まった。

「……兄上?」

「あ、うん。それ直したの兄上」

「……次期侯爵様に、直させてしまったと……」

「こういう手先の細かい作業をするのが好きな人だから気にしなくていいよ?」

「むしろしないと駄目だと思います」

ナディアの言い分が正しいのはわかっているものの、本人がまったく気にせず引き受けてくれたのも事実。困ったように苦笑してみせると、ナディアは眉を下げつつ耳飾りを持ち上げた。

そのまま手慣れた様子で右耳に着ければ、淡い色の髪の間から青いきらめきが星屑のように揺れる。

「……ファビアンのお兄さんにも、ありがとうって伝えてもらっていいかしら」

「もちろん。よく似合ってる」

素直な気持ちでそう言えば、ナディアはほんのりと頬を染めてにっこりと花のように微笑んだ。


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