↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
落ちこぼれ私生児令嬢は怪盗白兎を捕まえる  作者: ままはる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/45

01.コップの水

 落ちこぼれの私――リタ・ブロックスには、姉がいる。


 アリアナ・ブロックス。長く艶やかな黒髪と、深い森を思わせる緑の瞳を持つ、誰もが振り返るほどの美しい人だ。


 朝食の席。向かいに座るアリアナがフォークとナイフを優雅に動かすたびに、私の目はその指先を追いかけていた。


 節の目立たない、白くて長い指。爪はどれもピカピカに磨かれていて、まるで芸術品のようである。ガサガサに乾いた私の手とは、まるで違う。


「アリアナ、リタ」


 見惚れていた私の横手から、声がかかった。カルロス・ブロックス伯爵――私とアリアナの父だ。


 テーブルに広げた書類から顔を上げぬまま、彼は事務的な声で尋ねる。


「学校はどうだ」


「とても有意義な時間を過ごせていますわ、お父様」


 弾んだ声で答えるアリアナに、父はやはり顔を上げぬまま「そうか」とだけ返す。そして私の答えを待つこともなく、席を立った。


「行ってくる」


「いってらっしゃいませ」


 アリアナが、にこやかにその背中を見送る。


 このやり取りは、昨日も見た。一昨日も、その前も、ずっと前から変わらない。


 私の記憶の中にある父はいつも多忙で、その目に映るのは常に仕事の書類ばかり。例えアリアナが「学校なんてつまらない」と言ったところで、返ってくる言葉はきっと「そうか」なのだろう――コップの水を飲みながら、私はぼんやりとそんなことを思う。


 いつもと違ったのは、部屋を出る間際に父が振り返ったことだった。そして面倒臭そうに私を見た。


「お前のその髪はなんだ。みっともない」


 吐き捨てるように言うと、今度こそ父は出て行った。


 私は襟足が見える短い金髪を、そっと片手で撫でる。


 確かに、貴族の令嬢が殿方のように短い髪をしているのは、珍しいかもしれない。少なくとも私は、自分以外に見たことがなかった。


 それにしても、この髪型になってもう一ヶ月は経つというのに、父は今頃気づいたのだろうか。


「アリアナ。そろそろ学校に行く支度をなさい」


「はぁい」


 父の言葉など気にも留めない様子で、母親に促されてアリアナも席を立つ。


 私もコップの水を飲み干して立ち上がった。ふと、アリアナのお皿に食べかけのパンが残されているのが目に入り、思わず手が伸びる。けれど指先が触れるより早く、侍女がお皿を下げてしまった。


 あぁ……残念……


 情けない音を立てるお腹に、仕方なくコップに水を注いで流し込む。


「アリアナ様が馬車でお待ちです。お急ぎください」


 私の手からコップをひったくるように奪って、侍女が急かした。


「あっ、ごめんなさい! すぐに行きます!」


 床に置いた鞄を引っ掴み、玄関へ急いだ。


 アリアナは既に馬車の中で、私が飛び乗るとほとんど同時に馬が動き出す。よろけて転びそうになったけれど、寸前で踏み止まった。


「今日はいいお天気だねぇ。昨日の雨が嘘みたい」


 窓から見上げた空は、雲ひとつない晴天だった。陽射しも暖かい。


 けれど私の声に、アリアナは応えない。ただじっと、自分の髪の毛先を見つめている。


「アリアナの髪は綺麗だから、枝毛なんかないよ?」


「……ちっ。話しかけないでよ、汚らわしい」


 大きな舌打ちと、蔑むような一瞥。私は口を手で覆い、息を潜めた。


 どうやら今日は『話しかけてはいけない日』らしい。ちなみに昨日は、黙っていたら『陰気臭い』と怒られた。アリアナのご機嫌を伺うのは、なかなか難しい。


 息が詰まるような沈黙の馬車に揺られること数十分。馬は貴族学校の白い校舎の前で止まった。


 ブロックス伯爵領内に建てられたこの学校には、ここペルテリア王国南部に住む貴族の令息、令嬢が通う。生徒のほとんどは学生寮暮らしだが、私とアリアナは毎日、屋敷から馬車で通っていた。


 先に馬車を降り、アリアナをエスコートするように手を差し出す。彼女はその手を汚物を見るような目で見たけれど、すぐに愛らしい微笑みへとすり替えた。


「ありがとう、リタ」


 その綺麗な手を、私の手に触れるか触れないかのギリギリの位置に添えて、アリアナはゆっくりと馬車を降りてくる。


「ごきげんよう、アリアナ様」


「アリアナ様、今日もお美しいですわ」


「ふふっ。皆様、ごきげんよう」


 天使のような笑みを浮かべたまま、アリアナが教室に向かって歩き出す。私はその三歩後ろに付いた。


「……見てよ、アレ。今日もリタはアリアナ様にベッタリくっついているわ」


「リタはアリアナ様がいないと、何もできない愚図だからな」


 生徒たちの冷ややかな視線も言葉も、もう慣れたもの。特に何の感想もない。


 アリアナと同じ高等部二年の教室に入り、隣の席に腰を下ろす。


 この学校のクラスは、年齢で分けられている。つまり私と姉のアリアナは、同い年だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。